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第十六話

「到着だ……遅刻したくなければ、さっさと寝ろ」

「……どうしてですか?」


 光の球が弾け飛ぶと、伐と優夢は伐の家の寝室に移動している。

 伐は時間を確認すると優夢に寝るように言い、寝室を出て行こうとするが、優夢は彼のシャツの裾をつかみ、本当に男性を助ける事はできなかったのかと聞く。


「……放せ。シャツが伸びるだろ」

「本当はあの人を助ける方法があったんじゃないんですか? ち、違いますよね。本当はさっきまでの事は全部、夢で明日、お店に行ったら、いつも通りなんですよね?」


 優夢の耳には人ならざる者へと姿を変えてしまった男性の悲鳴にも似た声が残っているようであり、目の前で起きていた事が全て嘘だと言って欲しいようである。

 伐はその言葉を肯定も否定もする事はないが、彼の様子から嘘のように見えたいた物が真実だと言う事は解り、優夢は膝から崩れ落ちてしまう。


「……休んでろ。歪みにあてられたんだ。精神的に疲れている可能性だってあるからな」

「わ、わかりました」

「良い子だ」


 伐は崩れ落ちた彼女を抱きかかえるとベッドの上に下ろし、もう一度、休むように言う。

 優夢は力ない声で返事をし、伐はそんな彼女の頭を優しく撫でると寝室を出て行く。

 ドアを閉めると優夢の目からは大粒の涙があふれ出し、声を押し殺そうと努力はするもののその声は寝室の外にも聞こえている。


「仕方ねえか……」


 寝室から聞こえる優夢の泣き声に伐は小さくため息を吐いた時、ソファーの前のテーブルに置きっぱなしの携帯電話が鳴り始め、着信を告げる。

 伐は面倒だと言いたげに頭をかくが、電話の先の相手に心当たりがあるため、出ないわけにもいかず携帯電話を手に取るとソファーに腰掛けた。


「ノラ猫くん、お疲れさま。捜査協力、感謝するよ」

「……失踪者は全部、戻ったのか?」


 電話の相手は伐の予想した通り、彼にこの事件の調査依頼を出した真である。

 真の口調から目的の蓮沼由貴が助かった事は理解できたようだが、それ以外の被害者については状況がつかめないようで伐は真に聞く。


「知らないよ。それに興味もないしね」

「そう……だな」


 電話の先から聞こえる返答は冷たいものであり、伐は素直に感情を吐露する優夢に当てられてしまい、自分らしくない事を聞いてしまったと思ったようで舌打ちをする。


「どうかしたのかな?」

「……何でもねえよ。目的の女が帰ってきたんだ。金を振り込むように言っておけよ」

「それはわかってるよ。で、犯人はどうしたの? 殺しちゃった? そこら辺を処理しないといけないから、仕事はきっちりとね」


 軽い口調の真の言葉がイヤに神経を逆なでするようで伐は依頼料を振り込むように言うと携帯電話の電源を落とそうとする。

 しかし、真はまだ聞きたい事があるようでそれを許す事はない。


「……歪みに完全に喰われる前に俺が殺した。死体はそいつの部屋にあるんじゃねえか」

「そう。それなら、それは数日中に病死として事件性なしとして処理するよ。ノラ猫くん、お疲れさま、また、何かあった時にはお願いするよ」


 伐はすでに男性の事を調べ上げていたようで簡単に優夢や女性達をさらった男性の情報を話すと自分がその男性を殺したと言う事実だけを告げる。

 真は伐がした事にある種の理解があるようで面倒事は全て処理をすると約束すると電話を切った。

 伐は何も言わなくなった携帯電話を眺めていても仕方ないと思ったようであり、胸の奥にある小さな苛立ちを抑え込むためにポケットからタバコを取り出し、口にくわえてオイルライターで火を点け、その煙を肺一杯に吸い込んだ。


「……一本くらい空けるか?」


 タバコの煙を眺めながら、つぶやくと伐は立ち上がり、キッチンへと移動する。

 冷蔵庫を開けると常備しているのか中には数本の缶ビールが冷えており、伐は缶ビールへと手を伸ばした時、キッチンの入口から人の気配を感じる。


「……寝ろと言わなかったか?」

「言われましたけど」


 伐は振り返る事無く、こちらをうかがっている優夢に言うが、寝付けないのか優夢は小さな声で答える。


「……飲むか?」

「お、お酒は二十歳になってからです」

「イヤな事は飲んで忘れるのも手だぞ」


 伐は缶ビールを二本取り出し、彼女の前に差し出すが優夢は首を横に振ると伐は冷蔵庫から牛乳を取り出してカップに注ぎ、ラップをかけると電子レンジに入れる。


「あ、ありがとうございます」

「別に礼はいらねえよ」


 しばらく、二人の間には沈黙が流れるが、その沈黙を電子レンジが破り、ホットミルクは優夢の手に渡される。

 伐は缶ビールを開けるとコップを二つ取り出して、缶ビールを注いでいく。

 

「あ、あの、私は飲みませんよ」

「……先輩の分じゃねえよ。一応、成人は迎えてたんだろ。こんなものしかなくて悪いけどな」


 その姿に首を横に振る優夢だが、伐は首を横振るとビールの隣に火を点けたタバコを置く。

 それは彼なりの歪みに飲まれてしまった男性への手向けであり、優夢はそれに気がつくと目を閉じて手を合わせる。


「……あの」

「助ける方法はなかった。言い訳はしねえよ。俺があいつを殺した。それ以上でもそれ以下でもねえよ」

「違います。黒須くんはきっとあの人を助けたんです。私はそう信じたいです」


 優夢は自分には理解し切れていないものがあって、伐は自分が理解できない物を知っているとはわかっており、伐に説明を求めたいようだが、伐は首を横に振る。

 それは彼が優夢に重たいものを持たせないようにしているある種の優しさのようにも見えた。

 優夢は自分に伐を責める資格はないと思ったようで自分にできる精一杯の笑顔を見せると伐は間違っていないと言う。


「さあ、寝ましょう。明日も学校があるんですから」

「勝手に寝てくれ。俺は明日はサボるから」

「ダメです」

 

 優夢は自分の言った事が恥ずかしくなってきたようで適温になったホットミルクを飲み干すと伐にも眠るように言うが、伐は気だるそうにタバコを吹かしている。









 ……あの程度では相手にはならないか?


 ……エサにもなれないなんて本当に役立たずだね。


 まぁ、良いか?


 いつまでそこにいようとするのかな?


 お前はこっち側のなんだ。


 早く、こっちにきたら良いのに……


 ねえ。伐……


 


 伐と優夢の様子を見ている影が1つ。

 その気配は酷く禍々しいが、二人はその気配に気がつく事はない。


 最終回までお付き合いありがとうございました。


 ノラ猫~a stray cat~は一先ずの完結になります。

 シリーズ物として連載と言う形にしようと思っていますので、伐と優夢の活躍は続きます。

 

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