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テレビでやるだけでも大変だったのに今度は時代劇映画を作れと言われた俺はどうすればいいんだろうか?  作者: ふゆはる


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第9話/本顔合わせ

 稽古場での修羅場から数日後、俺は重い足取りで局の会議室へ向かっていた。

 上層部への中間報告の時間だ。

 胃薬をポケットに忍ばせ、書類を小脇に抱え、まるで死地に向かう兵士の気分だった。


 会議室に入ると、常務や制作局長ら、局の重鎮たちが並んでいる。

 その視線を浴びただけで胃がキリキリと痛む。

「桐谷くん、例の『闇の狩人』映画版。進捗を聞こうじゃないか」

 常務の声は柔らかいが、瞳は獲物を狙う鷹のように鋭い。


 俺は深呼吸してから口を開いた。

「現在、監督の藤堂亮と脚本家の岸本春男がシナリオ案を詰めています。キャストとの顔合わせ、リハーサルも無事に終えまして……」

 そこまでは無難に報告できた。だが、問題はこの先だ。


「ただ、その……方向性について意見の食い違いがありまして」

「ほう。どう食い違っているんだね?」

「ええ……藤堂監督と岸本先生が――百人斬りのクライマックスを提案しておりまして」


 会議室が静まり返った。

 俺は冷や汗をぬぐいながら、上層部の反応を待った。

 最初に口を開いたのは制作局長だった。

「百人……斬り?」

「は、はい……悪党を百人まとめて主人公が斬り伏せる……と」


 しばしの沈黙の後、常務が膝を叩いて笑った。

「はっはっは! それは派手でいいじゃないか! まさに映画ならではだ!」

「……!」

 俺は思わず固まった。

 この人、本気で言っているのか?


