人は皆消すべきなんだ 7
「いつまでココに居んだよ」
殺風景な室内の中、野菜炒めと味噌汁をすすりながら白ご飯を頬張る桃城は、一度茶で喉にそれらを押し流してから口を開いた。
「有給も兼ねた任務」
「嫁入り前の女が、どこの馬か分からない男の部屋転がり込むのは良くない」
「どこの馬かじゃないし。知り合いだし、それに居座る理由はあるから」
「監視か?」
「……」
皿洗いをしながら鴉丸が言う。その言葉に押し黙る桃城。室内にはシャワー音と、テレビから流れるくだらないバラエティ番組が静かに響き渡る。
「ちょっと! スイレン! いくら女の子の裸が見れないからって覗いたらダメだからね!」
「やかましい。黙って浴びていろ」
「うー。何その反応」
洗面所の方から響く声は月詠のものだった。家に着いて来る上、飯を平らげ、浴室まで要求した強欲な月影は、冷徹な態度に返されて不貞腐れたように押し黙った。
時間を跨ごうとした時だ。つまらないバラエティ番組が一つ終わり、臨時ニュースがCMの感覚に差し込まれてきた。
『只今、高層区のレンサ・ブリッジにて、無差別他殺テロと思われる事件が発生しました! 犯人とその動機は不明。遺体からは鋭い刃物で切られた切り傷や、打撲。一部では骨折が見られる遺体や、橋から落下したと思われる物までもあり、付近は騒然としております。しかし、この規模というのに目撃者は居らず、犯人の風貌などの情報は一切無いとのことです。専門家の意見では、逃走経路まで予め定めておいた、一種の計画型集団他殺テロだという見解がされています!』
ハキハキとした口調でそう言うナレーターの声が室内に響く。
休日の夜。それも夕日が沈み、真夜中に差し掛かったこの時間。人が目をギラつかせて飯を平らげたり、恋人と語り合ったり、仲間と馬鹿騒ぎをする一番の時間。犯人の目撃者が一人も居ないというのはあまりにも不自然だ。
「月影か?」
鴉丸が興味なさげにそう漏らす。
「あんたって、結構冷めてるのね」
「それはお前もだろ。ネストの一員として今すぐにでも飛び出すべきなんじゃないか? いい加減、俺の監視とやらも意味が無いのは分かっているだろ」
「……」
鴉丸に咎められるようそう言われた桃城は一度硬直した後、一気に食事を平らげた。
空になった茶碗やガラスカップを鴉丸に下げると同時に桃城は口を開く。
「アンタを放っておくことは出来ない。でも、あの事件を放置することも出来ない。だから、監視も兼ねてアンタと同行を希望する」
「無理だな。悪いが一人で行ってくれ。今日は疲れた」
「同じ人間がああやってリアルタイムで死んでいるんだよ? それでも何も思わないの?」
「同じ人間……か。まあなんとも思わないな。現実で繋がりもないし、今さっき死んだ奴らも、俺があの厄介な銀咲と死闘を繰り広げたことなんて知らねぇ。仮に生きていたとしても、駆けつけることも無い。物好きな記者が、金の欲しさに高層区A-の廃屋街の記事を書いたくらいで、それで終わりだ」
「自己中心的な男だな。それは、大多数がこっち側の人間じゃ無いからだろ!」
「そうだとしても、そうじゃなかったとしても……だ。それに、こっち側の人間様が、相手の事情も考えず、こうやって他人の行動を強制しようともしている。どっちが自己中心的か」
「ッ!」
桃城の手が衝動的に動く。虚空を描いて打ち付けられようとする対象は鴉丸の頬だった。
だが、その掌は最後まで皮膚の感覚を感じ取ることも、衝撃を伝うこともない。その細い手首を力強く握る腕が軌道をせき止めていた。
