業と力 9
休憩時間、鴉丸はその時、校舎裏とも呼べるような人気のない場所に居た。気まぐれなのか、興味本位で連行された生徒の先を見たくなったのかもしれない。
早弁用に用意しておいたハムサンドを一つ頬張って目を細める。こういった休憩時間にでも、気軽に話し合える関係でもあれば、もう少しまともな青春でも送れるのかもしれない。
高校一年だぞ、今からでも間に合う。いや、そういった余裕が崩壊を招くのかもしれない。
それ以前に、自分を求めている人間なんて居やしない。だから、関わらない方が身のためだ。興味のない人間に関わられることのほうが面倒で、何よりメリットがない。
だが、そう言った認知の歪みを正してこそ、無駄な気遣いに疲れることもなくなるのではないか。
「……」
人が人を理解することは難しい。いや、不可能だ。
自分の意思を表出すること自体のリスク。他人を求めたら、いずれは足元を救われる。他人を求めている依存状態であれば、それはその他者に生かされているのと同じだ。
いつかは一人になる。そして死ぬ。どうせに死ぬなら、自分の選んだ道で死にたい。
例え、他者に救いを求めれば延命できる道があったとしても──
「ウォラ!」
突如、響く方向。成人男性……野太いがその知性の足りていない声色から、自分と同じ十代後半の人間の声だ。
鴉丸は、その声のする方向へ足音を立てずに近づく。
(体育館倉庫の中か?)
飛び火してきたら、というリスクを考えたが、興味本位で鴉丸は背伸びをして、金網越しから小さな窓の中を覗く。
運良く開いているようだ。
「弱ええええなあああ。お前」
「……」
覗けば3人ほどの人影があった。一人は茶髪のオールバック。シルバーアクセをジャラジャラ纏って居る。後の二人は坊主頭の大柄の男たちだった。片方の坊主頭の腕には血痕がついており、よくよく茶髪オールバックの男を見れば頬が内出血を起こしており、唇の端に切れ込みが入っているのか、たらたらと今も尚出血が続いている。
「いきなり『スパーリングやろうぜ雑魚共』って、因縁付けておいてコレだもんな」
「話にもなんねえよ。行こうぜ」
坊主の男は、その茶髪オールバックの男の元から去った。
どうやら、一段落ついたようで茶髪オールバックはため息を付きながら目を瞑り、深呼吸をひとつした。
「出てこいよ。バレてるぞ」
茶髪オールバックの声だ。聞き覚えがある。
こんな面倒事を目の当たりにして、鴉丸が目を背けなかったのはその男に見覚えがあったからだ。
大回りして、体育館の出入り口に鴉丸は向かう。その最中、大柄の坊主頭の男二人ともすれ違ったが、鴉丸は射竦められることもなく、硬直することも無かった。
その気になれば肉片一つ残すこと無く、絶命させることができるからだ。
「何が楽しくてリンチされんだよ。スパーリングだとか面倒なこと吹っ掛けないで去ればいいものを」
「何も楽しくないし、そもそも喧嘩さえできればどうでもいい。でも、こうしなくちゃ俺の殻を破ることはできない」
「喧嘩?」
倉庫出入り口で、鴉丸が言うが、茶髪オールバックの男は裂けた唇付近に、手の甲を押し当ててそう語る。
その尖ってギラギラした風貌に、思い浮かぶ名前があった。鴉丸は確か、と切り出した。
「断罪のナパームブレッドだったか?」
「断罪のナパームブリッドだ。それに、その名前はラウンジの物。此処ではただの一男子生徒」
「アンタも使えるんだろ? なんでああいう連中には、力を使わなかった?」
「何って、成長が無いからさ」
「……ハァ?」
男は重々しく腰を浮かせて立ち上がる。一つ血の混じった痰を手の平に吐いて、それを見ながら硬直した後に再度語り出す。
「俺は、一向に自尊心が3桁を超えない。ラウンジの奴らには勿論負ける。俺は弱いからな。でも、人の持たざる力で、人を潰すなんて弱い者いじめと同じだ。それをした所で得るもんなんて何もない、ラウンジの奴らには勝てない」
「……」
「影を使った戦闘と、喧嘩とはまるで違う。だが、同じ力量と、同じ土俵で相対した時に差を開かせるソレは確実に存在する。そうじゃないと、今勝っている連中の実力の証明にはならない」
「単純にお前のパワー不足だろ」
「いや、俺の影自体のポテンシャルはラウンジ内でも割りかし高い。でも、俺は勝てない。あの人達に」
「だからといってああいうガラの悪い連中と関わらなくても良いだろ」
「……それもそうだな」
納得したように茶髪オールバックは言う。そんなことも気が付かなかったのか、と鴉丸は哀れを通り越して、半分情けないような気分にもなった。
「ラウンジで、同じ実力の人間と殺り合えばいいことだろうに」
「まあ、お前みたいな同格の相手が居ない人間が居ない人間には分からんだろう」
男は懐から白く平べったい長方形の電子機器を取り出した。
「コレでお前のそれを図ってやるよ! どうせお前も、格下を見下して心の安息を保ちたいだけの輩だろ!」
自尊心メーターだ。男が電子機器を鴉丸の方に向ける仕草に、反射的に身構えたが、後々思えば何も恐れることは無いと確信する。
「あれ? 壊れてんのか?」
「どうした?」
「お前の自尊心まだ300くらいしかないぞ? ホントにラウンジの上位狩りまくってたんだよな?」
「……」
それは事実だった。ラウンジと呼ばれるあの街の半島。そこで影を行使して戦う連中を、ココ数日間で何度もバッタバッタとなぎ倒してきた。
圧倒的な身体能力と、人では反応出来ない速度。そして、受けきることは出来ない純粋たる出力の乱打。
どれもが、鴉丸がこれまでの敵、『銀咲のハウライト』や『糸吊ブラックラスプ』らと互角以上に殺り合ってきた裏付けでもあり、それは他者に取っても卓越した力でもあった。
「……お前、嫌われてるらしいぞ。戦っていて退屈だとか、何もさせずに封殺されるとか言われて」
「そうかい」
「ショックか?」
「そんなことにいちいち気を使っていたら、月影狩りなんてやってられん」
「……」
鴉丸は静かにそう言い放った。茶髪オールバックの断罪のナパームブリッドはそれ以上口を開くことも無かった。
冷たく拒絶する口ぶり。
「同格……か」
ラウンジで戦うための姿勢。何かが変わると、ただなんとなくで脚を運んでいた今までとはまた違った姿勢でそこに行ける。鴉丸にはそんな気がしていた。




