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第五話

「……見える人間と見えない人間がいるんだよ。少なくとも先輩は見える(こっち)側だ」

「な、何を言ってるんですか? こんなのゆ、夢に違いないです。最近は寝不足だから、あれですね。白昼夢ですね。で、でももう夜だから、なんて言うんだろう?」

「……少し静かにしていろ」


 優夢は状況が理解できないため、慌てているがその身体は不安に押しつぶされそうなのか小さく震えて、伐の服の裾を両手でしっかりと握った。伐は黒い靄の気配に何か考え始めるが、その目は自分達の身の危険など心配してはおらず、落ち着いているように見える。


「……先輩、一応、確認するけど、逃げるか? 戦うか?」

「た、戦うなんて、そんなの無理です!! あんな得体の知れない物と戦うなんて危険すぎます」

「そうか? まぁ、あんな小物、食い散らかしたって腹の足しにはならないからな。時間をかけるよりは逃げた方が楽だな」


 震える優夢の様子に伐は小さく肩を落とした後、こちらに向かい近づいてきている黒い靄をどうするかと問う。

 すでに優夢の頭は目の前に起きている現象について行く事も出来ていないため、戦うなど考えられず、逃げる事を主張する。

 その言葉に伐はつまらなさそうに舌打ちをするも直ぐに割り切ったようであり、近付いてきている靄へと1度、視線を移すと拳を握り締めた右手を前に向け、その拳を開く。


「な、何ですか!? ど、どうして誰も何も言わないんですか!?」

「……行くぞ。ただの時間稼ぎだしな」


 伐が拳を開いた瞬間、伐の手からは靄に向かい一陣の風が吹く。

 その風が近づいてきた靄を跳ね返す。その風は黒い靄と同様に街を歩く人々は気づく事もなく、優夢の頭はすでに理解能力を通り越しているため、オーバーヒート気味であり、あたふたとしている。

 伐はその様子に眉間にしわを寄せると彼女の手をつかみ、靄とは反対に向かって歩き出す。


「ゆ、夢に違いない。私はきっと疲れているんだ」

「現実を見ないと何も進まないぞ」


 伐は黒い靄の気配が消えた事を確認すると、理解能力を超えてしまいてんぱっている優夢をそのままにして置くわけにもいかにようで公園のベンチに座らせるとそばにあった自動販売機にポケットから小銭を取り出し、コイン投入口に入れる。


「げ、現実をも何もあんなわけのわからない存在ものが現実だと思えるわけがないじゃないですか!? ひゃう!?」

「うるせえな。これでも飲んで落ち着け……空かよ」


 ベンチの上でぶつぶつとつぶやいている優夢の姿に伐は自動販売機から取り出した缶コーヒーを彼女の頬に当てた。

 突然、頬から伝わった冷たさに優夢は驚きの声を上げるが、伐は気にする事無く、自分の分のコーヒーを開け、一口飲むと彼女の隣に腰掛け、懐からタバコの箱を取り出すがタバコは空であり、箱を握りつぶすと自動販売機の隣にあるゴミ箱に向かって投げる。


「あ、あう……に、苦い。ど、どうして、コーヒーなんですか!? それもブラックは酷いです!!」

「……それは悪かったな」

「奢ってくれるなら、何を飲むか聞いて欲しかったです」


 優夢は伐に手を引かれて走り回った事もあり、のどの渇きはあったようでコーヒーを一口飲むが、彼女の口の中には一気に苦味が広がっていき、その表情は歪み、伐へと恨めしそうな視線を向けた。

 しかし、伐は気にする様子もないようであり、優夢は納得がいかなさそうではあるが、奢って貰ったものを残すのは気が引けるようでちびちびとコーヒーに口を付ける。


「ブラックコーヒーなんて、飲んで寝れるかな? 寝不足なのに、でも、おかしな夢を見て、どうせ、眠れないならどっちでも変わらないかな?」

「寝不足ね。何なら、眠れるようになるまで可愛がってやるか?」

「お、おかしな事を言わないでください!?」


 最近、寝不足気味である優夢は飲みなれないブラックコーヒーにまた今日も寝不足だとため息を吐く。

その言葉に伐は彼女の耳元で艶のある声で囁き、優夢は顔を真っ赤に染め、全力で伐の提案を断る。


「そりゃ、残念だ」

「冗談はやめてください……あ、あの、黒須くん、さっきのって何なんですか? 私と黒須くん以外は見えていなかったみたいですけど」


 伐にからかわれている事が面白くないようで優夢は頬を膨らませるが、少しだけ余裕ができてきたようで、先ほど目に映った黒い靄の正体が気になるようで不安そうに目を伏せた。


「……歪み」

「歪みですか?」

「あぁ、俺に教えてくれた人はそう教えてくれた。簡単に言えば、幽霊や妖怪と言われる現世うつしよ隠世かくりよの間で生きる存在もの


 伐は一言つぶやくと優夢は聞きなれない言葉に首を傾げるが、伐は察しが悪いと言いたいのか舌打ちをした後に言葉をかみ砕く。


「幽霊や妖怪って、私、霊感なんてありませんよ。今まで、トイレの花子さんも廊下を走る骨格標本だって見た事ないです。おかしな冗談はやめてください」

「……俺だって、そんなバカ話、見た事ねえよ」


 優夢は伐の今までの行動から冗談を言っているとしか思えないようであり、頬を膨らませるが、伐自身も現実主義者のところがあるため、普通は信じられないと思っているのか小さく肩を落とした。


「信じるも信じないも勝手だけどな。見える人間はあいつらにとっては美味いエサだからな。せいぜい、食われないようにしろよ。少し耳に入れた事だけどな。ここ最近の失踪者はいなくなる前にみんな共通しておかしな夢を見てるらしいぞ」

「へ? おかしな夢?」

「失踪前は周りの話を聞くと寝不足だって文句を言っていたらしい。それじゃあ、俺は帰るぞ」

「ま、待ってください。お話を聞かせてください」


 信じようとしない優夢の様子に別に彼女自身の身の安全を守る義理もない伐は一つだけ忠告するとベンチを立とうとする。

 彼の言う夢が優夢は先日から悩まされている夢の事を示唆していると直ぐに理解したようで伐の服の裾をつかみ、懇願するように彼の顔を見上げた。


「悪いな。ただで教えてやるほど、俺もヒマじゃないんでね。ここから先は有料だ」

「ゆ、有料って、意地悪を言わないでください!? 疑った事は謝りますから、見捨てないでください」

「……見捨てないでって」


 伐は優夢を見捨ててそのまま歩きだそうとするが、目の前に現れた得体の知れない靄や先日から見続けている夢。

 現在、一人暮らしと言う家に帰っても誰もいないという不安もあるのか優夢の顔は涙でぐちゃぐちゃになっており、そのみっともない様子に伐は眉間にしわを寄せると指で彼女の頬を伝う涙を拭う。


「……ったく、この事件が解決するまでは守ってやっても良い。ただし、条件がある、交換条件だ。金が払えないなら、これを飲んでもらう」

「じょ、条件ですか?」


 伐は面倒そうに頭をかいた後に、思い通りに事が進んでいると思ったのか小さく口元を緩ませた。


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