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影使いの街  作者: やぎざ
第三章 業と力
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業と力 14

 「登録外のリストにも無かったよな?」

 「未知数だ。用心してかかれ。場所は閉所。奴らの目的は、電子通話機器に話していたように『四海臨空』の回収。そう大きくは動けまい」


 長い一本道の通路。かつかつと平然と歩を進める銀髪の青年、晶叢シナツ。それに続くフェイレンと呼ばれる大柄の影と、不健康そうな顔つきの男。

それに対して身を潜めながらも確実に一手先手を切ろうと呼吸を整えるネストの兵力。


 対月影の基本は多対単である。部隊となる兵力がぶつかっていくことで、エステライトなどの探索型にない情報の戦力を把握して観察し、効果的な火力を注ぎ込む。

 未知数な力を持つ相手に対しては効果的に働く、その戦術。──当然犠牲は伴う。


 「俺が行くッ!」


 一人の外套が弾の様に飛び出し、刀のように磨かれた刃に影を流し込む。

 中空を引き裂く斬光が、晶叢の纏う白色のワイシャツの先端を捉えた。


 「君は思い切りが良い」


 刃の先端が晶叢のシャツに触れようとした瞬間、青年は身体を回転させてそれを回避する。同時に、遠心力にまかせた鋭い蹴りが飛び込んできたネストの影使いの延髄を捉えた。


 「ガッ──ハッ!」


 椎骨が砕ける衝撃が筋肉に響いて、鈍い音を立てる。


 (体術を得意とした単対単専門か?)


 判断を行った兵の長が顎に指を添えて、その後指を二つ立てて後ろのネスト構成員に促した。


 次に飛び出したのは銀の短剣を握る者と、ガントレットを纏う者。

 闇を裂くようにかっ飛ぶ二つの影が、銀髪の人影に向かって斬りかかる。


 「くっ!」


 不格好な程身体を屈め攻撃を回避し、斬りかかった二人のネスト員の横腹目掛けて開脚蹴りを見舞って吹き飛ばす。

 側壁にたたきつけられて吐血を行う二人は動くことが出来ない様子だ。

 奇妙ではあるがスマートな身のこなし。晶叢シナツの動きに乱れは──


 「よし、行くぞ。兵力に余裕は無い。数で潰す」


 長がそうぼやくと、兵達は一気に飛び出した。床を駆ける者も居れば、壁を蹴り、晶叢シナツへ向かって飛び込むものも居た。


 「晶叢ッ!」


 捌ききる事が出来ない。そう判断したフェイレンが吠えるように声を上げた。


 晶叢は柔軟な身のこなしで振りかかる兵力に的確に回避と殴打を与えていた。常人のそれを超えた身体の動き、彼も紛れも無く影の使い手だ。


 「衰えが見えるぞッ!」


 僅かな動きの鈍り。捌ききる速度を落としたそこを捉えたネストの長が長剣を短く握りしめて飛びかかる。

 姿勢を低くした脚部を狙った水平薙ぎ。それを小さく跳ねて回避する晶叢は、なおも飛びかかってくる無数の兵力に対応を行っていた。

 だが、身動き一つ取れず、遮蔽物もない空中で、次の鋭い一撃を捌くことは──


 「できないよなァ!?」


 影が練りこまれた鋭い斬撃が下から上へと半月を描く。その斬光が、晶叢の下腹部から顎にかけて一閃。


 流血を上げながらバク宙して距離を置いた晶叢。尚も勢いを落とさない無数のネスト構成員。一瞬にしてみせた隙に空かさず追い打ちを叩き込むッ!


 ドスドスドスドスッ!

 鮮血と同時に上がった音。地面を貫いて男を串刺しにする音が老化に鳴り響いた。


 「首を切り落とす」


 這いつくばって身動きすら取れない晶叢。

 長が長剣を坂手持ちにし、腹ばいに横たわり乱した呼吸で命を繋ぐ晶叢の延髄に刃の先を向け……直下させた。


 「晶叢ァ!?」

 

 フェイレンの震えた声が上がる。

 

 文字通り首の皮一枚で繋がったという状況、背中から無数に突き刺さる刃は20本を超え、静かに鳴り響く心音は兵たちの者。

 絶命して沈黙する晶叢。身動き一つ見られず、指一本すらも動く気配が見えなかった。


 ドビュシャッ!

 安堵が見えた直後、ネストの兵の首が飛んだ。


 夕暮れの斬光──そんな橙の光が蒼黒の闇を纏って周囲を飛び回る。


 「何だコレはァ!?」


 まるで旋風。無数のワイヤーを思わせるよう描いて回転するその光に、兵達は貫かれボロ雑巾の様に朽ち果てていった。

 その軸は、中心点は晶叢。


 「……コントロールが難しくてね。大切なタイムカプセルを掘り当てるときに、シャベルカーを使う者は居ない」


 狼狽する長の目には、むくりと立ち上がる晶叢シナツの姿があった。既に首の皮は再生し、背中の傷も、筋組織が内部から再生しているのか武具はゆっくりと引きぬかれるように床に落ち、金属音を一帯に響かせた。


 晶叢の胸の前で立てる腕。それには深淵の様なガスと、夕暮れの様に煌めく閃光が渦巻いていた。


 「再生が速いッ! 一気に仕留める!」

 「待て! 速まるなッ!」


 残った数名のネスト兵が飛び出す。同時に、手で球体の様に渦巻かれていたそれを、晶叢は懐の方へと持って行き、次の瞬間には腕を振り払って巨大な三日月状の光を描いていた。


 「グブフッ!」


 木っ端微塵だった。振りぬかれた斬撃に伴う無数の真空の刃が兵らをズタズタに引き裂いて血肉と臓物へと変えていた。


 「……!」


 残る長も硬直して身動き一つ取ることはできなかった。ただ部下が切り裂かれて飛び散った血肉を頬に受け、真空の刃で外套を切らしていた。


 「これが僕の影──『礼絶のイズナラク』だ。名前だけでも教えて上げるよ」

 「そんな名前……登録外影使いの中に──は」

 「……桃城レンスケ。彼が居る限り僕達の足跡は付かない」


 球形に束ねた深淵と夕日の影。それを晶叢は長の方向へと向ける。高速回転による高エネルギーの奔流。物理エネルギーとこの世ならざる物質の塊が、部隊の長をジューサーにかけたよう血肉を炸裂させた。


 「終わったよ。進もう」

 「ヒヤヒヤさせるな」

 「期待していたんだが、そう現れないものだね」


 晶叢は返り血で赤くなったシャツの先端を絞る。ベタついた血が糸を引いて床にこぼれ落ちる。


 「おや?」


 晶叢らの目に止まったのは一人の長い黒髪の少女だった。赤色の影を帯びて指からは長く伸びる針の様な物が存在感を放つ。


 「彼女は君の?」

 「まだ、生きていたとはな」

 「君は詰めが甘いな。プラン変更だ。僕が最下層に行って回収を行う。いいな?」


 晶叢がそう言って歩を進め、フェイレンと不健康な黒髪の男『桃城レンスケ』はその場で立ち尽くしていた。


 桃城レンカの横を通る晶叢。彼女は素通りするその男に気も止めなかった。


 十数分歩いた先にあるエレベーター。扉を力任せに殴って開かせ、晶叢はその下の方へと身を落とした。


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