 一方で法務担当の局員が青ざめた顔で口を挟む。

「しかし、それは倫理委員会に引っかかる可能性が……視聴者団体からの抗議も……」

「そんなものは話題性になるだけだ!」と常務。

 会議室は一気にざわついた。


 その瞬間、扉が開き、怒りのオーラをまとった田代美咲が現れた。

「――百人斬りなんて、絶対に許しません!」

 彼女は赤ペンを突き上げて叫んだ。

「倫理どころか、局の存続に関わります! 私は断固として反対します!」


 上層部の空気が一変する。

「田代くん、これは映画だよ? 少々派手でも――」

「少々ではありません! 百人です! 一人残らず惨殺するんですよ!?」

「いやいや、惨殺ではなく……演出表現として……」と俺は必死にフォローするが、声は虚しく宙に消えた。


 常務と田代が激しく言い争い、会議室はまるで合戦場のようだ。

 俺は机の下でそっと胃薬を飲み込んだ。

 胃の奥に熱が広がるが、それでも痛みは収まらない。


「……このままじゃ本当に胃に穴が開く」

 心の声が口から漏れそうになる。


 岸本春男と藤堂亮の暴走、田代美咲の徹底抗戦、そして上層部の現実離れしたはしゃぎぶり。

 俺はただ一人、真ん中で押し潰されそうになっていた。


「百人斬りか……赤ペンか……」

 机に置かれた資料を見つめながら、俺は暗澹たる気持ちで呟いた。

 血飛沫と赤インクが、また俺の脳裏で交錯した。


 会議が一旦お開きになったその数日後、俺は再び藤堂の仕事場へと呼び出された。

 スタジオの一角を改造したその部屋は、壁一面に時代劇の絵コンテと血飛沫シーンのイメージボードが貼られていた。

 朱色の絵の具が飛び散った紙が並んでいる光景は、もはや美術館ではなく屠殺場に近い。


「――百人斬り。これで決まりだ」

 藤堂は口元に微笑を浮かべ、まるで勝利宣言のように言い放った。

 俺は言葉を失った。


「そ、それは……あくまで一案じゃなかったんですか?」

「一案? 違う。これは最終案だ」

 藤堂は眼光鋭く俺を見据える。

「主人公は悪を斬る。その数が十人でも百人でも関係ない。だが百という数字には力がある。

 観客の記憶に焼き付く。彼が背負った宿命、その怒りの総量を表現できる」


 彼の声は冷静で、それでいて熱を帯びていた。

 この男は本気だ。本気で百人分の死をスクリーンに叩きつける気でいる。

 俺の脳裏には、観客席に家族連れが座っている光景が浮かんだ。

 スクリーンには血飛沫、真っ赤に染まる着物、飛び散る首……その横で子供が泣き叫び、母親が抗議する。

 その抗議が直撃するのは、俺の部署だ。


「……しかし藤堂さん、コンプライアンス部が絶対に通しませんよ」

 俺は声を絞り出す。

「それに、視聴者団体からも……」


「そんなものは関係ない」

 藤堂はあっさりと言った。

「俺は俺の映画を撮る。妥協はしない。血が流れない時代劇など、死人が出ない戦場と同じだ」


 その一言で、俺の胃はギリギリと軋んだ。

 ――妥協はしない。

 局内で何百枚の赤ペン修正が飛んでも、藤堂は一歩も引かないだろう。

 つまり、俺が板挟みになる。


 その予感は、数日後の局内企画会議で現実になった。


 会議室に集まったのは、藤堂、岸本、そして田代。

 机の上には藤堂が用意した新しい絵コンテが広げられていた。

「主人公は、悪党に捕らえられた村人たちを救うため、敵陣に単身乗り込みます。そこで百人を斬り倒す。血が滝のように流れ、城の回廊は紅蓮に染まる。まさに怒涛のクライマックスだ」


 藤堂の熱弁に、岸本が「そうだそうだ!」と頷く。

「百人斬りは古典の王道だ。忠臣蔵だって四十七士だろう? あれを二倍にすればいい!」

「二倍にすればいい、じゃねえんだよ……」俺は心の中で突っ込んだ。


 田代はと言えば、顔を真っ赤にし、資料を机に叩きつけた。

「絶対に無理です! 百人をまとめて惨殺なんて、映画倫理規定に抵触するどころじゃありません! 海外映画祭に出すことだって夢のまた夢です!」

「倫理? 祭り? くだらん!」藤堂は一蹴した。

「俺は観客の心を震わせたい。血が出なければ震えん!」


 机の上で紙が舞い、赤ペンが折れる音がした。

 田代が立ち上がり、まるで抜刀する侍のようにペン先を突きつける。

「じゃあ監督! あなたは人を百人殺すシーンを、子供たちの前で誇れるんですか!?」

「誇れる」

「即答!?」


 俺は頭を抱えた。

 まるで戦国合戦の真っ只中だ。

 血飛沫を夢見る怪物監督と、赤ペンを武器にする正義の番人。

 その狭間で俺は、胃を焼かれ続ける哀れな兵卒にすぎなかった。


「……俺は一体、何をやっているんだ」

 机の下でそっと胃薬を噛み砕きながら、俺は天井を仰いだ。

 蛍光灯の光が、真っ赤な血潮と赤インクに重なって見えた。


 局内の重役フロア、その会議室はいつもより重苦しい空気に包まれていた。

 長机を挟み、制作局長、編成部長、営業部長、さらにはコンプライアンス担当役員までもが顔を揃えている。

 俺はその末席で胃を押さえながら座っていた。

 目の前には分厚いシナリオ綴りと、藤堂が描いた真紅の絵コンテ。

 そこには「百人斬り」の場面が克明に描かれている。血煙、首、腕、真っ二つに折れた槍――。


 局長が低い声で口を開いた。

「……藤堂君。この『百人斬り』、本気なのかね」


 藤堂は胸を張り、落ち着いた声で答えた。

「もちろんです。観客はただの勧善懲悪では満足しません。悪党を倒すだけなら凡百の時代劇と同じです。だが――百人を斬る。これこそが主人公の生き様を示すに相応しい。血でしか語れぬ宿命を背負った男を描くのです」


 沈黙が流れた。

 営業部長が堪えきれず口を挟む。

「百人斬りなんて、スポンサーが嫌がりますよ! 前売り券だって捌けなくなる!」


「ところがだ」編成部長が眼鏡を押し上げながら言う。

「最近の映画市場を見ろ。配信や洋画アクションに押され、時代劇は埋もれている。ならば我々は強烈な“売り”を打ち出さねばならん。『百人斬り』は、逆に話題になるかもしれん」


「な……」営業部長は言葉を失う。

「編成さん、正気ですか!?」俺は思わず声を上げていた。

「百人ですよ! 一人二人ならまだしも、百です! 映画館のスクリーンいっぱいに血の海ですよ!」


 コンプライアンス担当役員が咳払いをした。

「倫理上の懸念は理解している。しかし映倫の規定を厳密に読めば、“百”という数字そのものは禁止されていない。表現方法次第で回避は可能だろう」


「表現方法!? どうやって百人を斬るのを穏便に……!」

 俺の声は裏返っていた。


 すると藤堂が、ゆっくりと口を開いた。

「血をすべて見せる必要はありません。音と影、群衆の悲鳴、それだけでも観客は斬殺を想像できる。映像的工夫で倫理を超えられる。だが、数字は動かせない。百という数字は、主人公の宿命を示す柱だ」


