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親友・宇佐類十波の提案

 所変わってうさりんの部屋。

「いやぁ、今日は本当に申し訳なかった」

 そう言って軽く頭を下げる梁間くんにうさりんが悪態を吐く。

「本当だぜテメエ。あ、佐上そこ左な」

「あ、うん」

 テレビの中でダンジョン攻略に勤しむ僕と同じように暖色系の絨毯の敷かれた床に座り込み、僕の隣で案内役を買って出てくれているうさりんがさらにその横で携帯ゲーム機をいじっている梁間くんを小突く。

「お前仮にも『皆の梁間くん』なんだからそれくらい何とか言っとくなりしとけよ」

「まだ慣れてなくてなぁ、はっはっは。ああ佐上、これ選択肢どっち?」

 そう言って梁間くんが携帯ゲーム機を見せてきた。ちょうど告白シーンだ。

「あ、それは上のやつ。『うるせえ結婚しよう! ドン!』ってやつ」

「サンキュー」

「笑い事じゃねえぞ。お前のせいで危うく佐上がMに目覚めかけたんだぞ」

「え、そうなのか?」

「目覚めかけてないよ失礼な!」

 憤慨する僕を意に介さない様子で梁間くんは朗らかに笑顔になる。

「そっかー、Mに目覚めかけちゃったかー。じゃあ今度そういう人向けのギャルゲ貸すよ」

「いらないよそんなの! 目覚めてないから!」

「遠慮すんなよ、お前白峰にケツバットされてちょっと喜んでたじゃねえか」

「あ、あれは白峰さんとああいったじゃれ合いみたいなのができたのが嬉しかっただけで………」

 白峰さんがこれまた楽しそうに叩いてくるものだから僕としては何も言えないというか、その…………満足でした。 

 布団叩きレベルの優しい打撃を思い返していると、梁間くんがきょとんと無垢な瞳で僕を見た。

「え、佐上、白峰のこと好きなのか?」

「墓穴! 罠だよこれ!」

「うわ本当だ。悪いな佐上。ちゃんと梁間の口止めはしとくから安心してくれ」

「いや俺秘密とかばらすタイプじゃないし大丈夫だって」

 はは、と爽やかに笑顔を浮かべる梁間くんにうさりんは頷き、

「待ち針どこにあったっけな………」

「と、十波!? それはどっち!? 舌か唇かどっち!?」

「どっちもに決まってんでしょうが。あー、裁縫セット姉貴にあげちゃったんだったか………借りに行こう」

 そう言ってうさりんが立ち上がった時、ちょうど部屋の扉が開いた。

「差し入れ持ってきましたよー」

 ニコニコ笑顔の美人さんがお盆片手に入ってきた。うさりんの姉の宇佐類湊うさるいみなとさんだ。

「おー、姉貴。悪いなわざわざ」

「ううんいいの! なっちゃんが友達連れてくるだけでお姉ちゃんはハッピーだよ!」

 ジュースやお菓子の載った盆をうさりんに手渡しながらゲームに興じていた僕らの方を見る。

 僕は普通のRPGだからいいけど梁間くんはギャルゲだったからどうしてるのかな、と思ってちらりと視線を向けたらさりげなく画面を手で隠していた。さすがイケメン、見せぬ気遣いというものもできるようだ。

