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三枚目 ハウトゥプレイ

 あどけないと同時に垢抜けなさを感じる。水色の髪をバレッタで留めていて、右目の下には涙のような形の鱗。瞳は瑠璃色。気の強さを感じさせる笑顔は、きっと彼女本来の性格を表している。今までの経験がなければ彼女の妹が出てきたのかと疑っていただろうが、目の前の少女は今まで自分と一緒にいた人魚と似すぎていた。生き写しなんて言葉は生ぬるい。

 正真正銘の同一人物だ。深海の魔女、キャントリッパーは杖を持っていない方の手を腰に当て、自信満々に佇んで見せる。


「私の肉体年齢は変幻自在だ。新しい主人と契約したことで、姿かたちが最適化されたんだよ」


 小学生の和泉と契約したことで、それに合わせてキャントリッパー自身も小学生になった、ということらしい。和泉はいよいよ眩暈がして、その場に膝を付きそうになるが、頭を押さえて耐えた。


「……訊くの怖いんだけど実年齢いくつ?」

「約五世紀」

「それ年齢の単位じゃないよ!」


 無粋なツッコミを入れられるキャントリッパーは鼻白み、口を尖らせ分かりやすく言い直す。


「織田信長と同い年」

「一五三四年生まれの四百八十歳!?」


 心の中で敬服した。彼女の言うことが本当ならば、その知識と記憶には金銀財宝に勝るとも劣らない価値がある。日本は現在平均寿命が二番目に長い国らしいが、その平均年齢を大きく引き上げている誰もが見劣りする。しかしキャントリッパーは、そんな和泉の期待の眼差しに気付くやすぐに首を横に振る。


「産まれてから四百六十年くらい海底で引きこもってたから世情には疎くて……」

「ああ、地上年齢は二十歳なんだね」


 和泉は目を輝かせるのをやめ、肩を落とした。身を乗り出す形になっていた体勢を元に戻し、女衒もどきに目を向ける。こちらを向いていたキャントリッパーも、主人の視線を追って彼の姿を認めると、挑発的に笑って見せる。

 先ほどの怯えた態度が嘘のようだった。


茶恋寺(されんじ)ィ。見ての通り、私は新しい主人ともう契約したぞ。私を追うのはやめてもらおうか」

「……のようだな。だがまだ諦めきれない。大抵の男は女が思っているより執念深いぞ?」


 ポケットに手を入れ、ふてぶてしい佇まいで童女を見下ろす。キャントリッパーの方も、見上げるその視線は不敵だ。

 不安に耐え切れなくなった和泉は、震えながら彼女の背中に手を伸ばし、呻いた。


「あ、あのー……話が未だに全っ然見えないんですが。もう僕帰っていいですか?」

「ダメ」

「許さねぇに決まってんだろタコ」


 破顔するキャントリッパーと、睥睨する茶恋寺に射すくめられ、和泉は現実を誤魔化す苦笑いを浮かべる。苦労してクールに保つ脳の芯の部分で現状を分析しにかかり、最初に思い浮かぶのは野次馬のことだった。


(……おかしい。こんなにいるのに、誰一人として僕たちを助けに入らない)


 交番だってすぐ傍にある。それにも関わらず、彼らの対応は対岸の火事を見るそれそのものであり、進展する様子も見られない。悪寒が全身を支配し、実際の寒気と共に和泉の体を凍らせんばかりに冷やしてくる。


(この世界、まさか決闘罪が存在しないなんてことは……いや、文明レベルは以前の日本とまったく同じに見える。それだけは絶対にあってほしくないな)


 溜息を吐いて、キャントリッパーの背中を見据える。まるで自分を守るような立ち位置だ。まさか彼女を置いて逃げるわけにもいかない。それに、実のところ彼女に興味を持ち始めている。一体彼女が自分に求めている物が何なのかを知らなければ気が済まない。

 星術師。化身。カード。デッキケース。

 それらはこの狂った世界から抜け出す方法に繋がっている。そう確信した。


「僕はこれから何をすればいいんだい?」

「賭け金の設定」

「……お金なんて持ってないよ?」


 軽くこちらを振り向いたキャントリッパーは、少し冷めた目をしていた。先が思いやられると口で言われた気分になる。


「わかってないな。星術師同士の戦いなら使うのは当然『命』だろ?」

「……」


 今、とても物騒な言葉が聴こえた。きっと聞き間違いだろう。命を賭けるなんてそんなバカな――

 キャントリッパーは龍人を挟んだところに立つ茶恋寺と何事かを話し合っている。


「五十万ブラッドでいいか?」

「高すぎるだろ……それじゃあのガキが可哀想だ」

「十万?」

「妥当だ、と言いたいがそれじゃアトランタを制御できん」

「二十万」

「そこら辺が落としどころだな」

「よっし。オープンザゲーム」


 パチン、とキャントリッパーが指を弾く。和泉の心臓がまたも大きくバクンと跳ね、目の前が眩しくなり、眼窩の奥に痛みを感じた。貧血の典型的な症状だ。平衡感覚を失いかけ、大きくたたらを踏む。

