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影使いの街  作者: やぎざ
第三章 業と力
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業と力 13

 そこは廃墟の地下鉄。無数に入り組んだ通路が、かつてココに何かがあったことを思わせる。産業的に価値が有るものか、或いは──

 そこを行く一人の少女が地上で起こる轟音に疑問符を付ける。


 「外が喧しいな」


 巨大な鉄塊を引きずって暗闇の奥にライトを照らしだして突き進むのは来灯丸。ネストの影使いだ。


 「おそらく、『黄仙』か『壁河オミト』『町屋キスケ』の誰かだろう。上はラウンジだ」


 答えるのは長い黒髪をした少女。黒い外套を纏うのはネストの戦闘員の他でも無い。名は桃城レンカ。


 「なんなら待機班に内線でも飛ばしてみるか?」

 「いらない。それにしても、この島が一応『ネストの管轄下』とは言え好きにやってんな。それよりも、黄仙はともかく他二人はそんなに派手な力が使えたか?」

 「町屋の方には素養が有る」

 「それは見てみたいな。まあ。再び潮が満ちだしたとかじゃなかったらそれでいいわけだが……」


 二人が突き当りで足を止める。エレベーターだ。潮臭い臭気を放つエレベーターの扉にはヘドロのようなものや、フジツボの様なものが付着しており、それらが一層生臭いものを放ち鼻孔を刺していた。


 「今準備します」


 二人の後ろから現れたのは大柄の男。桃城レンカの下に付く影使い、鬼道ムサシ。

 巨大な電子コンテナを持って現れた鬼道は、そのコンテナの縁にある突起に手を伸ばして一気に引き延ばす。

 エレベーターのボタン付近にある長方形の溝。そこへコンテナの先端を近づけると、何やらチープな電子音が数回反復し、下にスライドするように中身を露わにした。薄い鉄板が、電子版のデリケートな部分を覆っていたようだ。


 「この下だったよな?」

 「ああ。手短に終わらそう」


 電子版へと、鬼道は手に握る突起の管を装着する。


 「電力が持つのは約3時間。素早く済ませましょう」

 「分かってるよ。桃城、慎重な部下を持って良かったな」


 来灯丸に皮肉を言われるも、桃城は動じず良かったと生返事を返した。

 エレベーターの扉が開き、三人はその中へと歩を進めた。


 内側で再度コンテナから伸ばした管で操作を行う鬼道。エレベーターは確かに下降していったが、ロープなどに付着物があるのか円滑な動きとは言えなかった。


 チーン。


 「緊張感がねえな」


 来灯丸がそうぼやくと同時に扉は開いた。

 減圧室を思わせる小さな一室がエレベーターからは広がる。上とは一転して白色で明るく、清潔感のある一帯だった。


 「この奥か」


 ゴクリと息を飲む音が周囲に響く。小さな白色の突き当りの壁に取り付けられていた電子版に、鬼道が数字を入力する。その後、凹と凸の時が組み合わさるようにした亀裂が壁に生じ、それらが上下にスライドして中身が顕になった。


 「シュフルルル……シュフフル……」


 中は一層広く、そして、その中に居たのは男子児童ほどの体格をした影。

 青く浅黒い肌。頭部を横に大きく裂いてむき出しになる巨眼。血走ったように血管が浮かび上がり、虚ろにただ目の前を見つめている。


 「……これが『四海臨空のゼフトクリューゲル』」


 Tの時に貼り付けにされ、金具で手首や足首を固定され身動きができないようだった。その小柄の月影目掛けて、無数のレーザー光が皮膚を焼き切る。

 皮膚にそれらが通る瞬間、身体をビクつかせながらも、月影は耐えていた。


 「こんな所に何十日も独りで……気が遠くなるんじゃないか?」


 鬼道がぼやくと、来灯丸がぼやく。


 「同情なんてコイツには過ぎたことだ。よく見ろ」


 来灯丸の担ぎあげていた鉄塊の先端が、床に落ちる。促された鬼道は月影の方に目を凝らす。

 よく見ればレーザー光の通った後は痂皮形成というべきか、やや艶めいて硬そうな雰囲気を持つ皮膚になっている。体中に碑文を思わせる黒い痣。それらは全てレーザー光の軌道であり、同時にこのレーザー光を遮断する『耐性持ち』の肌であると予測した。


