14-1.法国の令嬢・マーラ
スラーレン法国の王族には長兄のエクレール家、次兄のアレイン家、そして末弟のブランド気があり、スラーレンの御三家と呼ばれている。
エクレール家の長男が国王に就いた後、王位継承の順は次がアレイン家の長男、次がブランド家の長男になっていた。
しかしアリオン神国から流れてきた上位魔術師のアスターが、国王に取り入って自らも大神官を名乗り、国王と肩を並べる権威を獲得してから王族に変化をもたらした。
国王が亡くなった後、大神官の権威もあって、エクレール家の長女のプロティナが女王として次に王位を継承した。これには他の貴族たちからも不満が出たが、法国を定めたときの功労者である大神官アスターの力で押し切られてしまった。
慣例を無視してプロティナを女王として玉座に座らせたアスターは、暴力や血を見るのも嫌いな性格のプロティナの政策に失望し、玉座から降ろそうと企てる。更にマルケドーラ帝国もスラーレン法国に進攻してきた。
スラーレン法国に見聞に来た雅則が、アスターからプロティナを救出し、マルケドーラ帝国を魔王ヒュンケルと協力して潰した後、プロティナを玉座から降ろし、ヒュンケルを国王にした。
スラーレン法国は、そういう経緯のある国だった。
◇
アレイン家のオルコックの娘、マーラが15歳になった。
「マーラ、成人おめでとう。これからは一人前の女性として扱わなければならないな。・・しかし父が不甲斐ないばかりにマーラの将来を輝かせられないでいる。許してくれ」
本来ならオルコックがスラーレン法国の国王に就くはずだった。しかし大神官のアスターによって、玉座はエクレール家のプロティナが女王として座った。
「お父様。私は大切に育てられ、成人することが出来ました。これからは私がお父様に恩返しする番です」
「マーラ・・」
◇
スラーレン法国宮殿。
その玉座に今は魔王ヒュンケルが座っている。そして魔族のデュラハンのシズ・イプシロンもロワール城から移って来てヒュンケルの世話をしている。
シズがヒュンケルに
「アレイン家の娘、マーラが成人したので、ヒュンケル様に挨拶に来たいそうです」
と伝えていた。
「アレイン家の?・・スラーレンの御三家とはいえ、今まで私に謁見したいものなど居なかった。みんな魔王である私を避けていたからな」
スラーレン法国は王族を含む貴族たちが作り上げてきた。そして彼らが雇っていた地位の低い者や他所から入ってきた者は彼らの下民として宮殿地区の外側に住まわせた。そして貴族たちとは一線を画して、自分たちは貴族街で優雅に暮らしている。
ヒュンケルは国王になって国の政治、経済、社会などを調べようとして貴族たちが自らを特別扱いしているのがわかった。貴族は貴族で、他の国民は国民でそれぞれ自治管理している国だった。
「・・マーラか・・こちらから避けることもないだろう。謁見を許す。そう伝えてくれ」
「はい」
「成人ということは二十歳になったということか」
「いえ。人族は15歳になると成人になるようです」
「え? まだ15歳? 俺は高校生の時は女友達もつくれなかったなぁ。大人になっても恋愛は下手だった」
「え?」
ヒュンケルがこっちの世界に転移してくる前を思い出して独り言のようにつぶやくと、シズは理解出来ない顔をした。
「いや、元の世界の話だ」
スラーレン法国には以前あった軍の組織は、争いごとが嫌いなプロティナが女王になってから解体し、国民の治安維持に衛兵隊の組織を認めた。
警察も病院も、学校もない。魔法が使える者が居るこの世界では、出来るものは魔法で処理してしまう。しいていえば魔法学園があるくらいだ。そこは魔法の力を高めるのを目的としている場所で、他に読み書きくらいは学んでいるらしい。
貴族の娘のマーラも学校など知らない。読み書きや挨拶は自分の館で両親や専属の博学者から家庭教師のような方法で教わる。
そんな15歳になったばかりのマーラが国王であるヒュンケルに挨拶に来るという。
*****
マーラがヒュンケルに謁見するため玉座の間にやってきた。
「国王様。マーラ・アレイン・スラーレンが、成人になったので報告にあがりました」
「ごくろう。そして成人、おめでとう」
ヒュンケルはマーラに祝いの言葉を贈った。しっかりとした口調でマーラは挨拶したが、見た目は15歳。まだあどけなさを感じた。そのマーラが
「国王様、国王様がワリキュール王国と親交を深めたいとの意向があるとお聞きしましたが」
と切り出した。
「うむ。ワリキュール王国は、隣国でもあり、かつてはエクレール家からシルビアが妃として嫁いだ国とも聞いている。さらに、ワリキュールから飛行船が飛んできたとき、そなたも見たのではないか?」
「はい」