「梁間くんは前も来てたけど、そっちの子は初めてだね? お名前は?」

「ぼ、僕でしゅか!?」

 急に話を振られたのでついどもってしまった。

「落ち着けよBOY……………ほれヒッヒッフー」

「あ、ありがとうさりん………」

 マラーズ呼吸法で息を整え再チャレンジ。

「佐上、佐上至です」

「佐上くん! 二人ともなっちゃんをよろしくね。捻くれ者だけどいい子だから!」

「あ、はい。知ってます………」

 頷く僕の後ろ、うさりんが慌てて、

「ちょ、そういうこと真顔で言うのやめてもらえます? 恥ずかしいから割とマジで」

「照れなくていいようさりん。ホントのことなんだから」

「ぐ、ぐ…………………」

 顔を真っ赤にして上目遣いで僕を恨めし気に見るうさりんに梁間くんは軽やかに笑い、

「よかったな、十波。いい友達を持って」

「あー、まあ唯一の友達だしなぁ」

「あっれ、俺は友達じゃないの?」

「……………悪友?」

「一応友の字は入ってるな、よっし………」

 ガッツポーズを取った梁間くんをげんなりとした目で見た後、うさりんは湊さんの方を向いて、 

「で、そんなに上機嫌なのはあれか? 例の古枝くんちに泊りにでも行くのか?」

「え、あ、あう……………」

 途端に顔を赤らめた湊さんにうさりんは呆れた顔をして、

「マジかよ姉貴…………ちゃんと避妊具持ったか? 財布に入れてるやつは古くないな? まあ先週買ったやつだし大丈夫だよな?」

「や、やめてなっちゃん! 初対面の人もいるのに好感度をガンガン下げないで! これじゃ私がまるでえっちな人みたいじゃない!」

「うるせえエロウサギ。初デートであんなエロ下着穿いていっといて何がえっちな人だ。もうエッチじゃなくてビッチでいいだろもう」

「ひどい!」

「ま、まあまあ落ち着けよ十波。湊さんがムッツリスケベなのは分かったから、もう許してやって」

「だってよ。梁間の温情でここは許してやんよ」

「ムッツリスケベで確定しちゃってるじゃん! 誤解されてるじゃん!」

「じゃんじゃんうるせえなシンバルかよ姉貴。もういいからホテルでもどこでも行ってこいよ」

「う…………うわーん! なっちゃんのバカー!」

 ばたん、と扉が閉まり、駆け出していく音が遠ざかっていく中、うさりんは溜息を吐いた。

「あのアホにも男ができるとはな…………世も末だ」

「う、うさりんのお姉さんなんだよね、さっきの人………?」

「え? あ、おう。まあ双子だから数時間の差だけどな。せっかくだから弟として甘えさせてもらってる」

「甘え、というか虐げてるよねあれ…………」

「いやいや、あれは姉弟のじゃれ合いってやつだよ佐上。羨ましいな、そういうの」

「…………また今度、姉ものギャルゲー貸そっか梁間くん?」

「いいのか? ありがたいな。助かるよ、佐上。代わりにこっちも何か貸すよ」

「ほんと? ありがとう」

「いいっていいって。何系がいい? 俺もそれなりに色々持ってるよ?」

 何があったかな、とケータイをいじる梁間くんをすんなり飲み込めているのは、きっとこの姿が彼の自然体だからだろう。

 教室で見る皆が抱くイケメン像のような彼にはどこか壁のようなものを感じていたけれど、今の彼にはそれがない。

 いつも爽やかな笑みを絶やさなかった彼がこの部屋では、

『ちょ、十波! 俺のチョコベビーどこやった! あれ夜の楽しみに取っておいてたのに!』

 眉をひそめて怒ったり、

『さ、佐上………このエロゲ、泣けるな……………涙腺崩壊ってやつか…………』

 嗚咽を交えながら泣いたりしている。

 表情豊かで、一人の人間らしい彼がそこにあった。 

「よし、購入リストが見つかった」

「そんなのつけてるの?」

「ああ。たまに十波に貸すんだけど、こいつたまに借りパクするからさ。問い詰めても、『あ? そんなの借りてねえよ。買ってたってんならレシートとか見せろよ』ってしらばっくれて。俺レシートとか捨てるから仕方なくリスト作ってるんだよ」

「うさりん…………」

 呆れてうさりんを見ると、うさりんはうさりんで梁間くんを不機嫌そうに指差した。

「お前だって俺のラブプライス借りたまんまじゃねえか。早く返せよ。俺も早くモモさんとデートしてえんだよ」

「俺だって蘭子ちゃんとデートしたいもん。ねー蘭子ちゃん? ウン、ソウダネテルクン(裏声)」

「茶番要らねえよ。あ、俺の目の前で起動してんじゃねえぞテメ、コラいちゃついてんじゃねえよ俺の蘭子に手ェ出すんじゃね」

「んー」

「やめろ汚い唇で触れるんじゃねえオイコラ聞いてんのか!」

「ははっ、悪いな梁間! 寝取らせてもらったよ! 二股なんてしてるから悪いんだ!」

「そんな末恐ろしいシステムはねえよ! さっさとスロットからソフト抜け!そして返せ!」

「やだね! とりあえず泉都タワーにデートに行くまでは絶対返さない!」

「ふざけんなテメエ!」

 このやろこのやろ、と携帯ゲーム機を奪い合う男子高校生二名。

 学年一の人気者、梁間くんと学年一の嫌われ者、うさりんがまるで子供のように争う姿を僕は呆然と眺めていた。

「ふ、二人はどういった関係なの?」

 思わず漏れた問いに、二人は争いをやめ、それでも互いを牽制しながら、言った。

「悪友」

「親友」

「ふざけんなテメエ」

「あ、すいませんごめんなさうっふ!」

 脇腹をどつかれ呻く梁間くんの横、うさりんは携帯ゲーム機をそっとポケットにしまいながら、

「まあ、ギブアンドテイクの関係だ」

 そう言って、ケータイを出して僕に見せてきた。

 そこには、

 宛先:ハゲ輝ヒカッテル

 件名:ブル崎さん事件

 内容:

 杉崎のブルマが盗まれた事件。

 本田と鈴木の共犯。

 今朝の鬱憤晴らしのために佐上を犯人に仕立て上げ貶めようとしている模様。

 鈴木がスタンドプレーで注意をひきつけ、本田が鞄の中の確認中にブルマを仕込む予定。

 なので告発時には本田に対してポケットの中を見せろと言うだけでいい。

 前回前々回のように丸く収めることを祈る。   

佐上には俺が後でフォローを入れるから、できるだけクラスの空気が悪くならないようにしてくれ。 

今朝あんなことをしといてなんだが、頼む。 

 ………というかあれは元はと言えばお前がうまくまとめきれてねえからああせざるを得なかったんだからな。

 俺のせいじゃないからな。

                                       』


 こんな文面のメールが表示されていた。

「…………だいたい分かったか?」

「……………えーと」

 曖昧な返事をしながら梁間くんの方を見る。

「ん? なんだい?」

 爽やかフェイスのまま携帯ゲーム機をうさりんのポケットから引きずり出そうとしている梁間くんに問うてみる。

「この、『ハゲ輝ヒカッテル』っていうのは梁間くんのこと?」

「え!? そんな登録名なの俺!? 剥げてないし光ってもないだろ!」

「おい自覚ねえのかよ………結構生え際………いや、なんでもねえ」

「え、ちょっとなにそのマジムード。やめろよ十波………」

「ああ、うん………うん……」

「ちょ、ホントにやばいのかこれ? 確かに自分でもやばいかなーとは思ってたんだけど、ホントに? どうなんだ佐上?」

「えー、どうだろ…………」

「まあハゲ輝のことはいいじゃねえか。それよりこっちだ」

 うさりんは僕をまっすぐに見据えて、

「このメールだけで大体分かっただろ? 俺と梁間の関係。それともあれか? この前の二件の分のメールも見るか?」

 その言葉で確信を持てた。

「ううん、大丈夫だよ。十分分かった」

「ほお。なら言ってみろ」

 うさりんの誘導に従って、僕は口を開く。

「………梁間くんが行った推理は全部、うさりんの推理だったってことだよね」

「正解」

 いたずらっ子のように笑ううさりんは例の三つの事件が起きた時、いつも何かをケータイで打っていた。

 そして梁間くんが推理する時、梁間くんはいつもケータイで何かを見ていた。

 なんとも分かりやすいつながり。

 それなのに誰も気づかないのは梁間くんとうさりんがあまりにも立ち位置的にかけ離れているからだろう。 

 かたや皆のヒーロー。

 かたや皆の嫌われ者。

 そんな二人が繋がっているだなんて、誰も夢には思わない。

「今日は本当に悪かったな。二人とも人に呼ばれてるなんてな」

「ああ、そういえば十波も現場にいなかったんだっけか。どこ行ってたんだ?」

「お前に恋する乙女が恋愛成就の手助けしてくれって頼まれてたんだよ死ね」

「そんなナチュラルに死ねとか言うなよ………俺だって体育倉庫裏に呼び出されて大変だったんだから」

「いや死ねよ。とりあえず死ねよ。そしてその後でその女の子紹介しろよ」

「二人いるけどどっちがいい?」

「二人? ああ、大変ってそういう…………」

「まさか呼び出した女の子が鉢合わせるとはな。手紙で呼び出されたもんだからどうしようもなくて。ホント参ったよ」

「もう爆発でもすればいいのにな。なぁ佐上」

「うん、そうだね」

「さ、佐上!? そんな笑顔で頷くの!?」

「平然としてるけど内心結構苛ついてるぞこいつ」

「モテ男とかこの世から消えればいいと思う」 

「純粋そうな顔をしてこの子ったら黒い! 真っ黒だ!」

「そういうとこがいいんじゃねえか…………」

「そんなとこ褒められたの初めてだよ………」

「あなたがいいねと言ったから、四月二十二日は腹黒記念日」

「やだよそんな記念日」

 しょぼんとうなだれていた梁間くんは、ふと気づいたように、

「顔といえば、ここでは前髪上げてるんだな、佐上。やっぱりあの長い前髪のままだとゲームとかしづらいのか?」

「や、あれは視線避けだから。人が少ないところとかはこうしてるよ」

「え、そんな重いものなのアレ」

「おー、俺も今日教えられてびびったわ。こいつお前が思ってる以上に根暗だぞ」

「根暗ってちょっと感じ悪いし、ここはダウナー系って言うことにしよう」

「わぁ、ありがとう梁間くん」

「うん、その無垢な微笑みが今じゃ仮面にしか見えない………」

「それがいいんじゃねえか………」

「うさりんは僕をどういった目で見てるの?」

 僕の問いに、うさりんは言い辛そうに目を逸らして、

「…………言えねえよそんなの」

「言えないの!?」

「逃げろ佐上! こいつホモォだ!」

「別にホモじゃねえし」

 ごほん、とうさりんは一つ咳をして、

「まあ、あれだ。俺が推理して、梁間にメールして梁間に謎を解かせるって感じだ」

「どうしてわざわざ梁間くんに?」

「発言力が違うからな。お前だって覚えてるだろ? あの糞イケメン教師の時のこと」

「あー………」

 あの時、皆うさりんの発言を言いがかりだと決めつけて誰も耳を傾けようとしなかった。

 いくら証拠を出していなかったからとはいえ、あれはあんまりだと思ったけれど。

「どうしても俺みたいな嫌味な奴だとせっかくの推理も信憑性が格段に下がるからな。探偵役ってのはまず信頼されてねえと駄目だ」

「なるほど……………アル中のおじさんがホームズばりの推理を見せても誰も信じてくれないもんね………」

「………………まあそういうことだ」

 何故か肩を落としたうさりんの横、

「あ、アル中のおじさんと同格だって十波……あっはっはっは痛い!」

 腹を抱えて笑い出した梁間くんがどつかれてまた地に伏した。

「まあ、そういうわけで推理には信頼された探偵役が必要だ。探偵が犯人じゃねえかとか疑われたらもうどうしようもねえしな。綺麗な、絶対罪を犯しそうにない奴が必要だった。そこで、」

 うさりんは椅子に腰を下ろしながら、地に伏したまま震えている梁間くんを指差した。

「俺はこいつと手を組むことにした」

「梁間くんと?」

「ああ。………周りの誰かが困ってたら何とかしたいとか思う筋金入りのお人よしでな」

「うさりんが?」

 問いにうさりんは頬を赤く染めながら憮然とした表情で、

「………………梁間が、だ。あの上履き隠しの時もこいつ必死で校舎中探し回っててな。推理はしたがこのままじゃあの時の二の舞になるだろうし、何より俺のこの口の汚さじゃ犯人を明かした上でうまく取り成せるとは到底思えなかった」

