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十二枚目 世界はそれを愛と呼ばないんだぜ―2

「最年少より年上? 僕が?」


 小学五年生の星術師がいる。

 世界最高峰、一分の揺れもない超高性能エレベーターの中、和泉は階数表示をじっと見つめる。


「リップ。星術師の平均年齢はどれくらい?」

「それは全人類の平均年齢はどのくらいっていう問いに等しいな。スケールが違うだけで」

「流石に赤ん坊はいないんだろ?」

「何事にも例外はある。私が見た中には星駒を家宝にして、後継ぎが産まれた瞬間そいつに契約を引き継がせる、なんてことをしている一族もいたぞ」


 つまり零歳の星術師もいることにはいるわけだ。

 小学五年生の星術師がいたところで、珍しくはないのだろう。助かった、と内面で胸を撫で下ろした。年功序列式の組織だったのなら、とても息苦しい思いをしなければならない。


「……仲良くできるといいな」

「すぐ帰る気なんじゃないのか?」

「帰る当てが見つかったらそれこそゆっくりするさ。旅行で来るんならいいところだと思うよ?」

「……帰ってほしくないなぁ」


 このエレベーター、ほぼ無音なのでリップの呟きもハッキリ聞こえたのだが、あえて聞かなかったフリをした。リップも和泉に聞かせるつもりで言ったわけではなかったらしく、これ以上何も言わない。

 慕われているのかどうかは相も変わらず不明だが、気に入られてはいるようだ。和泉は首に巻き付くマフラーを外し、手袋をポケットの中に入れて、ジャンパーのジッパーを全開にしておく。


「外に出るとき寒さがキツくなるから、今の内に防寒緩めておきなよ」

「ん……リュックか何か持って来ればよかったな」


 確かに。容量のあるリュックサックがあれば、マフラーや手袋、着る必要のないジャンパーなどを詰め込むことが可能だっただろう。

 そこまで考えて、和泉はとある事実に思い当った。同時に四十五階に到着し、エレベーターのドアが開く。


「……ランドセル、あの裏路地に置いてきたままだ」

「あ、そういえば」


 茶恋寺を撃退するのに使って、そのまま放置した映像を頭の中で再生させる。

 やはり何度確認してみても、回収というコマンドを取った覚えがない。和泉は苛立たしげに前髪を弄る。ぐしゃ、という本人の耳にしか届かない音が響いた。


「後で交番行かないとなぁ。下手したら面倒なことになる」

「今この世界に猫宮和泉のランドセルが二つあったらおかしいから、だろ?」


 リップはけらけら笑いながら和泉の意志を汲み取り、先にエレベーターから退出する。

 数歩先導した後、手を主人に差し出し、取るように促した。


「ま、何とかなる。私が付いてるんだぞ?」

「……」


 ――頼りねー。

 とは言わないでおく。脱力したように笑い、和泉はリップの手を取った。手袋などの布越しではない、直接の体温と柔らかさが伝わる。


「頼りにしてるよ」

「おう!」


 弾けるような笑顔を浮かべ、リップは和泉の手を引いていく。

 エレベーターから出てすぐ、駅改札に設置されているカードリーダー付きのゲートと、スーツを着た受付嬢が控えるカウンターがある。

 受付嬢はこちらを認めると、ニコリと柔和な営業スマイルを向けた。


「こんにちは! 初めましてになりますね。今日はどんな御用でしょうか」

「星術師として二人で登録したい」


 リップがそう言うと、あらと受付嬢が声を漏らす。刹那に見紛うその瞬間だけ素に戻り、鋭い視線でこちらを品定めしている。


「……失礼ですが、後見人は?」

「ちゃんと用意できてるぞ」


 ジャンパーをはためかせ、リップが右手を大きく振る。何かに気付いたリップは、そこで手を開閉させた。そういえば、リップはいつも右手で杖を振るうときはあんな挙動をしていなかっただろうか。

 右手を何度か同じ動作でぶんぶん振り回したリップは、やがて青ざめて掠れた声を出す。


「……キャプテン。魔女服ごと茶恋寺の名刺を置き忘れてきてしまった。どうしよう」

「どうしようもないだろ」


 徹底的に締まらない。和泉は露骨に溜息を吐いた。受付嬢の方も、二人に憚らず笑っている。


「また改めて来てください。十一時まではずっとここにいますから」

「そっ、そんな! どうにかならないのか!? ブラッドならあるんだぞ!」

「後見人なしで登録するには五十万ブラッドが必要になります。どうしても、と言うのなら止めはしませんが、家と都庁を再び往復するのとどちらが得でしょうか?」


 この受付嬢、微妙に慇懃無礼だ。営業スマイルを消したのは、こちらを品定めした一瞬だけだが、それが返って不気味さを演出している。人類が死滅しない限り、このまま死ぬ瞬間まで笑顔なのではないだろうか。

