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影使いの街  作者: やぎざ
第二章 人は皆消すべきなんだ
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人は皆消すべきなんだ 12

 「聞いていたよりも随分男前じゃない」


 振り袖風の淡い和服姿に短いプリーツスカートを履いた金髪の少女は開口一番そう言った。

 鬼道に連れられ鴉丸が訪れたそこは”エステライト”と呼ばれる影使いの居る薄暗な一室だ。ネスト構成員と思わしき黒コートを着た若い男女が周囲でノートパソコンを操作し、キーボードを指で叩く音が静かに響き渡る一角。


 「それで、足取りの結果はどうなった?」


 仏頂面で押し黙る鴉丸を尻目に鬼道はそう言う。そのエステライトの風貌と気取ったような口調と雰囲気に、また面倒なのと出会したと言わんばかり下唇を噛み、目を細める鴉丸。眉は痙攣したようにヒクヒクしている。


 「そうだな。昨夜の事件を起こした影使いのアタリというものは大まかについているよ」


 経口補水液を一口煽ったその金髪の少女、は一つ上腕を立てるようにして上げて周囲にいるネストの一人に指し示した。

その挙動を受け取った構成員がノートパソコンの前に座り、数秒間何か入力を行った素振りを見せると、小型の映写機から宙空に浮かぶ緑色の曲線が立体的に組み込まれた鴉丸らが暮らす街が象られていく。


「これは昨夜19:30の観測データだ。鬼道は知っていると思うが、私の影の力は『影の余熱』を読み取って映し出す特徴がある。月影の物なら赤く。人間の物なら黄色く。ネストの物はラベリングがしてあるが、そうでないそこの鴉丸くんみたいなのはただの黄色い点だ」


 雄弁に語るようにエステライトは腕を組むが、鬼道は手の平でそれを静する。続けてくれとアイコンタクトを取るようなしぐさをした後、エステライトは一つ咳払いをして口を開いた。


 「『余熱』を感知するのは訳1時間前後。ここのレンサブリッジの隣、わかるよね?」


 椅子から腰を上げて街の立体図を横切るようにして歩を進めるエステライトは、ビルが立ち並び、そのビルとビルを繋ぐように有る立体歩道橋に指を指した。鬼道がその方向に歩を進めると同時に、鴉丸も重々しい足取りでその大柄な背中を追う。


 「タイムシフト、進めてくれ。x0.1だ」


 歩道橋の上には複数、赤い影がぼんやりと呼吸をするように交差する。その動きを見れば、まるで街征く人々を見ているような挙動だ。並んで歩く赤い点。ジグザグにすすんだと思えば極端に右に逸れたように進む点。固まって並列して歩く点。

 何者かとぶつかったように挙動を弾けさせるように後退する点。


 「まさか、人間そのものが月影だったと?」

 「まあここを見てみなよ」


 エステライトは金髪を靡かせてその場でターンし、指を指す。レンサブリッジのすぐ隣にある高いビルだった。そのビルの上階付近に黄色い点が弱く輝いている。

 促されてそれを凝視する鬼道と鴉丸は、突如その黄色い点が強く光る瞬間を捉えて身を竦める。


 「ッ!」


 その次の瞬間にはレンサブリッジに居た弱く光る赤い点が、狂ったように発光を繰り返し、周囲を駆け回っていた。それに反応したように無数の黄色い点が出現し、赤い点と重なっては弾けるように距離を離し繰り返す。


 「倍速」


 エステライトがそう言って片手を上げた。

 めまぐるしく動く赤点と黄点。前者が消滅した時には黄点も幾つか消滅していた。


 「このレンサブリッジにいきなり現れた黄色い点ってのがネストの人間か?」


 鴉丸が言う言葉に、エステライトは頷く。腕組みをしてからエステライトは、巻き戻しのジェスチャーをして射影機を操作する人員を動かす。


 再び映しだされたのは黄色い点が眩く光りだすその瞬間だった。


 「君に始末してもらいたいのはこの登録外影使いになる」


 エステライトが指差すその黄色い点。ビルの上階の端の方に位置して、まるで眼下に広がる殺戮劇を眺めるようにしている黄色い点。──人間。


 「人の影によるものならば、いきなり現れる赤い光らも、本来黄色くなるはずだが、そんなことはいい。怪しいことには確かな存在だ。それに、この黄色い点も『分裂して生まれた点』なのだから、調べておきたいことも沢山ある」

 「分……裂……?」

 「イレギュラーラベル04、糸吊いとつりブラックラスプ……エステライトが名付けたのはそれだった」


 小首を傾げる鴉丸だが、エステライトは瞳を閉じてそれ以上を詳しく話す気も内容だった。鬼道の方を向いた鴉丸だが、その鬼道も拳を握りしめて下唇を軽く噛んで硬直する。


 「……一つ頼みが有る」

 「構わないよ。特別にサービスしてあげる」


 妙に上目遣いで媚びたように鴉丸の表情を見上げる金髪の少女。鴉丸はその嫌なものでも眺めるような、見下ろすような視線を隠せないまま口を開いた。


 「確かあれは19:05辺り。そのマップで言う東の方向はどっちだ?」

 「こっちだけど?」


 エステライトが小さく指をさす方向を鴉丸は見る。立体図の街を、突っ切るように力強く歩をすすめる鴉丸が足を止めたのは、小さなマンションのある一角だった。


 「やっぱりな……」


 そのマンション、鴉丸の今借りている部屋の他でも無いそこに、赤い点があった。その赤い点の前に黄色い点が現れて、強く黄色い光が上がると同時に赤い点が弾けるように消滅した。


 「……」

 「どうした?」

 「レンサブリッジで現れた月影は、確かに人の形をした黒い人型だったんだよな?」


 鴉丸がそう言う言葉に、鬼道は頷く。


 「ああそのとおりだ。ネスト諜報部の情報操作によってテロということにはなっているが、確かに黒い影をした人型で、”模倣元”となった人間の外観を浮かべることもある」

 「模倣……」


 つぶやくようにしてそう言う鴉丸は腕組みをして考えこむ素振りを見せたが、それ以上は口を出さなかった。


 「助かった。ネストの……なんだ」

 「エステライトちゃんだよー。ずっとここに居るからいつでも来てね! フィアンセにしてあげる」

 「ネストの……みんな、か。俺は勤めは果たすつもりだ。力にもなる。だが、この件に俺が絡んだということを報告しないことを約束しろ」


 媚びたように詰め寄るエステライトを尻目に鴉丸は強く言い放った。周囲の構成員も呆気を取られたように目を丸めて硬直したが、その数秒後には、それが脅しでなく懇願の念を込めてということと受け取って会釈をした。


 「そろそろ時間だ、鴉丸。お前の昨夜言ったことが本当ならこれほど心強いものはない。感謝する」


 鴉丸の背後からそう言う鬼道が、腕時計に視線を移して歩き出した。


 「レンサブリッジに匹敵するほど人数が集まる場所に、今回はネストの戦闘員を割いている。赤点の反応は一点集中とは言えん。素早く親玉を叩く必要がある」

 「糸吊ブラックラスプ……か」

 「あぁ」


 答えるように声を漏らす鬼道は、鴉丸と視線を合わすこと無く並び、軽く握った拳を横に掲げ上げる。


 「……」


 鴉丸も拳を軽く握り、その岩肌のようにゴツゴツとした鬼道の拳にそれを打ち付けた。


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