< 幕間 リンメイと温泉の危機 >
エドワールで冒険者の仕事をはじめたリンメイは、列車の警護をしていたときに魔獣に襲われて深い傷を負う。列車に乗り合わせていた雅則とコーネリアに助けられたのが縁で、リンメイは雅則の館で暮らすようになる。
スラーレン法国のマーラとドルインが反旗を起こしたことで、貴族たちが宮殿を襲い、雅則に貴族街を破壊される。
その衝撃と、懇意にしていたアレイン家のオルコックの人族崇拝の考え方に悩み、部屋に引きこもる。
リンメイは自分の心の整理もつかず、このまま館に居ても他の住人たちとうまくやっていけるか自信が持てなくなり、置手紙を置いて館を出た。
しかし行く宛はない。両親も亡くなり他に身寄りもないリンメイはスラーレンに戻るつもりはない。
エドワールで冒険者としてしばらく過ごしていたこともあったが、今は雅則がエドワールの火力発電所建設に関わっているため、顔を合わせづらいこともあり、SL列車でエランデル国に向かった。
◇
冒険者やハンターの仕事をして稼ぐのが自分に合っている。しかしギルド協会にはナルーシャが居る。来たことをナルーシャには知られたくない。
リンメイはアリシクル駅に着くと、チラシを見つけた。
「警備員求む。住み込み可。エランデル温泉ロッテ荘」
たしか、スラーレンのマユナも資金稼ぎに温泉で警備員をしていたと雅則から聞いたことがある。
リンメイは温泉行きの馬車で温泉に向かった。
温泉は、エランデル国とワリキュール王国が飛行船による空路とSL鉄道による陸路の往来が出来るようになったため、入浴客も増えているらしい。馬車の乗客もそれなりに居る。
そして途中、魔物が出ることもあるので、ハンターも御者台に乗って警護している。
リンメイは客として馬車に乗り込んでいるが、魔獣などが現れ、ハンターで手に負えないときは、手を貸すつもりでいた。
「飛び蟻だ!」
御者が前方に飛び蟻を発見した。
ハンターが魔法の矢で襲ってくる飛び蟻を落としていった。
リンメイはハンターに任せておけば安心だと、馬車の中から眺めていた。
温泉に着くと、リンメイは
「警備のチラシを見て来たんですが」
とオーナーのニドルに雇ってくれるように頼んだ。
「ハンターの経験はあるかな?」
「ああ、あります。オーグ討伐キャンペーンに3度参加しました」
「ほう。それは頼もしい。・・するとギルド協会で魔力検査をしたんだろう? レベルは?」
「100です」
「100?・・間違いないか」
ニドルは驚いた顔をした。リンメイはギルド協会からもらったSランクのプレートをニドルに見せた。
「間違いなさそうだね。いや疑ったわけじゃない。以前にもレベルの高い女性ハンターが来て5日ほど警備の仕事をしてくれたことがあったからね」
それはスラーレンの魔術師のマユナだった。が、リンメイは対面したことはない。
「ギルド協会を通して来たのではないんですが」
あとで詮索されるのもいやだったので、先に言っておこうと思った。が
「かまわんよ。それで、どのくらい働いてくれる?」
とニドルに言われてリンメイは安堵した。
「出来れば長く・・お願いします」
そう答えるとニドルはリンメイの顔をじっくり見て
「何処から来た。エランデルの者ではなさそうだな」
と聞いた。
リンメイはちょっと迷って
「ワリキュールから来ました」
とこたえた。スラーレン出身だが、スラーレンを口にする気は今はなかった。
「そうか。わけありかな? まあいいさ。じゃあ今日から住み込みで働いてくれるのかな?」
「はい。よろしくお願いします」
「温泉客も増えたが、魔物も増えてきてね。住み込みで長く働いてくれる人が欲しかったんだ。大抵は長くても5日から10日で辞めてしまう」
リンメイは従業員のユニを紹介された。自分より若いと思った。
「ユニは魔法も使えないし、力もない。従業員として働いてもらっている。リンメイの部屋はユニの隣の空いている部屋を使ってもらおう。女同士、なんでも彼女に相談するいい」
「はい。ユニさん、よろしく」
「呼び捨てでいいですよ。よろしくお願いします」
リンメイはユニに聞いてみた。
「ユニ・・は、どこ生まれ?」
「私はエランデル。街はそれなりに大きいけど、仕事はそう見つからないの。本当はここも近くには魔獣が出るから、お客さんが増えて仕事はあるんだけど、ここで働くのをためらう人もいるの。オーナーがギルド協会にハンターを警備に雇ったりもしているんだけど、長く働く人はいないの」
