第四話
「お先に失礼します」
「水瀬さん、気を付けて帰るんだよ。最近は変な噂もあるし、深夜シフトじゃ無ければ車で家まで送れるんだけどね」
「大丈夫です。明るい道を通って帰りますから」
バイトの勤務時間が終わり、優夢は着替えを終えると休憩室にいる同僚達に頭を下げる。
優夢の姿に近くの大学に通っている大学生の男性バイトの1人が下心があるのか、優夢を心配するように言う。
優夢はその言葉に少し困ったように笑うものの、いつもと同じように頭を下げると休憩室を出て行く。
「また、振られちゃったね」
「そんなつもりじゃないって、ただ、最近、変な噂があるのは事実だろ? 大学でも女の子が消えたとか噂になってるし、水瀬さんみたいな良い子に何かあったらイヤだろ?」
「そうよね。だから、私達は優夢ちゃんをあんたみたいな軽い男に渡さないわ」
「……指差して吠えないでくれ。こう見えて、俺、一途なんだから」
男は優夢が閉めたドアに名残惜しそうな視線を向けていると、その男の様子に休憩室はいつものやり取りなのか彼をからかう。
下心も確かにあるようではあるが、それ以上に男は優夢の事を心配しているようでため息を吐くも、男に対する同僚達の扱いは悪い。
「疲れた。早く帰って寝よう」
優夢はバイト先であるファミレスの裏口からを出ると一度、身体を伸ばすとここ最近、おかしな夢のせいで良く眠れていないためか、大きな欠伸をする。
しかし、誰の目があるかわからないため、慌てて手で口元を隠すと自宅のアパートに向かって歩き出す。
「あれ? おかしいな。す、すいません!? あれ?」
しばらく、優夢は歩いていると見慣れた帰り道に違和感を覚え、小さく首を傾げて立ち止まった。
見慣れた道、すれ違う人々、夜の街に響いているはずの喧騒がいつもと違う気がするようであり、辺りを見回すが街はいつもと同じように動いており、自分の感じた事を些細な事だと思ったようで歩き出そうとすると正面から歩いてきたスーツ姿の男性とぶつかってしまう。
優夢はよそ見をしていた事もあり、ぶつかった男性に慌てて頭を下げて謝罪するが、男性はまるで優夢になど気が付いていないようでそのまま歩きだしてしまう。
「急いでたのかな? 悪い事をしたよね。気をつけなきゃ。あれ? やっぱり何か変な感じ、寝てないせいかな?」
「……しっかりとこっちを見て嫌がるな。気配を察して逃げやがった。昨日の分体に力を使っちまったからな」
男性の様子に優夢は彼がぶつかった自分の事を気にしている時間などないと思ったようであり、反省しようと反省を口にするとまた違和感を覚えたようで首をかしげるが、寝不足の影響だと思ったようで再び、自宅に向かって歩き出す。
伐は優夢がファミレスから出た後から一定の距離を保ち、後をつけていたようで彼女と同様に違和感に気がついていたようであり、優夢とは違い、彼女を狙っているものの気配も察していたようで小さく舌打ちをする。
「……一度、接触しておくか? いつも見てるわけにもいかないからな」
こちらの気配をうかがっていた存在に自分が優夢のそばに居れば彼女を食うのを諦めてしまう可能性が頭をよぎったようで伐は面倒そうに頭をかくと歩く足を速め、優夢の後を追いかけて行く。
「……先輩、こんなところで何をしてるんだ?」
「へ? ど、どうして、こんなところに?」
伐は歩くスピードを速めながらも、音もなく優夢の背後に近寄ると彼女の耳元でささやく。
突然の声に優夢は驚きの声を上げると慌てて伐と距離を取り、自分に声をかけた人間が今日、校舎内で自分を押し倒した人間だと気が付き、慌てて距離を取った。
「これを返しにきたんだ。悪かったな」
「あ、ありがとうございます。な、何をするんでるか!?」
「あ? 美味そうだったから、ついな」
優夢の様子に伐は特に気にする様子もなく、学園で彼女の制服から抜き取ったネクタイを懐から取り出した。
優夢は自分のネクタイを見て、少し警戒しながらも返してくれるならと手を伸ばす。
その手を伐はつかむと彼女を引き寄せ、その頬に口づけをし、突然の行動に優夢は意味がわからないようで顔を真っ赤にして彼を怒鳴りつけて彼の身体を押しのけるが伐は気にする様子もなく気だるそうに言う。
「う、美味そうって何なんですか?」
「そのままだ。美味そうな処女の匂いがする」
「キ、キスをしておいて、その態度は何なんですか!! そ、それもこ、こんなところで……しょ、処女とか言わないでください」
伐の態度に優夢は頭が処理し切れていないのか、顔を真っ赤にしたまま問うが、伐は気だるそうに欠伸をしている。