「だから、お互いに力を合わせることにしたんだ」

 ぐぐ、と立ち上がろうとする梁間くんの背に足を乗せ、うさりんが続ける。

「俺はあの時からそれなりに人望を集めてたこいつに推理を明かし、その上で犯人を言い当てた後何とか和解できるようにしてくれ、と頼んだ」

「俺はそれを受けて、やれる限りをやった」

「その結果が、今の『皆の梁間くん』ってやつだ」

 ぐりぐりと踵を押しつけられながらも梁間くんは弱弱しい笑みを浮かべる。

「まさかこんなに多くの人から期待されるようになるとは思ってもなかったけどな」

「だが、その分だけ推理の信憑性が増してる。実際、今日の事件では犯行のすべてを明かさなくても犯人含めた全員が納得した」

「それはそうだけどね………」

 悩ましげな梁間くん。たくさんの人から期待されるのもまた大変なのだろう。

「まあでも、あれだけ人が集まるともはや暴力だな。うまく統制が取れねえと佐上みたいな少数派が虐げられる」

「そうなんだよな。佐上、今日は本当に申し訳なかった」

「や、いいよ別に。元はと言えばうさりんがあんなこと言ったからだし」

 今一度頭を下げてくる梁間くんに慌てて両手を振ると、うさりんが愕然とした表情を浮かべた。

「あれ………佐上もしかして嫌だった、のか? 確かに自分でも言い過ぎか、とは思ったけど…………」

「い、いやいや、僕のためにあんなこと言ってくれたのは嬉しくて仕方がないよ。うさりんみたいな友達を持ててよかった、って心から思ったよ」

 結果がどうであれ、自分のことを思って何か行動を起こしてくれた友人に対して有難さこそ感ずれど負の感情なんて抱けるはずがない。

「そ、そうか…………ありがとよ」

 照れたようにうさりんが頬をかいた時、

「トゥンク」

「………梁間くん何その擬音」

「いや、腐女子の間で人気の、ときめいた時に鳴る音」

「ときめいてねえよ。男同士だぞ」

「いやぁ、はっはっは痛い!」

 脇腹に蹴りを入れられる梁間くんを横目に僕はうさりんを見た。

「うん、うさりんと梁間くんが手を組んだのは分かったんだけど、まだいくらか疑問が」

 まっすぐ手を上げると早くも復活した梁間くんが頷いてくれた。

「何かな、佐上。俺たちが答えられることなら何でも答えるよ」

「じゃあ質問1。うさりんはなんで推理とかするの?」

 問いかけに、うさりんは答え辛そうに視線を逸らした。

「そりゃ……知的好奇心だよ」

「群れてるあいつらキライキライな態度を取ってるのに、どうしてわざわざ和解するようにしたいの? うさりんなら間違いなく内部紛争で消滅するよう仕向けそうな気がするけど」

「おい十波。佐上の中でのお前の扱いがひどいんだが」

「まぁ、そういうところもあるって話だしな……………あー、あれだよ。群れてるくせにイキってる奴は嫌いだけどよ、あんま憎みあったり悲しんだりしてほしくはねえんだよ」

「どうして?」

 問うと、うさりんは難しい顔をして視線を逸らした。

「………………秘密」

「秘密かぁ」

 それなら仕方ない。

「じゃあ質問2。梁間くんはどうして学校で猫被ってるの?」

「猫被ってるって………やだな佐上。俺はただ皆の期待に応えてるだけだよ」

「期待?」

「ああ」

 梁間くんは頷き、そして立ち上がり大袈裟に腕を広げた。

「俺みたいにイケメンで勉強やスポーツも万能で、そしてちょっと優しいところを見せると、皆期待するんだ。『こいつは、誰もが憧れるヒーローみたいな奴なんじゃないか』って」

「自分でイケメンとか言ってるぞこいつ。死ねばいいのに」

「うん、死ねばいいのに。でも確かに、梁間くん絵に描いたようなできたイケメンだもんね」

「………まあそう見えるように振る舞ってるんだけどね。皆をがっかりさせないために」

「勝手に皆が期待してるだけなのに? 誤解してるだけなのに?」

「それでも落胆させるのは好きじゃないんだ」

 握り拳を胸にあて、噛みしめるように梁間くんは言う。

「俺は、皆の期待に応えられる人になりたい」

「おおー…………」

 感嘆する僕の横でうさりんは彼を鼻で笑った。

「そして本物の自分とは乖離していく、と。面倒なことしてんな、お前は」

「決めた道だからね」

「たくっ……………」

 向けられた爽やかな笑顔にうさりんは悪態を吐きながら溜息をはく。 

「他に質問は?」

「えっと………じゃあ、本当の梁間くんは今僕が見てるこのギャルゲーとか大好きな梁間くんでいいの?」

「そうだよ。最近携帯ゲーム機向けが減って寂しいよ。俺は寝る前にベッドに寝転がりながらちょこっとやるのが好きなのに、パソコン用だとうちノートパソコンないからベッドでできないんだよな」

