欲の写身 2
「月影との生活は実に楽しそうだな」
「なんだ? お前そんなこと言うキャラだったか?」
鴉丸宅の低いテーブルの近くで膝を立てる鬼道。言葉そのものは軽口のようなそれだが、表情と声色はそうではない。いつもの通り低い声質の中には、深く沈下する何かがあった。
バターを塗りたくった食パンを齧ってはテーブルにあるコーヒーを少しばかり飲んで、またそれをテーブルの上に置いた後に身を退く月詠。鬼道への警戒の色が溶けることはない。
「桃城が死んだ」
「なんだって?」
鬼道のぼやく言葉に、鴉丸は硬直した。それはどういうことだ、と腕組みをして壁にもたれかかり問う。
「以前の事だ。ここから半島にある半島でネストの任務で俺たちは駆り出されていた」
「ラウンジ……」
「そう呼ぶ人間も居るが、お前もそうだったとはな」
「続けろ」
乾いた笑いの表情をうっすらと浮かべた後に鬼道は再度口を開く。
「任務だ。一種の月影に関する任務を受けていたが、登録外の影使いに襲われて桃城は死んだ。同じ任務で死線をくぐり抜け生存した者の記憶解析を行っていて、まだそれが誰かは分かっていない。観測班も、その登録外の影使いに『糸吊ブラックラスプ』のものと断定してそれ以上はお手あげの状況だった」
「ちょっとまて、そいつは以前俺らが始末したはずじゃ?」
「よく分かっていない。一人じゃ無いのかもしれないし、そう”読んでしまう”のかもしれない。ただ、そういうことをする人間がこの街には居るってことだ。それを伝えたくて此処へ来た」
「……で、俺はどうすりゃ良いんだ?」
鴉丸が腕組みを解いてから低いテーブルの方へと歩を進める。鬼道の前に置かれたインスタントコーヒーを下げるところだった。
「警戒を怠らないこと。そして、不信な人物を見かけたときには俺に連絡をしてくれ。こちらでもこの街全ての動向を把握しきれては居ない」
「ふん……で、今日は学校なわけだが?」
「今後の監視も俺が行う。すまないが付くことになるが構わないな?」
「むさ苦しくて気持ちわりいな」
そう言いながら、鴉丸は荷物を担ぎ上げて玄関へと向かった。
「あいつが死んだ……か。実感が持てんな」




