本当に五人じゃダメなんですか?
ユニットを結成し、十一ヵ月が経った。あの三脚カメラで二人楽しく歌って踊った時間が、あっという間に昔の思い出だ。
あれから川島さんも、必死に練習に励んだ。慣れない筋肉痛に立ち向かいながら、時に休息も取りながら。成果は少しずつ彼の心身に表れてきていた。
因みに、新井くんのSNS投稿頻度はいつの間にか毎日投稿になり、オフショットも時々上がった。川島さんも、五人で昼食の弁当を食べている写真が初登場で、「あの可愛い新メンバー誰!?」と話題になった。
ある朝、川島さんが練習前のレッスン場に、とあるものを持ち込んできた。
「あ、あのっ、リーダー」
「ん? ……ああ、川島か。最近熱心だな」
「いえいえ! それで、渡したいものがあって」
腕を組んでいた宮條さんは、素朴に首を傾げる。僕と新井くんは、彼が両手に抱えていたスーツケースが気に掛かっていた。……因みに、猫田くんは寝坊で遅刻している。
「っ。これを、社長さんに渡してきてほしくて」
「……?」
彼に謎のスーツケースを渡され、やはり疑問を抱いている宮條さん。
「開けていいか」
「は、恥ずかしいけど……でもその、ごっ、ご自由にどうぞ」
全身をもじもじさせる川島さん。めちゃくちゃ可愛い仕草であるものの、全員、宮條さんが持っているスーツケースに目を向けている。
僕と新井くんが両隣に来て、じっとその場で視線を向ける。それを気配から察した宮條さんも、その中身への好奇心が勝ったようで、小さな黒いスーツケースをガチャリと開けた……。
「「え?」」
現金があった。ナマの現金が。
それも中身を埋め尽くすほどの、溢れて束が落ちそうになるほどの大金が。
「待て、こういうのは受け取れないな」
「おいおい!? 宮條、今一瞬、目が眩んでたじゃん!!」
宮條さんはそっとケースを閉じ、キリッとした冷静な顔付きを川島さんに見せる。新井の言う通り、さっきまで一瞬、夢に満ちたような目をしていた。
「あ、あの、誤解なさらないで! そのお金はライブに寄付したくて、宮條さんから社長さんにお渡し頂ければ、なんて思って……」
「もっと早く言ってくれよ!?」
「ご、ごめんなさい!」
あたふたする川島さん。そんな彼を見て、不意に可愛いと思ってしまったのは、僕だけではないと信じたい。
再び宮條は、中身を確認。それを凝視していると、羽瀬の中に1つの疑問が。
「このスーツケース……言ったらあれだけど、どのくらい入ってるの?」
「あ、い、いえ。大した額じゃなく――ざっと七千万くらいで」
「「七千万!!」」「にゃにゃせんまんっ!!」
全員が声を揃える中、いつの間に背後にいた、遅刻してきた猫田くんも衝撃を受けていた。
「にゃ、にゃんでそんな大金を持ってるんだにゃ!? 川島の家、金持ちなのかにゃああ!?」
「い、いえ!? 実際、本当に大した額ではなくて! 少しでも援助したいというか……ひゃあ!」
問答無用でバックハグを食らい、小さく悲鳴を上げる川島さん。反応も可愛い。
「……ライブってまさか、『一周年記念ライブ』?」
「そう! プロジェクターを駆使するアイドルグループなので、費用がどうしても多くなると思って」
猫田くんに抱かれながらも、それを無視して答える。
「そうか! ちょうど今が準備の合間で、社長とも話し合って悩んでいた所だ。だが本当にいいのか? こんな大金」
「うん。僕は『ばーちゃLimit!』のメンバー、箱推しなので!! それに、僕のようなファンの皆さんに、最高のライブを届けたい!」
言いながら、にっこりと笑う川島さん。そんな可愛らしい笑顔を浮かべている様子を見ながら、アイドルでも、一ファンとしての思いがあるんだなあ、と思った。
「……待って。この前、僕推しだったって言ってなかった?」
「うん。その中でも、特にひな君推しかな!!」
羽瀬はそれを聞いて安堵していたが、残りの三人はジト目をしていた。
その後、ユニットの売り上げや川島くんの多額の寄付金を合わせて、某有名アリーナ会場がライブの場所に決定。
ライブ演出は、宮條と歌丸先生……のみでは、時間的に間に合わず、他のスタッフと大人数で考えた。特にアリーナは設備が格段に多い。その広さから、プロジェクターの発注量も恐ろしいほどに増えた。
しかし、その価値もあるにはあった。SNSで宣伝すると、ライブに関する話題がトレンド一位。チケット販売が開始すると、約一万六千席が、ものの四分で完売。改めて『ばーちゃLimit!』の凄まじさを思い知らされた。何より本人らが。
もちろん、これまでの十五曲以上の歌と踊りや、曲の合間の演出や、立ち位置など、全て覚える必要があった。しかし彼らは練習を続けた。毎日毎日、根気強く。
五人で歌える日まで、笑える日まで。
そして、いよいよライブ前日。
――最大の事件は、この日に起こった。
「……ぁ」