「ワリキュールにはそのようなもののほかにSLなる乗り物も走っている。それらをスラーレンにも取り込みたいと思っている」
ヒュンケルは雅則たちが作ったSLや電気の灯りにも驚かされた。それらをスラーレンにも欲しいと思った。そしてワリキュール王国と親交を深めたい理由は、そこに雅則が居るからだ。雅則たちと親交を深めながら,SLや電気をスラーレンにも普及出来たらと考えている。
それはマーラも同じで、どこで知ったのか、それらに興味を持っているようだった。
「魔法を使える者は、ワリキュール王国より私たちスラーレン法国のほうが多いと聞いています。私は魔法は使えませんが、病気や怪我、身の回りのことは、治癒魔法、生活魔法を使える者を雇い、不自由なく暮らしています。飛行船にも驚きましたが、SLとか電気とか想像もつきません。そのようなものを作り出せる上位魔術師が居るということでしょうか」
「いや・・SLも電気も魔法で作り出したものではない。知識があれば作り出せるものだ」
「そのような知識を身につける場所がワリキュール王国にはあるということでしょうか」
「そういう場所はワリキュール王国にも無いようだ。それらは私の友人でもあるハーロック伯爵たちが知恵を出して開発したらしい。私はここ、スラーレンにもワリキュールのようなSLを走らせ、電気を用いた光や音をつくりたいと思っている」
ヒュンケルは、自分の思いをマーラに話した。すると
「そのために、私を使ってもらえませんか?」
とマーラが言った。
「え?・・」
「私もスラーレン御三家の娘として国のお役に立ちたく思います」
「うむ。それはありがたいが・・」
今は自分や魔族を避けている貴族たちが、国のために協力してくれればスラーレンは今以上に良くなるはず。ヒュンケルはそう思っている。
「つきましては、私を国王様のお傍で仕えさせてください」
「それはかまわぬが・・」
*****
マーラの行動は、御三家をあたふたさせた。
ブランド家のドルインがアレイン家に乗り込んできた。
「マーラが国王、いや魔王の傍付きになったというのは本当か?」
「マーラが自分で決めたようだ」
オルコックがドルインに間違いないことを伝えた。
「どういうつもりだ。魔王や魔族に近づくなど・・」
「私が勧めたわけではないから・・」
そういうオルコックにドルインは苦虫を噛んだ。
オルコックのやる気のないような性格がドルインは嫌いだった。もし自分が末弟ではなく、次兄だったら、プロティナが女王になると言い出した時に、もっと強く反対したものを・・と思っている。
ドルインはマーラに問い詰めた。
「何を考えている」
「御三家の将来です」
「なに?」
「エクレール家のプロティナも玉座を下され、国王となった魔王と一線を画しているだけでは御三家が泣きます。これからどうするつもりです?」
「それは・・」
ドルインは逆にマーラに言われて反論出来なかった。
「王宮に入って働いてみようと思います。私は成人を迎えたのを機に御三家を立ち直らせるつもりです」
「成人を迎えたばかりのマーラが?・・」
マーラはドルインに目配りするように微笑んだ。
ドルインは帰り際に見送りに出たマーラに
「お膳立てはしてやったぞ」
と言った。
「はい。あとはおまかせを」
◇
マーラが15歳の成人を迎えようとする頃に戻る。
マーラは叔父のドルインを訪ねた。それまでも幼いころからマーラはドルインに可愛がってもらっていた。
「マーラももうすぐ成人を迎えるのか。早いものだな。マーラは今も可愛いが、幼いころから可愛かった。私には女の子がいなかったからマーラが遊びにきてくれるのが嬉しくてね」
「叔父様、幼いころの話はもうしないで。おじさまに会いに来られなくなります」
「もうそんなに大人びてきたか。注意しよう」
「父には不甲斐なさを感じます。本来なら国王が亡くなったあとは、父が国王に、順位からすれば、次にドルイン叔父様のはずだったと聞いています。しかし大神官アスターの力もあって、プロティナが女王になり、今は魔王ヒュンケルが玉座に座っている」
「そのことなら、オルコックと何度か話し合っているが、オルコックの性格ではスラーレン王家の復活は夢に終わりそうだ。私が次兄であったなら、もう少し抗いていたものを。・・マーラの父親をけなすようなことを言ってしまった」
「いいえ。その通りだと思います。叔父さま、このままでいいの? スラーレン御三家の名が泣くというか廃れてしまいますよ」
「分かっているが、末弟の私では力及ばず、正直はがゆく思っている」
「そこで私は計画を立案しました。一つ目の計画は、私がワリキュール王国に嫁いでワリキュール王国をスラーレンの王族で固めることです。そうすればワリキュールはスラーレンの、いえ私たちの王国に出来ます。もう一つは魔王ヒュンケルを宮殿から追い出して、スラーレン王家を復活させる案です」
