終幕・ばーちゃLimit!
結成から一年と一ヵ月。前のライブを見に来てくれたファンの嬉しい感想や、急遽開いた新井の会見のおかげで、デマである事は半ば証明され、悪い意見を言う人も、会見から数日程度で減っていった。
しかし、デマの画像を流した匿名アカウントは、一体誰だったかについては分かっておらず、それ以降の事件は何もないので、アイドルに嫉妬していた人間の行為であるという事に終わった。何より、僕らはそこまで気にしていなかった。
「隼くん、もうすぐ復帰できるの?」
「ああ! まあ無実が証明されたし? これからは俺も参加するから! よろしくな!」
「……うん、分かった」
夕方の河川敷の道を歩きながら、新井くんは嬉しそうな表情を見せ合っていた。僕は心配だったけれど。
その後ろを歩く三人も、仲良く会話を交わしている。特に川島さんの件で。
「にゃーにゃー! ボクをお城に連れてってにゃ~あ~!」
「え? 僕の家はお城じゃないよ?」
「う~そ~だ~にゃ! ボクの目は誤魔化せないにゃ! ボクは豪華なお城に住んで、大量のブロックで街を作るのが夢だにゃあ!!」
「なんだその幼稚な夢は……」
猫田くんが熱烈に語っていた時、横から茶々が入り、不機嫌になってポコポコと宮條さんを叩く。しかし、全く痛くも痒くもなさそうな無表情である。
「リーダー……トモ君ってさ、いつも冷静沈着だよね」
「そうか?」
「そんな事無いにゃ! 妹の件ではギャーギャー泣いてたんだにゃ!!」
「調子乗るな。お前も泣いてただろ」
いつもより嫌な顔をする宮條さんの拳は、猫田くんの肩に直撃。「ギャー!!」と悲鳴を上げた。やはり彼は少々Sっ気が強い。
「――だからさ。トモ君、僕の家に来る?」
「は?」「にゃ!?」
二人は唖然とした。
「おい待て。俺だけか」
「うん。僕の家を見て驚かないのは、トモ君ぐらいかなと思って」
「やっぱり金持ちの家なのかにゃあ!? ズルいにゃズルいにゃ! そ、それに、宮條は、常にボクと一緒じゃなきゃダメなんだにゃあああ……!!」
好奇心や嫉妬の感情など、かなり複雑な感情が交差していた。川島さんはそれを見て、仲睦ましい夫婦を見るような目でニコニコしていた。
そんな様子を、僕は振り返って眺めていた。しかし同時に気が付く。
「――っ」
隣にいた新井が、涙を流している事に。
さっきまでの笑顔は、仮面がぽろりと落ちるように消えてなくなっていた。
「……隼くん、ずっと僕らに申し訳なかったんでしょ」
「は……分かった?」
「唯一の幼馴染だから、何だって分かるよ。無理してたんでしょ? あのスキャンダルの事、まだ僕らには一度も謝ってないし。謝罪してユニット内を変な空気にするより、メンバーを奮起させる立場の方が、自分には相応しいって」
図星を突かれた新井は、涙を手で拭きながら、ははっと笑う。
「ハッキリ言おうか? ――そんなの、隼くんの自己満足だから。自分を犠牲にしないでよ。『ばーちゃLimit!』は、一人でも欠けちゃいけない。五人で支え合おうよ。それは精神面でも一緒」
少々毒のこもった叱咤だったかもしれない。でも、そこにはちゃんと愛も込めた。
後ろで話しているメンバーにバレないように、新井くんは両手で俯いた顔を覆い、酷く嗚咽した。これが嬉し泣きだと察せるのは、僕だけだった。
「……本当に俺のせいで、皆に迷惑かけた。済まなかった」
びしょびしょの両手を顔に覆ったまま、泣き止んだ新井くんは謝罪の言葉を紡いだ。
少し驚いたものの、首を横に振る。
「僕は気にしてないよ。けど、後ろのメンバーがどう思ってるかだね」
「……だな」
すると新井が振り返って大声を上げ、
「なー! みんな、走らねーか!?」
突然、後ろの三人にそう呼びかけた。