 和泉はひとまず、五十万ブラッドも払うのは割に合わないと勘定を弾き出し、リップの手を引いてエレベーターへと引き帰していく。彼女は未練がましく和泉と受付嬢を交互に見つめ、やがて俯き和泉にされるがままになった。


「……ごめんなさい」

「今日になって千一回目の謝罪だね。もう腹いっぱいだから、そういうのやめてくれないかな」

「……うう」


 別段、リップには最初から期待などしていなかったため怒りは湧いてこない。

 だが、何の感情も湧いてこないというのは、それはそれで口調に冷たい印象を与える。心象的な冷気を浴びたリップは更に縮こまった。

 エレベーターは再び下に向かっていたらしく、また二人はドアの前で待機するハメになる。特に見るものがない入口周辺でじっと待っていると、エレベーターが四十五階に到達。

 ドアが開き、その中から出てきた人物を見て目を見張った。

 リップは助かったと言わんばかりに顔を綻ばせている。


「ナイスタイミングっ!」

「あん?」


 エレベーターから出てきたのは、オレンジとも茶色ともつかない色の髪を携えたヤクザ。茶恋寺島次郎だった。傍らにはリザードマンにして相棒のアトランタを控えさせている。


「お前、学校はどうした?」

「創立記念日」

「鳩須磨小学校は一月九日、普通授業だろ」

「うわ」


 その返しは予想していなかったが、和泉は戦闘の際、彼に所属までバッチリ名乗ってしまっていたのだ。最近のヤクザは情報まで扱う。目を付けられていたのならば、対象の小学校の情報まで網羅していてもおかしくはなかった。


「……色々事情があるんですよ。こっちも」

「はん。不良気取りか?」

「そんなところですよ。思春期前の少年による、可愛気に満ちた小さな反骨です」

「お前本当に小学生?」


 茶恋寺の顔は非常に苦々しい。この少年に関して言えば可愛気とは無縁だと態度で告げている。

 自分で皮肉のネタにするのはいいが、他人にこういう態度を取られると腹が立つ。


「よかったじゃないかリップ。失敗を帳消しにできて」

「よかったー」


 腹癒せに、含蓄のある物言いをあえて選んだのだが、リップは安心しきっていたため、和泉の口調の棘にはついぞ気づかなかった。

 事情を察した茶恋寺は、この年にして嫌らしい言動を繰り返す小学生を、ゲテモノ料理でも前にしたような目で見ている。


「……苦労背負い込んだの、案外お前かもな」

「へ?」


 リップは目を丸くする。


◆◆

 その場にいた茶恋寺に直接後見人になってもらい、二人はなんとか手続きに入ることができた。

 受付嬢は営業スマイルをもう崩さない。カウンターに書類とペンを置く。


「じゃあ、ブレインの方はここに名前と生年月日を書いてください。名前以外は最悪不詳でもいいんですけど。いや最悪名前すら偽名でかまわないんですけど」

「じゃあ書く必要すらないじゃないか」

「ちなみに空欄になった部分には私が適当に書き足させてもらうことがあります。えーと、名前は三千世界鼻水与太郎で、生年月日は昨日っと……す、すごい! 最年少記録を余裕でぶっちぎりですよ!」

