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第三話

「ノラ猫くん、何か情報は手に入れられたかな?」

「……人に聞く前に自分達で調べろよ。税金泥棒」


 高校を自主早退した後、伐は失踪したと言われる蓮沼由貴の情報を集めていたのだが、日が暮れ始めた頃、伐に仕事を持ってきた刑事『近江真おうみまこと』が胡散臭い笑顔を振りまきながら彼を見つけて声をかける。

 真の顔に伐は面倒な相手が出てきたと思ったようで眉をひそめ、彼を追い払うように手を振った。


「冷たい事を言わないでよ。持ちつ持たれつだろ? ほら、僕はノラ猫くんが学校をさぼっても補導しないし、もっと遅い時間になっても見逃してるんだしな」

「……先に調査に入っていたくせにあの程度の情報しか渡さない無能に借りを作った覚えはねえよ。だいたい、追いかけっこでお前らみたいな無能に捕まるほど俺は鈍くない」

「確かにノラ猫くんをこの街の中で捕まえる事は僕の部下ではできないかも知れないね。それより、ノラ猫くんの言い方だと僕達がつかんでいない情報を手に入れたって事かな? 流石、ノラ猫くん、半人前とは言え、この街で猫の名前を継いだだけはあるね。頭をなでてあげようか?」


 そんな伐の態度を気にする事無く、真は彼の隣に並ぶが、伐は相手にしたくないようでその歩を速める。

 真は伐の言葉を聞き逃さなかったようで、自分達が伐に渡した情報以外の事を彼がつかんでいると判断したようでわざとらしく驚いたような表情をするが、伐ならそれくらいの事はできるのではないかと思っているようで彼を誉め、伐の頭を撫でようと手を伸ばす。


「……何の真似だ?」

「はいはい。わるかったよ。尻尾を逆立て威嚇しないでくれるかな? ……それで、ノラ猫くん、何かつかんだのかい? できれば教えて欲しいんだけど」


 真の口から出た『猫の後を継いだ』との一言に伐の目つきは鋭くなり、真の手を交わすと彼を睨みつけた。

 真は伐の様子にこれ以上機嫌を損ねて必要な情報を聞き出せない事は不利益にしかならないと思ったようで両手を上げて降参だと言った後、表情を引き締めて伐に情報開示を求める。


「……目的の女以外にここ一ヶ月で行方不明になった女は八人。あくまで捜索依頼が出ている奴がな」

「それは僕らが調べた資料にも合ったね。でも、そこから始めると言う事はノラ猫くんは他にも行方不明者がいると思っているのかい?」

「いなくなった年齢は十六から二十一、そう考えると一人暮らしで行方不明になっている事も気づかれていない奴らだっているだろ。少なくとも同じ事件かどうかは知らねえが他に十五人の行方不明者を見つけた。その中で三人はすでに存在すら希薄になっている。今回調べたのは高校から大学、専門学生までだ。もしかしたら、社会人(もっと、うえ)も居るかもな」

「……喰われて大部時間が経ってるって事かい? 厄介だね」


 失踪事件の被害者は警察が調べ上げてたものよりもかなり多く、伐は舌打ちをするとこの事件がかなりの大事になっていると気が付いたようで真は眉間にしわを寄せた。


「……喰われたなら、喰われた奴がバカなだけだ。ただ、呑み込まれていたら厄介な事になるな」

「歪みの拡大……ノラ猫くんのようにこっち側に戻って来れる子が居れば良いんだけどね。そうすれば優秀な協力者が増えるし、僕らとしては万万歳だよ」

「そんな奴が居ればな。だいたい、そんな奴が居ればもう歪みを食い破っているだろ……」


 伐は被害者の事など知らないと言い切るも何かあるのかどこか遠くを見ており、真は希望的な事の述べるが、その表情は険しく、その言葉はむなしい。

 伐は感傷に浸る気などまったくないようで気だるそうに欠伸をする。


「緊張感がないねぇ」

「希望をいくら言ったって何も変わりはしねえよ。バカな女どもが何に釣られたか知らねえがホイホイとついて行って喰われただけだろ。そっちだって蓮沼由貴以外には興味はないだろ。そうじゃ無ければ貧乏人の失踪騒ぎにお前は出てこないだろ」


