わたしは真実の愛とやらの子供らしいので、それは何かと問うてみた
「ねえお母様、シンジツノアイってなあに?」
「……どうしたの突然?」
お母様が、薔薇色のお目目を大きく開いて私を見た。
ふわふわの髪も同じ薔薇色で、とてもかわいらしいお母様は、驚いた表情をすぐに引っ込めてわたしに問いかける。
「どこかで誰かに何か言われたの?」
わたしがその言葉を聞いたのは、昨日お城で開かれた子供だけのお茶会の帰りだった。
お茶会で聞いたわけではない。
お茶会から帰る時に、お城の庭を巡回していた兵士さん達がこっちを見ながら言っていたのだ。
『随分変わった髪色のお嬢さんがいるな?』
『しっ、関わらん方がいいぞ、アレは色からして例の二人の子供だ』
『はっ? あの真実の愛の二人か? 何でそんなのが招かれてるんだよ』
『知らんよ、何か弱みでも握ってるんだろ』
距離があったので、多分聞こえてるとは思わなかったんだろうけど、嫌そうにこちらを見ている時点で何も取り繕えてないのはダメじゃない?
となったので、帰り際に丁寧にあいさつしてくれた騎士様に人相風体と話していた内容を伝えておいた。あの人達雇ってて大丈夫ですか? と心配する一言を添えて。
笑顔を引き攣らせるのをギリギリで耐えた騎士様に、ついでとばかりに『真実の愛の二人』について問うてみたのだけど、さすがにそこは綺麗にはぐらかされてしまった。大人ってすごい。
けど、騎士様も私のお耳がとても良く聞こえる事にまでは気付いていなかったようで、馬車に私を乗せた後で呟いていたのが聞こえてしまった。
『あのお二方に似て、お子さんも優秀か……』
内容からして『真実の愛の二人』はやっぱりお父様とお母様の事みたい。
騎士様の声からすると、悪い印象は持ってないみたいなんだけど、兵士さん達は嫌そうだったの。
これはきっと『真実の愛』と言うモノに対しての認識の違いだと思うけど、誰に聞いたら答えを教えてもらえるのかわからなかった…
だから、お父様とお母様に直接聞こうと思ったの。と伝える。
「なるほどねえ……その城内の状況が、わざとなのか調べておかなくてはね」
「わたしに『シンジツノアイ』の話を聞かせるために、ああいう人達を放っておいてるってこと?」
「そう、あなたの髪色はとても珍しくて、今国内でその色が発現する条件を満たせるのは私達夫婦だけ」
「いい目印なのね」
わたしの竜胆色の髪を優しく梳きながら、お母様が笑みを深くする。お母様の伝えたい事をちゃんと理解できたみたい。
お父様の髪は藍色で、お父様とお母様の髪色が合わさって私の髪色になったなら、たしかに珍しい色なのでしょう。
何より、この国において竜胆色は、竜に連なる貴き色とされている。
たかだか男爵家の娘であるわたしには過ぎた色の髪だなあと思っていたけど、それなりの理由があったのね。
「あちらの出方次第だけれど、あなたにも話をしておかないとね、今は概要だけ教えておくわ」
「はい、お母様」
「調査結果と、この後どう対応していくかは、お父様が帰宅してからにしましょうね」
そう言って、お母様は昔話をしてくれたの。私にお話しをしてくれる前に幾つか指示を飛ばしていたから、きっとお話しが終わる頃には調査結果が返ってくるでしょうね。
***
ちょっとだけ昔、今の王様が、まだ王太子候補の一人だった頃のお話。
前王様には三人の息子と一人の娘がいた。
王女は王妃の母国に嫁ぐ事、末の王子は前々王配の実家に養子に出す事が産まれる前から決まっていたので、次の王位は第一王子と第二王子のどちらかが継ぐ事になっていた。
二歳差の二人の王子はどちらも優秀で、目立つ瑕疵のない王子だったので、順当に第一王子が王太子になるだろうと言われていたらしいが、それを面白く思わない者もまた存在する。第二王子の婚約者の家門である。
第一王子の婚約者の家門は、家格と年齢の釣りあいから建国時からの歴史がある公爵家。
第二王子の婚約者の家門は、生まれる時代を間違えたと言われる男の元、勢力を拡大して国内随一の財を築いた侯爵家。
娘が王家の婚約者にと打診を受けて上機嫌になった侯爵は、相手が第二王子と聞いて激怒、使者にはにこやかに対応したものの、その後は大変だったらしい。まことしやかに語られる噂では、応接室を一つ吹っ飛ばしたとかなんとか。