 額を手で押さえ、息を乱しながらキャントリッパーに問うた。


「ぐっ……さっきから僕の心臓に何をしているのさ」

「何って、血を抜いてるだけだろ」

「はあっ!?」


 急ぎ視力の回復を意識し、彼女の指先を見る。見えない杯に注がれているかのように、空中にコップ一杯分の赤い液体がなみなみと、ゆらゆら揺れていた。寒風が吹き、その臭いは和泉の元へ運ばれる。

 鉄臭い。今までまともに嗅いだことのない未知の臭いだが、小説や漫画で手にした情報と合致する。間違いなくそれは血だった。和泉の血だ。


「ちょっ……それどうするつもり!?」

「どうって?」


 和泉とキャントリッパーの間には齟齬がある。それも致命的な齟齬だ。和泉はその齟齬を、お茶を濁しながらなんとか埋めようとしてきた。

 和泉はこの世界のことを何一つとして理解しておらず、キャントリッパーの方はそのこと自体に気付いていない。できることなら隠し通したかったが、和泉は限界を知る。

 和泉の動揺などどこ吹く風で、血液を粘土のように素手でこねくり回す魔女の姿を目の当たりにした今日は、精神衛生の観点から言って間違いなく厄日だった。

 やがてキャントリッパーは、光を反射しルビーのように輝く血液を腕輪の形に変えて満足し、変形を止める。二つのリングを血の鎖で繋いだ、手錠型のパンクファッションだ。彼女はそれを腕に通し、満足げに揺らしてじゃらりと鳴らす。

 血の質感は液体から粘土へ、粘土から金属へ転化していた。


「……キャントリッパー、だっけ。ちょっと相談していいかな」

「ん? 何だ?」

「ちょっとこっち来て」


 ちょい、と人差し指を動かして少女を招く。

 事態はもう止められようがない。一刻も早い状況説明が求められる。風雲急を告げていた。


「――ということなんだけど」

「とんでもねぇ貧乏籤引いちまったああああああぁぁぁぁっ!!」


 野次馬のサークルからちょっと離れた場所。街路樹がいくつか植えられた広場。

 頭を両手で掻き毟りながら、半狂乱になったキャントリッパーは絶叫する。ひとしきり喉を傷めた彼女は彼の肩をがしりと掴んで、がくがくと揺さぶり始めた。


「何故それを早い段階で言わなかったぁ! そうとわかっていれば私だって強要はしなかったんだぞ! あんな詐欺紛いの契約なんて『け』の字もない単なるこじつけなんだから!」

「本人がそれ言っちゃうの?」

「ぐぅっ……仕方ない。こうなったらもう、さっさと降参して茶恋寺に身を引き渡すしかない……」


 苦悶に顔を歪ませ、彼女は肩をわなわなと震わせながらその場に膝を付いた。下唇を噛み、涙をほろほろと流す。


「ああ、お母さん……四百八十年キッチリ守り続けていた操をついに捧げるときが来たようです……」

「待って」

「私の眼もついに曇ったか……不老不死が売りの人魚が笑わせる。体が丈夫でも精神にガタが来てはな……」

「待ってってば」

「もう、アレだな。こうなったら盛大に処女を散らすしかないな。アイツの股間の上でガメラのように高速スピンをしてやろうか」

「もげるよ! だから待てって!」


 小学生とは思えないことを口走り、和泉は参ったようにうなじを掻く。逡巡した後、泣いている少女と目線を合わせるように片膝を付いた。


「……状況はさっきの路地とまったく同じだ」


 キャントリッパーは泣くのを中断し、きょとんとした顔を向ける。和泉は笑いはしない。だが怒りもしなかった。少し億劫気だが、彼女に向けて手を差し伸べている。


「僕にしかキミを助けることはできないんだろう? ちょっと困惑してるけどさ、男の責務は果たすさ」

「お前……」

「イズミだ」


 少年の手に自分の手を乗せようと手を伸ばし、止める。彼と真正面から目を合わせた。


「え?」

「僕の名前は猫宮和泉だ。よく覚えといてよ」

「星術師同士の戦いは実際にやった方が理解は早いから、とりあえず今は本当に最低限のことだけを説明するぞ異世界人」


 キャントリッパーは二度手を叩く。それに呼応して、どこからともなく自転車が現れる。後ろの荷台部分に木の箱と、紙芝居セットが積んであった。簡易的な紙芝居の屋台だ。肉体年齢十二歳の彼女にあつらえたように、全体的に小さくまとまっている。


