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影使いの街  作者: やぎざ
第四章 欲の写身
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欲の写身 3

 『レイくんはほんとに動物が好きだね』


 響くのは、親戚の中年女性の声だった。


 『うん! 進化って言うのかな? それが奥深くてすごいんだ! 環境適応能力ぅ?』

 『ふふふ、将来は学者さんね』


 自分の人生を変えた経験──発見。


 『この前外にムカデが居たんだよ! こんなに大きいの! 足がいっぱいあってね、牛さんみたいな頭してるんだ! それが鎌持ってた!』

 『へぇ……それはどこで?』

 『ここの近くだよ。街の中にわさわさ歩いて消えていったかな』

 『そう……』

 

次に移り変わった景色は真夜中の惨殺シーンだった。

 黒衣を纏う人々が、牛の頭をした巨人に群がり金属の武具で刺殺している光景。あまりにも容赦なく残忍な行いに、少年は潤んだ目で声を絞り出した。


 『そんな……あれは絶対珍しい生き物なんだよ? 調べようよ! 僕は知りたいんだよ……!』

 『調べる必要も無い。あれは人類の敵だ』


 月日は流れ、少年は既に青年へと変わっていた。そして──


 『お前! 何をするんだッ!?』

 『何をするもどうするも、僕の勝手だ。俺のしたいようにしただけだ。人間はつまらない。動物は辛いことがあれば生命の危機と判断し、それを元に長い月日を経て進化する。変化する存在だ。人はどうだ? 変わらない上下関係と社会。自分を押し殺して、本当に欲する物を手放し、己と言うものを抑圧しているだけじゃないか?』

 『だからって人を殺すことは──!』

 『さようならだ……父さん』


 空色の閃光が、血しぶきを上げた。


──


 「寝言かい?」

 「何か言っていたか?」

 「何も」


 ジャベリン大洲の居ないオフィス。椅子に腰掛けてうたた寝する黒髪の無精髭の男。銀髪の青年はデスクに腰掛けて男に背中を向けていた。


 「それにしても、アナタは本当に僕を不信な目で見ないのですね」

 「どうしてそう思う?」


 青年は文庫本片手に身体を捻って無精髭の男、桃城レイスケに顔を向けて言った。


 「元はと言えば、今回のプランの敵対組織である『ネスト』の親から生まれた子なんですよ?」

 「それがどうかしたかい?」

 「それが……どうか、か」


 小さく唸る桃城にその銀髪の青年、晶叢シナツは告げる。


 「親と子の関係なんて遺伝子での関係でしか無いよ。子を理解できない親。親を理解できない子。いくらでもそんなケースはある。それが正しいか正しくないかなんて社会の尺度でしかない。人を変えるのは環境だ。一般論を逸脱したところで、人の価値と言うものは変わらない」

 「アナタは、私に価値を見出しているのか?」

 「水臭いことを聞くな。君の月影への執着と関心。そして、それを拒む人間への敵意は確かに僕は感じているつもりだよ? そして、君の考えそのものも──」

 「人が人に魅力を持つときは共感と理解。今の人間よりも、人であろうと必死に追いすがり、それでも自分を変えられず叶えられない願いに絶望して破壊衝動に彼らのほうが、よっぽど理解ができて、魅力に感じる」 

 「僕もそのとおりだと思う。だからこうして手を組んだんだ」


 小脇から青年はカプセル水槽を出す。円柱状のカプセルの中には薬液が詰まっており、中心では浅黒い藍色の皮膚の胎児が浮遊する。


 「もう分化が始まってきている。時間はまって貰えない」

 「わかったよ。フォビアは?」

 「混乱の起爆剤を街中に撒いているところさ」

 「そうか……じゃあ早速」


 桃城レイスケが蟀谷に指を沿えて目を瞑った途端、硬直する。


 「どうした?」


 そして、溢れる笑み。僅かな口角の歪みが悦びの色を帯びている。


 「楽しい事になりそうだ。面白いものが来ているよ。時間があれば寄り道させてもらう」

 「楽しそうだね。任せよう」

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