 局長が腕を組んだまま目を閉じる。長い沈黙ののち、低い声で告げた。

「……いいだろう。藤堂案で進めてみよう」


「なっ……!」

 俺は思わず立ち上がった。

「局長! 本当に、百人斬りで……!?」


「桐谷君」局長は俺を見た。

「確かにリスクはある。だが我々は挑戦しなければならん。守りに入れば、邦画の時代劇は滅びる。これは賭けだ。――藤堂君、君の覚悟に乗ろう」


 藤堂はゆっくりと頭を下げた。

「必ずや、時代劇の歴史に残る作品にしてみせます」


 拍手は起きなかった。

 だが会議室の空気は決まってしまった。

「百人斬り」が公式に承認されたのだ。


 俺の背中を冷たい汗が流れる。

 胃が、ぐうっと締め付けられる。

 ――終わった。

 公開前から抗議の嵐が目に浮かぶ。試写会では客席が凍りつき、週刊誌が「暴力美化」と叩き立てる。

 矢面に立つのは……間違いなく、俺だ。


 その夜、家に帰った俺は、冷蔵庫に残っていた牛乳を一気に飲み干した。

 しかし胃が受け付けない。激しい痛みが腹を走り、俺は床に崩れ落ちた。

 泣いているのか笑っているのか、自分でも分からない嗚咽が漏れる。

 ――百人斬り。

 あの赤い絵コンテの光景が、まぶたに焼き付いて離れなかった。


 ホテルの宴会場を借り切ったキャスト顔合わせの場。

 長机には名札と分厚い台本、そして緊張をほぐすための茶菓子まで並べられていた。俺は開始時刻より早く入り、落ち着かぬ心で水ばかり飲んでいた。


 扉が開き、最初に現れたのは主役の山田剛。

「お疲れ様です」と短く挨拶し、席に腰を下ろす。その姿はすでに“闇の狩人”そのもので、場の空気が一瞬で引き締まった。

 続いてローラが飛び込んでくる。

「わぁ! 本当に豪華ですね! 撮影所よりご飯美味しそう!」

 天然そのままの発言で場を和ませる。

 鏑木一誠は黒のジャケット姿で颯爽と登場し、カメラが回っていなくても存在感を放っていた。


 そこへ――ひときわ重厚な足音が響いた。

「おお……皆、揃っておるな」

 現れたのは大名役に決まった大御所、矢田藤七だ。白髪をオールバックに整え、和服姿で堂々と入ってくる。まるでそのままカメラ前に立てば芝居になるような風格に、一同は自然と背筋を正した。

「矢田先生!」

 誰かがそう声を上げると、矢田は笑みを浮かべて「大名役など久方ぶりよ。血を浴びる覚悟はできておる」と冗談めかして言った。場の緊張が和らぎ、笑いが漏れた。


 さらに脇役陣も次々と入ってくる。

 老獪な家老役の佐伯康人。重厚な声が売りで、舞台の大家でもある。

 剣客役には若手の注目株、村上隼人。アクション畑で鍛えられた体躯が目を引く。

 町娘の兄役にはベテランの塚田修一、町奉行役には渋い存在感を放つ坂井英吾。

 次々と集まる顔ぶれに、俺の頭はクラクラしていた。これだけのキャストを束ねるのが、俺の仕事だ。


 そこへ脚本家の岸本春男が台本を抱えて現れ、続いて監督・藤堂亮が姿を見せる。

 黒スーツに身を包み、鋭い眼光を放つその姿は、会場の空気を一変させた。


 一通り自己紹介が終わると、藤堂が立ち上がった。

「……皆さん、本日はありがとうございます。本作の方向性を、ここで共有したい」


 沈黙が広がり、誰もが耳を傾ける。

 藤堂は机に手を置き、低い声で告げた。

「――クライマックスは『百人斬り』です」


 場が凍りついた。

 矢田藤七が顎に手を当て、じっと藤堂を見据える。

「百人、とな」

 老獪な家老役の佐伯は「そりゃまた壮絶だ」と笑い、村上隼人は目を輝かせ「やらせてください! 百人の一人、全力で散ります!」と声を上げる。

 鏑木は「面白い。血の海でこそ俺は映える」と不敵に笑い、山田剛は短く「……斬る覚悟はできている」と答えた。


 ローラだけが「ひゃ、ひゃく……? そんなに人を斬っちゃったら日本から役者いなくなっちゃいますよぉ!」と半泣きで言い、周囲から笑いが漏れる。


 しかし矢田藤七が重々しく口を開いた。

「血飛沫は好かんが……命を賭けた物語ならば、乗ろう。だが藤堂、我ら役者をただの血の塊にしてはならんぞ。人間の情を、そこに描け」


 藤堂は一礼し、ゆっくりと応えた。

「もちろんです。百人を斬ることが目的ではない。――百を斬らねば辿り着けぬ“人の情”を描くのです」


 その言葉に会場がざわめき、やがて大きな拍手が起きた。

 俺だけが冷や汗で背中を濡らし、胃を押さえていた。

 ――やはり、止められない。

 ここにいる全員が“百人斬り”に乗り気になってしまった。


 俺は心の中で泣きながら、コーヒーを啜った。

 苦味は、まるで未来の抗議電話の味がした。


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