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影使いの街  作者: やぎざ
第二章 人は皆消すべきなんだ
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人は皆消すべきなんだ 13

 レンサブリッジから北に数キロのそこに、それはあった。この街に立つ、一際高いビル。高さ300メートルを軽く超える高さのそれは、ある大企業のオフィスビルと呼ばれており、中には一般人用の娯楽施設と言って差し支えない一角も存在する。


 『桃城、異常は?』


 脊髄を震わすような声が桃城の身を震わす。その挙動に、周囲の一般客の視線を寄せる桃城は、フォークとナイフを置いて口元を拭き取り失礼、と漏らす。

 一帯は所謂高級レストランだった。王道な洋食を提供するそこのウエイターや受付は綺麗に制服を着こなし、そこで食事を摂る客人も女は丈の長いスカートをしたドレス姿。男は襟やネクタイ一つ曲がっていないピシャリとした風貌で清潔感がある。

 桃城も妙に大人びて上質そうな布で出来たドレスを纏い、肩を露出させた風貌でそこに居た。耳朶のやや下の位置に指を添えて桃城は瞳を瞑る。耳骨内蔵型インカムだ。


 「いきなり連絡しないでくださいよ」

 『いやいやすまんねー。一応反応は出ているからさ』

 「それにしてもホントに居るんですか?」

 『さーどうだろうね。ただ、昨夜の糸吊ブラックラスプの反応の座標と、現実世界の座標を合わせた時、同個体である人間がそこに居るはずだ』

 「まあ確かに報告に有る風貌と同じような男は居ますが……」


 声の主は悠々とした口調の少女のような声色だ。

 内耳無線連絡機の振動を読み取るように指を添えたまま、桃城は周囲を見渡す。


 今、桃城の視界に捉える幾つかあるテーブルのむこうのそこに、男は不慣れに食具使い肉を切り分けて、大口を開けて食物を噛む。数回咀嚼をした後、酒を一口飲んだらメガネの縁を指で押し上げ、再び肉の切り分けに戻る。


昨夜19時以降、レンサブリッジ付近のビルはあの騒動が起こった瞬間人々は避難した。それから遅れて、出入り口の監視カメラに移るその男は冴えない風貌のメガネの男だった。着慣れない高級そうなスーツを纏った男は何かブツブツぼやくように、だが、すごく満たされた表情でビルを後にした。


 吐き気がした。桃城の知る、力を手にして無力な人間を蹂躙する人間のその顔。思い出しただけで冷や汗が流れでて、動機を抑えるように水を一気に煽る。


 「だ、大丈夫ですか?」


 二十代中盤と思わしき女性店員が心配して桃城に詰め寄る。

 大丈夫です、という意思表示を手の平を店員に向ける桃城は咽るような挙動を弱めて薄めていく。


 『どうした。まさか、親族とでも──』

 「……それはあなたでも触れないで欲しい」

 『……そうか。過ぎてしまったようだね。それで、例の男の所在は?』

 「今そこに居ま……せん……」

 『なんだと!?』


 失態を悔やむ時間は無い。不慣れなドレス姿ではあるが桃城は自分から伸びるその影を身体にまとわせるよう歪め、赤色に変える。指先や足先が赤く輝き出した時には、その現実離れした姿に驚愕するものは居なかった。

 代わりに、自分の模倣とも言えるその人型と対峙し、既に周囲は死人が出始めている。


 「状況が思ったよりも早い! 糸吊のモニタリング! そして、鬼道と鴉丸への対応をッ!」


 吠えるようにそう言った桃城は一気に跳躍する。回転する身体。遠心力に任せて鋭く腕を振り払うと同時に指先から赤い菱型の刃が周囲の“人の模倣”の頭部を貫き、串刺しになって止まる。


 「久々の単対多だ。持ってくれよ“荊棘裁いばらさばきルフスレイン”ッッ!!」


 着地した桃城は、赤く輝く長い針を指に3本ずつ挟み視界を上げる。この一帯を昨夜と同じにしてはならない。例え、自分一人だとしても──!


