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影使いの街  作者: やぎざ
第三章 業と力
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業と力 8

 気だるげな朝。1日でも休日を挟めば、10代という若い世代は一瞬にして堕落する。教師はそれを承知の上なのか、居眠りをする生徒に注意をするもなく淡々と授業は進んでいった。

 微睡みが瞼の裏に投影する映像は、昨夜の物。


 「おっそーい! 何時だと思って……ちょっとどうしたの!?」


 鴉丸の帰宅。外から扉を開けて入ってくる鉛色の髪色をした男は、土埃や血の滲むシャツを纏って、まるで外出時とは違う風貌になっていた。


 「影使いとじゃれ合っていた」

 「何してんのホント。スイレンは自分の身体もうちょい大切にするべきだよ。私のために!」

 「お前に殺されるためだけの身体じゃない」


 ためだけの……そぼやくようにつぶやいて、玄関まで迎えに来ていた月詠の脇を通り抜ける。


 「一日中じゃれ合って?」

 「ああ」

 「身体に痛いところとか無い?」

 「ない」


 鴉丸は仏頂面で答え、月詠はそれ以上問うことはなくキッチンへ向かった。

 キッチンには料理本が何冊か開いて並べられており、鴉丸宅にある調味料が何本か乱れるように取り出されたり、転がったりしていた。


 リビングでは鴉丸が携帯端末と、平べったい白色の電子機器を懐から取り出していた。


 「何がためになる……だ」


 誰にも聞こえないような声色で、鴉丸はそうぼやく。脳裏に浮かぶのは金髪の無精髭をした男。その男に勧められて、この街の端にあるラウンジと呼ばれる場所に踏み入ったのに散々だった。


 袖に付着する滲んだ血。それは鴉丸のものでもなく、現実生活じゃ名前も知らない他人の返り血だった。狂った様に戦闘本能を全開にさせて鴉丸に立ち向かってくる影使い達。だが、そんな彼らも鴉丸の駆る蒼黒の影で幾度なく貫かれ、沈黙した。


 黄仙だったか。そんなジジイは、自尊心を高めるため闘争に身を投じるものが居たと聞く。それは、他者に勝つ体験によって、自己肯定感を生み出すものだと鴉丸は捉えている。

 そうでもなきゃ、勝率の高い影使いの自尊心が7000代とメーターが示さない。

 だが、そんな強者も鴉丸の純粋なフィジカルと、出力により為す術もなく潰され、水切りの要領で海面を滑り、水平線の無効までふっとばされたのだ。


 得るものなんて何も無かった。脳裏でそんな答えがよぎって顔を上げた時には、湯気を上げる皿や容器が並べられていた。


 「どう!? 料理女子って評価良いらしいって聞くから試してみたの! 冷蔵庫の中の余り物を使ってね! いやースイレンは買いだめを良くしてるから助かったけどホントはだめだよ? 腐らすこともあるからね。勿体無い。てか、そうじゃなく早く食べて味の方聞かせてよ! てか、スイレンとしては料理女子ってポイント高い!? てか、どんな女の子が好みなの!?」

 「やかましくない女」

 「……」


 鴉丸はそうぼやいて箸を取った


 「頂きます」

 「どうぞ」


 和食風のメニューで、大皿に盛られたのは野菜と肉類を同時に炒めたような物だった。手軽につくれそうな物だったが、疲労状態で食事を作るなんてことは気が引けるものがある。

 月詠は、その手料理が鴉丸に食べられる瞬間を今か、今かと待ち望んだ眼差しを向けながら横の席に座った。


 「おいしい。作ってもらって助かる」

 「ホント!? やったー! これで私も一人前のレディー! はるか昔から、男を掴むには胃袋を掴むべしって伝えられているしそれは間違ってなかった!」

 「……お前はなぜそうまでして俺に関わるんだ?」


 前から疑問に思っていたことだった。

月影が人に向ける感心なんて、殺意以外必要ない。より最適化し、特定の人物を殺すことに執着をもった月影はその存在に近寄ろうとするため、必要とされる情報量なども生まれ持って現れる時に変わってくるのだろうか。


