記念すべき最初の……!
二日後の朝十時。新井から連絡があり、胸を躍らせてスタジオへ向かった。
「隼くん、もう完成したの?」
「おう! 動画編集を依頼した人も、予定より一日早く出来たらしい。録った音声は、後から俺が入れるから。それくらいの編集は出来るし」
「その事なんだけど、前日に送ってくれた曲をイヤホンで聴きながら、とりあえず自分の部屋で録音してみたよ」
「なるほど、ヒナってやっぱ仕事できる系」
「そんなこと無いよ!?」
楽しく会話を交わしながら、新井くんはテーブル上のパソコンに触れ、パスワード欄に「0804」と入力。誕生日がパスワードだなんて甘いセキュリティだなあと内心思ったのはさて置き、完成した「『ブルースターの空』編集済み」という名前の動画ファイルが、デスクトップ上に表示される。
鼓動が増しつつある僕の隣で、既に動画を見ていた新井くんはニヤケながら、動画ファイルをダブルクリック。すると画面上に大きく動画が表示され、初めから再生された。
動画の音が流れ始める。僕は黙り込んだまま、その画面から目を逸らさなかった。いや、逸らせなかったといった方が正しいかもしれない。
「……すごい」
たった三分間の動画に、思わず見とれていた。左右や中心に来る文字、動画全体の効果やトランジションなどが自然に入ってきて、被写体や曲の世界観に、悪い影響を与えていなかった。
「ねえ、どうしてこんな凄腕の人と知り合いなの?」
「いやいや! 調べたら大体、こういう依頼受けてくれる人いるからさ」
言いながら、二人はパソコン画面を見つめる。既に最初のサビが終わった所で、ふと思った。
「なんか、幻想的でもあるけど、機械チックでもあるというか」
「んー、そうだな。確かに仮想世界? っぽくはあるかも」
「うんうん。何かバーチャルみたいで……ん?」
ふと感じたことがあった。新井はその様子に首を傾げていたが、彼が「バーチャル」という言葉を繰り返し発していた最中、ハッと何かに気付く。
それが確信に変わり、2人は人差し指を向けて同時に言い合う。
「「……『ばーちゃLimit!』!」」
声がハモると同時に、互いにかつてないほどの笑みを浮かべた。
無事にユニット名が決まった後、ボイスアプリで録音した歌声を、曲と合わせ、ミュートした動画の中に入れる新井くん。少し口の動きと声が異なってしまったし、歌声もスマホアプリで編集して、あまり良しとは言い切れない出来だった。けれど、それでも本人は満足している。
なんせ、最初のミュージックビデオを完成させたのだから。
「よし、投稿するぞ。記念すべき最初の……!」
「待って!」
「え! 何!?」
「概要欄にクレジットは入れた? 著作権に引っかかったりはしてないよね? 床や壁の反射で個人情報流出とか」
「ぶっ! クレジットはちゃんと入れてるし、それ以外の事はもう考えてもしゃーないだろ! 心配性か! んじゃ、それ以外は?」
「えっと、えっと、えーっと――」
「ポチ!」
「あ!!」
彼が返事に悩んでいる間に、新井くんはパソコンの「投稿」ボタンを押した。唸り声を上げて赤面し、床に崩れ落ちる僕。その様子を見られてか、可笑しそうに笑われてしまった。
「これで投稿完了な! 俺の本アカの方で宣伝しとくわ!」
「う、うん。あ~……大丈夫かな……」
「大丈夫だって! ヒナもさ、動画に見惚れてただろ?」
「あれはもしかしたら、客観的に見てなかっただけで……いや。でも、まあそうだよね。まずは一回始めてみなきゃ、ちゃんと限界とだって向き合えないし。ね?」
新井は二度頷いた後、ポケットからスマホを手に取り、SNSのアプリを開く。
アカウントを確認し、完成した動画の一部とサイトURLを載せ、ある程度ハッシュタグや文章を考えていた時、ふとスマホ画面を見ながら「うーん」と考え込む。
「……どうしたの?」
「いや、あのさ。何か、宣伝文句みたいなの思い浮かばねぇかなーって。まだ無名グループだし、少しでも引き付ける要素が欲しいというかさ」
「あー、なるほど」
ふと、羽瀬の心の中に1つ案が浮かぶ。
「えっと……『キミの推しになりたいです』、とか。ダメかな?」
すると新井くんはスマホから目を逸らし、「とりま採用!」と人差し指を見せてくる。
「んーと、キミの推しになりたいです! よろしくお願いします! ……っと」
巧みな手つきで小さな画面をフリックしまくり、ものの数秒で入力作業を終えた。
「よーし! あとは、どんな反応があるかだな。ヒナにも動画URL送っとくから!」
「あ、ありがとう。……緊張する」
「いやいやそんな、公開した直後に緊張すんなって!」
ポケットにスマホを納めると、新井くんは隣の弱々しい背中を、元気付けるようにばしっと叩いた。それによって、曲がっていた姿勢が直る。
いよいよ、『ばーちゃLimit!』の活動が開始……と、その時。ある事に気が付く。
「え、待って。今日って……八月四日?」
「ん? そだけど」
「ああ――っ!! 隼くんおめでとう――!!」
直後、驚きながら瞳を輝かせて、両手を広げている羽瀬に、「え?」と困惑する新井。記念すべきユニット結成日は、新井くんの誕生日だった。