第十二話
「……私はこのまま、ここで眠っても良いんだろうか? と言うか、改めて見ると何もない部屋?」
伐の家に戻り、優夢は本日も伐の部屋のベッドを借りたわけだが、昨日は疲れと久しぶりに夜が一人でない事で安心して不覚にも爆睡してしまった。
改めて、見る伐の部屋はキレイに片付けられていると言うよりはベッドと使っていなさそうな衣装ダンスしかなく、居心地の悪さを覚えているようでベッドに腰をかけながらキョロキョロを部屋の中を見回している。
「何だ? 一緒に寝て欲しいのか? 先輩はずいぶんと寂しがりだな」
「違います!! と言うか、音も立てずに声をかけないでください!? と言うか、何で、上半身、裸なんですか!?」
「シャツ取りにきたんだよ」
その時、なぜか、隣から伐の声が聞こえ、優夢は驚きの声を上げて視線を移すと伐は先ほどまでシャワーを浴びていたのかにバスタオルで濡れた髪の毛を拭きながら、タンスを開ける。
「……なんだよ?」
「なんだよ? じゃなくて早く服を着てください!!」
「あ? 別に見られて困るような肢体はしてねえだろ? それとも、先輩は俺の肢体に欲情したのか?」
優夢は見慣れていない異性の身体に顔を真っ赤にして言うが、伐は気にする様子もなく、彼女の反応が面白いのか小さく口元を緩ませている。
「そ、そう言う問題じゃありません!! と言うか、黒須くんじゃないんです。そんな、エッチな事は考えていません!!」
「それは悪かったな……」
「な、何ですか?」
伐は気だるそうに頷くと優夢へと視線を向けた。
その視線に優夢は少しだけ胸が高鳴ってしまったようでそれを伐に気がつかれないように言おうとするが、声は裏返っている。
「これは身に付けておけ、何かあった時に見つけやすいからな」
「で、でも、眠る前ですし」
伐は優夢が猫の首飾りを外している事に気づき、枕もとに置いてあった首飾りを見つけると彼女の正面から首元に手を回して優夢の首に付けた。
目に映る伐の顔に優夢は小さく息を飲み、外していた言分けを探そうとするが次の言葉は出てこないようである。
「……悪夢を見せて、エサを探してるなら、眠っている間に引きずり込まれるかも知れないぞ。それが失踪事件かもな」
「ゆ、夢の中に引きずり込まれるなんて、そんな事、あるわけがないじゃないですか?」
伐は悪夢の事を考えると、夢は歪みが失踪者を捕獲する一つの手段かも知れないと言う。
その言葉を優夢は否定しようとするが、歪みと言うものは彼女の理解から外れており、否定できる根拠もないためか、不安なのか伐の顔を見上げ、その瞳には少し涙がにじんでいる。
「……歪みがその能力を使えば、人一人くらい簡単にさらう事ができる。その力に捕えられたら、周りの人間が気付かないのは体験しただろ?」
「あの時って、本当に私の事は誰も見えていなかったんですか?」
伐は優夢の座っているベッドに腰かけると昨日の夜の事を思い出すように言う。
その言葉で優夢は違和感を覚えた時にぶつかった男性の様子を思い出したようで小さく首をかしげて聞き返す。
「あぁ……だから、こう言う事が起きても誰も気が付きはしない」
「へ? ちょ、ちょっと待ってください。黒須くんの家は安全なんじゃないんですか!?」
「……別に安全とは言ってねえだろ。ただ、単純に俺の家の方が守りやすいからだ」
伐が頷いた時、彼の視線は鋭くなり、部屋の隅へと向けられる。
伐の視線が移動した事に気が付いた優夢は彼の視線の先を見るとそこには昨晩、二人を襲った黒い靄が浮かび上がってきており、優夢は伐の背中に隠れると身体を小さくふるわせながら言う。
優夢の不安に伐はポンポンと彼女の頭を二回、軽く叩くと気だるそうに頭をかきながら立ち上がる。
「く、黒須くん、大丈夫なんですか?」
「あ? 大丈夫じゃねえか? 今回も分体だし」
黒い靄は優夢にとっては未知のものであり、不安そうな声で伐に聞くが、伐には緊張感などなく欠伸までし始めている。
その様子に優夢は今の自分の状況が危険なものではないのかと思い始めてきたのか首を傾げ出す。
「ただ、こっちは分体だから、本命が先輩の後ろにいるけどな」
「へ? き、気づいてるなら、どうして、そっちに行くんですか!?」
伐は昨晩と同じように右手を前に付きだすと彼の腕からは突風が起き、黒い靄を薙ぎ払うと優夢へと視線をむけて小さく口元をほころばせた。
その伐の言葉に優夢は小さな違和感を覚えたようであり、首を傾げた時、自分の足元に黒い靄がからみついている事に気づき、驚きの声を上げる。
「どうして? 先輩、あんたは自分の立場を覚えているのか?」
「お、覚えているのかって、囮でしたよね?」
「そう言う事だ」
伐は欠伸を一つすると改めて、優夢の立場について確認をすると、優夢は今、自分に何が起きるか予想が付いたようで顔を引きつらせた。
彼女の表情で伐は優夢が状況を処理できるだけの頭がある事に満足したのか口角を上げる。
「ひ、酷いです!?」
「こうでもしないと本体まで行きつけないからな。それに最初からの契約だろ。あんたは囮だ。囮をエサに本命を釣るのは当然の事だろ? 見つけやすいようにそれを付けたんだしな」
「だ、だからと言って酷すぎます!?」
伐とやり取りをしている間に優夢の身体にまとわりついている靄は彼女の下半身を飲み込みすでに上半身にまとわりついており、優夢は伐を非難するように声を上げた。
その時、靄は彼女の身体を全て飲み込んだ後、その場から消え失せてしまい、伐のため息混じりの声だけが響く。
「ただ、雑魚に喰わせてやるにはもったいないからな……しかし、エサを巣まで運べば邪魔をされないと思っているあたり、頭は低いな。取りあえず、行くか? 契約上は処女を守る事にもなってそうだからな」
歪みに優夢をやるのは色々な意味でもったいないと思っているのか、伐は表情を引き締めた時、彼の目の前の空間には黒い穴が広がる。
その穴の奥は漆黒とも呼べるくらいの闇が広がっており、光など差し込んでいるようには見えない。
しかし、伐は躊躇する事無く、歩を進めて穴の中に入って行く。