「書かせてくださいお願いしますぅ!」


 何故初対面の女性に本気の頼みごとをしなければならないのだろう。

 そうは思っても口には出せない。この手の人種は相手にすれば疲れるだけだ。本当の姉とのやりとりで何度も訓練された和泉に、女性関係における隙は少ない。

 書類に生年月日と名前を記入。住所はこの際空欄でいいだろう。電話番号も空欄にしておく。営業スマイルの仮面を薄くして、受付嬢が首を傾げた。


「おや? 住所と電話番号は書かないのですか?」

「書かないんじゃなくって『ない』んですよ」

「備考、住所不定無職っと」

「大まかに言えばそれで間違ってないけど無職はいらない!」


 プライドが許さない。一応小学校をやめたつもりはないのだから。

 だが和泉の制止などどこ吹く風。受付嬢は備考欄にしっかり書いてしまった。


「あー……これ後で書き直せるんですよね」

「この書類自体に意味があるかどうか不明なので、書き直すのはお勧めしませんよ。面倒なだけです」


 受付嬢とは思えない大雑把な意見だ。苦笑いで応じると、受付嬢はインスタントカメラで和泉の顔を不意打ちで撮る。現像が即時始まり、写真が一枚吐きだされた。


「はい。写真もコレでOKです。あとは手続き本番ですね。これをやらないことには星術師として認められません」

「トントン拍子で進めすぎだよ。とりあえず写真を撮るときには一言でも許可取ってくれよ」


 もう敬語で話す価値すらないと判断した和泉は、素の口調で呆れたように言う。

 受付嬢は和泉のことを完全に無視。カウンターの中から何かを取り出し、和泉の目の前に置いた。

 それは白無地の、石のような質感の立方体だ。中心部分に四角い窪みが見られる。その凹みはどこかで見た形をしていた。


「じゃ、そこにデッキを入れてくださいな」

「あ、そっか。デッキサイズなんだ。この窪み」


 納得した和泉はポケットからデッキを取り出し、箱に装着する。

 次の瞬間、全身の血管がざわついた。目や舌先、喉の奥が痒くなる。


「う……?」

「えーっと、デッキタイプはオール水星産の【全奴隷(フルスレイヴ)】ですか。最近じゃあ珍しいですねぇ。ふんふん……所持ブラッドは総計百五十万。既に誰かに勝ってきてますね?」

「ん」


 言っている意味がよくわからないので、リップに助けを求める。

 彼女は視線で送られた指示を恭しく実行した。


「この前の戦闘で、私たちは三十万ポイントチャージしただろ。で、茶恋寺とは二十万の賭けで勝った。これで五十万ブラッドのプラス。キャプテンは元々百万ブラッドポイントを持っていたから、合計で百五十万。常人デフォルトの一.五倍の価値だ」

「ふーん」

「おや。茶恋寺さんに勝ったんですね」


 受付嬢が意外そうに、ゆっくり目を見開いた。そして、面白さにくすりと笑みを浮かべる。


「ちなみに、彼の総計ブラッドポイントは約八百万ですよ」

「高っ! どれだけ勝ち越してるんだ!」


 和泉のその発言に、受付嬢は閉口した。この雰囲気は、初心者がカードゲーム専門店のデュエルスペースで『素人臭い発言』をしてしまったときのそれに近い。

 居心地が悪くなり、和泉はたたらを踏んだ。


「……り、リップ。僕、変なこと言ったかな?」

「ああー……まあ、あれだ。キャプテン。相手だってチャージができるし、削られなかった分のブラッドは懐に戻ってくるんだぞ。つまり『勝たなくっても人の持つブラッド合計は、ゲーム全体で見れば増える』んだ。アイツの場合は戦闘の決着時点で十四万が残ってた。で、二十万をキャプテンに譲渡したから六万の損だな」

「ああ、そういう計算方法なんだ」


 茶恋寺は賭けブラッドから六万のブラッドを失っていたが、和泉は賭けブラッドから三十万ポイントをチャージしていた。

 ゲーム全体で見れば、確かに総ブラッドは二十四万ほど増えている。星術師同士で勝つ、負けるを繰り返していれば、お互いのブラッドはどんどん高められていくわけだ。


「ちなみに、勝てば削られたブラッドは『賭けブラッドの値まで戻る』んだよ。茶恋寺が勝っていた場合は、十四万ブラッドから回復して二十万ブラッドにまで戻ってたんだ。これを私たちは勝利手当てって呼んでる」


 そういうシステムがあるのならば、尚更星術師同士の戦いは得しかない。

 茶恋寺の八百万ブラッドという値は勝者の値ではなく、経験の値ということだ。


「削ったブラッドはどこ行っちゃうの?」

「消えたわけじゃない。どこかにはある。だがどこに行ったかはわからない。地球の裏側で誕生する新しい命に宿ったかもしれないし、はたまた地球外のどこかの星駒に宿ったのかもしれない」


 ブラッドとは、エネルギーの類と同系統の性質を持つようだ。

 消費されたと思っても形を変えて、宇宙のどこかには存在し続けている。無から有が現れないように、有も無にはならないということだ。


「ん? ちょっと待って。つまり宇宙に存在するブラッドって、かなり大きな目で見れば一律ってこと? 増減しないの?」

「しないな。ああ、でも――」

「手続きを続けても?」


 二人は受付嬢と向き直る。白い箱の中では、はめ込まれたデッキがきらきらと星空のように輝いていた。


「次は何をすればいいの?」

「最低一ブラッドのサンプル採取です」

「サンプル?」

「あなたの体に宿るブラッドは、あなたのものである限りはあなた自身の情報を刻んでます。ちょうど遺伝子と同じように。このサンプルを取って、全星術師協会が閲覧することのできるネットワークに記録することによって身元の証明、および登録とさせてもらうんです」

