業と力 7
「全く、お前らがしっかりしていれば、私は呼ばれなくて済んだっていうのにな」
気だるげに頭をかく金髪の少女。懐には巨大な金属の塊。
そこは港。この街の端にある半島のそこに、ボートから上がって来ながら黒いコートの人物が、黒いコートの人物らと対面した時だった。
「登録外影使いの件数が増大。遅まる気配の無いこの状況で、人手が足りないくらいだ。お前みたいな他の管轄下の暇人くらいいくらでも取り寄せることは出来る」
黒のフードをとって、長い黒髪を靡かせるのは桃城レンカ。その後ろで、腕組みをして二人を見据える鬼道ムサシ。
「フン。で、呼ばれたの『四海臨空の骸』の管理……か。猿でもできるだろこの仕事」
「それは私達が猿以下だと……そう言いたいのか?」
「違ったか?」
「……」
ガシンと、コンクリートにヒビが入り、金属塊が地面に突き刺さる。
その柄の部分に手を添える金髪の少女、来灯丸。
「まあ煽り合いをするのも生憎趣味じゃない。はやくそこへ案内しろ。仕事を済ませてやる」
「そう焦るな。今は水位が上がっていて地下管理棟の出入りが出来ない状態だ。後数日……そうだな。2日以内には退くだろう。そこで一定のストレスを骸にかける」
そうかい、と漏らす来灯丸。腑に落ちない様子で鉄塊を引きずって、桃城や鬼道らの横を通り抜ける。
「まて、どこに行く気だ?」
「どこにも行かん。休ませろ。シャワー貸せ」
「詰め所はそっちじゃない」
「……」
「着いて来い」
下唇を噛みながら、眉を寄せて来灯丸は桃城らの方へ引き返し合流する。
日は高く上り、陽光が凪いだ海を輝かせる。森林は青々しくなって、空は雲一つない深い青色。黒色のコンクリートは熱気を吸い上げ、白色のコンクリートは熱々如く顎の下を照らしだす。
「二人はどういった関係で?」
沈黙を割いたのは鬼道だった。野太い声は放つ顎からは汗が一つ落ちる。
「元同僚」
桃城と来灯丸。声を合わせて言った。
「このアホは仕事ができないからな。何をするにも先輩、先輩。こっちが切り捨ててやったわ。自分で考えて動けないアホはノーセンキュー」
「この無法者はすぐに自分の私情で行動を変える。信用ならん。鬼道。お前も私に着いて任務を請け負うとするのならばコイツのような人間にはなるな」
「おうおうおう。弟子に意味のわかんねえ適当なこと吹き込むんじゃねーぞ? 機転が利かねえ頭の硬いお前にはそう映るかもしれないが」
「基礎があっての応用とアドリブだ。お前は自分が気持ちよくなることだけを考えて動いている。チームの和を乱す」
「和ねぇ。それが具体的にどう結果に結び付いているか、研究結果でも提示してもらいたい」
「自分で探せ馬鹿者」
二人の口論は終わる気配を見せない。
桃城は何時にもなくムキになって吠え、来灯丸もそれと相殺するように大声を上げる。
それは海岸沿いを数百メートル歩いた先にあるプレハブ小屋に到着するまで続いた。
「遅れたが、今回の任務についてだ」
桃城はプレハブ小屋の中の空調にスイッチを入れながら言う。
「さっきも言ったが、『四海臨空の骸』が封印されている地下管理棟の出入りは出来ない。この島の最深部にあるそこには、潮の満ち引きで入れるかどうか。そう言った要素もある」
「潮が退いたら深夜だろうが朝だろうが向かうぞ」
「そう急ぐな。月影の浅眠期が何度こようとも、影力ストレスリアクターが奴の回復分の体力を削ぐ。今回課せられた仕事は、そのリアクターの動作確認及び、耐性を付けないよう、こちらの影で衰弱レベル、ステージ4へ追いやることだけだ」
ちょっと待ってくれ、と声が上がる。鬼道からだ。
「自分には情報が全く来ていない。そもそも『四海臨空の骸』ってなんだ?」
その姿に目をまんまるとする桃城と来灯丸。
「お前、弟子にちゃんとした基礎学習くらい叩い込んでおけ」
「わ、私はちゃんと言ったはずだ! 資料にちゃんと目を通しておけと!」
「それで目を通す奴居ると思う?」
「……」
押し黙る桃城。悔しそうに下唇を噛んで来灯丸の方に視線を配る。対して来灯丸はしてやったぞと言いたげに顎を上げて、指でその薄い金髪の端をくるめて弄んでいる。
「ざっくり言うぞ。後はお前が調べろ」
咳払いをしてから桃城は口を開く。
「過去一世紀をまたぐかまたがないか……。過去にこの半島付近の海から巨大な化け物が現れたんだ。巨人と言って刺し違えない風貌と体格をしていたという」
「そんなのが居たら、すぐに分かるもんだし、情報として残るもんじゃないのか?」
「まあ聞け。そいつも月影だ。今流行のスペクトキリングじゃなくて、ベーシックなカーネージ。大量無差別殺戮を得意とする昔ながらの月影。"初界穿"を起こすほどの強大な力を持つと呼ばれている。その月影の振りまく脅威ってのは相当だったんだろうな。出現の前日から、人々はなぜか皆この半島を避けて、街の中心部へと出かけていた」
