純粋なコメントだろーがっ!
僕らはその後、次の動画についての案を、スタジオの床に正座したり、普通に砕けて座ったりしながら話し合っていた。
「ところで、さっき何か言いかけてたよな? プロジェクターが何だとか」
「えっと、うん……変な話だけど。それを使えば、『人を引き付けるモノ』対策が出来るかな、と思うんだ」
「タンマ。もうちょい詳しい説明頼む」
「えーとね。僕らが踊ってる最中に、プロジェクターを使って、正面から絵とか動画を映し出すの」
「ふむふむ、なるほど。プロジェクションマッピング的な? 良いじゃねーか。恰好良いじゃん! ……でもそれって、編集でもどうにかなるんじゃね?」
「あ。そっか」
数秒で却下されたように思ったけど、新井くんは却下した訳ではなく、もう少し全体を見ながら、現実的に考えてみるらしい。
「じゃあ絵とかは、フリー素材を使うか? その方が金銭的にも余裕ができるし」
「え? 曲や振り付けとかの費用は大丈夫?」
「ああ、今回からは減らそうと思ってて。いつも依頼してる人にも、これ以上はお願い出来ないし。振り付けや編集は俺が考える! やったこと無いけど!」
取り出したスマホに目線を向けながら、頼もし気に親指を立てて見せてくる。けれどそれでは、心配は拭い切れなかった。
「そ、そっか。動画編集なら手伝うよ。歌詞を入れればいいんだよね?」
「……マジ!? それは助かる! まあ今回はプロジェクターの絵をメインにするから、簡単に済ませてもオッケーね」
「えーと。問題のレンタル期限は?」
「予算がある程度納まったし……延長する! それに、俺だけじゃこんな広いスペース勿体ないけど、二人分になったからさ」
「あはは。うん、そうだね。……あんまり無理しないでね? 僕もできるだけ出すから」
と、そんな会話は長く続いていた。時間感覚も無いので、新井くんのスマホの時刻を指す文字を見て、血の気が引いた羽瀬は、事情を話してこの場を立ち去る。アルバイトの遅刻寸前だった。
まず新井くんが作曲家に依頼した主なコンセプト「湖」を元に、適当に振り付け案を考え、僕に見せる。三週間後に完成した曲が新井くんに送られ、僕らの意見が一致すれば、その案の中から似合うものを取り入れ、振り付けを完成させる。あとは、ひたすら練習。それと同時に、湖などの背景画像を数枚ほど、フリー素材サイトから借り、新井のパソコンに保存。
そんな骨が折れる五週間以上の間に、これまた色々なことがあった。例えば、両親に動画の事を教え、親バカ発揮で日常的に動画を再生してくれてたり。新井くんが振り付けの事を毎日考えた末、軽くスランプに陥ったり。
そんなこんなで下準備を終え、いよいよ本番。僕の家からリュックで持ってきたプロジェクターを、画像を保存したパソコンに接続。
新井がパソコンを操作して、スライドショー風に設定する。
画面が投影されなかったり、新井くんが推している男性アイドルの恥ずかしい画像が出てきたりと色々なトラブルに見舞われたものの、最終的には問題なく機能した。
「じゃあ、行くぞ……」
薄暗いスタジオ。正面からカメラの録画ボタンを押し、スマホと連動したスピーカーから曲が、パソコンと連動した投影機からは空の画像が流れ、僕らは歌って踊る。
切ないラブソングに合う画像を、僕がチョイス。振り付けも新井くんが考えているだけあって、不完全ではあったけれど、個性が表れているような気がした。
録画を終え、その後に歌の録音も終え、文字入れなどを主とした編集を終えれば……。
四曲目『湖に落ちる水滴のような恋』の動画が完成した。
僕らにとっては、文句のつけようが無い出来栄えだった。哀愁漂うサウンド、歌詞ののシンプルかつ邪魔をしない配置。そして何より、プロジェクターの光を浴びた、彼らの幻想的な姿。
結成七三日目。四曲目の動画の再生数は……。
「――一〇八二!」
投稿した翌日、驚異の数字がパソコン画面に映る。客観的に見ればまだ、ほんの些細な一歩かもしれない。けど、一日で千の位に達したのが、まるで夢のような出来事だった。僕らはスタジオで、快挙を達成したかのように大はしゃぎする。
「やった! やった! やった! やったー!」
「うわあああああ!! すげ――――!!」
両手を互いに繋ぎながら飛び上がって、その後に改めて確認。見間違いとかじゃない。
確かにその数が書かれてある。翌朝からこの数だと、これからも伸びる予感。
「高評価も……十八回! チャンネル登録者も二人増えて、コメントも来てる!」
「え!? あ、アンチコメとかじゃ……ないよね?」
ネガティブに不安がる僕をよそに、新井くんはカーソルを移動させ、コメント欄をクリック。素朴な感想が書かれてあった。
「『曲も切ないですし、2人ともイケメンですね! これからも応援してます!』……だってよ」
「え? え? うっわ。うそ。さ、サクラとかじゃないよね……?」
「ばーか! そんなの誰が依頼したっての! 俺らに向けられた純粋なコメントだろーがっ!」
「す、すごい……。ああああ、ありがとう、ありがとう……!」
神に祈っているかようにパソコンに向かって指を組み、感謝の言葉を述べる。そんな僕の伏せた目尻には、不意に涙の雫が伝っていた。
「うっ……うっ」
「はぁ!? な、泣く程でもないんじゃねぇの!? 確かに『イケメン』は嬉しいけど!」
場を和ませようと焦り、手をばたつかせる新井くん。ちょっと言ってて恥ずかしそうな冗談が漏れ出てしまったけど。
「そうじゃないよ……! やっと、僕らの努力が報われ始めたような気がして……!!」
今日、十月十六日。およそ二ヵ月と十二日程の時を経て『ばーちゃLimit!』の努力は、確かに報われ始めていた。
「何言ってんだよヒナ! 俺たちの頑張りが認められたのは、全部お前のアイデアのお陰だろうが……!?」
「ちがっ……隼くんが、僕をアイドルに誘ってくれたから……!」
その嬉し泣きが、新井くんの方にも伝染。互いに涙で汚れた顔を隠しながら、恩の押し付け合いをしている。スタジオで二人きりの中、そんな様子が仲睦まじげだった。