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ほんの一握りの過酷な世界へ

 結成三日目。再生数は……。

「「――百八」」

 微妙な数字だった。SNS用の宣伝動画の再生数は五八二回で、反応が多いのにも関わらず。動画サイトでは三回の高評価。登録者はもちろん居ない。

「……煩悩の数」

「まあ? 初投稿にしてみれば割といい数だよな? でも再生数=煩悩は、何となくヤな感じ……」

 変な空気が流れて、静まるスタジオ。パソコンのクリック音だけが、カチカチと耳に入ってくる。早くも現実を突きつけられた。

「いやいや、けどさ? さすがに仕方ねーよコレは。フォロワーは三六〇人程度だけど、ほとんど低浮上だし。だいたいSNSで宣伝した所で、動画サイトにわざわざ移動してくれる数は少ない。だからそんなに落ち込むな、ヒナ――」

「……すっごく嬉しい」

 しかし僕は、純粋にその事を喜んでいた。それを見た新井くんは絶句し、怪訝そうな目を向けてくる。

「百八回って、これぐらい多くの人に見てもらえた、って事だよね?」

「え? ……あ、ああ。多分そうだと思う。正直、具体的な人数は知らないけど」

「じゃあ喜ぶべきことだよね? わざわざ皆が、大事な時間を割いてまで僕らを見に来てくれたってことなら」

「……!」

 新井くんは何とも言えなそうな表情だった。僕がこんなポジティブな事を言っているのが、彼にとって意外だったのかもしれない。

「そ、そうだよなっ! 何で俺、こんな所でへこたれてんだっつーの!」

「え? へこたれてたの?」

「へこたれてなんかねーし!!」

 胸をポンと叩き、焦りながら強がっていた新井くん。そんな様子を見て、純粋な笑みを浮かべる。これから根気強く投稿し続ければ、きっと再生数は伸びると信じていた。

 その後も、新たに二曲を完成させた。作曲も振り付けも動画編集も、全て新井が自腹で請け負う。羽瀬も申し訳なくて払おうとしたけれど、遠慮されてしまう。彼曰く、振り付けを覚えるのに専念してほしい! とのこと。こうして、時は流れ……。



 結成三四日目。記念すべき、三曲目の動画の再生数は……。

「「――二一」」

 明らかに、減っていた。想定を下回る程に。

 朝十時。スタジオでパソコン画面を見つめながら、互いに苦い顔をして黙り込む。確実に嫌な空気になっている。

「――ごめん」

「え……?」

「やっぱ、ヒナを巻き込むんじゃなかった」

 新井くんはそう言った直後、立ち去って行った。一瞬、垣間見えた瞳は潤んでいた気がする。表情が歪んでいたのも分かった。

 言動からして、少ない数字なんかよりも、自分の夢に僕を巻き込んでしまった事で落ち込んでいる様だった。

「でも……確かに、これは落ち込むよね」

 頑張って、一緒に振り付けも練習した。動画自体も、品質に拘っていた。じゃあ何が悪かったのか。誰もいなくなったスタジオで、開いていたパソコン画面の「二一回」に視線を戻した。

 帰り道を歩いていた時、連絡があった。歩道の真ん中で止まり、振動したスマホを手に取ってメッセージアプリを確認。

『さっきは悪かった』

 謝ることじゃないのに――そう思っていた。けれどそんな本心を打ち明けると、何となく、今の謝罪が無駄になると感じてしまう。

『ぜんぜん。気にしないで。これからの活動はどうするの?』

 送ると、ものの六秒で返事が来て驚く。夕方五時に改めて相談するとの事。早くも「活動終了」の文字が過ってしまった。青い空を見上げ、ため息を吐く。

「隼くんは人を引き付けるような、アイドルとしての才能が、確かにある……だけどまだ今は、それを知っている人間が少ないだけなんだよ」

 まるで世の中に訴えかけているような独り言が、無意味に漏れてしまった。



 十時十八分、実家に帰宅する。

「ただいまー」

 玄関の扉を開けたのと同時に、ゴトンッ! と、奥の奥で僅かに重い物が落ちたような音がした。不審に思い、奥の作業部屋へ向かう。作りかけの豆腐に囲まれた場所……この建物の裏に続く扉から現れ、古く錆びたブラウン管テレビを運んでいる父の姿。

「おかえり! 帰ってきたか!」

「えっと……何してるの?」

「ああ、これか? 少し店の掃除をしてた時に、昔の廃品が物置に大量にあったのを思い出してな。もしかすれば、まだ使えるものがあるかもしれない」

 会話しながらてきぱきと、運搬作業を行う父。部屋の端に大量に置かれた、他のガラクタの上に乗せられた。よく見ると、その中に不自然に紛れ込んでいたものがある。

「これは?」

 僕はそれを指差し、ふと訊ねる。手で額の汗を拭いていた父は、一度首を傾げたものの、ぼんやりと思い出した様子で、目を開く。

「あ~……ここ数年前、俺の従兄弟から貰ったやつだな。う~ん、何に使うやつだったっけな。最近、記憶力が酷いな。もう歳か! ははは!」

「――プロジェクター?」

 自虐ネタをする父をよそに、まじまじとその長方形の箱型を見る。汚れや経年劣化はある。それでも光を反射している銀色の投影機は、根気強く掃除すればまた輝くかもしれない。

