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Game of death   作者: Mine
2/2

日常


「良い天気なのはいいんだけど……流石にあっついなぁ」

 快晴の空の下で、本日三度目のため息が溢れる。灰色のズボンに白いワイシャツを着た制服姿の小柄な少年はだるそうに歩いていた。

 そこは遮蔽物のない田んぼ道で、元気よく伸びた稲が波のようにうねっている。毎日そこを歩いているためか、少年の肌は見事に焼けて浅黒く、というよりはむしろ真っ赤になっていた。

 気休め程度に手で顔を扇ぐと、眼を隠す程に伸びた前髪が風に揺れ、少し大きめな眼が露になる。全体的に整った顔立ちではあるが、髪の毛のせいでかなり暗く見えた。

 それにしてもこのクソ暑い夏に制服は不適切なんじゃないか、などと考えながら淡々と歩き続ける。だが、半袖仕様の夏服だってあるのだ。わざわざ長袖の服を着てきた自分が悪いんじゃないかと、自嘲的な笑みを浮かべ、突然なにかを思い出したかのように顔をあげた。

「いや、そもそも夏服はあいつらにズタズタに破られたばかりか」

 彼は、今更ながらに思い出してとうとう小さく声をあげて笑う。自分の都合の良い忘却癖がここまで末期になっていたとは。夏服を破られたのは三日前の話じゃないか。

「まぁ、三日前の朝飯を覚えている奴も稀だろうし、普通なのかな?」

 真夏の田んぼ道で、気が狂ったように少年が笑っている光景はさぞかし異様だろう。だが、周囲に人の姿はなく、少年は笑い続けた。

「っと、そろそろやめとくかな」

 笑っていた少年はただその一言で感情を切り替える。表情に出ていた感情も一瞬で影を潜め、無機質なものになった。

田んぼ道を抜けると、景色が一変し背の高い建物が増え、人の往来が激しくなる。そのなかには、少年と同じ制服を着ている者も混ざっていた。

 少年が誰かに話しかけることもなく、また、少年に話しかける誰かも居なかった。とはいえそれはいつものことであり、少年もさして気にした様子はない。むしろ好都合だとさえ思っていたのだ。

 そうこうしているうちに少年は学校の前に着いていた。三年前に出来たばかりの新しい高校であり、四階建ての校舎はまだ大した汚れもなく当初の白さを保っている。

 校舎は三つの棟に分かれており、少年が立っている校門からみて正面にあるのがA棟、右側にB棟、左側にC棟がある。だが三つの棟をつなぐ渡り廊下が存在しないという謎の設計になっていた。ちなみにグラウンドはA棟の裏側、体育館はC棟にある。

 少年は真っ直ぐに正面のA棟に入り、自分の下駄箱から靴を取り出し、履く前に裏返した。ポロポロと靴から何かが落ちる。入っていたのは画鋲だった。

 あまりにも古典的、且つ日常的すぎたためか少年は呆れたような顔で靴を履いた。そのまま廊下を通ってすぐそこの階段に足をかける。

 途中で「痛ってーー!!」という悲鳴と飛び跳ねるような音が後ろから聞こえてきた。少年が呟く。

「あ、画鋲忘れてた」

 まぁでも、僕のせいじゃないからいいか、と少年は何事もなかったかのように階段を上がっていった。

「おい、下駄箱の前に画鋲置いてったのテメーだろ」

 朝のホームルームが終わり、担任が教室から出てすぐに大柄な少年、磯部 大喜が少年に向かって威圧的に喋りかけた。机に突っ伏していた少年は緩慢な動きで顔を上げた。

 そもそも画鋲を仕掛けたのはお前だろ、と少年は思ったがそれを口に出すことはなく、ただ、黙っているだけだった。

「お前のせいで足の指怪我しちまったじゃんか。どう落とし前付けてくれんだよ、おい」

 さっきの悲鳴はお前か。

 少年は思わず吹き出しそうになり、ギリギリでこらえる。だが、口角が上がるのは防ぎきれなかった。瞬間、机が跳ね上がり、少年はその勢いで椅子ごと床に倒れた。倒れている少年の髪を掴み、大喜が無理やり顔を持ち上げる。いつの間にか周囲を大喜の取り巻き達が囲んでいる。

「なに笑ってんだ、お前?調子乗ってるとぶち殺すぞ」

 言いながら大喜は少年の顔を何度も床に叩きつけた。教室が笑いに包まれる。笑ったのは大喜の取り巻きだけだったが教室を包むには十分すぎるほどの馬鹿笑いだった。

 そして、ようやく始業のチャイムが鳴り響く。ガラリ、と教室の扉が開き、数学の教師が教壇に付いた。怪訝そうに大喜と取り巻き、少年を見てただ一言。

「お前ら、遊んでないで席に付きなさい」

 少年を囲っていた大喜の一団は舌打ちし、教師を軽く睨みながら自分たちの席に戻っていった。

 ようやく解放された少年は机と椅子を直し席に着き、何事もなかったように授業を始めている教師を見た。

 今のがただの“遊び”に見えたのか。集団で一人を囲んで暴力を振るう行為をお前は遊びと切り捨てるのか。

 ズキズキと痛む額を抑えながら少年は諦めたようにため息をついた。こんなのは別に特別なことでは無い。これが当然のように繰り返す日常なのだ。





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