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無自覚な完璧主義

 マニアがジャンルを殺す、という言葉があるらしい。詳しい出典や元を知らないので飽くまでこの言葉から類推するしかないが、要するにジャンル自体の老害ということだろう。やれ「〜はSFじゃない」「こんなのはファンタジーではない」などというマニアの心無い言葉が、何人もの新規加入者の心をへし折り、ハードルをどんどん高くしてしまう。その結果間口が狭くなり、ジャンルそのものの過疎化が進み、廃れてしまう……という、シンプルかつ残酷な流れがある。

 なるほどこの一連の流れは(もっと)もなことだ。なら、どうするか。ジャンルの間口を広く取って、それ自体が闇鍋化していくのを歓迎するべきか。錬金術師の鍋のように、化学反応がぽんぽん発生し、面白い作品が飛び出してくるのであればそれで構わないかもしれない。しかし、人口過剰で、無秩序にモノを注ぎ込まれてゆくサマは、一方で見るに堪えない。少数精鋭が優れているとは限らないが、数が増えて行けば行くほど、どんぐりの背比べのように、全体が鋭さを失って、鈍してゆくように思われる。鋭さを求めるマニアが戸惑うのも当然だ。彼らは川上の清流で涼んでいたいのに、人が増えるにつれて清流が汚されたように見えるのだから。


 さて、ここで問題なのは、マニア読者とそうでない読者、あるいは作者との利害や意志が、著しく齟齬(そご)を起こしていることだろう。作者には書きたい物語がある。読者には読みたい物語がある。それは必ずしも一致するわけではない。これほど単純なことが、どうしても忘れ去られてしまうのは、ひょっとすると、人間はどこかしら無自覚に完璧主義であるからではないか、と私は考えている。

 そもそもジャンルとは、ある特徴を持った作品群を総括する用語でしかない。すなわち、概念的なレッテルに過ぎないのだ。こういう言葉を使うことで、日々ごった返している事物を整理してゆくのが、たぶん、ジャンル用語の最たる役割だろう。

 喩えるなら実地と地図ぐらいの関係性である。実地を完璧に著述した地図などあり得ない。しかし、実地に佇んでいては把握できない情報を、地図は有している。仮に、アマチュア読者を旅行者とするならば目的地への道程を探す程度にしか地図を用いないであろう。一方で、マニアを登山家と置くと、彼らにとって、地図の等高線の細かさや地勢の詳しさが気になるところであろう。同じ地図を用いながら、その用途はまったく異なってしまっている。そのくせ実地はそれなりに堪能しているのだから、どうにもややこしくなりがちだ。登山家たちにとって、絵柄がたくさんついた観光ガイドのような地図は我慢ならないだろうし、旅行者にとって等高線と地勢と記号で詳述された地図は手にあまる。一方では手を抜くな、他方ではもっと分かりやすく、と言う。このような両者の対立が、簡単に和解するはずもないし、どちらの言うことも間違っていないので、なおのこと話はややこしくなるばかりだ。


 完璧な「地図」などない。そんなものはプラトン的な虚構に過ぎない。見る人によってそれは意味を変えるし、用途も変わってくるからだ。しかし、理想(イデア)と呼ぶべき「完璧」の観念は、創作関連のみならず、実に多くの人びとの脳裡に巣食っていて、離れることがない。それは例えば、過去の成功談や、経験に基づく直観かもしれないし、あるいは、自らが有してる信念なのかもしれない。たとえ自分以外の誰の支持を得られなくたって、譲れないものがあるのではないか、と私は思うのだ。それを傷付けられたと感じたとき、人は大いに憤慨したり、悲嘆に暮れたりしてしまうのではないだろうか。それは宗教や政治的イデオロギーの世界だけの問題ではなく、日々の生活レベルでも、あるいは創作の界隈でも絶え間なく発生している。妥協を許さない、あるいは、純粋を志向する信念や信条は、誰かが「譲れない」と思った場面で常に危険物となりかねないのだ。しかし容易に引っ込むものではない。「譲れない」と考えていればこそ、こうしたものは衝突を免れないのであって、対処するには相当うまくやらねばならないことだろう。

 しかし、こうしたものがある、とあらかじめわかっていれば、対処はしやすくなるのではないだろうか。不毛な理想や願望の押し付け合いを避けたいのであれば、一本線を引けるポイントを模索しておいて、損はないと私は思う。

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