立ち止まった彼らの元に、新井くんが駆け寄る。羽瀬は内心唖然としながら、彼の元へ向かう。でも、こういうのが彼の性格なんだと割り切った。
「……どういう事だ?」
「あっちの奥の二番目の橋まで、誰が早いか競争すんだよ!」
新井はそう言いながら、二本の赤い橋の中でも、奥の遠い場所にある方を指差す。
「そんな面倒なことしたくないにゃ~。普通に歩いていこうにゃ」
「河川敷を走るなど、芸能人としてはあまり目立ちすぎる行為はしたくないのだが――」
「じゃ、始め!!」
「にゃあ!?」
乗り気じゃない意見を完全に聞き流し、不意打ちで新井くんはパン! と手を叩いた。同時にスタートダッシュを決めたのは、新井くんと……宮條さんである。
瞬発能力と足の筋力が優れている宮條さんに、負けじと最大級の力を振り絞る新井くん。猫田くんは不意打ちに驚きながらも、残りの僕ら二人は困惑しながら走る。
先頭からメンバーは、ぶっちぎりで一位の宮條さん、互角の新井くん。そして差を付けられた僕、猫田くん、遅れて川島さん。
しかしここで、猫田くんは底力を見せつける。「にゃあああ――――!!」と叫びながら急激に加速し、僕や新井くん、そして宮條さんを追い越した。こんな叫ばれたら、通行人に気付かれてしまいそう。
そして中間地点、一本目の橋へ。
もはや皆、自分が有名人であることを忘れて本気になっている。
すると。ちょうど橋の交差点を歩いていた、三人の女性に目を付けられてしまう。
「あれって――『ばーちゃLimit!』?」
立ち止まってそう発したのは、中心にいる、サングラスを着けた銀髪の女性だった。
最下位だった川島さんは、彼女達に見られている事に気が付き、息切れして苦笑いしながら、軽く会釈をする。三人も同じく会釈した。
川島さんが再び走って、この場を去っていくと、呆然とした様子だった。
「びっくりしました。追い駆けっこ……でしょうか?」
「わあー。あたしらと同じ有名人なのに、変装もせず、ずいぶん青春を謳歌してるじゃん。……羨ましいんだけど!!」
金髪ポニーテールの礼儀正しい子と、ピンク髪のショートの明るい子。
ふと三人は、そのサングラスを外す。彼女達は『BLACK CHILLY』のメンバーだった。中でも銀髪は西岡 保波、金髪はMO-NE。音楽番組で、センターの両隣にいた二人である。
「『ばーちゃLimit!』。うちの事務所の社長のスカウトを断った、数少ないアイドルグループだと、噂では聞いていたが」
「ええ!? あのあざとい社長のスカウトを!? やばっ!」
「ああ。加奈も彼らを嫉妬してるんだと思う。つい最近、スキャンダルを凌いだグループだし……よっぽどアイドルとしての矜持があるんだな。心から尊敬できるよ」
沢縁加奈。歌番組出演の際、『ばーちゃLimit!』に酷い事を言った人物でもある。しかし本当は、彼らを嫉妬したからこその当たりだったんだと、サブリーダーの西岡は言った。
西岡は、彼らが走っていった方向を見て、期待と尊敬の眼差しを向けながら、
「我々も――頑張らないとな。彼らに追い越されないように」
彼女の言葉に、両隣の二人は頷いた。
五人は、夕日に照らされながら、河川敷を走っている。
宮條が猫田を、化け物並みの加速力で追い越し、ぶっちぎりで先頭へ。一方、羽瀬は前半に力を使い過ぎた、新井や猫田を抜かした。
ダークブルー、ライトブルー、オレンジ、イエロー、ライトイエロー。髪の色が順に、美しいグラデーションを作り出していた。
彼らの名は、『ばーちゃLimit!』。
これからもきっと、彼らは五人で走り続ける。アイドルの限界を超えて、いろんな人に歌声を、笑顔を、演出を、踊りを、可愛らしさを届けるため。
そして、いつかは――キミの推しになるために。




