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テレビでやるだけでも大変だったのに今度は時代劇映画を作れと言われた俺はどうすればいいんだろうか?  作者: ふゆはる


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3/20

第3話/藤堂亮

 会議室の空気は、息をするのも苦しいほど重かった。

 俺は資料を握りしめながら、椅子に沈み込む。

 山本和也を監督に据え、現場を安定させたい――その一心で準備してきた案は、上層部の一声で一瞬にして吹き飛んだ。


「桐谷君、藤堂亮で進める」

 局長の言葉は、低く、断固として、まるで会議室の空気ごと押し潰すようだった。

 俺は唇を噛む。反論の余地は、もはや存在しない。

 頭の中で、テレビシリーズで築いてきた秩序と安定感が、音もなく崩れ落ちる音が響く。


 岸本春男が、重々しくため息をつく。

「桐谷……やむを得ん。映画は挑戦だ。安定だけでは観客は唸らん。藤堂の独創性を生かすべきだ」

 その声には、諦観と期待が入り混じっていた。大御所ならではの哀愁を帯びた説得力に、俺は押し潰されそうになる。


「しかし……藤堂監督ですと……血飛沫、ゴア表現……」

 思わず吐きそうになる。

 スクリーンに飛び散る血、町娘役の山上ローラの悲鳴、主演の山田剛の驚愕の表情——

 すべてが頭に浮かび、胃の奥が締め付けられる。

「現場はどうなる……キャストは耐えられるのか……」


 会議室には、局内スタッフの視線が俺に注がれる。

 誰もが映画化の話題に胸を躍らせ、期待に目を輝かせている。

 その熱気と俺の焦燥感が、まるで異なる世界に引き裂くようだった。


 若手プロデューサーの一人が口を開く。

「藤堂監督なら、注目度も高く、集客も見込めますよ!」

「新しい映像表現で、シリーズの魅力も最大限に引き出せます!」

 声には希望が溢れ、会議室の空気は祭りのように熱気を帯びていた。

 俺だけが、孤独に、荒波に立つ船の船長のように孤立している。


「……俺の主張は虚しいのか……」

 拳を握る。頭の中で、テレビシリーズの安定した闇の狩人の姿が、藤堂の過激な演出で変質する光景が目に浮かぶ。

 血飛沫がスクリーンに飛び散り、田代美咲の赤ペンが飛び交い、岸本春男が眉間に皺を寄せる。

 現場はまるで嵐の中の船のようになる――その予感が、俺の心臓を締め付ける。


「……やるしかない……」

 深く息を吸い込み、目を閉じる。

 孤独な船長のように、荒れ狂う海を前に立ち尽くす俺。

 決定は覆らない。藤堂亮、あの過激で独創的な監督が、この映画を引っ張るのだ。


 机に散らばる企画書、キャラクターメモ、スケジュール表を見下ろす。

 その上で、俺は覚悟を決める。

「誰も死なせはしない……キャストもスタッフも、俺が守る」

 震える手で資料をまとめ直し、深く息を吐く。

 局内の熱気、岸本春男の渋い視線、若手スタッフの期待——すべてを背負い、俺は前を向くしかない。


 廊下に出ると、若手スタッフの笑い声と歓声が弾ける。

「藤堂監督だ! 面白くなるぞ!」

「これで映画化も一気に盛り上がりますね!」

 その声が、俺の孤独感を際立たせる。

 だが、俺は心の中で静かに呟く。

「……荒波の上に立つ船長は、俺だけかもしれない……」


 会議室のドアを閉める音が、静かに廊下に響く。

 映画『闇の狩人』は、藤堂亮の過激なビジョンのもと、今まさに動き出す。

 桐谷雅彦――テレビ局のベテランプロデューサーは、荒波の中で覚悟を決めた。

 血飛沫、赤ペン、混乱、すべてを乗り越え、映画を完成させるために。


 会議室を出ると、廊下の空気はまるで熱を帯びた湿気の中に漂うように重かった。

 俺の手にはまだ資料が握られている。指先に力が入りすぎて、紙が少しヨレてしまう。

 藤堂亮への決定は覆せない。

 だが、まずは山本和也に電話を入れ、直接謝らなければならなかった。


 ポケットからスマートフォンを取り出す。

 指が震える。画面に山本の名前を表示させ、深く息を吸う。

「……よし」

 俺は覚悟を決めてダイヤルを押す。


「……もしもし、山本さん……桐谷です」