 伐の様子に真はため息を吐くが、伐自身は行方不明者がどうなっていようと知った事ではないようであり、懐からタバコを取り出し口にくわえると建て前など要らないと言う。


「何を言っているんだい? 僕達、警察は弱い者を守る正義の味方だよ。これくらいは常識じゃないか?」

「……警察が正義の味方ね。俺の中では警察は俺達以上の小悪党でしかないんだけどな」

「それより、ノラ猫くん、君が手に入れた情報はそれだけかい?」


 真は警察じぶんたちを正義の味方と言うが、伐は吐き捨てるように言い、オイルライターでくわえていたタバコに火を点けた。

 その態度に真はもう一度、ため息を吐くと伐の調査した内容がその程度の事ではないと思っているようであり、手に入れた情報を出すように言うと伐は右手を真の前に出す。


「……この手は?」

「とぼけたふりをしてるんじゃねえよ。情報料は別料金だ。自分達が捜査しきれない事の尻拭いを俺が手伝う理由はねえよ。出す気がないなら、自分達で調べな」

「まったく、ノラ猫くんはがめついね」

「……少ねえな」


 とぼける真だが、伐は自分の調査結果は自分だけのものだと言い、欲しければそれ相応の物を出せと言う。

 真は最初から伐の要求を飲むつもりだったようでため息を吐きながら、彼の右手の上に茶封筒を乗せた。

 伐は封筒の中身を確認すると希望額には程遠いようで舌打ちをする。


「仕方ないよ。元々、僕達の部署は胡散臭いとか何とか言われてる窓際部署だからね。予算だって雀の涙ほどだもん」

「……その窓際部署に自ら進んで移動したのは誰だよ」

「いやぁ、こう言う胡散臭い部署は裏でいろいろできるから、妙なつてを手に入れられるからね」


 真は予算がないと言い切るが、伐は真がエリートコースを突き進んでいた事を知っており、計算高い彼の行動にため息を吐く。

 その言葉に真は特に否定する事無く笑っている。


「それで、ノラ猫くん、君は何をつかんだんだい?」

「……失踪者のほとんどがいなくなる少し前から、おかしな夢を見ていたって話だ」

「夢? どんな夢なんだい?」

「さあな。失踪者がおかしな夢を見ていたと聞いた奴らは夢の話を聞いたはずなのに覚えていないと首を傾げていた」


 失踪者は共通して悪夢にうなされていたようだが、その夢については何もわかっていないようで気だるそうに言う。


「何もわかっていないなら、それは多くないかい?」

「この程度の情報だから、釣り合うくらいだろ。それに……可能性は薄いが何かの生贄としてさらわれてるんなら、次のエサを探す方法はいくらでもある」


 真は伐に渡した情報料では高すぎると返却を要求する。

 しかし、伐は返す気などさらさらないようであり、それ以外にも何か考えがあるのか小さく口元を緩ませた。


「……囮とかは僕としてはおススメ出来ないんだけど、ばれると面倒だしね。始末書は書きたくないよ。出世にも影響するだろうし」

「ばれなければ問題ないだろ。だいたい、この汚れた世界で名も知らない誰かが失踪したって誰も気にしないんだ。気にするのは金の持ってるバカ親くらいだろ。金も名誉もない奴らは変わりなんていくらでもいるゴミクズと一緒だろ。それに捜索願が出てたって本来なら調べる気だってねえだろ」


 真は伐の言いたい事が直ぐに囮を使う事だと理解したようで、道徳的にそれはできないと言うが、伐は真が反対しようとどうでも良いようで気だるそうに欠伸をする。

 その様子からは顔も知らない誰かの命など興味がないように見え、その様子に真は大きく肩を落とすがその様子はわざとらしい。

 伐は真の態度には失踪者を心配する気などまったくない事も理解しているが責めるような事は言わず、短くなってきたタバコを地面に投げ捨てると足で踏み消す。


「……僕は今の話は聞かなかった事にするよ。ただ、目的の人間を無事に救出する事」

「それで良い。人間、見ないと決めて目をそらせば見えないんだ」

「それがノラ猫くんがこの街で生きて行くコツかい?」


 真自身も己の出世以外にはあまり興味もないため、他人の事などどうでも良いと割り切っており、囮になるであろう人間などどうでも良いがこちらで依頼を出した蓮沼由貴だけは助け出せと言う。

 その言葉に伐は小さく頷くと真はわざとらしく笑う。


「勝手に言ってろ」

「はいはい。それじゃあ、僕はお仕事に戻るよ。またね。ノラ猫くん、お仕事の事は任せるよ。なるべく迅速に後、目的の人間の保護ね。できればそれ以外の女の子達も身柄も確保してくれると嬉しい」

「喰われてたら無視するけどな。そこまで落ちてたら、そのうち、この世界にいたって言う事も忘れられるし、問題ねえしな」


 伐はそれ以上何も言うつもりもないようであり、真もこれ以上は伐の邪魔になると理解している事もあり、伐に背を向けて歩き出す。

 真の言葉に伐は振り返る事無く、手遅れの時は知らないと言い切り、真と反対方向へ歩いて行く。


「そうは言ってもノラ猫くんは誰も見捨てないでしょ。それが黒猫の……大和の遺志だから……まったく、あのバカ、本当に厄介なものを残して行ってくれたよ」


 真は伐の言葉はしっかりと聞こえていたようで振り返り、少しだけ悲しそうな目で伐の背中を見送ると直ぐに表情を元に戻し、夜の街中に消えて行く。


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