ドルインはそれを聞いて驚いた。たかだか成人になりたての15歳の娘に相談を持ち込まれたのだ。
「オルコックは、マーラの父親は、その話を知っているのか」
「いいえ。・・父は使い物になりません。プロティナ同様、野心がありません、争いも嫌いなのです。だから魔王なんかに国を取られたのです」
「それで私と?・・」
「叔父さまとなら計画を遂行出来る気がするんです」
「正直、私もオルコックの不甲斐なさには辟易している。しかし・・」
「ワリキュールを手に入れた後も、魔王を追い出した後も、いづれにしても国王は叔父さまが・・」
「マーラがこんなに才女だとは思わなかった。私の娘であったらどんなに嬉しいか。オルコックには悪いがマーラがオルコックの娘に生まれたことを残念に思う」
ドルインはマーラの計画にのった。
「でも、その前にワリキュール王国について出来るだけ多くの情報を得たいと思って・・それに優秀な僕も・・」
「それならソドルを預けよう。彼は元シャドーコープスの一員だったが、今は私に仕えている」
そしてソドルがマーラの元にやってきた。
「私は元シャドーコープスで働いていましたが、前国王と大神官アスターが次期国王の座を娘のプロティナにすべく動き、それに対抗する勢力との内乱は避けられませんでした。プロティナが女王になると、シャドーコープスも不要なものとされ、組織だけが残されました。私はシャドーコープスを出てブランド家のドルイン様に仕えるようになったのです」
「よろしくお願いね」
そしてソドルは2人の女も連れてきていた。
「紹介します。近距離ですが転移魔法も使える魔術師のハユナとマユナ。ワリキュールに潜入させて情報を集めようと思います」
「期待しているわ。よろしくね」
*****
それから15歳の成人を迎えたマーラは
「国王さま、私を親善大使としてワリキュール王国に遣わせてください」
とヒュンケルに願い出た。
「親善大使?」
「国王は先進国になりつつあるワリキュールに興味があり、それをスラーレンにも取り入れたいとお考えがあることを聞きました」
「うむ」
「それにはワリキュール王国と親交を深めたほうがいいと考えます」
「そうだな」
「しかしワリキュールにはシルビアやマクレスが乗り込んで、ワリキュールはスラーレンに対していいイメージを持っていないと思います」
「うむ。・・それで?」
「それで、それを払拭するために親善大使を考えました。ただ・・またスラーレンの貴族が出向いても受け入れてもらえるかわかりません。そこで女性である私が出向くことで、ワリキュール王国のスラーレン法国に対する印象をいい方向に変えたいと思います」
「なるほど。・・マーラの考えはわかった。考えてみよう」
考えると言っても魔王の俺が玉座に座っていて、人族は俺を避けている。四面楚歌のような環境だ。それに魔族に政は無理だ。集団生活は出来るが、人族のように知恵が回らない。ヒュンケルはそう思いながら一人で悩んだ。あと力になってくれそうなのはシズだけだ。
シズはヒュンケルが魔王としてロワール城に転移して来た頃から傍で世話を焼いてくれているデュラハンという種族の魔族だった。ヒュンケルがスラーレンの宮殿に移ってきてから、シズも呼び寄せて傍で世話をやいてもらっている。
シズに相談すると
「私に政の相談ですか?」
と言われた。
「やっぱり無理か?」
「経験がないので。・・ハーロック伯爵に相談なさってはどうですか?」
「そうだな。・・しかし、いちいちワリキュールに居るハーロックに相談するのもなぁ・・今はそれしかないか。ハーロックたちの館に転移出来るようにはなったし、頼ってみるか」
◇
ヒュンケルは雅則たちの館に転移した。
「静かだな」
館の中に人の気配は感じられなかった。ただクックが館の中を飛び回っていて、ヒュンケルを見つけて肩に止まった。
二階から下りてきたカリナがヒュンケルに気づいて
「ヒュンケルさま」
と驚いた顔をした。
「突然現れるから驚きました」
「ああ、すまない。転移してこられるのでな。他に誰も居ないのか」
「はい。今は私一人です」
「クックは居るが、コーネリアは?」
「牧場に行っています。チーズとかバターの工場なので、クックは館に置いていってます」
「そうか。・・コーネリアは妹のようで愛しく思っているが、いやいや、コーネリアに会いに来たわけではない」
ヒュンケルは一人でつぶやいて一人ではにかんでいた。
「ハーロックさんたちならエランデルに出かけています。悠介さんは自動車の営業所に」
「そうか。やはり突然来ても会えないものだな。失礼した」
ヒュンケルは転移してスラーレンに戻った。