「まず概念的な部分から説明しないといけないのか」

「うん、小学生に……ってかまだ小学生だけど。幼児に説明するみたいにお願い」


 よし、と頷いた彼女は紙芝居に手をかける。何も描かれていない一枚目の紙を捲り、後ろへ送る。

 和泉を模した人物と、キャントリッパーを模した人物が手を繋いでいる絵が現れた。


「星術師とは、地球を起源とする『基本人類(ゼオセントロイド)』が他の星の住人『星駒(サテロイド)』と契約を成し、完成に近い形の星術……つまり魔法を行使できる者のことを言う。要は、今のお前と私、二人一組で『星術師』だな。狭義的にはこれが正しい」

「広義的には?」

「基本人類、つまり使役側のみを指して星術師と呼ぶこともあるな。星駒からすると何となくいい気はしないから、こっちの呼び方はできるだけするなよ」


 外国人が日本人に『ガイジン』と呼ばれるのを嫌うのと同じようなものか、と和泉は納得しておく。


「ただお前と私の場合は例外だが、星術師として活動するには必要なものが色々ある」

「それは?」

「デッキ。速い話、私以外の四十枚のカードだ。私を含めると四十一枚だな」


 あの黒のデッキケースを見たときから、心のどこかで予感していた。中から出てきたのも札の束だったから確信もあった。

 はたと気付く。そういえば、あのデッキケースとデッキ本体はどこへやったのだったか。ポケット、服、体をまさぐるが見つからない。キャントリッパーは『そんなことも知らないのか』と、嘆くどころか感心していた。


「……星術師同士の戦いが始まった後は、意識しないと出てこない。人によっては指パッチンとか、拍手とかを出現の精神スイッチにしてるヤツもいるな」

「こう?」


 かしわでを一度打つ。拍子抜けするほど、あっさりとそれは和泉の鳩尾の高さに現れた。宙にふわふわと浮かぶのは、剥き出しのデッキだ。確かに四十枚程ある。

 しかし妙だ。先ほどこれを入れていたはずの箱が見当たらない。


「む。デッキケースは?」

「それは後で、だ。しかしアッサリ出せたな」


 感嘆を漏らしている暇も惜しいので、賞賛もそこそこにし、キャントリッパーは紙芝居を捲る。

 デッキの束とキャントリッパーの絵、それと四十枚というポップなフォントが現れた。


「私を含めた四十一枚のカード。それより多くても少なくてもダメだ」

「……なんか枚数が中途半端じゃない?」

「都合があるんだよ。さて、デッキが揃ったら次に、その中の星駒を一つ選ぶ」


 紙芝居がめくられ、次に出たのは、またしてもキャントリッパー自身の絵だった。こころなしか段々、絵のタッチが上手くなってきているような気がする。


「このステップは既に終わってるけど説明するぞ。戦闘に入る前の準備その一は、心臓の招聘……ハートインヴァイトだ」

「あの茶恋寺のおじさんが教えてくれなかったら、その時点で躓いてたなぁ」

「……そこら辺だけは感謝しておいてやろうか」


 紙芝居がめくられ、次に出てくるのは胸を押える和泉の絵と、星を見上げて疑問符を浮かべるキャントリッパーの絵だった。どちらも苦しそうな顔をしている。


「星術師の戦闘は、基本人類と星駒のどちらが欠けても致命的だ。基本人類は星術の行使に必要な機構を生まれつき人体に組み込んでいるが、各々の体の中に眠る魔力を上手く循環させることができない。無理にそれをやると心臓に負荷がかかって、寿命が一気に縮んでしまう。反面、星駒は魔力を運用することに長けているが、魔力の性質を変えたりすることは一切不可能だ。火属性の魔力は燃料にしかできないし、水属性の魔力は雨乞いぐらいにしか使えない。

 そこでむかしの星術師は、基本人類と星駒で組み、お互いがお互いの弱点を殺す『第二世代の星術』を産み出した。そして現在に至る、というわけだ。さて、バックグラウンドの説明はここまで。何か質問は?」


