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神様の通り道  作者: 椿 さつき
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百合の香りに包まれて

付喪神の百合は長い年月を大事に使用された揺りかごに、宿りし神である。


未だ、神の中では若い神ではあるが、その依り代の特性を色濃く受け継いでおり、穏やかで優しげな性格の神である。



その日、百合は、出雲で開かれる年に一度のお祭りである新年祭へ出席するため、雪の降る都市の街道をゆっくりと夜景を楽しみながら飛んでいた。


百合の依り代としている揺りかごは、青森県の十和田市にある小さな神社に奉納されており、今は人々から忘れ去られ、その存在も何十年も日の光を浴びていない。


そのような環境の百合は比較的暇な神の一人であり、普段からする事も無く、イベント事の参加率も良く、行動も3日前行動を常としていた。


そして、ほとんどの神様は、基本お祭り好きなのである。

こういうイベントは、普段から八百万の神たちは楽しみにしており、毎回の参加率も良いのである。


普段は、多少の軌跡を起こしたり、土地の地脈をいじって、植物の育ちなどをコントロールしたりして、人々の信仰を集めている力の強い神もこの日だけは、普段の仕事を忘れ、お酒を飲んだり美味しい物を食べ、普段の疲れをいやすのである。


なので、都会みたいな賑やかな街が大好きで、出雲までの道程には、通る先々がその地方の都市を巡る旅になっているので、同じ道程を何人の神様が通ってゆくので、神様の通る道には、むき出しのお金が落ちていたり、重大事故が起きても死亡者どころか怪我をする人すら出ないと言う事が何件も続いている。

そのような事件に関わる警察などの各所の人間には、奇跡の道と、呼ばれている場所が多い。


人々が聖なる夜と呼ばれている夜に、ちょうど百合は、日の本の中心と呼ばれている都市の上空に留まり、夜景を楽しんでいた。


自然が織り成す緑の景色も良いが、人々が歴史と文化が織り成すこの人工的な景色も百合はとても好きだった。

確かに、自然は破壊され、日々大地が朽ちてゆく姿は、百合も見ていて居たたまれないのだけれども、やはり、人間の文化の産物である自分は、どんなに悲しくても人間を憎むことは出来ないし、その人間が生み出すこの景色も嫌悪することは出来ないと考えていた。


そんな、感傷に浸っていると何処からか赤ん坊の泣き声が風に乗って百合の耳に届き、百合は辺りを見渡すのであった。











その場所は、小さな小さな孤児院。

地元の人は、その場所が孤児院だということを知らない人がほとんどで、町の小さな建物にたくさんの子供が暮らしている事なども知らない。


近所の人ですら、そこは、託児所かそれに追随する施設だと思い込んでいる。

思い込もうとしているのかもしれない。


そんな場所である。


建物を運営している院長は、この場所を守るため、日々外貨預金を切り崩し、日々の運営に当てている。

実は、この院長結構なやり手である。

数年前に、株では今後見通しが暗いと判断するや否や全ての株を売り、外貨に切り替えた判断力もさることながら、どこからか、寄付を募ったり、子供たちでも出切る仕事を探してきたり、日々問題なく運営できるお金を捻出してくるのである。


だが、決して経営がうまく行っているわけではなく、日々を暮らしていけるだけの運営資金を何とかひねり出しているというだけなので、経営は常に崖っぷちである。


そんな日々を送っている孤児院であっても、聖なる夜は、日ごろ子供たちに無理をさせている申し訳なさもあり、院長は数ヶ月前から休む暇も惜しみながら、子供たちに一年に一度の贈り物をしたいと考えている。


そして、当日の夜、院長の努力も報われ、今年も何とか子供たちの笑顔を見ることが出来たと安堵のため息を漏らすと、この院で、たった一人だけの従業員の女性に、「院長、ため息を漏らすと幸せが逃げますよ」と笑顔で注意される。


院長は、「これ以上幸せが逃げてはかなわない」と、苦笑いである。


それを見て、また従業員に笑われる。


そこには、お金は無いが、院長の努力と従業員の笑顔と子供たちの幸せが詰まった小さな小さな孤児院がひっそりと、近所の景色に溶け込む用に建てられていた。


街道から、わき道をしばらく外れたその場所は、風の吹き溜まりのように道の終わりにその、小さな小さな施設の建物の小さな小さなロココ調の門が緑の壁に埋もれ、そこが孤児院である事を誰も知らない。