 「良し、叩き切るぞ。『耐性』の配分を、こっちの『攻撃』に割かしてリセットさせるんだ」


 来灯丸が鉄塊に影を流し込む。ライトイエローの影を受け止め、刃を展開させる鉄塊。それは宛らバスターブレード。超振動する無数の巨刃が空気を揺るがして三人の肌に細かく吹き付けていた。


 「雷刀牙らいとうがァッ!」


 雷刀牙。そう呼ばれた巨剣が袈裟斬りの軌道で、月影の紺色の肌を捉えた。


 「ジュブフ……シュブブジュブフル……」


 真っ黒な体液を巻き上げて月影は呻く。既に封鎖されて癒合していたと思える口と思わしき器官が無理やり引っ張られるようにして穴を開け、そこからも黒色の吐物が湧き上がる。


 「ジュブブ……」


 まっすぐに睨む月影の視線。紛れも無い殺意。遠目でありながらも肌で感じ、今すぐにでも身を引きたく成る軌道ではあったが、来灯丸はそれを直に受けながらも斬撃の速度を上げる。まるで燃料や潤滑油を注いだかのように。


 「桃城、後数分で交代だ。耐性を持ち始めた」

 「了解。それまで好きにや──」


 けたたましい電子音が鳴り響く。内線だ。


 『こちら待機班! 侵入者が現れました! 3名! 見たこともない人間です!』

 「見たこともッ!? 登録外のリストにも無かったのか!?」


 応対する桃城。


 「ちょっと! 詳しく教えろ!」

 『待ってください! 今部隊がッ──』


 ガガガ。

 ノイズを巻き上げる通信用端末。


 『──こんばんは。ネストの皆さん今からそちらに向かいます。要件は二つ。一つは今あなた達とともに居るであろうディザストクラスファンブルの月影……『四海臨空のゼフトクリューゲル』を受け渡してもらうこと』

 「何勝手に話を進めている! 誰だお前らは!?」

 『二つ目の要件は、僕らを知ってしまった君たちの絶命──それをこの『桃城レイスケ』らが命じたよ』

 「──ッッ!」


 内線を投げ出した桃城レンカ。叱咤させた足取りでエレベーターの方へと向かう。


 「ちょッ! おい桃城ォ! お前が次四海臨空を痛めつける番だろうがッ!?」

 「始末書でもなんでも書いてやるッ! だから──!!」


 エレベーターが動き出す音と振動が、白色内装の周囲に響き渡る。


 「来灯丸さん……あの人の過去って?」

 「話は後だ。追うぞ。部外者の迎撃に務める」


───

──


 「調子はどうだい? フェイレン」

 「良好だ」


 銀髪が、地下に際しこむ月光に揺れる。美形の青年に促されて答えるのは全身を包帯でぐるぐる巻きにした大男。やつれた顔つきの黒髪の不健康そうな男。


 「プラン通り、君には桃城レイスケの護衛を頼む」

 「晶叢シナツ。貴様はどうするつもりだ?」

 「目の前に沢山居るだろう? 雑兵が。僕が片付けるよ。回収は君らが頼む」


 三人の睨む眼前。暗闇の奥底には黒色の外套を纏った集団が銀色の武具を携えて睨み返していた。


 (強者──倒せなくもないが、相手はしたくない。私の様な存在を相手にしてきた連中だ)


 内頬を噛みながらも歩を動かすフェイレン。

 その明確な敵意を受けてもなお、その男晶叢シナツは涼し気な表情を崩すことはなかった。


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