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影使いの街  作者: やぎざ
第一章 初まりの夜
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初まりの夜 5

 自動ドアが開き、ホームに溢れ出るように群衆が飛び出す。どれも会社帰りといった姿が殆どで、時たま学生が混じる。そんな風景だ。

 当然、右腕に圧迫や打撃などが加えられ、鴉丸には痛みが走り顔をしかめる。

 

 「……くそったれ」


 けたたましい喧騒に包まれるそこで、聞こえることもない小さな声が鴉丸はぼやき、改札に向かう。

 改札を抜け、キオスクやチェーンの軽食店などが佇むその道をまっすぐに突っ切った後、暗く沈んだ夜空があった。地上から光る色とりどりの光が夜空に瞬く小さな星々を消すような空だ。


 目的の場所に向かうため、鴉丸は携帯端末にある地図に視線を落とし、確認をした後にゆっくりと歩き出した。

 その日の夜の香りは、昨夜の通り好きになれない混じりけのある雑味を孕む。大きな鉄鍋で豚骨をベースにした汁や麺を茹でる蒸気の匂い。小麦粉と糖類、ミルクと卵黄が混ぜられ、濃厚なチョコレートソースとが絡みあった甘ったるい匂い。扇情的な気分を誘うその花の匂いが待ちゆく女性の揺れる髪からほとばしる。


 顔を赤らめた中年男性。身長も顔つきも、鴉丸とそう変わりない二十代前後と思わしき知性の低そうな男女の集団。世捨て人同然と言っていい風貌のヒゲを蓄え、ボロボロのジャケットを着込んだ老人。

 食欲と色欲。それらが混在し乱れる一帯は日を跨いだとしても収まる気配は無いだろう。明日は平日とも言うのに。


 それらの流れを横に突っ切って、鴉丸は路地裏を抜ける。妙にデジャヴを帯びていて気分が悪くなる。

 突き抜けたその先にある細い道。数メートルその道に沿い、再び見つけた路地裏への道。上空から見ればジグザグを描いた様な線をなぞるよう、鴉丸は歩を進める。


 だんだんと人気がなくなり、十数回路地裏を抜けたそこには人は一人も居ない。

 同時に鼻腔をくすぐる夜の香り。どこからとも無く流れてくる『自然』を感じさせる冷たくて柔らかい香り。こんな歓楽街のすぐ隣に、そんなものを連想させるものは無いが、人の無意識下に持つ、根拠も裏付けもなく遺伝子が『それ』と言いつけるその香りを鴉丸は感じていた。


 「……ッ」


 再び痛み。

 コグネの居住地から出て、ずっと考えていることが幾つかあった。


 まずは昨夜の『銀咲』 撃退という結果は出せたが、鴉丸はその銀咲の月影を完全沈黙させ、『骸』に変えることは出来なかったということ。

 代償として払ったのは右腕への損傷。

 あの一帯『高層区A-』を離れ、次にあの銀咲は何処に現れるのか。


 次に、あのコグネと名乗る胡散臭い男の言っていた『推論』 誰か特定の人間、個人を狙う月影が存在した場合、一体どの人間がその目標となっているのかということ。

 そして、銀咲が身を潜めるその居場所──


 自分の見知らぬ人間がいくら死のうがのたうち回ろうが自分には関係がない。大規模な被害を出した月影を仕留めたほうが、それを討つことの出来る実力者と『箔』が付く。それに伴い討伐報酬の金額が跳ね上がるのも事実だ。

 鴉丸が密かに待ち望むことは、その月影が被害をもっと広げるということだった。

 そして、ネストの最上位実力者が派遣される寸前で自分がそれを取ること。

 我ながら打算的で、非人道的だとも思うのも事実。同時にアイツらのことを思い出す。


 「俺を産んだアイツら……」


 打算的で、利己的で、自分の為なら親子という繋がりを平気で断つ父と母。

 そんな人間に反発したのが、こんな夜に身を沈める原因にもなっているのだ。


 「頃合いか」


 鳥肌が立つ感覚。冷たいソーダ水が血管を逆流し、皮膚が泡立つ感覚。耳鳴り。

 視界を上に上げた時、鴉丸には奥に伸びる細い街路地に身を左右に揺らしながらこちらへ歩み寄ってくる『影』を見たのだ。


 胎児。そんな言葉が似合うシルエット。やたらと大きい頭部を揺らし、その首元から下は乳児や幼児の様に四肢が短く胴部が大きい。そのバランスはほぼニ頭身に近い。

 眼前10メートルを切った時、その影の表情が顕になる。

 巨眼。蒼白のぶよぶよとした皮膚に亀裂が入るように開いて飛び出すその眼球には深い青色や赤色をした血管じみた線が走り、瞳孔は白内障の如く光がない。

 剥き出しにした歯茎と、象の牙や、サイの牙のような質感の歯があり、鼻の穴は無く僅かに凹凸が見える。


 「かかか……かかかか……か……か……」

 「……」


 身構える鴉丸。それと対峙する異形は首から上を小刻みに振動させ、顎を上下させ、眼球を左右非対称にせわしなくあちらこちらに動かし続ける。


 「か……」

 「ッ」


 捉えた。

次の瞬間、その異形、『月影』の眼球が鴉丸の足場を捉える。その足場のコンクリートには亀裂が入り、瓦礫が鉛直方向に巻き上がった次には、上空へ引っ張りあげられるよう黒く粘度の高いドロドロとしたものが飛び出した。

