人は皆消すべきなんだ 8
レンサ・ブリッジ一帯は、赤いランプが回転し、警官らがキープアウトのラベルを張り巡らし、極めて人工的な結界を作り出していた。
野次馬たちが、その事件の中心点から離れたそこで溢れ、携帯端末のカメラ機能でそこを写し、SNSサイトにアップロードすることで売名行為を狙う。
鴉丸や桃城、それに続くよう月詠は最後列と言い表せる、その後ろにやってきたばかりだった。
「何も見えないんだけど……てかここどこ?」
月詠が背伸びを何度も繰り返すが、身長が足りないのか見える景色は立ち並ぶ人たちの頭だけのようだった。
後ろから桃城が説明するように口を開く。
「レンサ・ブリッジって呼ばれる所。デカいビルの挟むデカイ道路の上にデカイ橋がかかって飲食店だったり衣類売ってる店が立ち並んだりしてるスポット。駅の近くってこともあったり、高校大学が近くにあったりで学生にも人気のスポットなの」
「ホント!?」
「……」
目を輝かせて鴉丸の元にやってくる月詠がそこにはあった。次の休日付き合えとでも言いたげな眼差しを向けるが、鴉丸は宙空を睨むようにして思考をめぐらし、手の平で月詠の額を捉えゆっくりとスライドさせるように払いのけた。
「どうしたの?」
「……直感だが、これは月影の仕業だったのか?」
「え?」
鴉丸は一度腕組みをして俯き、数秒沈黙した後に顔を上げてから口を開いた。
「お前らネストの方が知識では上だろう。まあ、これは俺の経験則からくるものだと流してくれればいい。俺の知る月影ってもんは言わば人から見た時、恐怖と殺意をこれでもかと凝縮した存在に移るもんだ。まあ周囲を見れば分かるだろう」
鴉丸の言う声に辺りを見渡す桃城。あれだけぎゅうぎゅう詰めになって事件現場を撮ろうとしていた野次馬たちが、鴉丸らから距離を取るようにしている。
いや、鴉丸達ではない。今ここにいる、月詠サラクそのものから遠ざかるように、無意識下の防衛本能が働いてなのか、上からその群衆らを見た場合、ぽっかり円形の穴が空いたように人は群れている。
「うそ? 私ワキガ? やだ。スイレン臭いの嫌い?」
両腕を上げ、脇に高い鼻を寄せる月詠の姿を尻目に、鴉丸は続ける。
「月影がそこに居る場合、人はこうやって距離を取るもんだ。いつの間にか感じ取った殺気だのオーラだのから逃げるようにして、いつの間にか防衛を行っている。なのに、今回はこんなデートスポットだのなんだのに適した場所で、いきなりソレが現れた。お前もこれが集団テロだのなんだのとは思っては居ないだろ?」
強く言い放たれる鴉丸の言葉に、桃城は顎に手を当てて俯く。
下唇を軽く噛みながら唸るようにして押し黙る。どうやら何か考え込んでいるらしい。
その行動を自覚したのか、桃城はポツリと続けて、と漏らした。
「ここで、仮にこの現象が月影によるものだと考えて幾つかのパターンが考えられる。一つ、月影の自然発生が人の多いこのレンサ・ブリッジで起きた」
「それは前例が無い。仮にあり得るとしても、月影の出現ポイントはある程度予測できるものなの。ネストの観測班ならね」
「……じゃ、二つ目。防衛本能が働いても、逃避が追いつかない速度でそいつはやってきた」
「それも、考えられない。さっきも言ったけど月影の居場所、位置、出現時間のポイントってものはある程度把握可能。ここで出現していないとした場合、それをエリア管轄しているネストの人間が接敵しているし、その報告もある。それに、ここ最近でネストによる死亡被害が出ているのは、銀咲の討伐部隊だけ」
食いしばるように言って、固く拳を握る桃城。月詠の方を睨んではいないが、確かに怒りや屈辱といった言葉が連想される佇まいでそこに居るよう鴉丸には映った。
「ならば、3つ目だ。そもそも月影でない、あるいは通常の月影によるものではない」
「!? ちょっと! アンタさっき集団テロ説を否定したじゃない」
詰めより額に指を当てて言う桃城。その黒い長髪がふわりと宙を切る。
「ああ言った。そして月影でもない。と、なればお前の嫌う青少年の犯罪組織か何かなんじゃ無いか?」
「……」
納得が言ったのかなのか、再度顎に手を当てる桃城。
合点がいった素振りを見せるのには数秒要したが、その声色は比較的鮮明で吹っ切れたようにも聞こえた。
「ネスト登録外の影使いのことだって言いたいの?」
「ああ。それも根暗な奴だ。ここに集まるような若い世代を妬んで潰そうとする陰険な人間性だろうな。確証は持てないが……。そういった野良の影使いのモニタリングをすることは、お宅の探索班だのは出来ないわけ?」
「出来るっちゃ出来る。アンタには教えないし、巻き込むことは出来ないけど」
「そうかい。だとしたら、あの洗面所での不法侵入者がこの件と関するかどうかだけを、個人で探らせてもらう。帰るぞ月詠。何か食うか?」
周囲の野次馬と桃城に背を向け、月詠を横にして帰路に着こうとする鴉丸だが、その足は止まる。
「関係性はあるかもしれない。少し話を聞かせてくれ。こちらも特別に話そう」
低い声でそう言うのは、鴉丸よりもやや大柄で堀の深い顔をした黒い外套を纏う男だった。
「また俺の腹を殴るつもりじゃねぇだろうな? 鬼道ムサシ」
「そんな気はさらさら無い。洗いざらい、腹から吐いてもらうつもりだがな。鴉丸スイレン」
コートの端を靡かせて立ち尽くす軌道と、向い合って睨むようにして沈黙する鴉丸。その後ろに、隠れるようにして月詠が身を移す。




