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影使いの街  作者: やぎざ
第四章 欲の写身
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欲の写身 9

 「気がついたか」


 鴉丸の目が覚めた時に視界に入ったのは灰色の天上だった。周囲には白い清潔感あるカーテン。僅かな薬液の香り。保健室だ。

 据え置きのパイプ椅子には鬼道ムサシが腰掛け、そう言いかけてきたところだった。


 「打ち所が悪くてな、気絶していた」

 「あァ? ああ。あの金髪のメスガキに踏んづけられて……そこから記憶が無いのはそういうことか。あれは誰だ?」

 「まあ、ネストの一人だな。ウチのメンバーじゃないが」

 「……そうか。そういや銀咲は?」

 「それがな」


 鬼道は鴉丸に現状を伝えた。街で起こった大爆発のこと、銀咲のハウライトの反応が出たと思えば、糸吊ブラックラスプと接触し消失したことを。

 現在は街にテロが起きたと考えられ、学生らは避難を考え体育館へ待機をしていることと間もなく自宅待機が言い渡され帰宅をされるということを。


 「銀咲が消失……!?」


 それを聞いた鴉丸は駆け出した。廊下に転がるよう飛び出し、階段を駆け上がる。最上階の扉を力任せにこじ開けたそこには銀咲、月詠サラクの姿は無かった。


 「まじかよ」

 「……追うのはやめておけ。こちらとしても、反応を追うことはできていないんだ」

 「消失ってことは……消えたのか? あいつが」

 「分からん」


 後ろから鴉丸を付ける鬼道はそう言う。蒼天を仰ぐ鴉丸はした唇を噛んで立ち尽くすしか無かった。


 「クソ」


 吐き捨てる様にそう言って鉄格子に足をかける鴉丸。そのまま一直線に街の中心へかっ飛ぶ勢いだ。


 「鴉丸。お前はほんとにどうしてそう面倒ごとばかり起こすのだ」


 野太い声でそういうのは担任の教師だ。出入り口からはその教師に続き、同学年の教師が眉にシワを寄せて視線を向けてる。


 「ただでさえ緊急事態なんだ。先生らも生徒の身を守るという勤めがあるんだ。勝手にどうこうしてもらっちゃ家族さんにメンツが持たない。厄介事は起こさないでくれ」


 中年の担任がそう言うのに、鴉丸も眉にシワを寄せて押し黙る。そして胸の中に渦巻く悶々とした黒い影。

 所詮、自分らの体裁が一番──建前を並べながらも見つめているのは己の保身。

 理解するはずもない。唯一の理解者……いや、自分へと足を向け歩み寄ろうとする存在を取り戻す必要性。この者達に説く気力すらも失せる。


 「アテがない以上は動くことに意味はなさない。情報は必ずこちらが寄越す。身を引け」

 

 鬼道の呼びかけに鴉丸は目を細めて見据える。いくら非効率だからと言っても乗り出さなくちゃならない気がしてならない。

 あの無邪気な雰囲気を持つが絶対的な力を持つ存在。どこかで雑草でも食って生き延びているだろう……そう鴉丸は言い聞かせて教員らの言うよう身を任せ帰宅の時を待った。


 影を歩くものが陽のあたる場所を歩む物に闇を説くことはできない。

 連れられて待機場所へ向かう鴉丸を尻目に、鬼道は耳元に指を添えて瞼を閉じた。


 「エステライト。聞こえているか?」

 「ええ。鬼道ムサシ。私の鴉丸スイレンくんは元気?」

 「今も銀咲のハウライトの消失で頭がいっぱいだ」


 ノイズがかったエステライトの声に鬼道は答える。


 「状況に進展はあるか?」

 「無いね。今日は糸吊ブラックラスプの反応がよく見て取れたが、直に消えている。こちらの探知をかいくぐるような……まるでこっちの影を観る目の力を見透かされているような気がしてならない」

 「……より上位な観測型の影使い。それが相手ということか?」

 「考えたくないけど、その線を想定して動かなくちゃならないね。対抗策は思いつかないけど」

 「それを潰さないと進展はしない……か」

 「ともかく、今夜は以前あったレンサブリッジと同じようにならないよう人口密集地に人員を割く。動いてくれよ? 鬼道ムサシ」

 「了解した」


 インカムを切り、鬼道は視線真横に広がる街を見渡す。ビル群と建造物の森。その中で渦巻く確かな悪意に瞳を凝らして息を飲んだ。

 以前助けられなかったヒトを生み出さない様に……もう誰も自分の不出来で死を生まない様に固く拳を握りしめた。

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