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影使いの街  作者: やぎざ
第三章 業と力
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業と力 3

 コグネの住処から西に電車で一時間弱。寂れた駅に降りて、周囲を見渡す鴉丸だが特に何も無い。風化したバス停と時刻表。今や文字すらも見えないくらいに荒んだ看板らがちらほらと見えるくらいで、それらは既に苔を纏っている。吹き抜ける潮風と、春から夏にかけての期間特有の強い日差しが、ヒビ割れたアスファルトに向いている。


 かつては車ふたつ分が行き来できるくらいの幅の車道も、誰も利用者が居ないのか砂埃を被っている。ただただ静かな一帯で、波が岸壁に打ち付ける音をだけを鼓膜に捉えながら、鴉丸は半島の先を行った。


駅から離れたそこには橋があった。所々錆の見える鉄骨で出来た橋。トラック四つ分が並ぶほどの幅のそこに足を踏み入れた鴉丸はふと視線を上げる。


 形骸化した建造物がその先には幾つも見える。まるで、神話に出てくるような巨人の肋骨か何かが天に向って反り立つ。そんなものを連想させる。


 同時に、鴉丸は高い警戒心に神経を支配されていた。それは人影があったからだ。自分とほぼ同等くらいの身長をした細身の人間。面妖な瘴気を纏うその人間に、鴉丸は一層眉を寄せて身構えた。


「なんだァ? お前。此処に来るってことは勿論分かってんだろうなァ?」

「んだよ。名前でも名乗れよ。いきなりなんだよ」


 ゆっくりとした歩幅で鴉丸の元によ人影。近くで見てみればレザー製のジャケットを纏う青年だった。オールバックにかき上げた茶髪の先端を潮風で靡かせながら、ポケットに手を入れながら歩み寄る。


 「俺らにはそんなもん意味ねえだろォ!? なァ!?」


 そう言ってレザーオールバックの男は一気に跳躍した。同時に、黄金の輝くを放つ漆黒の物質を腕に纏い、それを鴉丸めがけて一気に地面に直下させるよう振り下ろした。


 「くたばれやァ! 新入りィ! 俺様の自尊心に変われェ!!」


 吠えるようにそういう茶髪オールバックの男だが、その黒い物質は鴉丸に直撃する瞬間に炸裂して強い衝撃波を上げながら爆散した。


 「全く、どうしてこう人の言葉が通じないのが多いのか」


 胸の前で拳を構える鴉丸。その拳には青黒い雷電めいた影が禍々しい深淵の火花を巻き上げていた。

 鴉丸の足場や服装には損傷は見られない。茶髪の男の放つ黄金の暗黒物質を拳一つで真正面からぶん殴り相殺したようだ。茶髪の男は距離を離した位置に着地したが、視界に捉える平然とした鴉丸の姿に息を一つ飲んだ。

 

 「ほう。やるじゃねえか、ガキィ。少しは楽しめそうだぜェ!」

 「……」


 再度、男は黄金の爆炎を上げて鴉丸の方向に一直線に飛び出した。空を切って音速を超える肉の弾丸と化した男が拳を振りぬいて飛びかかる。


 だがそのレザーの男の拳が鴉丸を捉えることは無かった。代わりにレザーの男の顎下に突き刺さる蒼黒の衝撃。鴉丸の低いボディブローめいた挙動で振りぬかれる拳の一撃が男を捉え、そのまま上方向に振りぬく。


 空に向かって一直線に伸びる暗黒の雷。そこから錐揉み回転する茶髪の男は、上空数十メートルの高さから隕石の如く墜落した。


 「何なんだよさっきのは」

 「ほう、『断罪のナパームブリッド』を始末するとは、中々に見込みがある」

 

 鴉丸がそんな言葉を聴覚器に捉えた次の瞬間には眼にも止まらぬ速さで竹刀を振りぬく人影を捉えていた。中性的な容姿をしたその人物は、髪を後ろで一本に結い、白い袴姿で竹刀を鴉丸に振りかざした。


 「誰だよテメェ」

 

 上腕でその竹刀の動きを止める鴉丸。袴竹刀は自分の太刀筋に自信があるのか、一撃で沈められないことに驚きを隠せない表情でいた。


 「仮に言うなら、『神速の斬空刀』」

 「そうかい」


 蹴りによる一撃で距離を離す袴竹刀は、瞬時に姿を消す。常人では見えない速度だ。鴉丸の周囲を駆けまわる様にして空を切る。所々、金属の橋には切り傷の様な物が走り、火花を巻き上げる。


 「フハハ! 見えまい! 我が身のこなしは『ラウンジ』にてほぼ最速! 貴様程度の素人に捉えることは出来ん!」


切り返しの瞬時、一瞬黒い影が輪郭を持つ。次第に鴉丸の眼はその速度に慣れていた。

竹刀を振りぬき、音速の太刀筋で鴉丸に襲いかかる袴竹刀。


「グボフォ!?」


 だが、その竹刀は鴉丸に打ち付けられることは無かった。

 鴉丸の拳の一撃が、袴の人物の頬に鋭くめり込み、頬骨にヒビを入れる鈍い音が一帯に響く。


 「一旦距離を取るッ!?」


 その一撃に、袴は逃げ腰の発言をこぼしジグザグ移動で鴉丸の元から去ろうとするが、鴉丸は鉄の橋を強く踏んで一直線に跳躍する。

 逃げようとする袴に追いつく鴉丸は、身体を捻り鋭い回し蹴りで袴の延髄を捉えて蹴り飛ばす。


 ゴキリ、と何かが砕かれる音を巻き上げながら放物線を描いて、袴は海の中に落っこちた。


 「……何なんだよ」

 「よくぞ撃の刺客、速の刺客を打ち倒したッ! だが、盾を砕けなければ勝負にはならん! さあ! 『背徳の金剛石』と呼ばれる私を倒して見せろォ!」

 「喧しい!」


 呆然と立ち尽くす鴉丸の後ろに現れる上半身裸の大男。己を金剛石と名乗る男だが、鴉丸の一喝と鋭い裏拳を腹に受け、一直線に数十メートルまで吹き飛んだ。吐血が放物線の残光を描いていた。


 「……んだよ一体」

 「なるほど、素養はあるようだな」

 「……ッ!」


 低く嗄れた声が鴉丸に呼びかける。その方向を見ながら鴉丸は拳を軽く握る。


 「そう恐い顔をしないでくれ。事情を話そう。ついてきてくれたまえ」


 敵意は無かった。だが、ソレまでとは異質で、只者ではない雰囲気を纏うその人物に、鴉丸はひとまず戦闘本能を抑える。

 和服姿をしたハゲ頭の男だったが、鍛え上げられた胸筋や太く逞しい前腕が垣間見える。なんとなくだが、強者それであると鴉丸は認識しながら、男の背後に付いて行くよう歩を進めた。


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