 あったとしても、今はそれをゆっくり拝聴している時間はない。和泉は首を横に振る。


「星術を十全に行使するため、まずブレインはハートをデッキの中から選びだす。これがハートインヴァイトだ」

「それってどれでもいいの?」

「デッキの中の星駒ならな。条件はあるけど」

「条件?」

「星術師の原則その一。『ブレインは自分より格の高い星駒をハートとして使役できない』。キャプテン、私のこの腕輪を凝視してくれ。穴が開く程にな」


 言われるまま、和泉の血液でできたルビー色の腕輪を見る。手錠に似ているそれをじっくり見ていると、ビックリ箱のような唐突さで、赤い光子で構成された文字が飛び出してきた。

 アラビア数字で二十万と描かれている。


「二十万?」

「これがゼロになったら負けだからな」

「……ライフポイントなの?」

「ああ。お前の命だ」


 ――ゲーム的な意味ですよね。ゲーム的な意味ですよね?

 和泉は怖くて訊けなかった。キャントリッパーは彼の顔色が真っ青になっていることに気付かない。


「正確には『ブラッドポイント』と言う。あまねく命に神が設定した『その生物の魂の価値そのもの』だ。基本人類は生まれつき、これを百万ポイント持っている。その内の二十万ポイントを賭けとして、このゲームは成立している」

「……あっ」


 今一理解が追いつかなかったが、先ほどのキャントリッパーと茶恋寺の相談を思いだす。あれは『この勝負に賭ける自分の命の総量』を決めていたのだ。

 そして、そのときのキャントリッパーは何と言っていたのかもやっとのこと飲み込めた。


「キミ、最初賭け金を五十万ブラッドで提案してたよね」

「あ? ああ、それが?」

「それ僕の命の二分の一賭けるってことだよね?」

「そうそう。わかってきたじゃないか」

「……」


 悪びれもしない。この価値観のギャップは果たして、どこから生まれてくるものなのだろう。年齢の差、種族の差、世界観の差と候補が多すぎて頭が痛くなってくる。しかしこの世界では、怒るのが当然なのかどうかすら判然としない。ひとまずこのことは保留にした。


「もし負けても、お前には八十万ブラッドは残る。安心しろ」


 ちっとも安心できはしないが、せめて不遜に応える。


「負ける気はないよ。他に説明することは?」

「これが最後になるな。勝利条件だ」


 紙芝居をめくり、出てきたのは和泉とキャントリッパーが、茶恋寺と龍人のペアをパンチで薙ぎ倒している絵だった。茶恋寺ペアの上には十万と書かれている。


「お互い、順番に手番をこなし、最終的に相手の賭けブラッドを規定数まで削った方が勝ちだ。私たちの敗北規定数はゼロ。相手の場合は十万以下にまでブラッドを減らせば敗北だ」

「ん? ちょっと待ってよ。それ不公平じゃない?」


 お互いの持ちブラッドは二十万で統一されている。それがゼロになったら自分たちは負ける。

 そこまでは理解できるが、相手は十万にまで減ると負けてしまうというところが解せない。この条件だと自分たちだけが圧倒的に有利だからだ。しかし、キャントリッパーは人差し指を細かくメトロノームのように揺らして答える。


「いや。ところがそうでもないんだな。さっきも言った星術師の原則その一は、勝利条件に綿密に絡んでくるんだよ」

「ブレインは自分より格の高い星駒をハートとして使役できない、だっけ」

「そう。いいか? この腕輪は、何も酔狂で手錠の形にしているわけじゃない。事実、私たちに対する戒めだからこんな形になってるんだ。そもそもさっき言った規定数は、一体何をもってして規定にしていると思う? 今までの話を総合してみるといい」