鴉丸は身を翻し、横方向に飛び抜け、その攻撃を回避する。


「視線を合わされたら終わりだ」


 ぼやくようにそういった鴉丸は、再度逆方向に跳ねる。再び、その足場には亀裂が入り破裂する。


 「かかかかかかかか」

 

 地を蹴り、壁を蹴り、宙空を駆け抜け、空を切って、文字通りめまぐるしく動く鴉丸を、その月影は捉えることが出来ない。

 周囲が崩壊し、粘度の高い液状の物体が周囲に飛散する。


 このままでは足場になる物が潰されて無くなってしまう。そうもなれば、回避行動の行き先が絞られることに繋がる。

 隠し玉を吐き出させ、不意打ちを防ぐという意味合いでの時間稼ぎだが、これ以上意味はなさないようだ。


既に老朽化し、風化しかかっていた雑居ビルらしき建造物の窓枠らしき縁に足をかけ、次の瞬間にはバク宙の要領で一気に跳躍し、鴉丸は月を背負う。


「──来いッ!」


鴉丸は右腕を開放する。激痛が走ったが歯を食いしばり、その月影の頭頂部を捉える。


「ウォオオオオオオオオオ!!!」


 右腕に、深淵を想起させる稲妻が走り、音速を超える速度で直下した鴉丸。

まるで落雷。

 月影の頭蓋骨らしき白く硬い物質や、弾力性に富んだ肉。脳組織と思わしきグレーの肉塊を裂いて、そのまま脊椎と胴部も割るッ──


 一帯は花だ。細切れになった肉塊が、亀裂の入ったコンクリート壁に打ち付けられ、ドロドロとした黒とも、青とも、赤とも似つかない色の体液が放射状に散乱している。


 「……骸は?」


 その次の瞬間、鴉丸は背筋が岨だつ感覚が走る。本能──生物の持つ直感ッ!

 鴉丸は目があっていた。肉塊となり、紐がついた眼球そのものと。


 「……ッ! ヤベェ!」


 その暗く、浴びているだけで脳が、意識が溶けるような眼光を遮るよう、右腕で顔を覆い隠すように鴉丸は防御する。避けるという発想そのものが、出ないほどに──

 

 終わる。

 そう思った鴉丸が次に感覚器に捉えたのは痛覚だった。これは──骨折?

 

 壁にめり込む様な形で身を埋める鴉丸は、霞がかった目で周囲を見渡す。


 「……?」


 鴉丸の視界に映ったのは。銀色の光だ。役2メートルを超える四肢を持つ巨体。胸・胴部体を覆い隠すように翼が肩の上を回って胸部にその先端が重なる。

 頭部らしきそこからは、長く伸びた耳のような突起が額からV字に伸る。顔には赤色の二つの玉が怪しげに煌めく。時折その並んだ二つの眼球が、水平から垂直になったり、一周したように弧を描いたり、また水平に戻ったりを繰り返す。カクカクとした挙動で冠状方向へ回転をみせていた。


 生きた心地がしなかった。ただ、自分の帰るべきそこへの鍵を見つけたようなそんな、運命に従う当たり前のような感覚。義務感。


 「銀……咲ッ……」

 「……ホォ……フォ……」

 


銀咲。その銀色の白色に輝く月影は右腕を鴉丸に向ける。

その数秒後を予測する鴉丸は、段々と白い意識に移り変わって──理性が消えていって……


「鴉丸ァ!」


突如。赤い閃光染みた光が嵐の様に銀咲に襲いかかる。

それを翼で防ぎ、その次には翼を払うことで朱の閃光を振り払い、風圧で相殺するようにその猛攻を打ち消した。


 「鬼道ッ!」

 「……フンッ!」


 黒い影が猛獣のような身のこなしで銀咲の懐に飛び込む。アッパーカット染みた一撃が夜空に向かって一直線に力の柱が立つ。


 その一撃を、銀咲は間一髪で身を翻し、回避する。

 同時に、その回転で黒い影。そのネスト戦闘員の正装とされる黒いコートを纏った男の胴部横を回し蹴りで捉えて蹴り飛ばす。


 「もらったァ!」


 そう叫ぶ高い声。女だ。同じく正装の黒い外套を纏った少女が腕を払い、赤色の塊を鋭く射出し、銀咲に一直線に伸びる。


 「……ホォ……」

 「クソがッ!」


 一本に鋭く伸びた限りなく針に近い菱型の赤い刃を銀咲は掴んで居た。がしりと掌の中にあるそれを握りつぶし、手を開き、シャラシャラにしたその刃が月光を乱反射させる。


 僅かに目を細める気配があった。

 身を凍らせる援軍二人は息を飲んで死を覚悟したが、その銀咲は細めた目で捉えるのは、横たわり今はもう動く気配のない鉛色の髪の少年。


 「………フォ……」


 低く、脊髄を振動させるようなそんな銀咲のぼやきが、二人を硬直させるが銀咲の次にとった行動は遠くの廃屋の屋上に跳躍し、更にその奥の建物の屋根に、更にその奥に──


 「助かったのか……?」

 「……そのようだな。鬼道、鴉丸の仕留め損なった月影の骸の回収を任せた」

 「桃城。お前は?」

 「鴉丸を輸送班に受け渡す」

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