「自分勝手な人間っていう自覚はある。それはお愛顧だ。だから、こんな男には関わらない事だ。自分の努めを果たせ。あの月影の娘がやらかさないよう務めることは約束する」
「し、信用出来ない」
鴉丸が鋭い目線で、少し大人っぽい印象を持つ黒髪の少女の顔を見下ろす。下唇を噛んで視線を逸らす桃城。
痛いから、と弱々しい口調でそう言って手を振り払う桃城。謝罪の言葉を吐くことも無く、鴉丸は目の前で押し黙る少女を見下ろす。
「ちょっと! スイレン! どんだけ見たいの!? 人間の女の子の裸を見ないと意味なんて無いんだよ!? え、女体なら何でもいい? やだ! 私のカラダそんなに安いものじゃ無いのに……キャー! とか言ったりして!!」
「喧しいぞ月詠!」
洗面所付近に大幅で歩を進める鴉丸。カーテンの前に立ち、その先にあるシャワールームの方を見定めて硬直する。
そこには月詠が柔肌を露わにした裸体があるわけでもなく、ぼんやりと黒い影が、人影か何かがゆらりゆらりと身体を左右に揺らすように居る光景があった。
「……月詠。身体を隠しておけ」
「え? 何!? えぇ! 今更!? そういうのが好きなんだ! 着衣ってやつだよね!? わかった!」
「黙ってやれ!」
吠えるようにそう言ってから、鴉丸はそのカーテンを勢い良く開いて、その奥にそれに向かって思い切り腕を伸ばして掌に捉える。
「ギ……ギギ……」
「テメェ。昼の時の……」
鴉丸の腕に捉えられているのは人型だった。黒い粒子が集まって人の形を象る集合体の細い首を鷲掴みに知る鴉丸。
目を細めて、一層握る力を強める鴉丸。
「何が目的だ?」
「……ヒトハ……イマテンセイ……ノトキ……」
「あぁ? ハッキリしゃべりやがれ」
「……オマエミタイナ……ニンゲンガ……キライナンダヨ……」
「そうかい」
鴉丸が冷たくそう言い放つと同時に、腕から先を青黒い雷が纏う。それらが鴉丸の筋組織を伝い、それは影の首元と思わしきその部位に移り、集まってからは眩く一帯を照らしだし、一気にはじけ飛んだ。
「今のは?」
後ろから顔を出して桃城が言う。不安げな表情と、好奇心。それらが混在したような顔で、さっきとはうって変わり明るみを持っている。
その姿に、少し安心したように鴉丸はため息を着いてから口を開く。
「どうやら、これは俺にも関係がアリそうなことかもしれん」
「は?」
「実害が今こうして出た。くだらんことを考えている奴をブッつぶしに行く。お前も来い」
「ハァ!? アンタって! おいちょっと!」
「月詠、とっとと着替えて出てこい」
そう吐いてから鴉丸はリビングの方に戻って軽く出かけるための準備をし始めた。財布と携帯端末。目薬。その他諸々。
「ちょっといきなりなんだけど! 女の子は外出するのに時間がかかるんです! ナチュラルメイクくらいさせて下さーい! そんな荒々しい扱い方するから彼女が出来ないんですよォ!? ちょっとは女の子の気持ち考え──」
「お前はスッピンでも十分かわいいからとっとと着替えて出てこい。二度は言わすな」
「え? ホント? ……ありがとう。結構見てくれてたんだ私のこと。嬉しい……」
「……」
洗面所の奥にあるバスルームからは照れたようにそういう声が漏れる。嬉しさを帯びたような口調で舞い上がるようなしおらしくなるような気配を背にして鴉丸は手を止めず、準備を進める。
弱々しい足取りで後ろをつけた桃城は、鴉丸が屈んで色んな物を物色するその光景を見ながら、待つようにして立ち尽くす。
「悪かったな」
「え?」
「とりあえず関連性があるかないかは知らんが現場に向かう」
それ以上はもう何も言わないといった風貌で鴉丸は立ち上がり、玄関の方向を向いた。