その態度がさらに優夢の怒りをあおるのだが、自分の言葉が恥ずかしくなったようでその声と身体は小さくなって行く。
「何だ? 男ならどんな奴にでも股を開く尻軽女とでも行って欲しかったか?」
「そ、そんなわけないです。そ、それにそれは極端すぎます」
「恥しそうにすると余計に恥ずかしくならないか?」
「誰のせいですか!?」
伐は優夢の希望に沿った形で話をしてやると言うが、その言葉には優夢は納得できないようであり、小さな声で言うも伐は気にした様子もなく、優夢は彼の態度に声を上げた。
「……私、先輩なのに年上なのに、違う。年上だから抑えないと私は大人、先輩」
「1年くらい、早く生まれたら偉いとでも思ってるのか? 世の中、実力社会って名を売ってるだろ。実際は足の引っ張り合いだけどな」
優夢がいくら声を上げても伐が気にする事はなく、優夢はどこか諦めたのか自分の方が上であると言い聞かせるように何度もつぶやいているが、伐は年で優劣などつかないと言う。
「そんな事はないです。先輩は年下の子達のお手本になるようにしないといけないんです。だから、先輩を足蹴にするなんてもってのほかです。先輩は柔道部の主将なんですから、後輩達だって、彼に追いつき、追い越そうと努力しているんですから」
「あー、あのバカほどくだらない年功序列の縦社会に悪影響を受けてる奴もいねえな」
優夢は伐の昼間の行動に文句を言いたいようであり、頬を膨らませるが、伐には伐の言い分があるようで彼女の話など右の耳から左の耳に抜けて行っているのかつまらなさそうに右手の人差し指で耳の穴を肘っている。
「その態度は何なんですか? だいたい……」
「……一年D組在籍、黒須伐。別に覚えなくても良い」
伐の態度は話を聞く態度ではないため、優夢は説教を始め出そうとするが、今の今まで彼の名前を聞いていなかった事に気が付き、何と呼んで良いかわからずに首をかしげた。
その姿に伐は呆れたように小さく肩を落とした後に、気だるそうに自分の名前を名乗る。
「二年A組の水瀬優夢です」
「知ってる。水瀬優夢、現在は両親は海外赴任中のためアパートで1人暮らし、日本に残るのを条件に必要最低限以外の仕送りはなし」
「何で知ってるんですか!?」
優夢は自分も名乗っていないため、頭を下げるが、なぜか、伐は彼女の個人情報を知っており、彼の口から出た自分の個人情報に優夢は驚きの声を上げた。
「スリーサイズは上から」
「そこはストップです!?」
しかし、伐は気にする事無く彼女の個人情報は身体的特徴に移行しようとし、本来なら冗談で終わりそうなものだが、伐の態度や物言いに優夢は彼の口から正確な情報がばらされてしまうと思ったようで声を上げて、彼の口を手で押さえる。
「何がしたいんだ?」
「う……だ、だって、女の子の身体の事を言うのはルール違反だよ」
「バイトのまかないが美味すぎて、ここ一ヶ月で3キロ増量したとかは言わない方が良かったか?」
「何をするんですか!?」
「俺的には腹より、もう少し、尻か胸に付いて欲しかったんだが」
優夢の行動に伐は眉間にしわを寄せると、彼女は伐の配慮のない態度に納得がいかないようで大きく肩を落とした。
伐はここ最近で起きた優夢が気にしている事を口に出し、彼女の脇腹に手を伸ばす。
その突然の行動に顔を真っ赤にする優夢だが伐は気にする事無く、優夢の身体のバランスを見定めるような視線を向ける。
「まぁ、良い。それより、先輩……」
「な、何ですか?」
「1人暮らしなら、夜道には気を付けた方が良いぞ」
優夢は伐の視線に自分の身体のラインを見透かされないように持っていた学生カバンを抱えるように持つ。
その姿に伐は小さくため息を吐いた後、視線を鋭くして彼女に忠告をする。
「そ、それは充分に理解してます。特に今はそれを実感してます」
「……俺じゃない。と言うか、先輩、あんたは視覚できるはずだ。少なくともあの夢を見てるんだ」
「あの夢? な、何で、その事を知っているんですか!?」
伐の忠告に優夢は彼を警戒するように後ずさりしようとするが、伐は振り返り彼女を隠すように立つ。
優夢は伐の口にした夢が自分が先日から見続けている悪夢の事を伐が知っていると思ったようで驚きの声を上げる。
「……少し黙っていろ。下級とは言え囲まれた」
「へ? あ、あれはなんですか? ど、どうして、誰も気がつかないんですか?」
伐は視線を鋭くしたまま、優夢に黙るように言うと優夢は伐の様子にただ事ではないと思ったのか伐の向いてる方向に視線を移す。
その視線の先には黒い靄が二つ浮かび上がっているが、その靄は伐と優夢以外には見えていないようであり、街を歩く人々は誰も靄に気がつく事はない。