まあそんな侯爵であるが、生まれる時代を間違えたと言われるくらいには色々と…ゲス……手広い人脈を持っており、こうなったら第一王子を失脚させれば良いのだ、と言う方向で動き出してしまったらしい。
物理的な失脚は罪に問われる可能性が高いので却下だが、王位を継ぐに値しない王子と印象付けられれば良いだろうと考えた侯爵がまず行ったのは、娯楽による意識誘導だった。
高貴なる血筋の兄が弟に対する嫉妬から悪事に手を染め失脚する物語や、道ならぬ恋に身を焦がして出奔する劇などから始まり、兄は弟よりも…みたいな内容の娯楽をバラまいた。性別を変えて姉妹だった場合もあったようだけど、概ね貴族とかの長子はろくでもねえって話がいっぱいあるんだなあ、と思わせる事には成功したらしい。物語と言うのは人を扇動するにはとても良い道具なのだ。
そんな環境ができあがったくらいで、王子達が学園に入学するのに合わせてお出しされた新しい物語がある。
『真実の愛』を見つけた兄が、その愛のために婚約者を陥れようとして失敗、公の場でのやらかしから立場を失い平民に落とされる、と言う物語。優秀な弟は、慕っていた兄の失態に涙しながらも、自らの婚約者に支えられ、兄のスペアとして立派に家を継ぐ所までがセットだ。ここ重要。
満を持してお出しされた物語は、荒唐無稽な妄想ではなかった。
舞台と配役を整えやすい物語として用意された中で、最も可能性の高い物として世に出されたのだ。
貴族の大半と優秀な平民が通う学園を舞台に、物語を現実にする為に用意された配役は、第一王子・第二王子と各婚約者、そして男爵家の庶子として平民から貴族に連なったばかりだった『薔薇色の髪と目の娘』。
娘が見出されたのは、目立つ見目もあったが、第一王子の同情を買いやすい出自と状況でもあったのだろう。
周囲の思惑はどうあれ、学園で第一王子と娘は出会い、多少の関りを持つ事になった。
当時、二人の間に恋愛感情はなかった。芽生えさせる土台がなかった。
身分は違うし、第一王子には婚約者がいる。第一王子は婚約者を蔑ろにして悦に入る趣味はないし、他の女性とキャッキャウフフする時間的余裕もない。娘は生活…男爵家は没落寸前まで追い詰められていた…と勉強でまあいっぱいいっぱいだし、他人の男に興味はない。
何より、娘の髪色を見た第一王子は、自分と第二王子の力関係を考えて、配慮すれども必要以上に近寄らずを貫いていたのだし。
けれど、そんな事は誤差でしかない。
周囲が悪意を持って、そうあれかし、と流した噂は、話題の娯楽の力も借りてあっという間に国を駆け巡った。
更に運の悪い事に、第一王子の婚約者である公爵令嬢は恋愛脳であった。
親の決めた婚約に不満があり、なんとかして『同情される形で婚約を無きモノにしたい』と言う欲望に抗えず、侯爵に与したのだ。
…ここに関しては、侯爵の手の者に洗脳されたのではないかとの疑いもあるようだが、彼女の背信行為には関係ないので割愛する。
いずれにせよ、公爵令嬢は『冤罪をかけられそうになった哀れな婚約者』を演じきった。重要なのはその一点のみである。
さすがに物語ではないので、パーティなどで婚約破棄は行われなかった。
けれど、ある日を境に第一王子と娘は学園に来なくなり、公爵令嬢は暫く休んだ後、憔悴した様子で登校した。
そこで語られた、気の毒な公爵令嬢が婚約破棄された顛末は、聴衆を存分に満足させたのだった。
ここまでが、誰でも知っている『第一王子の真実の愛』のお話。
***
「お母様も大変でしたのね…」
「そうなの、目立つ髪色だったばかりに侯爵に目をつけられて、学園生活は途中でリタイア、良い迷惑だったわ」
優雅にお茶を飲みながら嘆息するお母様は、それでも満足そうでした。
その代わりに優秀な婿をもらえて、王家からの補助も受けられて男爵家は持ち直したのでトントン、と言う事らしいです。さすがお母様。
おじい様とおばあ様がお母様に頭の上がらない様子なのも、その辺りが原因だったのね…あ、仲は悪くないですよ。
ただ、お母様の髪色に目を付けた侯爵様は、この色についてのお話を知らなかったのかしら? とは思います。
侯爵様だけでなく、第二王子…いえ、今は王様ですね、若かりし頃の王様も、知らなかったのだとすればさすがに不勉強なのではないでしょうか?
