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影使いの街  作者: やぎざ
第二章 人は皆消すべきなんだ
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人は皆消すべきなんだ 10

 鴉丸や月詠が招かれたのは、レンサ・ブリッジ事件現場から数分離れたところにあるトラックだった。

 対策本部だとかいう言葉が似合うように、大型トラックの中には簡易的なデスクに向かい合い、ノートパソコンで情報処理をするネスト員と思わしき人間がちらほら居た。

 トラックの外にもある程度人影が有る。折りたたみ椅子と小脇に置いた折りたたみの机をアスファルトの上に広げた一帯。机の上には湯気を立てるカップと、グリスだの油だのを噴出しそうなスプレー。それを手にとって、金属が平べったく長方形に伸びた剣らしき塊や、ライフル銃らしきその武器の綻びに噴出させ、動作確認をしている黒コートの人たちが居た。


 鴉丸は自分に向かって突き刺さる視線を感じた。興味本位のそれではなく、警戒や敵意。どうやら、自分が危険分子の影使いということはその手の業界には知れ渡っていることを想起した。


 「お前が導き出した答え、確かにあの事件で人を攻撃したものは影ではあるが『月影』ではない」


 端の方に停車するトラックの中、鴉丸と月詠が並んで座るその対角に鬼道が座る。

 桃城は折りたたみ椅子を開けようともせずに、壁に背を寄せるようにもたれかかり、腕組みをして瞼を閉じる。


 「どういう事だ?」

 「骸がなかった」

 「なるほど」


 鬼道の言う答えに対し、鴉丸は合点が言ったようだった。

 月影に一定上のダメージや損害を与えた時には『骸』と呼ばれる休止状態に入る。昨日、あの不格好に頭の大きい胎児を始末した時にも骸は出たように、月影を始末した時にはそれを始末したという証明である『骸』が出るものだ。


 「そこで、お前はある算段を立てた」

 「ネスト登録外の影使いの介入ということか?」

 「あぁ。そして、このネストにはそれらを観測する探知本部もある」

 「なるほど。で、俺はネストの方々に何を提供すりゃいいんだ? 話すものは全部話した」


 鴉丸が切り出す。ネストという影力を使う人間をまとめ上げる団体に警戒をしていないわけがない。それに、危険分子であることも鴉丸は自覚している。


 

「まあ聞きたいことは二つだ」

 「ひとつ目は?」


 鼻息をゆっくりと漏らすように腕組みをして俯く鬼道は、数秒硬直した後に声を出した。


 「その横の女はなんだ?」

 「……月影だ。銀咲のな」


 一度嘘をつくこともかんがえたが、鴉丸のその付近には桃城も居る。その上、いずれバレてしまうことだという予感めいたものもあった。

 包み隠さずそう言った言葉が沈んだ夜闇に響く。妙に湿り気のある春の夜。鬼道は、一度そうか、と漏らして出は次だ、と切り出した。


 「なるほど。道理で使い手なわけだ。では、ふたつ目だ」

 「おいおい、月影と仲良しこよしの影使いのこの議題は放棄かよ」

 「放棄ではない。今の自分程度の人間では、判断が出来ないということだ。追々、その判断が上から下れば、それに準じた対処を行う」

 「……そうかい」


 わかっていたことだが、落胆を隠せない鴉丸だった。その心情は厄介事に巻き込まれるという予測。

 横でちょこんと座り、鴉丸の顔色を覗き込む月詠にも、これから訪れるであろう面倒事のことを予測したのか、眉をハの字にして俯いた。


 「ではふたつ目だ。鴉丸、お前には卓上した戦闘能力が有る。内包法力不明。我々の中では『闇還やみがえりアヴィタリス』とそう読んでいる影を使う、お前に頼みたいことがある」

 「おいおい。勝手に名付けてもらっては困るな」

 「まあ、そんなことは良いだろう。ともかくだ。こちらとしてはある程度仮想した行動の元、この事件の解決に努めようと思っている」

 「……」


 腕組みをして、足を組む鴉丸。だが、その顔色は思考を巡らせており、同時に鬼道の言葉を聞き入れる姿勢ということでもあった。それを読み取ってか、鬼道は咳払いを一つして続ける。


 「ネストとしても、今日起こった事件は予測が出来た。予めその”月影に似た人を襲う影”がどこに現れるかが可能。そして、それとは別に”ネスト登録外の影使”の観測も出来ている」

 「なるほど。じゃ、俺にその厄介な影の始末を頼みたいと」

 「いや違う。逆だ」


 鬼道が静かにそう吐き出すが、強い声色だった。


 「逆?」


 鴉丸が疑問符を隠せないでそう漏らすのを尻目に、鬼道は意を決した様に口を開いた。


 「今回の事件を起こした影の始末はネストのC・Bランク人員でも死人が出ない程度にはある程度対処は可能だ。鴉丸、お前に頼みたいのは、登録外影使いの鎮圧……!」

 

 強く力の篭った目だった。悲しみを帯びているようなその鬼道の目に、鴉丸は射竦められる。恐怖ではない。人が本気で祈願する強烈な意思の片鱗。

 よく鬼道の格好を見てみれば、右上腕と、右下肢に纏う衣類が黒く湿っている。もう少し光量があれば、それは赤黒く湿潤しているであろう。鼻孔に擽るのは、血の匂いの他でもない。


 死闘。

 鴉丸は、鬼道がそれの中に居た光景を想起した。


 普段なら、規則を順守する優等生が、不良を止めるため、喧嘩屋の不良に頼み事でもするのかよ。と、皮肉を込めた言葉を言うところではあったがそれを飲み込んだ。


 「報酬は?」

 「予測は出来ん。だが、ネストの上層部からそれ相応、或いはそれ以上の物が下るのは保証する」

 「……お偉いさんとズブズブだとかは趣味じゃない」

 「ッ?」


 鴉丸は冷たくそう言い放ったが、その口からは鬼道らを突き放す言葉が吐かれることはなかった。憮然とした表情の鴉丸から代わりに、吐き出されたのは……


 「──俺の家に出た不法侵入者。それが、この事件と関連してるかどうかだ。確証を持ちたい。観測班に合わせろ。それだけで十分だ」


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