「そう」
「リンメイ・・さんは、どこから?」
「私は・・ワリキュールから来たの。私も呼び捨てでいいわ」
リンメイはスラーレン出身であることを口にしたくなかった。スラーレンで生まれ、育ったが今はいい思い出はなく、忘れたいことばかりだった。
◇
リンメイの仕事は温泉に近づく魔獣たちを追い払うか始末すること。従業員はもちろん、客が安心して温泉を楽しめるように温泉の周りを巡回している。
専属の警備員はリンメイだけだが、ハンターが日雇いで警備に来ているので、リンメイの仕事は楽だ。凶暴な魔獣はめったに温泉に近づいてこない。
部屋と食事も与えられ、温泉も自由に入れる。それでいて手当も悪くない。
リンメイはニドルに
「こんな仕事でいいんですか?」
と聞いてみた。
「もちろん。リンメイが来てくれたお陰で、私も安心して仕事が出来ている。数日で辞めるハンターより雇い甲斐がある」
「ならいいんですけど」
「温泉はこの上にも作ったんだが、そっちのほうは魔物が出やすくて開店休業にしてしまった。もしかすると、魔物たちが温泉を楽しんでいるかも知れない。は、は、は」
◇
温泉にニドルの知り合いと思われる男がやってきた。
「リンメイ、紹介しておく。甥のトリルだ。薬師でもあり魔術師でもある」
ニドルから言われた。
「くすし?・・」
「薬を作る仕事をしているんだ、薬草からね。よろしくリンメイさん」
リンメイはトリルから挨拶された。
「僕は年に何回か、こっちの山に薬草を取りにきているんだ。でも最近は魔獣が現れる確率が高いから止めたほうがいいとおじさんに言われていたところなんだ。でもこの辺りの山から採れる薬草はとても貴重でね。治癒魔法を使えない人たちには重宝するんだ。おじさんからリンメイさんは強いと聞いたから、もしよかったら薬草採りの手伝いをしてもらえないかと・・」
トリルから頼まれて、リンメイはとまどった。
「オーナーがいいと言えば、私でよければお手伝いしますけど」
するとリンメイは
「薬はないと困るからね。私もトリルの作ってくれる薬を重宝している」
ニドルからもトリルの手伝いを頼まれた。
リンメイはトリルと薬草採りに山に入っていった。
時々魔物が現れ、襲ってきたが、容易に倒せたので山の奥へと入っていった。
「採りたい薬草は、この先にあると思います。それを見つけたらそこまでにしましょう」
「はい」
リンメイには薬草の知識はないから探すのは容易ではない。
トリルが目的の薬草を見つけて篭に入れ始めた。
「もう少し、奥まで行っていいですか? 折角だから篭の半分は採っていきたいので」
「はい」
トリルは薬草採りに夢中で、リンメイが周りを警戒した。
すると何かが近づいてくるのを発見した。
「え? あれ、魔物?」
どう見ても凶暴な魔物には見えない。それは近づいてきながら倒れた。
トリルは駆け寄っていって
「やっぱりエルフだ」
と言った。
リンメイも駆け寄って行って、それを確認した。一瞬、人族と見間違うほどの容姿をしていた。
が、よく見ると耳の形が人族とは違う。リンメイはエルフを見るのは初めてだった。
「怪我をしている。しっかり」
トリルはエルフに声をかけた。
「ケルトン族が・・」
エルフは傷を負っていた。気づかなかったが、エルフは人族の言葉を発している。リンメイは言語翻訳魔法を使っていない。
「手当をしないと、僕は薬師だけど治癒魔法は使えないからな」
とトリルは困った顔をした。
「エルフって・・」
リンメイはエルフが何なのかもわからなかった。
そこに数人の男たちが現れた。
「見つけた。俺の獲物だ」
と一人の男がにんまりしながら言った。
「みんなで追いかけてきたんだ。じゃんけんしようぜ」
「獲物ってどういうことだ!」
トリルが男たちに怒鳴るように聞いた。
穏健そうな性格に思っていたトリルが彼らに怒りを露わにするように怒鳴った。
「エルフだから獲物なんだよ。エルフ狩りをして遊んでいるんじゃないか。さあ、そのエルフをよこすんだ」
「エルフ狩りって、酷いことをするな」
「エルフは人族じゃない。魔獣を狩るのも飽きてきたからな。さあよこせ」
「渡さない」
どうみてもまともに戦えばトリルの適いそうな男たちではない。しかしトリルは頑なにエルフを渡すのの拒んだ。