 非常用階段を駆け上がる二人の男。黒いコートと、ジーンズに白のワイシャツをした涼しげな格好の計二人の片方、大柄で堀の深い顔の男のほうが内耳回線の通信を受け取る。


 『エステライトだ。既に糸吊ブラックラスプは動き始めている。黄マーカーの反応は既に最上階にある。間に合ってくれ』

 「了解」

 

 聴きとった男、鬼道は鋭くさせた眼光をより一層鈍く光らせる。先を見据えたような苦悶の表情。苦し紛れの覚悟。


 「どうした?」

 「最上階に例の男は居るらしい」

 「なるほど、着いて来い」

 「はぁ?」


 非常階段の踊場で、突如うずくまる鴉丸は次の瞬間、青黒い雷を足に纏わせる。その次には一気に飛び上がり、コンクリートや鉄骨の編み込まれた天井に風穴を空けて最上階へと一気に跳躍した──

 

 『江ノ島くん。君が力を得て見えた景色というものを知りたい』


 メガネの男の眼下に広がるのは何時もと変わらない夜景だ。車道にはランプを光らせ車が行き来して、高速道では大型トラックが強引に風を切る。天高く伸びるビル群からは、まるで宙空の星々と言わんばかりに電灯を輝かしていた。


 「そうですね。言うならば、使命……ですかね」

 『ほう。使命、か。それはどういう?』


ビルからの俯瞰風景を眺めて携帯端末を耳に当てたまま、メガネの男、江ノ島は重々しく口を開く。


「死んでいい人間しかこの世には居ない。皆が自分勝手で独りよがりで、自分さえ良ければ他人なんて蹴落とせば良いと考えている奴ばかりだ。表面では他者の幸福を祈っても、その腹では真逆の破滅を望んでいる。幸福の独占。相対的な愉悦。それに付き合わされてそいつらに搾取されるだけの人々……」

 『……』

 「だが、そんな人間も上で鎮座する人間どもが根絶やしになれば付け上がる。常に人間は富と名声、力を手にした時に自惚れる。常に弱者を蹂躙して、己の自己肯定感の代償として他者の人生を歪める」


 江ノ島の顔の目はかっ開いて、真摯に唾を迸らせながら眼下に広がる街に吠えるように続けた。


 「だからッ! 人間は弱者も強者も、どんな人間だろうが根絶やしにしなくちゃならないッ! 全員ぶっ殺して、真に理解を共有する僕達だけの世界が来なくちゃならないんだッ! だからこそ滅殺するッ! 己の姿をしたソレによって殺される運命、自業自得だ。それがこれまで、そしてこれから他者から吸い取るはずの人生の歪曲そのものッッ! それを僕は突き付けてやる使命が有るんだッ!」

 『そうかい』


 端末の向こうから答えるその声は、江ノ島のそれとは違い、冷たく低いものだった。


 『君の考えは確かに理解できた。だが、同意は出来ない』

 「な──なんだと? アンタらは俺と同類じゃ……同士じゃなかったのか!?」

 『これは僕の持論だけど、理解と賛同は同義ではない。あくまでも協力者としか、君には繋がりを持てそうにない。もし、君に次があるとすれば、それは教訓となって思い出されることを祈るよ』

 「何ィ!?」


 端末に向かって短く咆哮する江ノ島。理解できず予測外のその返答に、肌の上に血管が浮かび上がる。


 次の瞬間、江ノ島の背後から瓦礫を巻き上げて何かが着地する気配があった。轟音と共に、乾いたコンクリート片が自分の頭の横を抜けて街に落ちていく。


 『迎えが来たね。それじゃ、これ以上僕達が会話をすることは無さそうだ』

 「──お、お前ェッ!」


 青黒い稲妻を纏う男。背丈は江ノ島本人とそう変わりはない。顔つきがやや幼くまだ十代のそれと変わらないように江ノ島の瞳には写ったが、明らかに異質な瘴気を纏っていた。


 「へ、へへ。ぶっ殺してやるよ。お前あの時、喫茶店に居たァ!?」

 「知るか。誰だよテメェ」


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