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影使いの街  作者: やぎざ
第三章 業と力
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業と力 2

 「なるほど。久々に顔を合わせたと思えば惚気話とは、鴉丸くんも高校生なんだね」


 不貞腐れたようにそういう金髪の男は、以前よりも一層濃い無精髭を生やしている。顔色も白く、贅肉がただでさえ無いその身体もより一層病的に細く見えた。


 相変わらずリビング件、客間であるその一室以外には書類が散らばるそのコグネの持つ部屋。そこで鴉丸は月詠サラクであり銀咲の月影、ネストの中では『銀咲のハウライト』と呼ばれる月影と半同棲してるような近郊報告を告げた後だった。


 「惚気と言えば高校生ってどんな偏見だよ」

 「いやぁ、僕みたいな灰色の青春時代を送ってきた者には、君みたいな人間が輝いて見えるんだよ。別の世界の人間のようにね。能力のない人間は他者の独占を指を加えて眺めるしか無い。色欲の奔流。乱れる肉と汗」


 詩的に雄弁に語るその男、コグネはそんな調子で鴉丸の座るソファ前のガラステーブルにインスタントの紅茶を差し出した。


 「何なんだよホント。地雷踏んだか? てか、そっちも努力するなりすりゃ高望みでもしないかぎり出来るもんだろ」

 「なるほど、鴉丸くん。君は僕にモテるためのレクチャーをしてくれているのかい?」

 「んだよ。思ったことそのまま吐いたまでだ。てか、俺はモテもしないし友達も居ない」

 「そうかい。君は僕のことをただの金づるとしか見てなかったわけだ」

 「何いじけてんだよ気持ち悪いな」

 「それにしても、君は以前よりも自分のことを表に出してくれるようになったね。僕が君の資金源であることに恐縮して媚びへつらうことも無くなったように感じる。僕はソッチのほうが好きだよ」


 向かい側の席に座り、湯気を上げる紅茶を啜ってからコグネは再度その口を開く。


 「良い人生を送れる人間ってのは二つだ。欲望を実現する能力を持っている個人か、そもそも欲望を持つことが無い固体。そうでない者はずっと悩み、他人を妬み、己を呪い続けなければならない」

 「また掘り返すのかよその話題」

 「まあ、聞いてくれ。客人が来るのは久々でね。ギブアンドテイクという奴だ。僕が語り終えたら、じっくり君の相談に乗ってあげるよ」


 そう言い終えるとコグネは再び語りだした。人の持つ欲望だの、能力だのや運命や輪廻。そんなオカルトめいた単語を混ぜながら雄弁に語るが、鴉丸にはただ努力を怠った人間の愚痴を文学的に言い換えただけのそれにしか聞こえなかった。

 唯一耳に残ったやり取りはこれだった。


 「そもそも、努力をしろという言葉、僕は嫌いだ」

 「なんでよ?」

 「努力した、なら分かる」

 「どう違うんだよ」

 「全くもって違うよ。別の属性だ。全体像も見えてないのに、その先に自分にとっての幸福が有ると信じて疑わず暗闇を突っ切れる人間がどこに居る。そんな人間、天才の他無い上にそういう人種に自分が生まれてくる確率は何よりも低い。モノを捉えれるかどうか、見えるかどうか。凡人の成功者ってもんはそういう重要な部分を上げること無く、キレイ事の様に努力は報われるだのどうなの言う」

 「……気づきが出来るかどうか、か?」

 「そういうところだよ鴉丸くん。君はひねくれ者を理解するスジが良い」

 「自覚あるんなら直せよ……」


 既に紅茶は冷め始め、二杯目を淹れようか、とコグネが立ち上がろうとする。毒抜きにも満足したようだ。腰を浮かすコグネに対して鴉丸はしなくていいと平手で静する。


 「じゃ、こっちの相談を聞いて欲しい」

 「なるほど、そういう約束だったね。そうでもなければ何のために君みたいな人間が僕みたいな人間の元にやってくるって話だ」

 「例の銀咲と俺が共に生活しているっていうことを他の影使いにバラさないという前提で話させてもらう」


 コグネは再度相対する位置のソファに深く腰を沈めて指を注に組んで鴉丸の方に視線をやる。何時もと顔色も風貌も変わらないが、真剣な眼差しだということは鴉丸にも短い付き合いながら分かる。口は硬い男だ。