雪の降り注ぐ深深とした、静かな夜に施設の建物から漏れる明かりはどこか楽しげで、そこから漏れる子供たちの歌声もどこか幸せそうな小さな小さな孤児院の門の片隅に小さなかごの中に居る赤ちゃんの泣き声が雪の白さに溶け込んでゆく。


その声は、誰にも届くことも無くただ、消えてゆく運命を雪が覆いかぶせ始めた頃、百合の花の香りが赤ちゃんを包み込む。


百合の様な白いワンピースに包まれ、腰まで伸ばされた長い烏の濡れ羽色の黒い髪の毛が夜の雪景色に溶け込むように揺れている。


その肌の色は白く、まだ、大きな瞳に、小さい筋の通った鼻、薄ピンク色の唇。

顔は丸みを帯び、幼さを残す、かわいらしい少女、付喪神の百合である。


百合は瞳に涙をため、赤ちゃんを見つめていた。


百合は赤ちゃんの額を、一度優しくなでる。


「ごめんなさいね、私がしてあげられるのは、わずかな体力の回復と、あなたが貰えるはずだった愛情を与えてあげるだけなの」


百合は、眼を閉じ、自分がまだ揺りかごだった記憶を思い出す。


若い付喪神である百合の神としての力は、大きな物ではない。


その力の源は、自身が揺りかごであった年月、360年の記憶なのである。


その中でも最も、揺りかごの中の赤ん坊が暖かく幸せで健康な状態の記憶を思い出す。




暖かい部屋に、母親の愛情を受けて幸せそうに眠る赤ちゃん、百合は優しく揺れる記憶を思い出し寒さで凍える赤子の額をもう一度優しく撫でる。


赤ちゃんは、暖かな光に包まれて、百合の記憶の赤ちゃんの健康状態へと回復してゆき、記憶の中の赤ん坊の記憶も引き継いでしまう。


付喪神である百合の能力は、自分の記憶にある赤ん坊の記憶と健康状態を他の赤ん坊へと転写する事が出来る。

その能力だけでは無いが、力の大半をその能力で埋め尽くされているので、他は、大した能力はないのである。


さらに、その大半を占める能力も、赤ん坊限定と天照大神に言い含められている。


なので、能力を使える対象が3歳児までと言う非常に限定的な能力である。

3歳以上の年齢になると、物心がハッキリとしてきてしまい記憶を混乱させてしまうと、天照の配慮でもある。


実際3歳児でも多少危ない所では有るが未だ記憶の曖昧さが残る年頃である為、混乱する事も少ない。




赤ちゃんは、僅かな間、幸せそうに眠る。


「私の力も、長くは持たないわ、持って、日付が変わるまでね。

それじゃ、赤ちゃんが持たないわ」


今の現状を打開する術を百合はしばらく考える。


そして、目の前の孤児院を見つめ、呟く。


「この程度の、手伝いは良いでしょう。」


そう言うと、百合は、目の前の孤児院の扉を見つめ、ふぅ〜っと息を吹きかける。



盾突きの悪い孤児院の扉はカタカタと小さく揺れ僅かな赤子の泣き声を運んで行くのであった。


そこは、八百万の神様の通り道から、少し外れた場所にある小さな小さな孤児院です。


周囲の人々には、認識されずとも、院長と従業員、そして、子供たちの努力によって日々小さな幸せに、笑顔を絶やさない小さな小さな孤児院です。


深々と降り積もる雪の中、孤児院の門の前に赤ちゃんが棄てられておりました。


その日は、クリスマスで孤児院の子供達も嬉しさで歌を何時までも歌っておりました。


発見は、子供達が眠る前でした。


その日の夜は、特に寒さの厳しい夜でした。


雨戸を閉めるために外へ出ようとした子供たちが一瞬外へ出るのをためらうような厳しい寒さでした。


ですが、なぜか赤ちゃんは、暖かで優しい光に包まれておりました。


院長先生は、明日から今まで以上の頑張りが必要だと小さくため息を漏らしました。


従業員は、院長に「また、ため息漏らしてますよ」と注意します。


子供たちは、今年はサンタさんが赤ちゃんを送ってくれたと笑顔で喜びます。


そして、女性従業員に抱えられた赤ちゃんは、幸せそうに眠りに付くのでした。

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