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「生きていて良かった」を探して





 幸せってなんだろう。





そう聞かれたら、あなたなら何と答えますか?

人はよく、幸せという言葉を使います。例えば結婚式や子供が生まれたとき。

「どうかお幸せに」とか「ご冥福祈ります」など、祝いごとで使う言葉です。

じゃあその“幸せ”を他の言葉で言い換えることが出来たら、何と表現するでしょうか。

人それぞれによって“幸せ”は違いますし、ときと場合で幸せも変わってくると思います。では、美味しいものを食べているときの“幸せ”な気分と、犬が心地よさそうに寝ている“幸せ”そうな顔、では何か違うところはあるでしょうか。それとも同じでしょうか。

 人に限らず、生き物というものは “欲”によって生きています。“欲”というと具体的な響きがしますが、そうではないものもあります。生き物が生きているということが、無意識ですが“欲”なのです。




生き物は当たり前ですが、生きています。これは体の中にある細胞が生きているからです。もっと細かくみていくと、細胞を構成する粒子の粒によって成っています。この粒子は生き物だけでなく、物全てにおいて存在するものです。ですが、この粒子というものは安定しているからこそ、物や生き物でいられるわけですが、もし何かの調子で崩れてしまったら―――粒子の粒がバラバラになってしまったら―――物が物でなくなり、生き物は生き物でなくなってしまうということになってしまいます。粒子とは主にエネルギーであり、そのエネルギーで物や生き物は構成されているのです。この粒子がバラバラになれば、今まで構成していたモノと比べ物にならないほどの力になります。

これは余談になりますが、あなたとあなたの隣に人がいたとします。友達、家族……想像してみて下さい。仮に、あなたの隣にAさんがいたとすれば、二人のもっている粒子を全部あわせたらどれくらいの力になるでしょう。トラック何台分を持ち上げられるか?何馬力の力になるか?





結果、おそらく地球の半分くらい、吹っ飛ばしてしまうほどのエネルギーになるでしょう。地球一周四万キロの星です。四万キロ、といってもピンとこないかもしれません。大阪から東京までが約五百キロですから、それを二千回往復するとやっと地球一周の距離です。車やバイクを乗っている方であれば、四万キロを達した方も多くいらっしゃるかと思いますが、人二人分のエネルギーがそれほどであるとは、粒子とはおそろしいものです。

 


 では、粒子とは何か?なぜそのような莫大なエネルギーをもったものを、モノは維持できているのか?

具体的に説明するのは難しく、理解するのも大変なことです。けれども、もっとおおまかに見てみるとどうでしょうか。大雑把というのではなく、生き物や物を見るスケールを大きくしようということです。

先ほど、生き物は“欲”によって生きている、と述べましたが、欲にも様々な種類があります。これがないと死んでしまう、すなわち無意識のうちに生き物が欲しているもの。例として、食事や睡眠などは生き物にとって必須のもので、一つでも欠けると具合が悪くなり、生きていくことが困難になる状況となります。これは生き物が生きていくうえでの“欲”なのです。けれども、自分で意識しようと頑張らなくても勝手にお腹は空きますし、眠くなります。意識して「欲しい」と思うことだけが欲ではなく、生きることに欠かせないことが“欲”であるのです。これが、初めに述べた「生きていることが欲」ということです。言い換えれば「生きようとすること自体が欲」であると言えるでしょう。



では、これ以外に、生き物が欲するものとは何でしょうか。生き物それぞれ生き方が違いますから、人間ではどうかということを考えていきたいと思います。

人間は、食事や睡眠などの生理的な欲だけで、生活することは少ないでしょう。仕事をしたり友達と話したり、必要最低限のこと以外にも“欲”を持ちます。

「美味しいご飯が食べたい」とか「好きな人と話したい」というのも、大きくまとめると“欲”の一つです。この“欲”が満たされると人は満足しますし、“幸せ”だと感じるのではないでしょうか。



 “欲”が満たされると“幸せ”と感じる。これは生き物の中で、最も人間に当てはまるものではないかと思います。もちろん、他の生き物にも感情があり、幸せだと感じることも多々あることでしょう。でも、“生きること”に喜びを感じるのは、人間が生まれながらにもったものなのです。誰に教わったのでもなく、人間であることで“幸せ”を感じる。



 「生きるってどういうことだろう」「何で自分は生きているのだろう」「幸せになりたい」

誰でも一度は思ったことであり、思っていることでもあります。どんなに裕福な人でも、思い出したくない思い出や辛い過去の一つや二つは、持っていることでしょう。

けれども、反対に、“生きていて良かった”と思ったことや“生きることへの喜び”を感じたことが誰にでもあるのではないでしょうか。

“生きていて良かった”と思えたときのことを思い出してみてください。そんな大げさに感じたことはない、という人がいるかもしれません。けれども、“生きていて良かった”と思うことが“幸せ”と感じることにつながっているのです。逆に言えば、“幸せ”だと思うことが“生きていて良かった”ということなのです。

どんなに小さなことでも、“生きる”ということへの欲が満たされたとき、人は“幸せ”だと感じます。それと同時に、無意識であっても“生きていて良かった”と感じているのではないかと思うのです。



 生きていてもいいことがない、幸せになれない、そう思うのではなく、「生きていていいことを見つけたい」「幸せになりたい」と思えば、“幸せ”へ一歩踏み出せるのではないでしょうか。

“生きていて良かった”ということを見つける。それを“幸せ”だと感じる。

日常の中に隠れている“幸せ”は、その人次第で見つけることが出来ます。

“生きていて良かった”ということを見つけようとすること自体が、

“幸せ”なのではないか。私はそう思うのです。















読んでくださった皆様へ。


本当に短いものでしたが、読んで下さってありがとうございました。

ふとした瞬間に思える”幸せ”が一体何なのか、ちょっとしたときに考えてみたものをまとめてみました。


皆様がこれを見て、”幸せ”を少しでも感じて頂ければ、これほど嬉しいものはありません。

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― 新着の感想 ―
[一言] 二年程前に初めて梅小路葵さんのこの文章を読ませていただきました。そして私はこれを心の内に留めさせていただき、消化してきました。 とても素敵な感性だと思います。 読ませていただき、ありがとうご…
[一言] 忘れていたものを思い出すことができました。 ありがとうございました。
[一言] 辛い過去にばかり目を向けて生きていくんじゃなくて,生きていて良かった,幸せ・・・そんなことに目を向けて生きていけばきっと幸せになれるよね。この小説を読んで,幸せってのは生きるって事とつながっ…
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