「お母様の髪色は、問題にならなかったの?」
「侯爵は成り上がりの入り婿で、伝承みたいなものは小バカにする性質だったから、本当に知らなかったんでしょうね」
当主である妻が亡くなっていたので、侯爵代理が正しい呼び名だったけど、面倒だから侯爵様と呼ばれていたそうです。
あと、そう呼ばれた方が機嫌が良かったんでしょうねえ…と呟くお母様に、知らぬ人の事ながら同意してしまいました。権力大好きそうなんですもの。
「第二王子…今の王様は、少なくとも建国物語の一環として聞いてるはずなのだけれど、こちらも軽視していたのでしょうね…覚えているそぶりはなかったわ」
侯爵令嬢はさておき、公爵令嬢まで気付かなかったのには驚いてしまったけど。
他の高位貴族の子女達は気付いてそれとなく教えてくれていたのだけどね…と遠くを眺めるお母様に、わたしも少し気が遠くなってしまいました。
今の最高権力者達、その能力が心配すぎる。
しかし他の高位貴族がまともなら、周囲の助けでどうとでもなるのでしょう。今の所、どうにかなってるようですしね。
「お気の毒だったのは前王陛下、公爵令嬢の訴えで調査した結果を伝えるために私達を集めて、私を見るなり蒼白になっていたもの」
そこで前王は噂のみならず調査結果や訴えが全て虚偽であると察したらしい。
察した上で、そこまで食い込まれているなら、もうこの場に第一王子と娘を置いておけないと判断したのだそう。
そのまま第一王子を王族籍から外し、娘が継ぐ予定の男爵家に婿入りさせる事を決め、他にも諸々と整えてくれたそうな。
「私もね、その時初めて聞いたの『花の臺』の事を」
お母様の薔薇色の髪は、この国において王族の青系の髪色と並ぶ…いやあるいはそれ以上に重要な色として『花の臺』と呼ばれていた。
過去形なのは、記録上ではおよそここ150年程その存在が確認できていなかったから。
もう現れないかも知れない、と忘れ去られ、一般的には一部のおとぎ話に残るくらいの存在だけれど。国にとっては重要な存在であるから、高位貴族と王族には、こういう存在を見かけたら気にかけるように、と教えられているらしい。
わたしはお父様とお母様から教えてもらった。
教えてもらった中で一番好きだったおとぎ話にはこう書かれていた。
『花の臺』が王族と結ばれ産まれる子は、竜胆色の髪色を戴く。
それはこの国を守護する竜に並び立つ花、つまりは『王』である。
王族はもう少し詳細に教えてもらえるみたいだけど、これだけでも重要さはわかる。『花の臺』の髪色についてはおとぎ話などではわからないけれど、私の髪色はこの国の人間が見れば全員が竜胆色だとわかるのだし。
男爵領でよく遊ぶ子供達にも言われた事あるものね『王様の色じゃん』って。
だから、お父様が本当にお母様を愛した上でどうしても結婚したいとなったなら、お母様を連れて前王陛下に直談判をすれば良かった。
長い長い間、竜胆色の王はいなかったから、そうでなくても王位は継げるけれど、王の色の子供が王家に産まれる事を疎む必要もなかったのだから。
お父様もお母様も優秀だったから、国を率いていくのだとしても上手くやっただろうし。
でもお父様はそうしなかった。前王陛下もお父様とお母様の安全のために決断してくださった。
それはきっと、とても幸運な事。
「ただね、一応前王陛下は現王に私と、私達の子が竜胆色の髪を持って産まれて来る可能性について話はしたようなの」
「…ナイミツのお話としてよね?」
「えぇもちろん、現王の心に留めておくだけで良いと言う話だったはずなのだけど」
現王はその重圧に耐えられなかった。全てを現王妃に話して縋った。
そう言って、ひどく冷めた目をするお母様に、わたしも溜息を止められなかった。
王は前王陛下がどうして彼だけに話したのかも理解しなかったと言う事だもの、がっかりするのはしょうがない。
おまけに、王妃に話してしまうなんて…でも、そのくらいは前王陛下だけでなくお父様とお母様も想定していただろうから、今まで特に危険も感じず生活できているのよね。
「その話を知った侯爵は、これまた荒れたそうよ『我が孫以外に王を騙る者があってはならない』とかなんとか」
「まあ…一生お知り合いになりたくないですね…」
「早々に送り込まれてきたワンちゃんは、丁寧に梱包して知人にプレゼントしたのだけど」
かわいそうなワンちゃん……どこに贈られてしまったのかしら。
「キリがなさそうだったから、二足わらじの小鳥をね、飼う事にしたの、お外で良い声で囀って主人を楽しませた後、私達にも歌を届けてくれる良い子を」
如才のない侍女が友人との話を楽しそうにしていたのを思い出しました。貴族ってこわい。
「あなたの事を、大人しくて引っ込み思案のかわいい女の子ですよって囀らせたら、方針を変えたみたいなのね」
「あー…それで今回のお茶会招待になったんですね…?」
今、お城にはわたしより一歳下の双子の王子がいる。四歳下の王女はまだお茶会に出るには早いので、顔見せだけしていたはず。
竜胆が王の色なら、王の隣に並ばせてやろうではないか、権威の嵩上げにもなる、とか思っちゃったわけなんですかしらね…?