「無意識の防衛本能というやつか」
ネストの情報規制もある、と桃城は付け加え、鬼道は顎に指を添えて頷く。
「まあそこら辺りは流すとする。そんな巨大な化け物を潰そうと、異能を持った人間らが立ち上がって、その月影『四海臨空のゼフトクリューゲル』は沈黙し、骸となった。後にこの異能を持った人間らがネスト創設の原点となる」
「……」
「で、だ。月影は力尽きても、再度エネルギーを溜め、もう一度人を殺せる活動期に入れるよう、休息期と呼ばれる形態をとる。これが骸ということは知っているな?」
「ああ。ネストはその骸を回収して、復活しないようにストレスを加え続け、保存及び管理を行っている」
「そうだ。その『四海臨空のゼフトクリューゲル』も同じで、現在は骸の状態にある。だが、このまま放っておけば再臨することもわかるな?」
「ならば地下に管理しておく理由は? 本部の管理機関のラボにでも送れば住む話じゃ……」
「簡単だ。その骸の管理がラボでは行えないからだ」
「……どういうことだ?」
鬼道は腕組みをして首を傾げる。納得の行かない様子に、桃城が口を開こうとしたその寸前で、来灯丸が言った。
「動くんだよ。休息期というのにディザストクラス、セーフティレベルで暴れやがる」
「セーフティ……ハングアップ……ファンブル。セーフティとはいえ月影は月影だ。通常兵器や一般人では手に負えない」
鬼道は納得の様子を見せ、来灯丸は続ける。
「だからこうやって定期的に兵力を派遣して、一定レベルまで痛めつけてやるんだ。赤子同然になるまでボコボコにして、無人の影力兵器で復活をさせねぇ。一つの攻撃方法だけでは耐性を持つかも知れない。そもそもそれだけでは不十分。だから人の手で潰す。生憎、奴が居るそこはまだ四角形の一室みたいな空間だから、もしもの時も戦いやすいからな」
胸の前で広げた手を握りしめ、軽く拳を作る来灯丸。
その姿を尻目に、桃城は茶を汲んできて鬼道に渡し、自分の分に口を付ける。
「おい。私の分は?」
「自分で汲んでこい」
「ハァ!?」
「嘘だ。私もそう性格の悪いことはしない。貴様に実力で負けたと、そう認めるようなもんだからな」
「よぉー分かってんじゃねーかよ」
「分かって無いのはお前だ」
桃城の差し出す湯のみに、来灯丸は奪い返す様にそれを取る。
「熱ッ!? ホットじゃねえかコレ!」
「指定はなかったはずだが?」
二人の少女のじゃれあいを見ながら、鬼道は一つ息をして口を開く。
「それにしても、そんな危険な月影の管理をしているっていうのに、用意されているのがこんなプレハブ小屋だったり、緊張感がまるで無いな」
「まあ上層部もアホなんだろ。アホだアホ。アホばっか。影使い個々の戦闘レベルは上がってきてるとも言うが、ファンブルクラスをたった一人の力だけで討伐できた事例なんて一つも無い。ハングアップでさえ、中上位クラスのネスト機動部隊じゃないと始末できないって言うのにな。あぐらかいてやがるぜ老害どもは」
饒舌に語る来灯丸。のどが渇いたのか、湯気を立てる湯のみの中を飲み干そうとして、ヴエ!? と咳き込んで咽る。猫舌のようだ。
「それにしてもだ、桃城」
「……なんだ?」
湯のみをさげ、既に炊事場の方へ向かう桃城の背中に来灯丸は口を開く。
「お前は私に気持ちよくなるため、だとか私情だとかでどうとか言ったが、お前のあの悪い癖は直せているんだろうな?」
「……」
「家族を失った反動がどうとか言って、お前も殺意という私情だけで、任務の遂行よりも己の目的を優先する。正論をいうのに立場という権限は要らない。だが、それは説得力に欠く。お前は……」
「それ以上は言うな」
赤色の刃が、来灯丸の眼前で停止していた。その刃の根元は桃城の腕から伸びている。
一瞬の出来事だ。鬼道は見切ることすら出来なかった。
「自分のことは自分でよくわかっている」
「規定違反だぜ? 月影およびネストの障害と成りうる人間以外への影力の使用は」
「……報告書でもなんでも書けばいい。だが、人の過去には触れるな」
「……分かったよ。多めに見てやる」
朱色の刃は空気に解けるように消えていった。桃城は無言となり、書類の管理にとりかかる。来灯丸はすでに冷めた湯のみの中をちびちびをあおって暇そうに時間を過ごす。
鬼道は自分の手の平を見ていた。
(自分には彼女を支えることができるのか……)
刃を突き出す桃城の顔つきは暗くて脆く、何物をも拒絶するような迫力の相反したものがあった。
手の平を握り、拳を作る。
一つ鼻の下を指で拭ってから、鬼道も書類整理を行った。