「うわぁ筋金入りだ……………」

「本性明かしたらあの取り巻きの何割が減るだろうな」

「まあ十割かな…………」

 あはは、と苦笑する梁間くん。

「ま、俺と梁間についてはそんなところだ」

 うさりんは膝を手で打って、

「…………その、なんだ。ギャップがあって大変だろうが、仲良くしてやってくれ」

 そっぽを向きながらそう言った。

「十波……………トゥンク」

「トゥンク」

「うるせえよ!」

「十波もそう言ってるけど、俺からもよろしくな、佐上」

 差し出された右手を握る。

「僕こそよろしく。嬉しいよ、友達が増えるなんて」

「これで何人だ?」

 うさりんに問われ、右手の指を折っていく。

「うさりんと、梁間くんと…………し、白峰さんは入れてもいいのかな?」

「まあバッティングセンターとか行ったしいいんじゃねえの?」

「じゃあ白峰さんと、あと木場だから、うん、四人」

「……………四人かー」

「あ、ごめん梁間くん。引いちゃった?」

「い、いや? 引いてない、引いてないよ? ただ、うん……………」

 げんなりとする梁間くんの横、うさりんが笑う。

「大丈夫だ。俺なんて佐上だけだからな」

「うさりん……………」

「お、俺も! 悪友の俺も友人だろ十波!」

「すいませんうちイケメンさんお断りなんですよ」

「くっそぉイケメンに生まれなきゃよかった!」

「今からでも遅くねえよ。ほら、カッターナイフあるからこっち寄れよ」

「うさりん、いくら今の発言がムカつくからってさすがに刃物はよくないよ。ほら、明日化学室に硫酸とかもらいにいこう?」

「どっちもひどい! どっちもひどいぞこれ! 味方は!? イケメンに味方はいないのか!?」

「まあイケメンだしな………」

「イケメンだもんね……………」

「イケメン税重いなぁ…………」

 落ち込みながらポッキーをかじる梁間くん。

「というか木場ってあいつか? 隣のクラスの剣道部の」

「わ、覚えてるんだ。すごいねうさりん」

 褒めるとうさりんは胸を張った。

「おう、記憶力はいい方なんだよ。姉貴みたいに絶対忘れねえってわけじゃねえけどよ」

「うさりんのお姉さんすごいんだねぇ」

「何でも覚えられるから考えることの経験が少なくてな。おつむが弱いんだよ。で、木場とはいつ友人に?」

「ああ、うん。木場は中学の時、虐められてた僕に唯一話しかけてくれた子で、今でも友達なんだ」

「へぇ、そんな感じなのか……………」

 ふむふむと頷くうさりんの横、梁間くんが口を開く。

「木場かぁ………あのポニーテールの可愛い子だろ?」

「梁間くんも覚えてるの?」

 問いかけにうさりんが頷いた。

「こいつあれだよ、学年の可愛い子全員覚えてるぞ」

「すごい」

「いや、違うから。そういうのじゃないから。…………ほら、心身ともにイケメンなやつってとりあえず同じ学年の生徒は顔と名前覚えてそうだろ? 通りすがりの女の子助けて『大丈夫かい? 立花さん』とか言って『私なんかの名前まで憶えてるの………? やだ、素敵………』って女の子がトゥンクするのよく見るだろ?」

「少女漫画だねぇ」

「脳内お花畑牧場だな。生キャラメルでも作ってろよ」 

「ひどい言われようだ………まあ、そういうこともあって一応生徒の顔と名前は覚えてるんだよ」

「ちなみにどれくらいかかったの?」 

「自作の名簿見ながら休日二日潰したなぁ……」

「うわぁ……………」

「俺と佐上が二人で楽しくゲームして遊んでいる間にそんな苦労があったのかプギャー」

「呼べよ!」

「お前まだ佐上に本性ばれてなかっただろうが…………」

 溜息を吐くうさりん。

「でも、そっかぁ。梁間くんから見ても木場って可愛いんだなぁ」

「いや可愛いだろー。いっつもあんなクールに無表情だからとっつきづらいけど、笑ったら可愛いぜ、きっと」

「きっとかよ。話しかけたりとかしねえのかよ」

「いや、俺所詮演技でイケメンぶってるだけだし…………コミュ力ないし…………」

「え、そうなの?」

「おお、こいつ趣味合わない奴と話してる時相槌しか打たなくなるから取り巻きに本性ばれそうで怖いんだよな。まだ出会って間もないから気づかれてねえけど」

「あ、いや、そっちじゃなくて、無表情な方」

「は?」

 不思議そうな二人に説明する。

「や、僕と話してる時はいつも楽しそうに笑ってるから意外だなぁって。クラスでの木場の様子とか見たことなかったから。今度見に行ってみようかな……あれ、どうしたの? 黙り込んじゃって」