あさはかぁ……。
「残念な事に、年齢が合う子供があちらにいる以上、避けては通れないと思っていたから、ちゃんと強い小鳥はつけていたし、直接的にあなたにちょっかいをかけようとする者は払えていたみたいだけど」
「わたしの耳が良すぎたせいで、ユウコウハンイをみあやまってしまったのですね…」
それはちょっとすみません…となってしまう。
わたしの耳は、集中すれば今この部屋から男爵領内の一番遠い所の話し声も聞こえるけれど、それだと疲れてしまうので大体お屋敷内の音が聞こえるくらいに制御している。知らないところではもうちょっと抑えるよう訓練しているのだけど、なかなかうまくいかなくて、お城の大広間くらいの範囲までなら聞き取れてしまう。今回は特にわたしの事を話しているようだったから…つい。
「謝る事はないわ。お手柄よ」
「え?」
「わざわざ面と向かって言うのでなくても『竜胆色の髪は真実の愛案件』という噂があえて撒かれているのであれば、こちらとしては王城に出向くお断りの口実にも使えるし、その場合はまあ色々と、ね」
そう言ってお母様はにこやかにウインクしてきた。
なるほど、そういう考え方もあるのね。
その後、帰って来たお父様と一緒に届いた調査結果を確認して、わたし達一家は隣国に移住しましょうか、と言う事になった。
どうやら念入りに噂を振りまいて『大人しいわたし』に罪悪感を植え付けた上で『お前の両親は真実の愛で国を混乱させたが、私達は寛大なのでお前を次期王妃にしてやろう』みたいな茶番の登場人物にしてくれようとしていたらしい。
付き合ってられないので、出て行こっか! となった次第。
次のご招待が来る前にさくさくと荷造りをして、爵位返上かつ移住を済ませる事となった。
おじい様おばあ様は、そのままこの国でのんびり暮らすらしい。財も仕事もあるし、お金には困らないで生きていけるだろう。隠居の際に男爵家からは廃籍して名前も変わっているのも丁度良いし。
あと、二度と会えないかも知れないので、と前王と前王妃両陛下にこっそり会いに行ったら、ものすごく泣かれてしまいました。
その時、色々あって守護竜とオトモダチになって、一緒に国外に行くことになったのだけど、そこから起きた幾つかの騒動はまた別のお話。
「そう言えば、お父様とお母様の間に『シンジツノアイ』はあったの?」
「親愛友愛はあったわね、今は家族愛も」
「そもそも『真実』とは何なんだいと思うがね、信頼と尊敬と、お互いを慈しみ合う事ができれば良いんじゃないかな」
移動の馬車の中でふと思い出して聞いたわたしに、お父様とお母様は真面目に答えてくれた。
愛って色々な種類がありますものね…わたしにはまだよくわかりませんが。でもお父様とお母様みたいな夫婦になれるのなら、きっと結婚も悪くはないのだと思うのです。
「それに『真実の愛』を連呼して私の元を去ったのは元婚約者の方だしな」
「あー…公爵令嬢様はそうでしたね『わたくしには幼馴染こそが真実の愛なんですの』って、すごい迷惑そうな顔をしている近衛騎士の腕を掴んでましたっけ…」
「結局、盛大な片思いだった上に、あの時彼は新婚だったような…」
「あの方には何の罪もないと言うのに、平身低頭して謝ってくださいましたわね…」
「彼は今でも元気に王城に勤めているらしいから、そこは安心したけどね」
そう言って笑うお父様とお母様を眺めながら『真実の愛』なんて御大層な愛がなくても、幸せになる事はできるのですね、とほっこりしたのでした。
主人公の耳が良いのは竜の声を聞くためだった。
と言う設定をうまくねじこめなかったので置いておきます。
主人公にも母にも世界を革命する力とかそういうのはないです…色味がそう言えば…と読み返しながら思ったけど、わからないひとはわからないまま放っておいてください…。




