表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/35

俺は本気だ!

 翌朝の十時。「待ち合わせがしたい」とメッセージアプリで新井くんから連絡があり、急いで着替え、送られてきた地図を元に、とある四階建てビルの前に向かった。

「おう、待ってたぜっ!」

「うん。で、えっと……この建物、何?」

 家から約六分歩いてきた所にあるビル。通りには人が少なく、スラム街のような危うい裏社会的な雰囲気。見上げたビルの建物も、黒い外壁が不気味にひび割れている。

「こ、ここで、僕たちのライブを?」

「はあ!? そんな訳ないだろ! こんな所にお客さんなんて来ないし」

「え? じゃあどういう事?」

「んー。つまり『ここから、外のファンに届ける』んだよ」

「……え?」

 遠回しに言われ、羽瀬は意味が分からず、周囲に対しての警戒も解けなかった。

 隣にいた新井くんの表情に目を移す。口角を上げて自信ありげに「うんうん」と頷くばかりだった。ふと視線が合い、

「ん? やっぱ不安か? 大丈夫だって! 中にはそんな人いないし」

「そ、そう?」

 不安な思いを見透かされたのか、新井くんに心配の声を掛けられる。

「ああ! 今から地下一階へ向かう。そこでネタバラシしてやるから!」

 言いながら、何気ない様子で薄暗い入口を通っていく。僕は置いてけぼりにされないよう、恐る恐る彼の背中を追った。

 中に入ってすぐ右に曲がり、奥の通路。灰色の壁にある簡易的なスイッチを鳴らすと、静電気のような音が鳴り、古い照明が順に点いていき、下へと続く階段が見える。

「うわぁ……」

 すると、僕の中の不安も飛んでいった。まるで、名の売れたミュージシャン達が下積み時代に通っていった、クールな地下階段のようで。僕の反応を横目に見ていた新井くんは、顔に笑みを浮かべていた。

 一段ずつ下り、曲がった通路を歩き、奥の扉を開け、照明の電源を入れると……。

「──え!!」

 想像したものとは大きく異なる、明るく広々とした、シンプルなスタジオ空間。白いコンクリート壁に囲まれたこの部屋は、まるで造りたてのように輝きを放っている。テーブルに段ボール、照明付きの三脚カメラ、ポータブルスピーカーとパソコンがある。それ以外は何も無い。

 僕は衝撃の余り、開いた口が塞がらない。

「な……なに、これ!! 何なの!?」

「いぇい! ヒナを驚かせようと思って、急遽サプライズにしたんだよ! この部屋は少し前から借りてて、パソコンや三脚カメラとかは俺の持参な?」

「うそ……! こんな部屋があるなんて、外から見た時は全く想像つかなかったのに……」

「俺が学生の頃から必死にバイトして、稼いできた結果が、これな」

 入り口で驚きながら、室内と隣の新井くんを交互に見る。彼の頑張りに対しては、関心の方が勝っていたけども。

 しかし、ここで何をするのか。そんな疑問がまだ僕の中で浮上していた。

「んで、これから俺らは、ここで撮影する予定な」

「撮影? えっと……アイドル事務所に応募とかはしないの?」

「んー。アイドル始めるつっても、そんな簡単には出来ねーだろ? 確かに事務所に応募すればいいだけの話かもだけど。とりあえず、今すぐ出来ることから始めようかなーと思って」

「──え。まさか」

 その時。新井は部屋の中心に移動し、羽瀬の方に振り返って両手を開く。

「ここで動画作って、ネットで全国に公開する!!」

「……ええええええええ!?」

 あまりにも突飛なアイデアに、声を上げるほど引いてしまう。

「そんなのでアイドルになれるの!?」

「行っとくが、ネット中心のアイドルグループなんて昨今じゃ良くあるんだぜ? 最近テレビに出てるアイドルグループだって、ネット発が多いしな」

「う、確かにそうかもだけど!」

 それでも、古臭い考えの僕は、やっぱり腑に落ちなかった。それじゃアイドルじゃなくて、動画配信者になってしまう、と。

「……曲とかはどうするの?」

「俺のSNSの人脈なめるなよー? 三ヵ月前に依頼したし、実際にそういう衣装作ってる人とか、振付の人にもちゃんとお願いしたからさ。もう必要なものは全部揃ってるし、いつでも活動出来るからな?」

「待って。色々追い付かないんだけど……こんなにお金を費やして、隼くん平気……?」

「あー。心配になるのも分かる。確かに正直ここまではやりすぎたかなぁとは思ってたたんだけど、電子機器類は元々俺が持ってるモノだし、スタジオとかもレンタル代安いやつだし。金銭面ならヘーキヘーキ!」

