5月5日:一話の俺の名言が役に立つということ。
5月5日(☂)
たくさんの段ボールに囲まれるエロゲ界の勇者は、小さく息を吸った。
やあ諸君。人を見た目だけで判断するなということは、その人の中身を知ってこそいろいろできるということなのだぞ。
よって攻略対象の女の子の、中身の部分をすべて理解している俺こそがエロゲマスターと呼ばれるべき人材、勇者なのだ。
そこんとこ忘れるでない。
名無しさんの家についてから、さほど時間は過ぎていなかった。
マスクだのほうきだの掃除道具を準備し終えた名無しさんは、まず大量の段ボールをどうしかしたいらしく段ボールを確認し始めた。
「名無しさん。俺は何すりゃあいんだ?」
ともかく、俺も段ボールの手伝いをしたいのだが、なにしろオタクにとって漫画やアニメのDVDなんかは宝にあたる。そんなものが入っている段ボールの手伝いなんぞしたら「あぁあ!それ触るんじゃねぇ!」とか言って名無しさんの男の部分が見え隠れしてしまったらそれこそ後がない。
だからこうして確認をとる。
「そうですね~♡ま、とりあえずこの段ボールに入っているDVDを、すべてあの戸棚に移動させていただければ♡」
名無しさんは人差し指をあごにそえ、可愛らしく首をかしげてから傍にあった段ボールを俺に差し出しほほ笑んだ。
このDVD入れさせてもらえるんだ・・・!塚、それだけ信頼されてるってか?!ナツヒうれしいぜふははは!!!!
俺はニタニタ唇の端を引き上げると、名無しさんから段ボール箱を受け取りDVDを丁寧に取り出す。
それを見て名無しさんはホッと息をつき、また別の段ボール箱を持ってせっせとおかたずけ。
DVDの中身は、『あしたのジュー』『アタックナンバー2』『ガッチャマソ』『マジンガーX』『魔法使いサソー』…などなど、昭和のアニメがたくさん入っていた。
もしかしたら、名無しさんは昭和のアニメが好きなのかもしれない。他にもあたりを見回すと、昔流行った消しゴムの車のガチャガチャなどが転がっている。・・・あの、消しゴムのくせに消せないみたいなね。
俺は一通りの作業を終え、あたりを見まわして名無しさんを捜すと、ちょうど名無しさんも作業を終えて部屋に入ってきた。
「おうーおつかれ」
「ありがとうございますです♡これで段ボールが大分へりました♡」
名無しさんはにっこりほほ笑むと、俺の横にちょこんと座った。
「なあ、名無しさんって昭和のアニメが好きなのか?」
俺は話に困ってさっきの疑問を投げかける。
すると、名無しさんはその言葉が意外だったらしく、すこしきょとんとしてから人が変わったように激しくうなずいた。
「ええ、それはとっても!!!!!!♡」
彼(?)は目をギンギンにまたたかせ、俺が収納した棚のDVDを眺める。
「昭和のアニメは純粋で好きですの♡!確かに今のアニメも神はたくさんありますけど、やっぱりあの時のアニメが一番ですの♡!なによりキャラがみんな人間くさくて共感できますし、萌とかがあまりないので健全に作品が楽しめていいですの♡!あとあと――――――」
「だぁぁあわあったわあった!!!!!!!」
名無しさんがそろそろ壊れてきたので、俺は完全なる止めに入る。
いやぁ、この手の連中は止めないと永久に語り続ける傾向があるときいたことがある。塚、実際俺がエロゲーのことを話し始めると自重するまで時間がかかるのでw・・・ま、いいか。
俺が息を荒くしていると、名無しさんはしゅんとなってうつむく。・・・もうしゃべらせてくれないのか、てな顔しおる・・・。
だが・・・ほんとに昭和のアニメを愛しているんだな、と俺は感心する。と、ここで1つ疑問が思い浮かぶ。
―――――――なんでこいつは、ひきこもりなんだろう―――――――――――
・・・確かに、名無しさんは女装趣味があり、少し話し方にも特徴を持っているが、そこまで変な奴ではない。
実際、ひきこもりになる前までは女装趣味や話し方の特徴はなかったはずだ。ひきこもっているうちにこの世界に入り、はまってしまったのだろう。
きくべきか、きかないべきか。
今聞いてしまったら、名無しさんは過去の事を思い出して辛い思いをしてしまいかねない。
が、今聞かなかったらもうきくタイミングがないような気がするし、なにより俺がわざわざ妹と話そうと思ったのは、ひきこもりの実態を調べるためであった。
だから答えは簡単だ。
――――――きいてみるだ!!!!!!!!!!