 電話越しに、山本の落ち着いた声が返ってくる。

「桐谷か……どうした、そんなに早い時間に」

 平常心を装った声だが、俺にはその奥に穏やかさと疑問が混ざって聞こえた。


「……山本さん、本当に申し訳ありません。映画の監督は……藤堂亮に決まってしまいました」

 言葉を吐き出すだけで、胸の奥が締め付けられる。

「……そうか……」

 山本の声は静かだ。怒りも、失望も、驚きもない。ただ、淡々と、しかし深い重みを伴っていた。


「……俺の力不足で……安定した監督案を貫けず、申し訳ない……」

 電話の向こうで、山本は長く息を吐く。

「桐谷……君のせいではない。局の判断だろう。俺は……わかっている」

 その言葉に、俺の胸の奥で何かが崩れる音がした。

「……ありがとうございます……」

 小さく呟き、電話を切る。


 次にやるべきは、藤堂亮とのコンタクトだ。

 局内の上層部からは、すでに「彼と直接連絡を取れ」と指示されている。

 だが、藤堂の過激さ、予想もつかない演出、そしてゴア描写……想像するだけで胃が痛む。

「……やるしかない……」

 俺は覚悟を決め、藤堂に電話をかける。


 呼び出し音が鳴る。

「……もしもし、藤堂です」

 低く、力強く、しかしどこか不敵な響きの声。

「藤堂監督……桐谷です。映画『闇の狩人』の件で……」

 言葉を慎重に選ぶ。

「……ああ、話は聞いている。監督依頼、受けるぞ」

 短く、しかし決意の籠った返答。

 俺は息を飲む。


「……ありがとうございます。準備の段取りなど、近日中に打ち合わせを」

 藤堂の声には期待と熱気が混ざっている。

「うむ。キャストの配置、セットの構成、演出プラン……全部聞きたいな」

 電話越しに伝わるのは、荒波の予感。血飛沫の演出、町娘役の混乱、主演俳優の緊張——

 想像するだけで、俺の胃は痛む。


「……わかりました。近日中にスケジュールを調整し、現場にて打ち合わせを」

 震える手でスマホを握り直す。

 電話を切った瞬間、深く息を吐き、肩の力を抜く。

 だが、安心は一瞬。荒波の予感は、すでに俺の頭の中で渦巻いている。


 山本への謝罪、藤堂への連絡——

 二つの電話を終えた瞬間、俺は改めて自覚した。

「……映画『闇の狩人』は、ここから本当に地獄のような現場になる……」

 孤独な船長のように、俺は廊下の光を見据え、覚悟を胸に刻んだ。

 打ち合わせの日、会議室のドアを開けた瞬間、俺の胃は締め付けられるように痛んだ。

 そこにいたのは、想像以上の存在感を放つ藤堂亮だった。

 身長は高く、背筋はピンと伸び、瞳には底知れぬ光が宿っている。

 そして、その目が俺をじっと捉えた瞬間、言葉を飲み込むしかなかった。


「桐谷君、来てくれたか」

 声は低く、冷たく、しかし不思議な熱を帯びていた。

 笑みを浮かべているのか、怒りなのか、それすら判別できない。

 その瞬間、俺は理解した。藤堂亮は、ただの監督ではない——怪物だ、と。


「映画『闇の狩人』……映像に関して妥協は一切しない。俺の信念で、画面の一コマ一コマを撮る」

 その言葉は、空気を震わせるほどの力を持っていた。

 まるで会議室全体の時間が止まり、俺だけが現実と幻覚の狭間に立たされているかのようだった。


「……妥協は……しない……ですか」

 声が震える。心臓が高鳴る。

「当然だ。脚本家の岸本春男の言葉も、テレビ局の意向も、関係ない。俺の映像を映す。それがすべてだ」

 藤堂の指先が資料の束に触れ、その動きですら計算され尽くした演出のように見える。

 その目は、スクリーンに映る血飛沫の一滴すら、完璧にコントロールできる者のものだった。


 俺は深く息を吸う。

「……なるほど……理解は……しました……」

 声に力はない。だが、頭の中で繰り返されるのは、スクリーンに飛び散る血、主演俳優の緊張、町娘役ローラの悲鳴、スタッフの混乱——すべてがリアルに迫る。


 藤堂は資料をめくりながら、さらに言い放つ。

「桐谷君、予算や撮影スケジュールの制約? 知ったことではない。俺の映像に必要なら、道具も俳優もスタッフも、どんな手段でも使う」

 その言葉の重みが、俺の肩にずしりと食い込む。

「……どんな手段……」

