初まりの夜 1
春の陽気が吹き流れ、いよいよ4月なのだなと思った矢先、また寒波めいた北風が街を撫でるように吹き撫でる。
短いスカートを履いたブレザー姿の女子高生たちが黄色い悲鳴を上げてワーキャー言う姿に、これから仕事場に向かう企業戦士達は眼福を得て、地元の学校でなくわざわざ電車で通学が必要なのだろう私立中学の男どももその光景に鼻の下を伸ばす。
「……」
下唇を噛み締め、片手で通学カバンを担ぎ上げる制服姿の男、鴉丸スイレンは大あくびを一つして、逆手を口元に当てて防ごうとした。その次には激痛。
自室にあるインナーで荒療治と言わんばかりに三角巾を巻かれた右腕は僅かに痙攣している。
『まもなく電車が参ります。黄色い点字の線の内側へ、お下がりください』
聞き慣れた電子音声がホームに響き、その重数秒後には鉄の箱が連なってやってくる。扉が開けば中からはスーツ姿の男や学生らしき十代の男女が溢れだし、その区切りが見えた次にはさっきまでホームに居た人間が電車に入り込む。
扉が締り電車に静寂。
自動ドア側にもたれかかって強化ガラスの奥に視線を据える鴉丸。意味なんて無い。ただなんとなくだ。
(昨夜とは打って変わって何も変わらない日常。何時からこのありふれた生活から外れてしまったのか)
鴉丸が独りで眉を潜めたその数秒後には電車は動き出した。ゆっくりとした動きが加速を帯びてく。流れていくホームの景色。点字ブロックの敷かれたコンクリート、アクリルの腰掛け、自動販売機。
その中で一際目を引く物があった。ここら付近では見慣れない学生服を纏った十代後半、おそらく鴉丸と同年代の女子学生だ。
目を引いたのは見慣れない服装だったからというのもある。たが、柄にもなく鴉丸は異性であるその少女に外見的好意を持ったためか、視線を流れていく今や見飽きた何気ない情景を追っていたのかもしれない。
「……」
その次に自分に舞い込んできたのは自己嫌悪だった。
ふと、自分の右腕に視線を落とす。自分が今この惨事である根源と、今までとの決別。表の世界で光を浴びて、変哲もなくありふれていて、怠惰で退屈で、でもどこか穏やかで洗練されているであろう夢見た学生生活は、この高校生活一度も訪れないであろう。
現実と理想に決別ができていたようで出来ていなかった事実をつきつけられたような気分になり瞼を下ろす。
「考え過ぎ……か」
鴉丸を乗せたその鉄道は10数分の何駅か跨いだその駅で停車し、鴉丸は寿司詰めになっていた鉄の空間から開放される。
左手だけで定期を出して改札を通り抜けることにもあたふたとし、舌打ちを交えることがありながらもなんとかその奥に出る。
ここから五分もかからないところに鴉丸の通う高等学校は建っている。
周囲の同じ制服を着た男子や女子は、仲間たちと肩を並べて思い思いの話題に花を咲かせ、同時に、寝不足だとうなだれる生徒がちらほら頼りない足取りで校門を目指す。
その背中を追う様に、鴉丸はカバンを左手で担ぎ上げ歩を進めた。
「あれが『銀咲の月影』と昨夜やりあった……」
「どうやら、そのようらしいな」




