第十一話
「水瀬さん、今日は俺もこの時間で上がりだから、送って行こうか?」
「えーと、すいません」
優夢のバイト時間が終わると先日も彼女に声をかけていた男性バイトが優夢に声をかける。
その言葉に優夢は申し訳なさそうに頭を下げた。
「優夢ちゃん、店の裏に彼氏が迎えにきてるよ。いつの間にあんな男の子を見つけたの?」
「ち、違います!? 彼氏なんかじゃありません!?」
その時、ゴミだしをしていた同僚が裏口で優夢のバイトの終わりを待っている伐を見つけたようで優夢をからかうように笑う。
優夢は慌てて、その言葉を否定するがすでにその顔は真っ赤に染まっており、彼女の目に見える変化に同僚達は微笑ましく思っているのか表情を緩ませるが、優夢へ下心のある男性バイトは面白くないのか口を尖らせている。
「それじゃあ、失礼します」
「お疲れさま、気を付けて帰るんだよ」
優夢は伐を待たせていて文句を言われるのも抵抗があるようで頭を下げると伐の待っている裏口に向かって歩き出す。
その背中を見送る同僚達の目は生温かい。
「黒須くん、お待たせしました」
「あぁ、行くぞ」
「ま、待ってください」
裏口のドアを開けると伐は店の壁に寄りかかり、空気が濁り、星も見えずらくなっている夜空を眺めている。
優夢は伐に声をかけ、彼はゆっくりと視線を優夢に移すと頭をかきながら歩き出す。
遠くなって行く背中に優夢は慌てて伐を追いかけると彼の隣に並ぶ。
「黒須くんは私がバイトの間、何をしていたんですか?」
「……見張り」
「ずっとですか?」
「当てもなく、動き回るより、エサを見てた方が効率が良いだろ」
自分がバイトをしている間の伐の行動が気になったようで優夢は伐に聞くが、伐は優夢の周囲を警戒していたようであり、気だるそうに欠伸をする。
「エサ? ……わかってはいるんですけど、そう言われてしまうとなんて反応したら良いんでしょうね」
「知らねえよ」
「そんな反応だとは思ってましたけど、あ、あの、黒須くん、私の部屋はこっちです」
優夢は囮と言う立場にまだ納得はできないようで大きく肩を落とすが、伐は興味がないようであり、乱暴に頭をかく。
伐の様子に優夢はもう一度、ため息を吐くが伐は歩を緩める事はなく、彼が向かう方向が自分の家とは違う事に気が付いた優夢は立ち止まると自分の家の方向を指差す。
「……夜中に一人で襲われても良いなら、部屋に戻れ」
「うっ!? あ、あの、それって、私は今日も黒須くんのお家に泊まるって事でしょうか?」
状況を理解していない優夢の様子に伐は突き放すように言うと、優夢は昨日は意識していなかったが改めて、伐と一つ屋根の下での生活に身の危険を感じているのか、確認するように聞き返した。
「そうなるな」
「ま、待ってください。黒須くんの家に泊まるのは理解しました。現状で考えればそれしかない事もで、でも、女の子にはいろいろと準備する事があるんです。せめて、荷物を取りにいかせてください!!」
当り前のように返事をする伐の様子に優夢はいくらなんでも何も準備せずに行くわけにはいかないと言い、一度、家に帰して欲しいと主張する。
伐はその言葉に面倒だと言いたげに眉間にしわを寄せるが、彼女が何を考えているかは理解できているのか素直に優夢の家に目的地変更を行う。
「黒須くん、お腹って減ってませんか?」
「……減ってない」
「そうですか? いつまで、黒須くんの家でお世話になるかわからないから、生モノはどうしよう? き、禁煙です。お願いしますから、タバコは止めてください」
優夢の家に着くと優夢は荷物の整理をする時間が必要なため、キッチンに残っている食材を見ると、賞味期限が切れるものも多いようで腐らせてはいけないと思ったのか、伐のお腹のすき具合を確認する。
伐はその言葉に短く答えるとイスに腰掛け、ポケットからタバコの箱を取り出すが、優夢は家で吸われては困るとタバコの箱を伐から取り上げた。
「あ?」
「おとうさんもおかあさんもタバコの臭いがダメなんです。帰っては来ないと思いますけど、何かあったら困りますんでお願いします。これでも舐めていてください」
タバコを取り上げられ不機嫌そうな伐に優夢は袋アメを取り出し、伐の前に置くと自分の部屋に向かって行く。
伐は甘いものが苦手なのかアメに手を伸ばす事はなく、不機嫌そうに眉間にしわを寄せると視線を鋭くしてこの家の周辺に存在する歪みへの警戒を強くする。
「あれ? 空気が変わった?」
「気配を察知するための準備をしただけだ」
自室に戻り、大きめのスポーツバックを押し入れから引っ張り出した時、優夢は昨日の晩に感じたような違和感を覚える。
その様子に歪みが襲ってくるのではないかと思って身を強張らせるが伐が移動してきたようで優夢の背後から気だるそうに答えた。
「そうなんですか? って、どこを開けてるんですか!?」
「……俺としてはもう少し、布が少なくても良いんだが」
「何を言っているんですか!!」
「早くしろ。それとも、今日はここで寝るか?」
優夢は自分が感じた物が、伐の手で引き起こされた物だと聞いて少しだけほっとしたようで胸をなで下ろす。
伐はそんな彼女の事を気にかける事無く、衣装ダンスを開けると一発で下着が入っている場所を突き止め、下着と優夢を交互に見ると物足りないとため息を吐く。
優夢は伐の手にある下着を取り上げると顔を真っ赤にして声を上げるが、伐の手は優夢の腰に手を回す。
「バ、バカな事を言わないでください!! 時間も遅いんですから邪魔しないでください」
「はいはい。真面目な先輩は2日も続けて遅刻するわけにもいかないからな」
「そうです。黒須くんも明日はきちんと授業に出てくださいね」
優夢は伐と遊んでいる時間はないと言うとからかわれている事に腹を立てているのか頬を膨らませながら、スポーツバックに着替えや下着を詰めて行く。
その姿に伐は少しだけ表情を緩ませるが、優夢は気づく事無く頬を膨らませたままである。