記念すべき第一回目の日記で俺は言った。「なんでもやってみるの戦法」と!!
俺は覚悟を決め、のんびりとたたずむ名無しさんに向かって口を開く。
「名無しさんって、どうしてひきこもりやってるんだ・・・?・・・何かあったのか、それとも―――――――」
俺がすべての言葉を言い終わる前に、名無しさんは悲しくもほほ笑んだ。
「お兄様・・・話を聞いてくださるのですか・・・♡?」
「ああ」
誰も、相談する人がいなかったのだろう。だから、パソコンの掲示板に逃げ込み、アキホたちと知り合ったのだろう。・・・その目が、そのうるんだ瞳がそう告げていた。
だからもう、次に聞いた名無しさんの声は、いつもの可愛らしい声ではなかった。完全なる少年の美声。
「私は、いじめられたとか無視されたとか、そういう理由でひきこもりになったわけではありません。ただ、ストレスがたまっていました・・・。お兄様もご存じかと思いますが、私はにこにこ動画という動画投稿サイトで、歌い手として動画を投稿していました。・・・さくらごん、という名前で、です」
「さくらごんんんんんんんんんん!!!!!???」
知ってるーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!さくらごんて、めっちゃ知ってるんですけどぉおおおお!!?・・・2年前、突如として消えた、あの天才歌い手さんのさくらごん!!幼女から少年、あらゆるキャラに対応して七色に声が変化する超人・・・名無しさんのことだったのけーーー!?
俺は2年前に掲示板がその話で持ちきりだったことを思い出す。実は俺もちょっとファンだったりした。
「ええ。今となっては黒歴史でしかありませんが、確かに私はさくらごんでした。・・・しかしある日、学校の友達に、私がさくらごんであることがばれてしまいました。経緯は分かりかねますが、私は誰にも公開していなかったので驚きました・・・。しかし、問題はその友達が、”さくらごんの情報で何か知っていることはあるか”というスレッドテーマの掲示板で、私の電話番号や住所を公開してしまったことにあります・・・!その記事が公開されてから、マンションには人が押し寄せ、家の電話は鳴り続けました。私はどうすることもできず、とにかく家にいる間で出来ることを精いっぱいやりました。まず、投稿した動画・ブログ・ホームページを全部消して、検索エンジンもかからないように設定しました。・・・それでも騒ぎが収まらなかったので、さすがに近所の方がお怒りになり、警察沙汰になりました。・・・そこでいったん騒ぎは収まりましたが、私はトラウマが残り、家を出ることを恐怖に感じるようになってしまったのです・・・。そこからひきこもり生活が始まりました。」
ここまで早口で話し終えた名無しさんは、力尽きたように溜息をもらした。
「今回の引っ越しは、それとは無関係ですけど」
俺は、何も言い返すことができなかった。ただ、名無しさんの笑顔の裏に、そんな理由があったとは意外だった。
「話してくれてありがとう。お前も大変だったんだな」
そんなことしか言えない気の利かない自分が腹立たしいが、何も言えない代わりに名無しさんの頭をポンポンと軽くたたく。
その刹那――――名無しさんは、目にいっぱい涙を浮かべて、自分の頭にのせられた俺の手を握り「きいてくれてありがとうなのです」とつぶやく。
俺はその返答に「ああ」と返し、そろそろ帰るかと玄関に歩み寄る。
名無しさんは俺の後に続いて玄関へ進み、
「駅まで送りますの♡」
と言ってほほ笑んだ。
いやあ、今日の俺は、なかなか格好良かったんでね?
いつのまにか雨がやんできれいな夕焼け色に染まった空を仰ぎ、俺はそんなことをぼやいた。
こんっちゃっすす\(^o^)/
著者の矢姫であります!
9話目・・・(?)ちょっと長めでしたが、お付き合いいただきありがとうございました!!
名無しさんの過去も明らかになりましたので、お次は乙侍さんの過去を探ってみたいですね。
次回もよろしくお願いします!