キミの推しになりたいです!
一日だけでも、新井とばーちゃLimit!は、誹謗中傷の的となった。
熱愛報道が事実かデマかはどうでも良く、ニュース番組でも速報が続く中で、四人でライブ開催するという事に。世間の反発も強まった。
SNSはしばらく更新を止めた。外からの評判が悪くなる一方、ファンのほとんどは彼の事を信じていた。
そして、緊張の『一周年記念ライブ』の時が来る。観客の数は、一~二割減っていた。
――まさか、メンバー一人欠けた状態で、ライブするなんて思ってもみなかった。
東京・某有名アリーナ会場。ステージの袖には、歯車のように忙しなく動く重要な裏方。それと観客席で青や黄色、時々オレンジのサイリウムを握るファンが、期待で胸を躍らせて待っている、登場前のアイドル四人も存在していた。
彼らは今、人気絶頂とも言われる男性アイドルグループ、『ばーちゃLimit!』。
輝く衣装を纏っていた四人は、相反して、不安な表情を見せ合っていた。
「……ホントに、四人だけでやるのかにゃ……?」
暗い沈黙を破ったのは、鮮やかな黄色い髪に飾りの猫耳カチューシャを着けた彼。
「にゃーた君……」
「ぼ、僕だって隼くん無しじゃ、本当は嫌だよ」
心配げな表情で、不安げな猫田の顔を斜めから覗き込む川島。少し言い淀んでいる口調のセンター羽瀬も、悩まし気な顔つきだった。
「仕方ないな。スキャンダルが発覚した時点で、この業界なんて一巻の終わりだ」
「で、でも」
「例えそれが単なるデマであろうが、新井が俺たちの評判を傷付けた事に変わりない」
「……っ」
宮條は、爽やか系な表向きの仮面を外し、この場に居ないメンバーを厳しく責める。
「――もう、後戻りなんてできない。今だからこそ、目の前のファンの事を考えて歌おう。皆を笑顔にできる自信なんてないけど、歌を届ける人としてのプライドはここにあるから。だから反対されても、やるしかない」
己の胸に手を添えながらセンターの言葉。それは、かつて新井が生放送の前、言っていたものと似ていた。
皆は目を伏せ、意志を固めて頷いた。
「こんな事をすれば、また僕らは世間に叩かれるかも……けど、やっと一周年に漕ぎ着けられた。ひな君も、それを分かった上でののライブ開催だよね」
「うん……。やっぱり、匿名で何か言われるのは怖いけど」
その時、横から「本番一分前です!」という声が掛かってきた。全員は顔を見合わせ、覚悟を決める。羽瀬は男性スタッフに対し、
「よろしくお願いします」
言いながら、渡されたマイクヘッドフォンを装着し、彼らは自分で心のスイッチを押したかのように、無表情に切り替える。この後、最高の笑顔を見せつけるために。
刻々と迫る「夢の時間」までに、ステージ袖の影で、4人は胸を抑え込む。
――緊張と深呼吸。
これまで何度も遭遇してきた。窮地に晒され、乗り越えてきた自分達ならできる。そう決心を固め、そして……。
スポットライトに身を照らす時が、やってきた。
ステージが暗転し、四人は予め把握していた立ち位置に移動。『イニシエーター』のイントロがステージ中から流れるのと同時に、観客はサイリウムを掲げて振り、黄色い悲鳴を上げる。それは、彼らがそれぞれのイメージカラーの、スポットライトの光を浴びた途端、更に勢いを増した。
ファンの前に姿を現した彼らは、均等の距離でステージ上に並んでいる。そして歌のパートに入ると、羽瀬が本領を発揮。
そして、猫田と宮條の相性もとても良い。猫田の考えた振り付けも、宮條らの考えたクールかつ大規模なプロジェクションマッピングの演出とマッチし、4人を引き立てる材料となる。
川島からは必死さも伝わってきたけど、可愛らしさもあり、踊ったり歌ったりする姿は、誰でも応援したくなるものだった。
序盤から代表曲が終わり、その後も数曲終え、『湖に落ちる水滴のような恋』などの曲を終えた。その間には、羽瀬がMCを行うコーナーがあったり、宮條と猫田のみのバトルアクションの演出を挟んだり。とても楽しい時間だった。ファンの皆も、この時は同じ気持ちだったと思う。
……新井が欠けて、フォーメーションや演出なども大幅に変わって、彼らは内心かなり不安だった。けれど皆に証明してみせた。四人でも、こんなに輝けるんだって。
「……みんな、今日は来てくれてありがとう」
最後の曲の直前。顔の横のマイクを近付け、羽瀬はそう発した。横の三人に見守られながら、彼はファンに言葉を届ける。
「こんなベタな言葉じゃ、ありがたさは伝わらないかもだけど。ファンの皆の支えが無ければ、今の僕らはいません。色々あって四人での一周年ライブになった、けど……」
不意に、彼の両瞳からは涙の粒がぽろぽろと落ちてくる。
一番近い位置にいた宮條は、彼を心配して駆け寄り、丸い背中を撫でる。しばらくして、「もういいよ」とマイクが拾わない声で、心配げな宮條の手を優しく払った。
「けど僕は……やっぱり五人で、ステージの上に立ちたかった。更に多くの人に知ってもらいたかった。女の人も男の人も、アイドル好きもアイドル嫌いの人だって、ファンになってほしい。だって、僕らは『ばーちゃLimit!』だから。もっと限界を目指したくて」
言いながら、ステージの縁の前まで移動し、羽瀬はしばらく瞳を伏せる。そして再び開いた途端、彼の意志は固まった。そして、お約束の言葉を発する。
「だから――キミの推しになりたいです!」
そして、客席が大いに沸いた時、最後の曲が流れ出した。
曲名は『ブルースターの空』。始まりの曲であると同時に、花弁五枚のブルースターは、正に五人を象徴する曲だった。
ほぼ全ての曲の振り付けは、四人用に再構成されたものだ。しかし、これは五人用のままだった。ぽっかりと空いた一人分の空白に、一瞬だけ、新井の姿が見えたような気がした。




