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影使いの街  作者: やぎざ
第四章 欲の写身
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欲の写身 8

 はじめに感じたのは衝動だった。ただ、誰かを追い求める衝動。そして、その先は知ったことではない。ただ、胸の中で、身体の中で、己という結界の中で渦巻く暗い動機。


 周囲を見渡せば往来を幾多の人が行き来する街中。空に高く伸びる建造物。直方体の物体。そう、これは確かビル──。何ビルかは分からない。俗に言う一般名、だったかどうだったか。それ以上は必要でもなんでもない知識だ。


 突如、轟音が起こり街に響き渡る。同時に巻き起こる突風。くすんだ灰色のローブのフードがあおられてめくり上がる。

 赤色の長髪を夏風でかき乱しながらその人物の素顔が顕となった。


 作り物のようにまで整った目鼻立ち、ルックスは”以前”のものと何ら変わりのない物だった。ただ、濁りがなく、澄んではいるが光の無い眼球を除いて。人のものでは無いその眼球。妙にミステリアスなその風貌に、往来を行き来していた企業戦士達は一瞬、歩を止めてその少女に見とれていた。


 「父さん……母さん……」


 名前すら思い出せない。ただそう呼ばれている概念だけを口にして少女はフラフラと街を征く。一度視線を下げてうつむき、再度前方を睨む様にして、衝動に身を任せてその先へ──




 「君は……」


 銀髪の青年がそう言って硬直する。強い日差しから隠れる様にしてインスタントのコーヒーを沸かす黒髪の少女の姿を見て息を飲んだところだった。


 「あの時のお兄さん! 確か名前は──」

 「カラスマかい?」

 「そ、それは……友達の方で……」


 にこやかに笑って青年は少女へと返事をした。

 少女は火照るような顔をしてブツブツぼやきながら俯き、口を尖らせていた。微笑ましい光景だ、と青年は腹で思いながらも胸の中の感情を研ぎ澄ましてゆっくりと歩を進ませていた。


 「そ、そう! 晶叢さん!」

 「……暇だよね? 君、兄さんと良いところへ行こう」

 「自分にとって良いことだよね? ドラマ? でみたよそういうやり取り」

 「まあ、そんなところだね」

 「……何が目的?」


 少女は身体をこわばらせて視線を研ぎすませていた。その青年の身体に渦巻く影に危険な予感を抱いて居たからだ。


 「兄さん──ほんと何をするつもりなの? 友達には面倒事を起こすなって言われてるけど、このままだったら私は面倒事を起こすことになるの」

 「君は君の判断で動くべきだ。自分の意思で行動することこそが人の本質」

 「……」


 夕暮れと深淵の二つの奔流。青年の背後から迸る影の波動を皮膚に受けて、少女も銀色の影を展開する。


 「最も──君は人でも何物でも無かったね」

 「──上等ッ!」


 人の動体視力では負えない速度で銀色の影が周囲を駆け巡る。その真空の刃で青年の纏うワイシャツの裾や銀髪の先端を切断する。


 「ハッ!」


 少女の片腕による殴打で青年の腹部を貫く。同時にそれを振り抜き、青年を蹴り飛ばして校舎の外へと弾き飛ばした。

 中空を蹴るようにして稲妻のように追撃を行う。地も空もそこには無い。人知を超えたその猛攻の中には重力すらも凌駕する。


 グラウンドに転がるようにして地面を跳ねる青年。そして、その青年の方向へと銀色の先行が着弾。大地に亀裂を上げながら上空数十メートルへと跳ね飛ばされる青年はボロ雑巾の様に胴部や四肢が皮一枚で繋がっている状態だった。


 「兄さん──絶対只者じゃないよね?」

 「ココまでしておいて、それを聞くか? 銀咲」

 「……ッ」


 天空で、白銀の直線が真空の針を描くが如く展開された。血しぶきだけが肉袋から巻き上がり、細かく刻まれるようして滞空していた。


 「それが、君の全開か?」

 「!?」


 もはや頭部と首、片腕だけとなっていた銀髪の青年。その肉塊が、少女──銀咲の月影の殴打を掌で受け止めていた。

 少女も髪を銀色へと変えており、月影としての力量を増している途中だった。

 

 「ッ離して!」

 「それは出来ない」


 青年の腕が、握力だけで少女の拳を砕いた。呆気にとられバランスを崩した少女に、ちぎれた青年の腕や足による打撃の嵐が襲いかかる。


 「ゴフッ」


 少女は疲弊した肉体を叱咤させようとしたが、青年から繰り出される継ぎ目のない攻撃は留まることを知らない。まるで不死身の肉体、或いは底のない何かの集合体……群れによる狩りか何かを想起させるほど残虐で慈悲のない乱打だった。


 「少々派手になったが、思った通りにことは進みそうだ。悪いが──眠ってくれ」


 粘稠度の低い体液を吐き出しながら少女は地へと落下していく。その姿を見据えた青年の身体は既に再生を終えていた。ただ片腕だけを着地点へとかざして、神経を研ぎ澄ませる。


 街に上がったのは、天を穿つ蒼黒の柱だった。茜色の雷電を撒き散らし、闇を輝かせて出現したその影の柱は街の中心、直径30メートル程の空間をまとめて消滅させ、その爆心地の正面に少女は血を吐いて天を仰いでいた。


 何だ? 死人は? 警察は!? そんな声が巻き上がる中、水道や地下道を鉛直に穿たれた一帯に、青年は降り立つ。


 「……私に何をするつもりなの?」

 「答える必要はない。ただ、君にとって不利益にはならないだろう。沢山人が死ぬ。君ら月影はそれを望んでいるのだろう?」

 「──鴉丸にだけは……手を──」

 「ヒトならざる者がヒトを想う──か」


 眼下に見下ろす少女。青年はそれを担ぎ上げて跳躍し、一帯から距離を離した。

 誰かに見られたかもしれない。だが、時はもう待とうとはしない。この世も、社会も、四海臨空も。

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