 心の中で小さく呟く。


 藤堂の瞳がさらに鋭く光る。

「そうだ。現実と虚構の境目を完全に崩す。それがこの映画の狙いだ。血も、暴力も、恐怖も——観客が息を飲む瞬間まで妥協はしない」


 俺は椅子に座ったまま、額に汗がにじむのを感じた。

「……怪物だ……」

 心の底からそう思う。テレビシリーズのときの安定感ある監督とは、もはや比較できない。

 だが、俺は知っている。この怪物を前にしても、映画を成立させるのは俺の仕事だと。

「……ならば、俺が守らねば……キャストもスタッフも……」


 藤堂は立ち上がり、資料を会議室の中央に広げる。

「桐谷君、まずはロケーションだ。ここで撮るには、このセットがどうなる、あのシーンでは照明をこう……」

 言葉の一つひとつが、嵐のように押し寄せる。

 俺はノートを取り、必死で書き留める。頭の中では、現場の荒波が既に渦巻いていた。


 打ち合わせが終わるころ、俺は背筋を伸ばし、深く息を吐いた。

 藤堂亮の怪物性——妥協を許さぬ圧倒的な信念——を目の当たりにした。

 だが、俺には覚悟がある。

「……ここから地獄の現場が始まる……」

 胸の奥で呟き、俺はノートを閉じ、荒波に立ち向かう準備を整えた。

 藤堂亮の低く、鋭く響く言葉が、会議室の空気を一瞬で凍らせた。

「妥協は一切しない。俺の映像に必要なら、どんな手段も使う」


 その瞬間、俺の目の前で頭の中の景色が反転した。

 スクリーンに映し出される血飛沫——山田剛の額を赤く染め、ローラの白い顔に飛び散る濃厚な赤。

 カメラは止まらず、俳優の息遣いを追い、悲鳴を増幅させる。

 音楽も効果音もないのに、俺の耳には血がはねる鈍い音が響き、空気の重さが指先まで伝わる。


 同時に、現実とはまったく異なる別の戦場が広がる。

 田代美咲の赤ペンが、机の上の企画書を無慈悲に切り裂く。

「ここは差別的表現です!」「暴力的過ぎます!」「即刻修正してください!」

 無数の赤線が、文字を蹂躙し、紙は血の海のように真っ赤に染まる。

 血飛沫と赤ペン——二つの嵐が頭の中で衝突し、現実の輪郭をぼやけさせる。


 俺の手は震え、膝はがくがくと震える。

「……どうすれば……こんな現場……」

 声にならない声を胸に沈める。

 想像するだけで、キャストたちの悲鳴や驚愕、ローラの天然トラブル、山田剛の静かな恐怖が、現実のように迫ってくる。

 スタッフたちの不安な視線、カメラマンの困惑、照明スタッフの息づかい——

 すべてが俺の頭の中で巻き起こる嵐となる。


 机の上に広げたノートは、血飛沫で赤く染まった紙と赤ペンで無数の線が走る紙に変わり、ページをめくるたびに恐怖が増幅される。

 俺は息を止め、椅子に深く沈み込むように座る。

 背中の汗が畳まで伝わる感覚、肩の奥にずっしりと重くのしかかる責任——

 全てを受け止めなければならないと、体中で理解する。


「……俺は……逃げられない……」

 胸の奥で小さな声が囁く。

 現場を統率するのは俺、キャストを守るのも俺、スタッフを導くのも俺——

 荒波の中心で一人、孤独に立たされる船長のような感覚が、頭を支配する。


 会議室の壁や机、天井すら幻覚に変わる。

 蛍光灯の光が血の赤に変わり、窓の外の穏やかな日差しが、突如として赤い嵐の空に変わる。

 現実と幻覚が交錯し、俺の心臓は早鐘のように打つ。

「……守らなきゃ……誰も死なせない……」

 小さく呟き、拳を握りしめる。汗で濡れた手に、少しだけ力を込める。


 そして、俺は覚悟する。

 血飛沫の嵐も、田代の赤ペンの嵐も、藤堂亮の怪物的な演出も——

 すべて現実になる前に、俺が受け止め、制御しなければならない。

「……荒波は、もう始まっている……」

 会議室を出る前に、深く息を吸い込み、目の前の光景を脳裏に焼き付ける。

 映画『闇の狩人』は、藤堂亮の意思によって、すでに地獄のような世界へと舵を切ったのだ。


 俺は背筋を伸ばし、ノートとペンを握り直す。

 血飛沫も赤ペンも、現実の嵐になる前に、俺が受け止める——

 それが、俺がこの映画を完成させるための唯一の方法なのだ。


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