そんな疑問を口にした鴉丸に対して、月詠は何時もと変わらないような口調で言う。


 「スイレンが好きだからだよ」

 「ハァ!?」


 唐突に行為を寄せられ、慣れない感覚に鴉丸は同様を隠せなかった。真っ赤になった顔を覚まそうとするため、衝動的に冷水を一気飲みしたが脈打つ鼓動は収まる気配がない。

 気恥ずかしい感情を抑えながら、月詠の方を向いたが、彼女はあまり何時もと変わらない表情だった。

 深く沈み込むような瞳と、血行の良さそうなほんのり桃色かかった頬や口唇。


 「いや、正確にはちょっと違うかも。私の目的のために、そうなろうと演じているのかもしれない」


 鴉丸の握る箸が止まった。先程の舞い上がったような表情は消え失せて、明らかな殺意と対峙した時の様な険しい表情へと移り変わる。

 全て己を殺すためだけのプランという疑いを瞬時に抱いたからだ。毒でも入っているのか、あるいは一種のハニートラップ紛いの物。男を堕落させるためだけの技術。そこに入っているのは思いやりなんてものでもなく、希釈した殺意なのではないか……。


 嗚咽を漏らしかけたが飲み込み、鴉丸は口を開いた。


 「目的? お前ら月影は人を殺すことだけを目的としてるんじゃ無かったのか?」

 「まあ、確かにそうだけど、また別に目的みたいなものもある」


 視線を下に向けて胸を手に当てて思考する月詠。

 鴉丸はなんだかフラれたのではないか? と人生初の後悔の念めいた感情と、疑問が交差していた。


 「人間ってどんなものか知りたいのかもしれない」

 「目的というか、欲求か?」

 「そっちの方が近いかもしれない。ほら、私って見た感じスイレンと同年代の女の子と何も変わらないでしょ? そういう年代の子のことも知りたいかなって。そりゃ戦闘モードにでもなれば殺戮衝動だけに駆られるけど私はあれは好きじゃない。なんだか、そう言った『知ろうとする気持ち』をあの時だけ忘れてしまうの」

 「……」

 「『知ろうとする気持ち』……よくわからないけど、それはすごく人間っぽいことだなって、大切なことだなって思う。だから私は、一般的な10代そこいらの女の子を演じているのかもしれない」

 「それが、最終的には効果的に俺を殺す選択肢になると?」

 「どうなんだろ。本能的な部分に刻み込まれた最適化された方法論なのかもしれない。そうなるようにいつの間にか仕向けられていた記憶とか、考え方とかなのかもしれないし、そうじゃないかもしれない」


 自分の意思。鴉丸の脳裏に、そんな言葉が浮かんだが、それを伝えようとする文を考えていくと思考は停止した。なんとなく、お前には自分の意思は無いのかと言うこと自体が、偉そうに思えたからだ。


 「私は、人を知るために人になろうとするなかで、私が誰だか分からなくなってきた。人間になりたいのか、貴方を殺したいだけなのか──」


 突如、頭部に衝撃が走る。硬いもので小突かれたような痛みが頭皮を伝う。


 「鴉丸。今は何時だ? 授業中なんだが、また夜遊びか? あまりにも続くと生活指導の先生にも来てもらうぞ?」


 脅すような口ぶりで教師がそう言い、テキストの角を鴉間の頭に立てていた。

 気がつけば眠っていたようで、体中の筋肉が痛む。インナーマッスルが凝るような、そんな感覚だった。


 教室内は周囲は面白おかしく、そんな鴉丸の表情を見て笑う声が数人から上がっていた。嫌味もなく、ただおかしいと笑う者も居れば、無関心な者も居る。その中で、鴉丸が最も感じ慣れている視線を送る者も確かに居た。


 (またアイツ怒られてるぜ? 辞めたりしないかな?)

 (いやいや辞められたら困る。ヘイトがこっちに移るじゃん)


 後ろ指を指し、他者を見下して、安息を図る人間の視線だ。相互の関わりを捨てて、そうやって心理的安定を得ようとする人間。自分さえ良ければそれで良い。

 他人に言えたことではないが、そんな考えをしている人種に嫌気が差して、こうして人と関わらない。そんな何度目ともなる自己分析を鴉丸は行っていた。


 「人種……或いは人間そのものが……」


 考えても仕方がないことではある。そう言い聞かせて人間社会にほんの小さな嘆きを抱いて、数秒後した時には忘れるのが常だ。

 今日は天気が良い。燦々と輝く陽光が、眼下に広がるグラウンドや体育館。その奥に広がる高層区のビル群や建造物に突き刺さる。


 「……」


 次に鴉丸の視線に入ったのは、体育館の脇の空間に数人で集まる男子生徒達の様子だった。

 三人。何やら二の腕をがっちりとホールドされ、早く歩け着いて来いと言わんばかり、強引に奥の暗い空間へと一人の生徒を、二人の生徒が連行していた。


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