第九話
「で、名前は? クラスは?」
「えーと、この話、止めない?」
「止めない」
「何もないのに」
優夢は答えたくないようだが、友人達は止める気はなく、楽しそうに彼女に詰め寄る。
優夢は伐とは何もない事もあり、友人達の喜ぶような事はないと大きく肩を落とすが、友人達にとっては何もなくても昼休みの話のネタにしたいようでその目は好奇心で染まっている。
「何もないなら、それこそ、良いじゃない」
「でも、変な噂が立ったらイヤだよ」
「そんな噂が立ったら、否定してあげるから、何もないって言う証拠を出しなさい」
優夢の心配事は伐とおかしな噂が立つ事であり、友人達は何とか彼女のから、伐の話を聞き出そうと必死である。
「で、名前はとクラスは?」
「えーと、黒須伐くん、クラスは一年D組」
「年下? 意外」
優夢は余計な事を言うと伐に怒られる気もしているようで身体を小さく縮ませながら伐の名前とクラスを話す。
友人達はすでに優夢が何と言おうと伐を彼氏としてまとめたいようであるが、年下は予想外だったのか驚きの声を上げている。
「……年下って気が全くしないけど、口も悪いし、態度も大きいし、暴力的? ……あれ? そう言えば、何で、黒須くんは昨日の処分ってされてないんだろう?」
「昨日の処分? 昨日って、ひょっとして、昨日、先輩をぶっ飛ばしてた子?」
「う、うん」
優夢は伐の唯我独尊とも言える態度に大きく肩を落とした時、昨日、校舎内でケンカしていたにも関わらず、何の処分も伐には起きていない事に気が付いて首を傾げた。
優夢の言葉に友人達もあの場にいた事もあり、伐と優夢と歩いていた男子生徒が同一人物だと知り、眉間にしわを寄せる。
「あの子、あんまり良い噂を聞かないわよね?」
「知ってるの?」
「噂だけ」
伐には悪い噂がある事はそれなりに知られているようであり、友人達の様子は先ほどまでの様子とは変わり、心配そうに優夢の顔を覗き込む。
友人の一人は言って良いのかわからないのか言いにくそうに頭をかく。
「確かに口は悪いし、態度は大きいけど……悪い人には思えないんだよね」
「優夢、あんた、人を見る目がないでしょう」
「そ、そんな事はないと思うけど」
優夢は記憶は全くないものの文句を言いながらも、自分を運んでベットまで貸してくれた伐の姿を思い出したようで苦笑いを浮かべる。
友人達は彼女の言葉を全否定し、優夢はそこまで言われると思ってはいなかったようで視線を逸らす。
「それで、噂ってどんなの?」
「やっぱり、愛する人の事は知りたいわけ? やめときなよ」
「違うよ」
優夢は伐と契約を交わしておかしな事に足を突っ込んでいる事もあるため、伐の噂を聞きたいようであり、友人達に聞く。
その言葉に友人達は深入りはするなと首を横に振り、優夢は大きく肩を落とした。
「まぁ、そこまで聞きたいなら話すけど……優夢は五月頃かな? 学園に広まった噂を覚えてる?」
「噂? ……失踪者は悪夢を見るとか?」
「何、その噂? そんなバカみたいな噂じゃなくて、屋上には美少年が落ちているって噂」
「その噂もどうかと思うけど、確かに黒須くんはキレイな顔立ちもしてるけど」
優夢は噂と聞かされ、自分が見ている悪夢の事だと思ったようだが、彼女が悩まされ続けている噂はバカの事だと言われてしまう。
その言葉に優夢はどこか納得がいかない表情をするも、それ以上に伐のおかしな噂の方が気になるようで力なく笑う。
「まあね。だけど、その噂の美少年が昨日の子なら、わかる気もするわ」
「で、その美少年は何で噂になったの? 開いているわけのない屋上に入れるから、お化けだとか言われたの?」
「何だか、投げやりになったわね。噂の方はその美少年はお金を出せばどんな依頼も受けてくれるって、えーと、探偵とかマンガとかで良くある何でも屋みたいなものだって?」
優夢の態度はどこか投げやり気味になっており、友人達はため息を吐くと噂になった少年は探偵のような事をしていると言う噂である。
優夢はその噂にどこか納得できるようなものがあったようでうんうんと頷く。
その姿は伐を知らない優夢の友人達からは意味がわからないのか首を傾げている。
「優夢?」
「えーと、ごめん。何となくわかるような噂だな? と思って」
「幸せになるんだよ」
友人達の様子に優夢は困ったように笑うと、友人の一人がこれ以上は何も言う事はないと思ったようでテレビで娘を嫁を出す時の母親のような演技をして言う。
「どうして、そうなるの?」
「いや、ノロケにしか見えないから、後、これも噂、昨日の件なんだけど、柔道部の一年生や二年生から、あの先輩をボコボコにして欲しいって依頼があったって話なの。あの先輩は後輩いびりをしているって」
「そう言えば、あの時、黒須くんは別件って言ってたけど……誰かが黒須くんに依頼してた? でも、柔道部でそんな問題があったら、都築先生が黙ってないと思うんだけど」
伐の昨日の行動には裏があり、それは部活の中のいざこざが関わっているという話であるが、柔道部で後輩いびりがあるなどと言う話は誰も聞いてない。
しかし、優夢達が知る限り、そのような事をしては圭吾が黙っているわけもなく、その場で話をしていた者達は首をひねる。
「その報復に有志でお金を出し合って依頼したって、信じられる? 柔道とか空手とかは偏見かも知れないけど有って当然って気がするでしょ? でも、そんな噂って誰の耳にも入ってなかったのよ。よく考えたら不自然よね?」
「それはそうかも知れないけど、暴力はいけないと思うんだけど」
優夢はそれでも昨日の伐の行動は良くないと思っているようで大きく肩を落とす。
「……目には目を歯には歯を暴力には暴力をって事で問題ねえだろ」
「って、黒須くん!? どこから湧いてくるの? と言うか、ここ、二年生の教室!!」
「どこから? 普通にそこからだ」
その時、優夢の背後から気だるそうな伐の声が聞こえ、優夢は慌てて振り返り、伐の突然の登場に驚きの声を上げた。
伐は興味などなさそうに教室のドアを指差すと欠伸をする。
「……態度悪いね」
「そうね」
「あ、あの。何か御用ですか?」
伐と優夢の様子に彼女の友人達はひそひそ話をするも伐が何の目的があって教室を訪れたのか気になるようで伐に聞き、伐の次の言葉を待つような期待を込めた視線を向けている。
「忘れ物を届けにきただけだ。次の休み時間でも腹に入れておけ」
「忘れもの? あ、ありがとう」
「……」
伐は制服のポケットから箱に入った携帯の固形食を取り出すと優夢の机の上に置き、優夢は素直に礼を言うが、伐はすでに目的は達したと言いたいのか何も言わずに教室を出て行く。
伐が優夢にした小さな気づかいにこれは本物だと思ったのか彼女の友人達だけではなく、教室に残っていた生徒達も声を上げ、色めき立つが、優夢は何もないと全力で否定する。