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第十五話

「あの、黒須くん、大丈夫なんですか?」

「あ? 大丈夫も何も相手じゃねえよ」


 男性の身体は再度、形を変えようとしているのかぼやけて行く。

 優夢は伐から手渡せた光の球を胸の前でぎゅっと握りしめながら、伐が黒い靄と対等に戦えるのか心配するような視線を向ける。

 しかし、伐はまったく相手になどしていないような口調で言う。


「お、大きくなった?」

「動くなよ。ちょっとした事なら首飾り(そいつ)が守ってくれる。だけど、あんまり動かれるとカバーしきれねえからな」

「わ、わかりました」


 男性の身体は靄ではなく肥大化して行き、その身体は十メートルを超えたように見える。その様子に優夢は顔を引きつらせると一歩後ずさってしまう。

 彼女の反応とは対照的に伐はあまり気にした様子もなく、優夢に動かないように言うと優夢の首にかけられた猫の首飾りは淡い光を発し始め、彼女の身体を包んで行く。


「それじゃあ、さっさと始めるか?」

「く、黒須くん、気を付けてください」

「いや、だから、相手じゃねえって言ってるだろ」


 伐はポケットに両手を突っ込んでゆっくりと巨大化した男性の元に向かって歩き始めると、男性は拳を振り下ろし、伐を潰そうとする。

 伐はその拳を避けるような事はせず、そのまま歩き続け、拳が伐に接触するかに見えた瞬間、拳は伐に当たる事無く弾き返されてしまう。


「お前はなんだんだよ!!」

「歪みに落ちたわりにはずいぶんとやり方がお粗末だな。お前……本当に歪みに落ちたの(俺と同じ)か?」


 男性は自分の拳が弾き返されるのが信じられないようで何度も何度も拳を振り下ろす。

 だが、どれだけ力強く振り下ろしても伐の身体に拳が当たる事はない。

 その様子に伐は最初から相手ではないと思ってはいたものの、あまりの弱さに怪訝そうな表情をすると男性に聞く。


「同じなわけあるか。俺がお前みたいな矮小な人間とこの強大な力を手に入れた俺を!!」

「……本体かと思ったが、お前もただの尻尾か。よくよく考えると女一人をさらう程度で歪みを引き寄せるわけがねえか?」


 男性は伐を威圧するように叫び声を上げると今度こそ、伐を叩き潰そうと力を溜めたのか大振りで拳を振り下ろす。

 伐は今度はその拳をさらりとかわすとその足で腕の上を駆けあがって行き、顔の前に立つと男性の能力の低さにこの男性が今回の黒幕ではないと察したようでため息を吐いた。


「……さっさと終わらせるか?」

「く、黒須くん、だ、大丈夫なんですか!? 死んじゃいませんか!?」

「問題ねえよ。だいたい、自分で戻ってこれねえなら、死ぬのと変わらねえから……それに」


 右手をポケットから引き抜くと手をかざし、それと同時に男性の頭部は吹き飛ぶ。

 目の前で起きたあり得ない惨劇に優夢は顔を真っ青にして叫んだ。

 しかし、破壊された頭部は靄になると、いくつかの球体になり、伐への攻撃を続けようとするが、伐の身体に触れることはできず、弾き返されてしまう。


「それに?」

「……自分が呼んだ歪みではないなら、そろそろ、始まる頃だ」

「始まる頃?」


 伐は右手で胸の前で十字を切ると神に救いを求めるように目を閉じる。

 神を前にしても、減らず口を叩きそうな彼が行うには酷く不自然な行為に見えた。しかし、その姿に優夢は一瞬、目を奪われてしまう。

 祈りを終えて目を開いた彼はいつも通りの不遜な態度に見え、優夢は彼の姿に見とれてしまった事を振り払おうと大きく首を横に振った。


「……聞くだけ聞いておくか。その力を捨て日の当たる場所で生きて行く気はあるか?」

「バカなこどを言うな。おでは力を手に入れたんだ。こんな良いものを手放すバカがどこに行ぐ?」


 伐は最後の忠告だと言わんばかりに声をかけると、男性は伐の言葉をバカにしようとするが、その言葉づかいは微妙におかしくなってきており、彼の意思に反して身体は肥大化や縮小など様々な変化を起こし始める。

 男性は自分の発した言葉に違和感を覚えたようで首を傾げるが、伐は男性に何が起きているのか理解しているようでどうするか考えているのか頭をかく。


「あの、黒須くん、何が起きてるんですか?」

「……肉体の崩壊、あいつの身体は蓄積されて行く力に対処できなくなった。このままいけば自滅だな」


 男性は身体の変化について行く事ができないのか、狂乱して悲鳴にも似た声を上げ出す。

 男性の異変が彼の意志ではない事を察した優夢は伐に説明を求めると、伐は気だるそうに答える。


「あの、それって、膨らませた風船に際限なく空気を送るってやつですか?」

「簡単に言えばな。欲望に塗れて身の程をわきまえなかった罰だ。まぁ、完全に自業自得だな」


 優夢は伐が言いたい事を直ぐに理解したようで恐る恐る聞くと伐は肯定し、これ以上はやる事もないと思っているのか、男性に背を向けて優夢に向かって歩を進める。

 

「それって、死んでしまうって事ですか?」

「さあな。何度かああ言うバカを見たけど、その後にどうなったかは知らねえよ。興味もねえしな。帰るぞ」

「ま、待ってください。黒須くんなら助ける方法を知っているんじゃないですか?」

「ない。あいつは最後の選択で人を捨てる事を選んだ。欲望に堕ちた人間が反省して心を入れ替えるなんて絵空事だ」


 優夢は自分を狙った人間を助ける方法はないかと伐に問う。

 しかし、伐は男性を助ける方法はないと首を横に振った。


「で、でも、何か方法が」

「手にしていた物を裏切った者への罰。それに気づけなかった人間を助けられるほど人間は万能じゃねえよ……」


 それでも諦めきれないと言う優夢。

だが、力が暴走しているのか、男性は叫び声を上げている。その叫び声に呼応するようにこの空間は崩れ始めて行き、伐は優夢を抱き上げると基の世界に戻る準備を始めたようで二人の身体を白い光が包み込んで行く。


「黒須くん」

「黙ってろよ。何度も言ってるが、もう助からない。ただ……最後の選択だ」


 伐の腕の中で優夢は男性の事を思って涙を流し始める。

 伐はその姿に一度、ため息を吐くと叫び声を上げている男性にもう一度だけ問う。


「人として死ぬか? 化け物として生きるか?」


 その言葉には慈悲の心など存在しない。戻れない場所にまで堕ちてしまった者への手向けの言葉。

 そして、その言葉に答えるだけの理性は男性にはすでに存在していない。


「……じゃあな。今度は迷うんじゃねえぞ」


 返事などなくても、伐は次の行動を決めていたようであり、つぶやくとその声に合わせて光の球が崩壊を始めている世界に浮かび上がり、男性を撃ち抜いて行く。

 光の球が撃ち抜いた箇所からは黒い塊が流れ出して行き、それは身体を形作っていた物が流れでて行っているのがわかる。


「帰るぞ。時間まで残っていて巻き込まれたら、目も当てられねえからな」

「はい……」


 伐の攻撃にすでに理性を失い、声をあげるだけの男性に興味がないのか伐は優夢に帰路に言うと優夢は目の前に移る光景にそれ以上は何も言えないようで涙を流したまま頷く。

 優夢の返事とともに、伐と優夢の身体はこの空間からの脱出に移ったようで、二人を包んでいた光の球は移動を開始する。


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