 「銀咲は俺を殺すことにしか執着を持たない、以前お前の言った推論のソレと言って間違いない。俺以外の人間には殺意も持たないし、執着も持つことは薄い。しかし、こいつは定期的に俺への殺人衝動を吐き出させてやらないと気分が悪くなるという」

 「なるほど。欲求不満なんだね」

 「……ということで何度か人気の無い所で俺は銀咲と手合わせをしているが、最近は妙に力をつけている。負けることは無いが、負けそうという状態になっているのが現状だ」

 「よく分かったよ。君は今の君以上に強くなりたい。そういう要望なんだね? 鴉丸スイレン」

 「そういうことだ」

 「なら僕は力になれない。生憎、バトル向きのキャラじゃないんでね」


 そう言って片手で目の前に手刀の形を立てるコグネ。鴉丸は下唇を噛んでやっぱりか、と内心呟いたが、その後コグネは口を開いた。


 「だが、僕の代わりに力になれる人間なら沢山居る」

 「どういうことだ?」

 「僕がどうやって腕利きの影使いとつながりを持っているか、君は考えたことが無いかい?」

 「そりゃ、俺みたいに月影討伐の原因究明を兼ねて外出して、偶々ばったり出会ってそのまま……」

 「いいや、違うね。ソレだと非効率的だ。それに、月影を泳がしておくこと自体も多少リスキーでもある。知ってるかはどうかは分からないが、僕みたいな観測型影使いは、他の同族、特にネストのものからも監視されて、監視している関係にあるんだ。仕事をすっぽかしたり、自分のシマを守り切れないということは大きく評価に関わる」

 「……」

 「もっとも、僕には評価はあれど信頼は無い除け者ということも君の知る等身大の人間というのも確かだ。面倒だろう? ネストも。結局表の社会に溶け込めない人間も、人間である以上、人間である常に縛られ続けるんだ」

 「御託は良い。とっとと次に行ってくれ」

 「おっとソレは悪かったね。これでも僕は君と同じように話の長い人間は嫌いなんだよ」


 顎ひげをなでた後、コグネは腰を浮かして今度はキッチンの方ではなくクローゼットの方に向かって行った。木製の観音開きのその木箱からはヨレヨレになったスーツらしきものの裾や、部屋着らしき布らが飛び出していたが、コグネはその中に腕一本開く隙間を開ける。同時に、腕を突っ込んで何かを探ってみせる。


 「あった」


 独り言って、コグネは一枚の紙切れを人差し指と中指に挟んで鴉丸の方にやってくる。


 「名刺?」

 「まあ折りたたみのネームカードみたいなモノだよ。中には地図が描かれている」

 「……一体どんな企業なんだ?」


 企業みたいな無粋な団体では無いよ、とコグネは小さく笑って鴉丸の元にその二つ折りの厚紙を置く。


 「『ラウンジ』と呼ばれる場所だ。この街の西側に突き出た半島。そこでは日夜登録外の影使いが争い合っている。君も混ぜてもらえ」

 「ちょっと待て。俺は不良の領地争いなんかに首突っ込むつもりはないぞ?」

 「不良が不良言うな。それに、領地争いだとかでも何でもない」

 「不良じゃねえよ。てか、なんだ? なんのためにそこで争ってるんだ?」


 鴉丸が眉にシワを寄せて問う。そのハの字になった眉を見て、コグネは腕組をした後、思考を巡らせ唸るような声を数秒鳴らし続けた後にこういった。


 「手段と目的の違い……かな?」

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