「なに? お前もエルフか?」
「僕は人族だ」
「だったらよこせ」
「駄目だ、渡さない」
「ふざけたことを言っていると、人族でも容赦しないぞ」
トリルは襲い掛かる男に
「電撃」
を浴びせた。
だがトリルの電撃は、相手を気絶させられる力は無いようだった。
「ふざけた魔術師だ。俺たちも魔法は使える」
男たちがトリルに魔法攻撃をしようとすると、リンメイは咄嗟に
「結界」
で防いだ。
「邪魔をするな女。お前も魔法を使えるのか」
「私が相手になる」
リンメイは男たちに構えた。
「ほう。ケルトン族の俺たちを敵にするだと? 楽しめそうだ」
「ケルトン族?」
リンメイには彼らが人族にしか見えなかった。
男たちが身体の前に魔法陣を出し始めた。リンメイは飛び上がって男たちに蹴りを入れた。
さらに衝撃弾を浴びせた。
「一旦、退散だ」
リンメイの強さに男たちは逃げるように去っていった。
「リンメイさん、ありがとう」
「どうしてエルフを助けたの?」
「え? リンメイさんなら見殺しにする?」
そう言われてリンメイは言葉がなかった。
「僕は傷ついたものが人族でなくても助けるよ」
トリルは
「僕はエルフをおぶって行くから、薬草を入れた篭を持ってきてくれないかな」
とリンメイに言った。
するとエルフが
「迷惑をかけるからここでいいです」
とトリルに言った。
「手当をしないと」
「助けてくれるの?」
「もちろんだ」
「ありがとう」
「僕の名前はトリル。君の名前は?」
「・・クルス。トルエン族のエルフ」
「わかった」
「エルフを連れて行って大丈夫なの?」
リンメイがトリルに聞くと
「公には出来ないか。・・頭から服を被せて隠して。僕が借りている部屋に連れて行く。そのあとは、それから考える」
とトリルがこたえた。
「オーナーのニドルさんにもわからないように?」
「おじさんには話すよ。一緒にかくまってもらう」
リンメイは、こういう人族も居るんだと、あらためて思った。アレイン家のオルコックでさえ人族以外を下等な生き物だと思っている。
「なにエルフを?」
ニドルはトリルがエルフを抱えてやってきたので驚いた。
「傷ついている。助けてやりたい」
「わかった」
「わかったって、オーナー」
リンメイはニドルの気持ちをまだ理解出来ないでいた。
「人族がエルフを助けるのはおかしいか? 人族が住む土地を求めて、元居た生き物たちを山に追いやったり殺したり・・そうして人族は棲む場所をつくり、国をつくってきた」
ニドルが悲しそうな、怒りに満ちた表情を浮かべて話した。リンメイはそれを聞いて雅則を思い出していた。
「言っておくが、私は人族だ。ただ人族でも、他の生き物を粗末に思ったり扱ったりする人族は嫌いなんだ。それがエルフであれ、魔族であってもだ」
「共存がいいと?・・」
「ん? ああ、そうだな。・・その言葉・・前にも聞いたことがある。温泉に入りに来た客だったか」
それは雅則だった。ニドルは雅則の『共存』という言葉に特別な思いを抱いていた。
そしてリンメイも雅則の『共存』という言葉を思い出した。
「おじさん。僕はまだポーションを作れるまでになっていない。治癒魔法も使えない。でも彼を助けたい」
トリルの言葉に
「それは私も同じだが・・。客に助けを求めるわけにはいかない」
とニドルは悩んだ。客はみんな人族だ。
「とりあえず、手持ちの薬を与えてみる。薬草から作った薬で、以前につくって携帯していたものだ」
とトリルは自分で作った薬を出した。
クルスは
「僕なんかのために貴重なものを・・」
と拒否した。
「気にしないで飲んで。薬はまた作ればいいんだから」
ユニが水を持ってきた。
「ありがとう。ユニ」
ニドルが水を受け取った。
リンメイはみんなが種別を超えて助け合う場面を垣間見るようだった。
◇
翌日、クルスの容体は悪化しないものの、回復には時間を要するようだった。
「オーナー」
ユニがあわてふためいていた。温泉に迫ってくるものがあった。
「魔獣じゃないな。人族のようだ」
ニドルは彼らを見て
「ケルトン族だ」
と言った。
リンメイも彼らを見て、昨日、エルフ狩りをしていた男たちなのを確認した。人数も増えている。
「ケルトン族って?」
