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神様の通り道  作者: 椿 さつき
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心の手紙



東京の夜空を切り裂く様に進む御状箱の付喪神である鳶ノ助は、出雲へ急いでいた。


今年も後二日というこの時期に、せわしなく進む鳶ノ助は、ギリギリまで、博物館に寄贈された自分の分身である御状箱の周辺の管理をつつがなく済ませ、付喪神の中でも随一であるその健脚を生かし、出雲へと急ぐ旅へと向かう途中であった。


もともと、東京の博物館を住処にしている鳶ノ助にとっては、出雲への旅路はそれほど時間のかかる物でもなかったので、急がなくても、当日には到着する事ができるのだが、鳶ノ助の依り代の御状箱の影響なのか、無口でとてもセッカチな不器用な性格をしていた。


外見も、どこかの宅配業者のイメージキャラクターのような格好をしており、まさに飛脚にふさわしい格好であった。


こんな冬の寒空に間違ってもしていい格好ではないが、そこは付喪神である。


神様なのだから許されるのである。


そして、そんな存在は誰もがお目にかかれるような存在でもないので無問題である。


雪がちらつく夜空を、まるで切り裂くように進む鳶ノ助を目撃した者が居るとすれば、まるでそれは、南南西へと進むミサイルの様だと思っただろう。


鳶ノ助は、八百万の神様達の中では、珍しく、無駄な回り道をしない。


それは、自身が忙しく、ギリギリまで依り代から離れられない事もあるが、セッカチな性格が原因の大きな理由だと言えた。


鳶ノ助は、東京を抜け、岐阜からそして福井へと入る。

その頃にはもう、夜も深まりそろそろ深夜といえるような時間帯に差し掛かっていた。


そして、自分の位置を確認するためしばらく高度を落とし、一度福井市を目指してゆく。


あたりは、深夜ではあるが、未だ明るく光輝く福井の町並みを眺めながらしばし休憩のため福井駅へと降り立つ鳶ノ助を目の前の男が必死の形相で通り過ぎた。


普段の鳶ノ助であればさほど気にすることも無いのだが、その男は何ともおかしな格好をしていたので、多少気になって通り過ぎてゆく男を視線で追ってゆく。


男は、新品のスーツが雪で汚れるのもかまわず必死で走り、何度か雪道で転んで汚れたのであろうしみがあちこちに付いていた。


少し気になり、鳶ノ助はその男を追いかける。


しばらく進むと、国道8号へと飛び出し、男はタクシーを捜すが、「くそっ!416号目指してる途中で拾えるか」この日は、なかなかタクシーを捕まえることが出来なかったらしく、また走り出す。


「母さん、俺が行くまで待ってくれよ!」


男は、走りながら呟く。


寒空に、息の白い靄と、まばらに降り注ぐ雪が白く染めてゆくなか、男は何度も雪で足を滑らすアスファルトへと倒れこむ。


灰色に染まった雪に、男の手からにじみ出た赤い血がポタポタと斑点を作り出すが、男は気にもせず走り出す。


そして、自分の背後をライトが照らすと立ち止まりタクシーを捜す。


何度か手を上げ、空車のタクシーを止めようとするが、男の格好を見て、タクシーは通り過ぎる。


何度も舌打ちしながらまた、走り出す男の背中を鳶ノ助は黙って追いかけてゆく。


国道416号線へ飛び出した頃にはすでに男の体はボロボロだった。


見につけていた新品だったはずのスーツは、雪でびしょぬれになり、何度も足を滑らせ転んだため、所々破けた所から肌が露出しており、そこからのぞく肌は、赤くにじみ、痛々しい姿であった。


鳶ノ助は、そんな男の背中を黙って見つめる。


男はまだ、心は折れておらず、また、必死に走り出す。


だが、その速度はすでに走るというより歩くといったほうが相応しい速度で進みだす。


気持ちが体を追い越し、そして、体が気持を追うように動き出す。


無常にも、気持に追いつかずまた灰色の雪へと倒れこむ男の心がついに折れ始める。


鳶ノ助は、男の傍らへ寄り、「ここで諦めるのか?」男へ問いかける。


もちろん、鳶ノ助の声は男に届く訳ではないが、男は何かを感じたように立ち上がろうとする。


「ここで、諦められるか!

まだ、母さんに何も伝えてない!」


男は、鳶ノ助の問いに答えるように立ち上がる。


だが、たとえ気力が戻ったとしても、体力が回復したわけではない、無常にも、立ち上がる途中で膝の力が抜け、灰色の雪の上に膝をついてしまう。


「母さんに有難うってまだ言ってない!