「ん、何でそう思った?」

「この横の断面のレンズ。なんとなく映し出すものじゃないかって、そう思って」

「あー、なるほどな。確かに従兄弟はテクノロジー系の会社で、企画を務めてるって言ってたな。なんで機械に疎い俺たち家族にくれたのかは謎だ……」

 すると僕の中に、ある一つの考えが浮かぶ。

「あのさ、これだけ貰ってもいい?」

「使えるのか?」

「うん。あと、機械に疎いのは父さんだけだから」

 不意な精神的ダメージに気が抜けた直後、高らかに笑い声を上げる父だった。

 その後、三階の自室で動作テストを行う。父の黒いパソコンを借り、自分のアカウントでログイン。パスワードは自分の誕生日ではなく、憧れのKaitoの誕生日。

 そんな事はさて置き、投影機のコードをパソコンと接続。本体の電源を起動した。

「うわ!」

 問題なく使えた。何もない白の壁にレンズを向け、パソコンの画面がそのまま大きく投影されている。試しにフォルダに保存していた家族写真を選んで、画面全体で表示させてみる。画面と連動し、壁に映し出された。

「これを使えば、もしかしたら。きっと……」

 壁に映った家族写真を見上げながら、僕は「ある策」を膨らませた。



 夕方五時。新井くんがアルバイトを終えたという連絡があり、いつもの場所に到着。

「このスタジオ、レンタル期限があと一週間なんだ」

「……」

 第一声でそれを聞き、黙り込んでしまう。次に発しそうな言葉を考えてしまい、悪い予感がした。そしてそれは的中する。

「ヒナ、もう俺は……」

 彼は弱気になっている様子だった。けれど僕は、こんな姿を目の前で見たくない。どうにか説得したいのにも関わらず、何と声を掛けるのが正解なのか。

「――待って」

 僕が口を開くと、新井くんは、俯きがちな顔を上げてこちらを見てくる。

「あのね。うちの父さんが、実家の物置を掃除してて。で、最近のプロジェクターを見つけたんだ」

「は……?」

「でね? それを上手く使えれば、もっと再生数伸びるんじゃないかって。……あ」

 新井くんが落ち込んでる時に、思わず自分勝手な発言をしてしまう。言っている途中で気付き、焦ってしまった。けれど新井は、予想外の反応をする。

「――ぷっ! あっははははは!」

 声高々に、楽しそうに笑った。それを見て思わず困惑する。何が起こっているのか、全く理解できなかった。

「お前、俺のコト真剣に考えてくれたんだな? すごいホッとしたよ」

「え? えっ? 何?! 隼くんおおお、落ち込んでたんじゃ……」

「落ち込んでねーし! まあ、さっきの数はマジでショックだったけど。俺の知ってる有名人は、皆努力を重ねて、やっとの思いで輝けてんだよ。だから、このぐらいで弱気になってられるかっつーの!」

「ええぇ――!?」

 完全に騙された気分で、気分が悪くなる。そんな僕に正面に寄り添い、よしよしと頭を撫でてきた。元凶の新井にそんな事をされるのは不本意だった。

「俺は元々、俺達二人で続けるつもりだった。だけどスタジオ借りる費用とか、依頼する費用とか、合わせたらまあエグい感じで。けど、ヒナに迷惑かけられなかったし」

「……そんな事、考えなくてもいいのに」

「試すみたいなことして、ごめんな? これからは俺一人で活動して、俺んちの部屋で撮ろうかなーって思ってた。だけど気が変わった。今のお前の真剣な様子見てさ。あー俺、何でヒナを除け者にしてたんだろ、って」

 青い髪を撫でていた手をそっと下ろし、真っ直ぐに瞳を覗く新井。

「ほんとのほんとに最終確認。なあ、ヒナ。こんな俺と道を歩みたいか? 固い覚悟なんてまだ無くてもいい。俺だって、そんな大したモノはねーから。けど、ほんの一握りの過酷な世界へ、本当に一緒に行きたいか?」

「……うん、もちろん。隼くんはきっと輝ける。だって見えたんでしょ? 大きなステージの上で、僕らが歌ってるところ」

 微笑んで返された返答に、新井は満面の笑みを浮かべ、「よろしくな!」と自分の右手を前に差し出した。迷わず羽瀬は、差し出された手を握る。

「うん。よろしくね」

 その笑顔で互いに握手を交わした時。改めて、2人の絆が深まったような気がした。


 最初の曲『ブルースターの空』に出てくる花、ブルースター。

調べるまでは知らなかったが、その花言葉の一つには、こんなのがあるらしい。

 ――それは、「信じ合う心」。

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