 それを聞いて、ほんの少し安堵する。もし失敗した時の事を考えると、頑張って新井くんが稼いできたお金が無駄になるかもしれない。

 しかし、それ相応の覚悟があるのだと、再確認させられた。

「……隼くん、本気なんだね」

「おう、俺は本気だ!」

 新井くんは、満面の笑顔を見せていた。

「──ごめん。僕は……隼くんくらい、本気でやろうとしてなかった」

「え?」

「だから今、すっごく挑んでみたいって思った。お願い、僕に出来る事はなんでも言って。えーと、これから何をするの?」

 胸に手を当てながら、真剣な目を正面に向けていた。

 すると新井くんは笑みを浮かべ、入口に立っていた僕の元へ駆け寄ってくる。

「わっ」

 友情の証として、新井の方から軽く抱擁を交わす。羽瀬は訳も分からず、両手のやり場に困っている。

「……ありがとな……」

「え?」

「正直、寸前で断られると思ってた。こんな唐突なアイデアも、真面な人間なら、直ぐには受け入れられないだろうし。……ヒナは、俺と共に人生の時間を賭けてまで、やろうとしてくれるんだな」

「そんな。大袈裟だよ」

「いや、マジで感謝してる……ありがとな、本当に……」

 目を伏せて、聞こえない声量で発した後、彼は顔を少し後ろに下げる。

「じゃあまず、段ボールからモノ出すの手伝ってくれねーか? あとその後は、曲の振り付けを覚えてほしい。出来れば、一週間で!」

「──いいいいいい、一週間!?」

「だーいじょうぶ! 簡単なやつだから! 厳しかったら一週間超えてもいいし!」

 期間の短さに驚くダンス素人。そう励まされながらも、両肩をポンポンと叩かれた。

 その後、僕ら二人で段ボールに入っている衣装を取り出す……。

「うわあ」

「ほー! アイドルしてんなー」

「この衣装、すごく作り込まれてるって、一目見るだけでも分かる。すごい人脈だね……。でも、どうして僕の分まであるの」

「万が一の予備も作ってもらってたから。サイズ合うか? 俺の身長一七四だけど」

「……僕は一六八」

「あちゃー。ビミョーだな」

「うるさいっ」

 輝く空色のアイドル風衣装を一緒に見ながら、僕は隣の肩をべしっと叩く。力加減は弱めていたから、痛くなかったが、痒くはあったかもしれない。

 ──久々に会っても、昔のような関係とは何一つ変わりなかった。

 まずは、この衣装に着替える事に。更衣室は無かったので、まず僕が部屋の外に出る。「一緒に着替えようぜ?」と誘われたが、丁重に断った。

 扉に背を向けてから、一分経過。ノックで終わりの合図が聞こえてきた。

「お、お邪魔します──わー。すごい!」

 部屋に入ると、足先から頭の天辺まで、新井くんの姿をゆっくりと見つめる。

 輝くグレーの靴は少々大人っぽさがあり、上下は一見スーツのようなシックな見た目だけど、王道衣装の雰囲気もきちんと取り入れられている。明るさの目立つスカイブルーを着こなす新井は、はつらつとした表情と完璧にマッチしている。

 急いで着替えたのか、少々シワがあるものの。

「ね、ねえ、すっごい似合ってる。けどこの後、僕がプレッシャーなんだよね」

「いやいや! お前の方が絶対似合うだろ!? 髪と服の色の種類、ほぼ一緒だし」

「うーん。でも、そもそもサイズ違うし、自信ないなあ……」

 僕の不安な思いがこれ以上膨らむ前に、衣装を押し付けて部屋を去る新井くん。次は僕の番だ。もじもじしながらも着替え、二分程度で終わらせる。

「お、終わったよ」

 そう言いながら、扉を三回叩く。直後に走り、一刻も早く扉の前から離れた。恥ずかしそうに、両手を後ろの腰に回す。新井くんは扉を開けた直後、目の前の僕の衣装姿を見て、呆然と立ち尽くしていた。

「……めっちゃ似合う」

 スマホで撮った姿を見せられると、まるで可憐な月がうっすら覗く、真昼の空のようだった。大人しめで真っ直ぐ、かつクールで落ち着いた雰囲気が、新井くんが着た瞬間とはまた異なる印象だ。

「あのさ、思ったんだけど。ヒナは昨日、俺なら努力すれば何でも出来る、みたいな事を言ってたの覚えてるか」

「うん、言ったね」

「その言葉。今ここで、そっくりそのままお返ししてもいいか」

「そんなことないよっ!!」

 思わず顔が熱くなり、扉を勢いよく閉め切ってしまった。

 ちなみに懸念していた服のサイズは、確かに少し合っていなかったものの、特に気になる点は見当たらなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