正午。新井くんが練習を終え、休憩中にスマートフォンを見た事が発端だった。
水を飲んでいたり、座って落ち着いていたりしていた四人も、明らかに彼の様子がおかしい事に気が付く。
「どうした?」
「何かあったの?」
まず声を掛けたのは、宮條さんと僕だった。
「――芸能ニュース、見てみろ」
その時点で、確実に嫌な予感はしていた。
宮條は瞬時にスマホを取り出し、言われた通り、インターネットの芸能ニュースサイトにアクセス。するとトップを飾っていたのは、ばーちゃLimit!である。
それは、新井についてのゴシップニュースだった。
「!!」
皆、宮條さんの持っているスマホの液晶画面に釘付けだ。目を凝らし、その文字列を読み上げてみる。
「『ばーちゃLimit! 新井隼也、熱愛疑惑 匿名アカウントでの発覚』……」
体育座りをしていた新井くんは、それを聞いて俯いてしまった。
同時に載せられた画像には、確かにカフェで、女性と仲良さげに話している瞬間が。
「こ、こんなのデタラメだにゃ! なんでボク達が頑張ってる間に、こんな書かれ方されなきゃいけないんだにゃあ……!?」
最初に怒りを露わにしたのは、猫田くんだった。悔し気に床を蹴っている。
「ほ、本当じゃないよね、隼くん……?」
「デマだよ……。三ヵ月前、久々に女友達と会って、カフェで世間話とかしただけで。でもさ、無実を証明しようにも――」
「一度投稿されてしまったものは、もう絶対に取り消す事は出来ない」
代わりに宮條さんが、スマホをポケットに入れてから話した。
「炎上というものもそうだ。火元となるものは、燃え移ってからじゃ消しても遅い。絶対に止められないからな。『匿名アカウント』の奴はあえて、俺たちが話題になっているこの瞬間を狙ったのかもしれない」
「そ、そんなの……許せない」
悔しくなって、拳を握りしめる。この場にいる誰もが、酷く屈辱的な思いを表していた。
そんな時、ちょうど杉並社長が、このレッスン場に現れる。彼がこの場に来るのは珍しいものだった。
「済まなかった」
レッスン場に入るなり、杉並社長は、深く頭を下げた。五人は軽く困惑する。
「な……なんで謝るんですか?」
「忠告しておくべきだった。アイドルは基本、プライベートでも外で女と会ってしまって、その瞬間を撮られてしまったら活動は難しくなる。肝心なことを言わなかった事務所側が悪かった。本当に済まない」
「…………」
全員が沈黙する。確かに、人気アイドルのスキャンダルが発覚したら一巻の終わりも同然。しかし、
「人気アイドルを輩出したことがなかった無名事務所が、忠告を忘れてしまうのは仕方のない事だろう」
宮條さんはそうとも、薄々思っていた。少々厳しめな口調だったけれども。
社長はそっと頭を上げ、話題を変える。
「これからのライブについて考えた。……火に油を注ぐのは宜しくない。ここは新井を外すか、急遽、ライブを中止するしかない」
真剣な表情で皆に訊ねる。そんな彼に対して、僕は言った。
「本当に五人じゃダメなんですか?」
「……正直、厳しいな」
「――いやです。そんなの……絶対嫌です! 折角、みんなで練習を続けてきて、こんな理不尽な仕打ちなんて許されない! 僕は隼くんの隣で歌います!! みんなで……!」
「申し訳ない……これには、対処しようがないんだ」
頭を下げる杉並社長。彼は何も悪くないのに、と我に返る。少し言い過ぎたかもしれない。
「行って来いよ、四人で」
「……へ……?」
涙を溢していた僕は、新井くんの方を振り返る。皆もそれぞれの感情を抱き、彼の事を見詰めていた。
「俺たちが気にすることって、何だと思う?」
「……ファンの事?」
「俺らが常に歌って踊ってたのは、ファンの為だろ? そもそも俺らの努力に価値を付けてくれてるのは、推してくれるファンのお陰であって。万が一、俺がライブ出るか、ライブ中止になったら、皆を不安にさせちゃうのは目に見えてるし」
立ち上がり、いつもの陽気な笑顔を見せる。無理に作っているようにも見えないし、こんな時でも、そんな表情で皆を慰める性格も、彼の好きな所である。
「シュン君。今までの努力は……」
「んん? 無駄になんかならねーし。それより、四人でもやってけるって所、俺に見せてくれよ? 応援してるからさ」
川島さんの不安そうな表情も、驚きに変わった。
全員に対して言った新井くんの言葉に、僕はセンターを代表して頷く。
「社長」
「……なんだ?」
「僕ら、四人でやります」
驚いた様子の直後、杉並社長は頼もし気に「よし分かった」と指パッチンし、勇ましくこちらを向いていた僕を指す。
彼が立ち去っていくと、僕は新井くんに近づき、互いに正面を向く。真剣な顔付きに、センターとしての堂々とした強さが、表れているような気がした。
「隼くん――あとのライブは、僕らに任せて」