「えーっと」


 基本人類は生まれつき百万のブラッドポイントを持つ。これは生物の命の価値そのもの。

 ブレインは自分より格の高い星駒をハートとして使役できない、星術師の第一原則。

 茶恋寺が掛け金の設定のときに口にした『十万ではアトランタを制御できない』という台詞。

 これらの点を拙くも結び、和泉はハッとした。


「……そっか。カード自身にも命の価値、つまりブラッドポイントが設定されてるんだ」

「正解。あのアトランタは十万ブラッドポイント。対して、私はゼロポイントだ」


 つまり敗北条件の差は、そこに起因するものだったらしい。

 やっとのこと頭に叩き込むことができた。星術師の戦いとは、つまり相手の星術師としての根幹をお互いに奪い合うことによって成立する。

 だが、またしても素朴な疑問が浮上した。


「……ん? じゃあキャントリッパーは『生きる価値ゼロ』ってこと?」

「世間一般では、私のようなブラッドゼロの星駒を奴隷(スレイヴ)って呼んでる」

「う」


 キャントリッパーはあまりにも軽々しく言う。ばつが悪くなった和泉は、彼女から目を逸らして吐き捨てた。


「酷いな。奴隷だなんて」

「そうでもない。いや、そうでもなかった、と言うべきか」

「え?」


 パンッと乾いた音が響き、紙芝居の屋台が煙と化して消える。彼女の拍手に呼応して、あれらは出し入れ自由らしい。

 キャントリッパーは後ろで手を組み、寂しそうな微笑みを浮かべていた。和泉を気遣う笑みだった。


「大抵の基本人類、ブレインは私たちのことをゴミか何かだと思ってる。でも、たまにいいヤツに拾われると、並大抵以上の幸せを手にすることができるんだ。私たち、カードとしての使い道は結構あるからな。神様扱いされている奴隷も見たことある」

「それが幸せかどうかは人によるな……」

「同感。実際私もそうなったら窮屈だろうなって思うよ」


 くすりと笑い、キャントリッパーは空を仰ぐ。


「……約束、早速破っちゃうな」

「約束?」

「お前の前のキャプテンとの約束。嫉妬を買うといけないから、訊ねられない限り絶対に前の主人の話はするなってさ」


 和泉は、彼女に『前の主人』という概念があることに少し驚いた。今までの口調だと、ブレインとハートは一蓮托生、永遠に絆で結ばれるものだと思っていたからだ。

 キャントリッパーは続ける。


「友人みたいに接してくれてたんだ。人の温かい感情に初めて触れた。美味いものを毎日食ってたわけでも、お金が大量にあったわけでもないんだけどさ。間違いなく幸せだったよ。でも……」

「……契約を破棄されたの?」

「違うっ! アイツはそんなことしない!」


 迂闊に地雷を踏んだことを後悔し、一歩後ずさる。和泉を怯えさせたことに気付いた彼女は、剥いていた犬歯を収めてそっぽを向く。


「……ブラッドを全部賭けた大勝負に挑んで負けた。それで死んだ。それだけ」


 ぼそりと投げやりに話をしめ、溜息を吐いた。そして、平静を取り戻した彼女は忠告するような、深刻な光を目に宿し、和泉と向き合う。

 キチンとした答えを聞くまでは絶対に目を逸らさない。そんな覚悟を感じた。


「キャプテン。ブラッドは大量にあればあるほどに、たくさんの恩恵に与ることができる。逆に、ブラッドが他人より少なければ割を食った生活を送るハメになるかもしれない。アイツの目的は、お前のブラッドではなく私自身だ。今降参すれば、お前のブラッドは一切消費されない。今ならまだ間に合う。降参しないか?」


 和泉はその眼を見つめ返し、表情を消した。大きく息を吐き、彼女から目を逸らす。


「かもね。でもそれが何?」

「え?」


 疑問符を浮かべるキャントリッパーは、どうやら彼が照れ隠しに目を逸らしたらしいことに気付いた。顔に赤みが差しているのは、寒さだけのせいではない。白い息をくゆらせながら、また野次馬のサークルのところへ戻っていく。


「僕はさ。不本意だけど、キミを助けるためにこの世界に来たんだよ。ここで投げ出したとして、キミが茶恋寺さんに連れていかれて、僕一人になって、孤独に死んでいくときに『どうして中途半端な仏心を出したんだろう』ってみじめな後悔はしたくない」

「……」

「最後の最後までやる。結果はどうあれね。どうせ死ぬんなら『やれるだけやったんだ』って気持ちで死にたいよ」


 手袋を外し、手を開閉させながら戦地へと赴く。おもむろに立ち止まった彼は、振り返らずに言う。


「行こ」

「……うん」


 彼女の肯定の声を聞いた和泉はまた歩き出す。キャントリッパーは、返事をした後も茫然として、その場を動けなかった。


「……貧乏籤、じゃないかも」


 その呟きは、寒空へと消えていく。先ほどまで晴れていたはずの空はどんよりと曇り、今にも雪が降りそうだった。

カードゲーム『プラネット・ブラッド』に必要なもの


星駒(モンスターカード)が最低一枚入ったデッキ。規格枚数、四十一枚ジャスト。

・価値ある命


以上。

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