「かつてクハノウ国に仕えていた人族の種族だが、クハノウ国がアリオン神国に対抗し、潰れた後、領主を失っておちぶれていった人族と聞く」
ニドルはケルトン族について知っているようだった。
温泉にケルトン族がやってきた。
「エルフを渡してもらおうか」
「知らん」
ニドルはケルトン族を追い返そうとした。
「俺たちは、その男と女を知っている。ここに居なければ聞き出すまでだ」
男たちはリンメイとトリルを見て言った。
リンメイは腹をくくって
「私が相手をする」
と前に出た。
ケルトン族は魔法陣を出し始めた。
リンメイは彼らが魔法を放つまで、多少時間が必要だと知り
「チェインライトニング!」
連鎖電撃魔法を放った。
「ぎゃあ・・」
リンメイのチェインライトニングは強力だった。レベル100の魔法攻撃だ。
その力にニドルも驚いていた。
ケルトン族は去っていったが、翌日もやってきた。昨日より人数も多くなっている。
温泉に警備の仕事でやってきているハンターたちは、そんなケルトン族にビビっていた。まさか魔物ではなく、人族を相手にすることになろうとは思っていなかったからだ。
「あなたたちは温泉を守ってください」
リンメイは一人でケルトン族を相手にする覚悟を決めた。
「お前が格闘も出来る魔術師だということはわかった。だが一斉に魔法攻撃を浴びたら俺たちに勝てるかな?」
ケルトン族は魔法陣を出しはじめた。
そこに
「俺が相手をしてやる」
と男が現れた。
「あなたは魔王」
ニドルが現れた男を見て、思わず声を上げた。
リンメイも見覚えのある男だった。以前に悠介たちとエランデル国に来て、オーグ討伐キャンペーンに参加したとき、カリア村で警備していると言っていた男だ。
「温泉に入りに来たら、こんなことになっているとは。まだ状況はつかめていないが、ここはオーナーたちを守るべきところかなと思って」
「なんだ。おまえは」
ケルトン族の男が突然現れた男に聞いた。
「俺は女神からこの世界に転移されてきた魔王ヤマトシゲル。お前たちは魔物には見えないが、同じようなものだろう」
「俺たちを魔物扱いするなど、ふざけたやろうだ」
男たちがシゲルに魔法陣を出すと、シゲルは聖剣をかざして一振りし、男たちをはじき飛ばした。
「聖剣ミツルギ。女神からもらった剣だ。美緒さんの聖剣ならやつらを一気に切り刻むだろうが、俺のは中古品らしいからな」
とシゲルは切れ味の悪さを残念がっていた。
ケルトン族は逃げるように去っていった。
「魔王ヤマトシゲルさん。また助けてもらいました」
ニドルがシゲルに礼を言った。
「魔王の仕事ですから」
雅則はワリキュールで魔王を名乗ったが、異世界から転移してきた人族だった。この魔王シゲルも女神から転移されてきたと言っていた。
シゲルはリンメイを見て
「もしかしてオーグ討伐キャンペーンで一緒だった・・」
と思い出して聞いた。
「ええ・・」
リンメイは気まずそうに思った。まさかこんなところで出会うとは。・・しかし助かったのは事実だった。
「じゃあ、悠介さんか美緒さんも・・」
「いえ・・ここに居るのは私一人です」
シゲルはリンメイの顔から何かあると思った。が、問い詰めることはしなかった。
シゲルはニドルから事情を来て、エルフのクルスを見た。
「俺も治癒魔法は使えないから・・でも、この辺りでエルフとはめずらしい」
「クハノウ領から追われて出てきたんです。シームア領のダマリン様を頼って」
クルスがこたえた。
「ダマリン様?・・知らないな」
「ハーロックさんなら知っているかも。ああ、口に出してはいけないことだった」
ニドルが慌てて口を手で塞いだ。
「ハーロックって誰?」
シゲルも雅則とは、まだ対面していない。知っているのは美緒と悠介だった。
「(ハーロックさんは)あなたのように強い人です」
とニドルはシゲルに言った。
リンメイはニドルがハーロックを知っていると知って驚いた。だが自分も雅則の館に居たことはまだ言ってないし、言うつもりもなかった。置手紙を残して出てきた身だった。
そしてニドルがハーロックを知っているということは、シゲルが口にした「美緒」は雅則と一緒に住んでいる美緒なのだろうと思った。
「オーナー、俺も警備員に雇ってもらえませんか?」
「いいんですか?」
「カリア村には温泉にしばらく行ってきたいと出てきたので」
「助かります」
シゲルも温泉を守ることにした。