「…………………」

「…………………」

 気づけば二人は、信じられないものを見るような目でこちらを見ていた。

「………………マジかよ」

 頭を抱え、うさりんは呟くように言葉を放った。

「え、何が?」

 問いかけた僕に、梁間くんは苦笑いを浮かべて、

「いや、佐上が実は裏切り者だったんだなーって」

「え?」

 疑問符を浮かべた瞬間、

「リアルの女子と仲良くなってるじゃないか畜生!」

 梁間くんが叫んだ。

「俺らは二次元で我慢してるってのに!」

 続いてうさりんも叫ぶ。

 ようやく意図を理解した僕は慌てて弁明する。

「い、いや、木場とはそういう関係じゃないよ。というか、多分気遣いだし………」

 いまだ友達の少ない僕に対するお情けでああして話してくれているのだろうと思う。木場は優しい人だから。

 でもそれを二人は理解してくれない。

「気遣いでもあんな美少女と話してるだけで羨ましい!」

「は、梁間くんはいっぱい女の子に囲まれてるじゃないか」

「あれは俺じゃなくて『皆の梁間くん』が話してるだけだ! 俺は満たされない!」

「うわ面倒臭いこの人!」

 涙を散らせながら叫ぶ梁間くんの横、うさりんが低く滴るような声を出した。  

「佐上ィ………お前だけは友達だと思ってたのになぁ…………」

「や、女の子と話してるから友達じゃないって言ったら白峰さんと話してる時点でアウトでしょ」

「あれはお前が本気でラブしてるとか言うから仕方なく………」

「そんな言い方してないよ…………」

「白峰も美人だよな。なかなかいいじゃないか」 

 ひとしきり叫んで落ち着いたのか、梁間くんが元の調子で言ってきた。

「でも人気だよね、白峰さん」

「ああ。ぱっと見無表情にしか見えない癖によくよく見ると感情豊かという男泣かせな奴だからな。今日の焼き肉会も白峰来ないって分かっただけで露骨に表情暗くしたやつ何人もいたしな」

「そ、そんなに…………」

「ライバル多し、か。燃えるな、佐上」

「梁間くんみたいにイケメンならよかったのになぁ…………」

 軽くつぶやくと、

「それは無理かな」

「無理だな」

 即座に否定された。

「ひどい………」

 さすがに落ち込んだ僕の肩をうさりんが叩く。

「いや、イケメンだったら白峰は絶対こっち振り向いてくれねえよ」

「そうかな?」

 梁間くんの方を見ると、彼は頷いた。

「ああ。実際、俺と話すときはっきりと一線引かれてる気がする」

「はは、ハゲ輝ヒカレテルってか」

「うるさいよ!」

「つうか、それ単にお前の体臭とかじゃねえの?」

「そんなわけあるか。毎日清涼スプレーとか振りかけてるわ」

「い、イケメンって大変だね…………」

「そりゃあもう。気遣いの塊みたいなもんだぞ、これ」

「Mじゃなきゃできねえよなぁ」

「なー」

「同意するんだ……」

 イケメンにも色々あるらしい。

「俺のことはいいとして。白峰は、案外君みたいな影のある人の方が好きかもしれない」

「その心は?」

「ほら、白峰ってクラスのみんなに挨拶欠かさないし結構世話焼きっぽいだろ? だから佐上みたいに頼りなくて自分が何とかしてやらなくちゃって人の方が好みかもしれないってこと」

「僕そんなに頼りないかなぁ…………」

「少なくとも見た目はな」

「うう…………」 

 落ち込む僕に梁間くんが笑う。

「今日クレープとか食べたんだろ? なら少なくとも嫌悪はされてないと思うよ」

「そ、そうかな………」

 梁間くんの言葉で少しばかり抱いた希望は、

「まああくまで保護対象でそういう目では見れないとか言われそうではあるけどな」

「うぐっ…………」

 うさりんの言葉で見事に霧散した。

「十波!」

「いいじゃねえか。ちゃんと現実見てねえと、叶いもしない期待を抱いちまうぜ?」

 うさりんの言葉は、すんなりと胸の中へと落ちた。

 そうだ。

 期待といって希望的観測を抱くのは無意味で不利益で人生の道草でしかない。

 だからこそ、

「……………期待するくらいなら、ちゃんと現実を見据えた上で、起こるべき予測をつけた方がいい」

 現実的な筋書きをもって、希望ではなく予測を立てる。

「その方が、ずっといい。そうでしょ?」

「……………分かってんじゃねえか」

 うさりんは楽しげに笑って、

「ま、本気で落としにかかるってんならちゃんとした戦略ってものも立てていかねえとなぁ」

「そうだな。ギャルゲーだって攻略ルートとかあるもんな」

「ゲームと現実を混同してんじゃねえよ梁間。これだからお前はゲームの中のヒロインにまで呆れられるんだ」

「ち、違うぞ十波! 蘭子は年下キャラながら母性がある! 俺はその個性を最大限に引き出すためにわざわざダメ人間を演じているに過ぎない! そう、蘭子に甘えるためにも俺はダメ人間であることを強いられているんだ!」