親孝行できなくてごめんって言ってない!」


男は、涙をため灰色の雪の上に両手を付きもう一度立ち上がろうとするが、思うように体が動かず、倒れこむ。


鳶ノ助は、ただ、「解った」と、一言呟いた。


鳶ノ助には4つの能力がある。


まず、移動手段としての能力である健脚。


次に、相手の心の声を聞き取る聞耳。


そして、相手に心を伝える手段としての能力の幻聴、幻覚の4つの能力が鳶ノ助の全てであり、それ以外には何の能力も持ち合わせていない力の弱い神でもあるのだが、その能力の万能さゆえ、日々忙しく仕事が回ってくるので、人々と関わる時間も他の神に比べ多いのである。


他人へ心を届ける事が出切る鳶ノ助は、他人の心の奥底に眠る声を聞き、その能力で、人々へ心を届けてきた。


だが、届けてきたと言っても、はっきりと声を届けたり、思いを届けると言った事は出来ない。


それは、普段人が見ることの出来ない神だからこそであり、人が目視できない神の声を聞くことももちろん出来ない。


そこで、他人の思いを伝える手段として、鳶ノ助は、本人にしか見えない幻覚と幻聴と言った手段で相手の心へと思いを伝えている。


「お前の心、受け取った。必ずお前の母へ届けよう」



鳶ノ助は、そう呟くと夜空に舞い上がり瞬く間に消えてゆく。










「靜さんもうすぐ、息子さんが到着するから頑張って!」


励ます近所の人達に見守られながら、静かに息を引き取る男の母である靜の元へと、息子の想いが届く。


「母さん、産んでくれて有難う。

ろくに、孝行出来なくてごめんなさい。

今まで、幸せでした」


涙を流しながら靜は、幸せそうな笑顔で、「私も幸せだった。

産まれ来てくれて有難う」


と、呟くように静かに息を引き取った。


鳶ノ助は、男の母の最期を看取りそして、母の心を受け取った。


この心は、いつかあの男に届けようと、心に仕舞い込む。


鳶ノ助は、一人雪降る夜空を見上げ、「今宵は少し寄り道をしたくなった」と呟いた。


先ほどまで降っていた雪も止み、風も無く、街の明かりと、歩道を照らす街灯の下に、未だに開いている屋台が一軒さびしげに営業している。


その、屋台の暖簾を潜ると、雪のためか、寒さに負け酒を飲みながら営業しているせいなのか、赤い顔の親父が、深夜にしては迷惑なほど、勢い良く「らっしゃい!」と鳶ノ助に呼びかける。


鳶ノ助は、ビールのケースに板をおいただけの椅子へとすわり、熱燗を注文すると、すぐに差し出された。


一口飲むと、熱燗の中の日本酒は長い間温められていたのか、多少アルコールが飛び、安っぽい味が口の中に広がった。


きっと、自分で飲むはずだった物を、ちょうど注文した鳶ノ助にタイミングよく出したのだろうと鳶ノ助は、気にもとめず一気に燗を飲み干す。


「鳶びさん、寄り道なんて珍しいですね」


カゴの付喪神である鈴がたまたま通りかかり、そこで鳶ノ助を発見し、わざわざ声をかけに降りてきたのであろう。


「ちょっとここの酒を飲みたくなってな。

親父、燗」


鳶ノ助は、声をかけに来なくても、出雲ですぐにでも会うのに、わざわざ実体まで作って変わった奴だとあきれるが、背後で佇む鈴に目もくれず、屋台の親父に熱燗を注文する。


「へい!」


屋台の親父も、黒いつやのある髪の毛を、腰の辺りまで伸ばし赤い着物に身を包んだ、ものすごい美人の鈴が気になるのかチラッと何度か鈴へと視線を飛ばすが、鈴は気にせず、鳶の隣へと座り、屋台の親父へと熱燗を注文する。


「ふふふ、嘘ばっかり。

では、私も鳶さんと同じ物をよろしくお願いします」


「へい」


寒さで顔を赤くしているのか、それとも鈴の飛びっきりの笑顔にやられてしまったのか、親父の顔が先ほどよりさらに、赤く染めながら、鳶への燗を差し出す親父。


「うっせー、俺は、もう行く」


先ほどの勢いと同じく、燗を一気に飲み干し鳶ノ助は立ち上がる。



ふと、横を見ると既に鳶は居ない。


鳶の座っていた場所には、熱燗で出されたコップの下に1000円札が冷え切った風になびいていた。


「全く不器用な神だこと、誰よりも優しいくせに…


さて、私も行きましょう。


御主人ご馳走様でした」


「へい、毎度あり」


屋台の暖簾をくぐった鈴は、夜の闇へと消えてゆく。

その後姿を屋台の親父は見つめていたが、瞬きをした瞬間鈴の姿が消えてしまった。


彼女が消えた後、チリんチリんと鈴の音が響きわたった。

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