「要はバイオメトリクスってこと?」

「……あなた、随分と知識が偏ってますね。合ってますけど」


 受付嬢は一種、感嘆していた。

 本当の姉が知識人だったため、こういう無駄な情報はよく覚えている。無駄な情報だから誇りにも自慢にも思えないが、ないよりはマシだ。


「じゃ、採取させてもらいますが、かまいませんね? 許可を取らないとブラッドの委譲はできないので確認を取らせていただきます」

「いいよ。一ブラッドくらいなら」


 ちく、と和泉の右目の奥が痛んだ。すぐに痛みが消えたので気のせいかと思ったが、どうやら登録用サンプルを採取したらしい。

 受付嬢はカウンターに乗っているパソコンを素早く叩き、ポンという電子音が鳴ると二人に向き直った。


「はい! これで登録は終了。あなたはこのゲートを手で触るだけで開けることができます。どこの星術師協会でも、あなたのことを軽視したりは決してしないでしょう」

「……うーん、でも」


 和泉の残りブラッドは、今のやり取りが本当ならば百四十九万九千九百九十九ブラッドだ。

 気持ち悪い。実にキリが悪い。几帳面な和泉は背中が痒くなった。


「残りブラッド、キリが悪いなぁ」

「そう言うと思いました。ですので、アフターサービスを紹介させてもらいます」


 受付嬢はカウンターから、一つのカードを取り出した。星駒のカードや、星術のカードと同程度の薄さだが、硬度は金属程度はあるツルツルとした白いカードだ。


「あなたのブラッドをキャッシュに変換することのできるサービスです。一ブラッドを二百円で買い取らせていただきます」

「はい?」

「奴隷でない星駒の最低BPは一万ですので、千の位はキリの悪い『死に数字』となります。あなたの死に数字、九千九百九十九ブラッドをキャッシュに変換すると百九十九万九千八百になりますね」

「ちょっと待って。ちょっと待って」

「はい」


 待てと言われて、素直に待つ体勢となった受付嬢に、和泉は冷や汗をかきながら質問する。嫌な予感に喉が干上がった。


「ブラッドって命だよね? なんで当たり前みたいに値段付いてるの?」

「なんで、と申されましても」

「……」


 また世界観のギャップだ。この受付嬢に問うたところで、まともな答えが返ってきそうにない。彼女は目に困ったような色を浮かべ、質問の意図を読み取ろうとしているが無駄だろう。

 和泉は質問の方向を捻じ曲げることにした。何故命に値段が付いているのか、というそのままの意味から、命の用途について。


「買い取ったブラッドは何に使うの?」

「命は万能のエネルギーですからね。その用途は多岐に渡ります。その気になればブラッドで発電したり、火を起こしたり風呂を沸かしたり、とやりたい放題です。このブラッドの使い道は主に、新しい星術の開発資源ですけどね」

「ふーん」


 新しいカードを作る。

 なるほど。新しい技術の試運転などをこなすなら、いくらブラッドがあっても困ることはない。理には適っている。

 このシステム自体はかなり危険だが。


「……悪用はされないの?」


 通常の人間はデフォルトで百万ブラッドを持つ。つまり、人は生まれつき二億円の価値を持っているわけだが、こうなると闇市場などで人身売買は活発になってきてしまうだろう。

 一人の人間を破滅させるだけで二億円の利益。銀の匙を全力で皮肉ったような、美味しい儲け話だ。

 真正面から重い話を突き付けられた受付嬢は、相変わらずの笑みを浮かべて答える。


「ま、確かに危険ですね。でもだからこそあなたたちがいるんですよ?」

「え?」

「後見人の茶恋寺さんからレクチャーを受けるといいでしょう。サービスは受けますか?」


 受付嬢の問いに頷き、キャッシュカードが発行される。

 和泉の体から死に数字のブラッドが抜け、代わりに手元に大量の金が入ってきた。これで宿に困ることは当分ないだろう。

 だが、後味が悪かった。自分の命が金に変わっただなんて、ブラックジョークにしてもゾッとしない。暖房は効いているはずなのに、寒気に体が震えてしまう。


「……まあ、いいか」


 よくはないが、ひとまず落ち着くために呟いてみる。空々しい響きになったが、少しだけ気分が救われた。白いキャッシュカードをポケットに突っ込み、リップの目を毅然と見る。


「リップ。行こう」

「ほいきた!」


 ゲートに手を置くと、認証システムが作動。電子音が響き、大きく開く。

 リップはゲートの先を見ながら、わくわくとした表情をしている。


「この一歩は私たちにとって大きな一歩だ」

「ああ。そして最初の一歩だ」


 先は長い。

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