「泣くぞ蘭子が………」

 呆れたように溜息を吐いた後、うさりんは僕を見た。

「しかし、白峰かぁ………」

 物憂げな表情。

 まさかとは思うけれど…………。

「………………うさりんも白峰さんのこと好きなの?」

「おいおい、三角関係とか洒落にならねえよ」

 うさりんはからからと笑ってから、

「よし、なら明日から攻略始めるか」

「おお!」

「ええー…………」

 げんなりとした声を上げた僕にうさりんが胡乱な目を向ける。

「んだよ、マジでラブしちゃってんじゃねえのかよ。君が好きだと叫びたいんじゃねえのかよ」

「や、僕じゃ不釣り合いすぎるし………」

「バーカ、だからこれから釣り合うようにしていくんだろうが」

「え?」

 うさりんは「いいか?」と前置きをしてから、

「明日から、お前のイメージアップを少しずつ行っていく」

「イメージアップ?」

 問うとうさりんは「おう」と頷きを返して、

「ちょっとずつ学園内のお前の評価を上げていって、少なくとも白峰に告白してもキモがられない程度までにはする」

「告白してキモがられるってどういうこと?」

 今度は梁間くんが答えてくれた。

「周りからの評価が地味だとか根暗だとかいう人が女子に告ったりすると、思い上がってるとか勘違い男とか言われて虐げの対象となるんだ」

「え、何それひどい…………」

「別にひどくはねえよ。世の中のスイーツどもは『恋するのは自由だよね』とか『玉砕覚悟です』とかほざいて、まるで失恋して傷つくのは自分たちだけみたいに被害者面してるが、告白されてそれを断る側もそれなりに傷つくってことを分かってんのかねえ。どちらかっつったら告白した方が加害者とさえ考えられるのによ。なぁ梁間!」

「そこで俺に振るなよ…………なんかやなやつみたいだろ俺が」

「でもフッた時罪悪感とかできついだろ?」

「まあその日は寝れないよな」

「梁間くんいい人………」

 羨望の眼差しを向けると、梁間くんは穏やかな笑みを返してきた。

「十波はそう言うけど誠意込めて告白してくれたんだから、こちらも誠意を込めて応対しないとな」

「それで優しい態度とか取っちゃうから同じ奴に二週間に三度も告白されるんだろうが」

「何それすごい」

「はは………………」

 苦笑する梁間くんの横、うさりんが言葉を続ける。 

「まあ、ただでさえ俺のせいでハブられてるお前の評価がこれ以上下がったら、最悪今日みたいな目に見える虐げが『白峰に告白した勘違い男』というレッテルを大義名分にされて毎日敢行されるようになるかもしれん。それはさすがに避けたい」

「だからイメージアップかぁ………」

 うさりんの言い分はよく分かった。 

「でも、イメージアップしちゃったらさっき言ってた白峰さんの好みから外れないかな? 『もう私の手助けは必要ないみたいね』って」

「何それ少年漫画の師匠みたい」

 感心したようにつぶやく梁間くんの横、うさりんが「んんー………」と目をつぶり思案したのち、

「お前は、なんかこう……………性格の根元に母性本能をくすぐる何かが埋まってるようだから多分大丈夫だろ」

「え、そんな感じなの僕」

 驚きを隠せない僕に梁間くんが頷く。

「確かに、頼られたら断れない雰囲気は持ってるよな。………まぁ、見方を変えたら嗜虐心をそそるようにも思えるけど」

「えっ」

 嗜虐心をそそる?

「梁間………………」

「え? ああ、悪い悪い」

 うさりんに半目で睨まれ、梁間くんは苦笑した。

「大丈夫だ。白峰はお前を虐げはしないはずだ」

「今日バットで叩かれたんだけど…………」

「あれはお前にマゾ疑惑があったからだろうが。お前が喜んでくれると思ってたんだよきっと」

「そうかなぁ…………」

「白峰の好み云々は多分大丈夫だ。というかそこは確証もないしな。案外普通にイケメンが好きな可能性もあるし」

「そうかなぁ…………」

「佐上は、良くも悪くも特徴のない顔してるしな」

「梁間くんひどい………」

「不細工よりいいだろお前。全国の不細工な皆さんに謝れよ」

「それはそうだけど………」

「まあ、もし白峰が面食いなら整形でもするか。梁間お前、貯金いくらある?」

「イケメンは結構金使うからなぁ………」

「いやそこまでする必要はないよ。もしそうなら潔く諦めるし」

「ならここはスイーツが言うような『顔よりも心だよ』理論を信じるとしよう」

「それ現実ではまず通用しない理論だよね」

「机上の空論の最たるものだよな」

「テメエが言うんじゃねえよ梁間」

「バカ、顔がいいからって寄ってくる女なんて底が知れてるだろ? それをわざわざ捌かないといけないこっちの身にもなれ」

「うわぁ贅沢な悩みだなぁ」

「そんなこと言われても金持ちが『ステーキも美味しいけど毎日食べると飽きるよね』って言ってる風にしか聞こえねえよ。この恋愛セレブが。適当に女漁って食っとけばいいんだ畜生め。その後俺らに紹介してください」

「うさりん、最後に本音が漏れ出てるよ………」

「おっといけねえ。……まあそんな感じだ。ああ、それと」

「何、うさりん? あ、発案料でも取るの? いいよ、いくら?」

「お前の中の俺下衆すぎるだろ………」

 うさりんはげんなりとしながら、

「そうじゃない。イメージアップする上で、お前にも変化を求める」

「変化?」

「おう」

 茶をすすりながら頷いて、

「例えば俺の案としては、梁間を通じて少しずつお前の印象を変えていく、というものがある」

「俺?」

「ああ。少しずつ、少しずつお前が佐上と仲良くする姿を皆に見せる。奴らはきっと不審がって、『あんなやつと仲よくするの?』とかほざくだろうから、梁間がそこで佐上はあれで結構いいやつだとアピールをする。これもできるだけ少しずつだが、まあ梁間の発言力なら大袈裟に言っても皆信じるし少なくとも受け入れはするだろう。そうして梁間と取り巻きが遊ぶ際に佐上を誘ったりするなどして佐上のクラス内カーストを押し上げていく」

「「おおー」」

 感嘆の声を上げる僕らの眼前、うさりんは人差し指を立てて、

「だが、ここで一つ問題が生まれる」

「何?」

「そうやって梁間主導でイメージアップさせたところで、佐上には悪いが、素のお前がある程度は変わらないと正直危ういと思う」

「………だよね」

 うさりんの言うことはもっともだ。

 少数派だから虐げられると思っている人もいるだろうけど、少数派でなくても虐げられている可能性は十分にあるような人だっている。

 例えば僕のように他人と関わることに対して積極性をなかなか持てないような人は一緒に遊びに行ってもあまり楽しくないかもしれない。

 いじめられる側にも理由があると一概に言うつもりはないけれど、完全な被害者であることなんてそうそうない。

 社交性が低かったり、清潔感がなかったり。

 時には自分ではどうにもできないところを疎まれたり嫌われたりすることもあるけど、被害者面をせずに何とかしようと立ち上がろうとすることができたのなら何とかなることは意外と多いのだ。

 悲劇のヒロインを演じているのは心地よいだろうけど、それでは何も変わらない。

 白馬に乗った王子様なんて現れはしないのだ。

 だから、僕も変わらなければいけない。 

 うさりんと仲がいいから嫌われているんだ、と言い訳をして逃げるのは簡単だけど、僕自身にも必ず原因はある。

 人が気にくわないと思うようなところがきっとある。

 それを変えなければイメージアップの道はない。

「それにあれだ、せめて白峰と世間話はできる程度の社交性を身につけねえと口説きにかかることもできねえ」

「口説き、ってなんだかホストっぽいね」

 あははと笑った僕に梁間くんが真顔で、

「いや、実際大切だぞ口説きテクは。沈黙キャラはよほど顔がよくないとまず向こうが寄ってこない」

「お前それギャルゲーで得た知識だろ」

「バレたかー」

「梁間くん…………」

「そ、そんな目で俺を見るな佐上! その無垢な瞳に落胆の色を灯すんじゃない!」

 うろたえる梁間くんにうさりんは怪訝な顔をしてから、僕を見た。 

「お前だって、白峰と楽しく会話したいだろ?」

「まあ、それはそうだけど………」

 白峰さんは一見真顔に見えてよく見ると表情がコロコロと変わる。

 心から漏れる感情は微々たるものでそれに気づくまで随分と時間を要したけれど、そこには見る者を癒す感情の豊かさが溢れている。

 あの表情を、できることならずっと見ていたい。

 会話が続けば、それも可能だろうか。

「………できるかな、僕に」

 漏れた問いかけに、うさりんは真剣な表情で僕を見た。

「…………佐上」

「なに?」

「俺は、お前が白峰を好きになったことを非常に喜ばしく思っている」

「そうなの?」

「ああ」

 うさりんは頷いた。

 ひどくまっすぐな視線。

「誰かを好きになれるということは何よりも素晴らしいことだと思っているし、何よりお前という人間が誰かに恋心を抱いたということに感動さえしている」

 皮肉屋の彼にしては随分と綺麗な言葉だった。

「入学式のあの日、お前はひどく臆病そうに見えた。その長い前髪は、誰とも接することのないように世界から自分を閉ざして守るシャッターのようにさえ見えたし、実際お前は俺や木場以外の他人と滅多に会話しなかった。自分から他人と関わるのが苦手だと言っていたお前が、白峰を好きになったと言った時、俺は感動した。恋は人を変えるのか、と。そこまで人とのかかわりを拒絶していたお前が誰かを愛しく思えるようになるのか、と」

 感じ入るように紡がれるうさりんの言葉を、僕は黙って聞いていた。

「だから、大丈夫だ佐上。お前は変われる。虐げられ、他人から距離を置くようになったお前を、お前は捨てることができる」

「本当に?」

「ああ。…………期待はしねえ。お前も分かってるだろ? 期待するなんてことは無意味で不利益で人生の道草でしかない。だから、俺はお前に期待してねえ。ただ、お前が変わることを信じている」

 だからよ、とうさりんは僕をまっすぐに見据えて、言った。

「お前も、お前を信じる俺を信じてくれよ」

「うさりん………………」

 呆けたように彼の仇名をつぶやくと、彼は穏やかな笑みを浮かべた。

 そんな彼につられて、僕も笑顔になる。

「…………臭っ」

「うるせえよ!」

 思わず笑ってしまった僕にうさりんは恥ずかしそうに顔を赤らめながら叫んだ。

 その横、梁間くんがやれやれと外人のように首を振る。

「十波が真面目に何か言ってるの聞いても裏がありそうでなんか怖いな」

「疑心にまみれやがって………それもこれも全部人間社会のせいだ………」

 何かぶつぶつ言っているうさりんに、僕は微笑みながら告げる。

「でも、信じるよ」

「佐上…………」

「変わるよ。変わってみせるよ」

 だって、

「今僕が変わりたいと思ってるから」

「臭っ」

「ひどい!」

「お返しだ、バカめ」

 楽しげに笑った後、うさりんはジュースの入ったコップを掲げた。 

「おら、佐上の変革を願って乾杯だ。梁間もコップ持て」

「よし」

「ほら、佐上も」

「うん」

 促してきたうさりんに頷きを返す。

「「「乾杯」」」

 チンッ、と心地よい音が響いた。

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