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それに生だもんね!?

 それから一週間後の夕方。ようやく彼らは、その時を迎えた。

 初めての楽屋、衣装に着替えた四人がいる。眼鏡を買い換えた宮條の「復讐計画」を、あらかじめ確認する。内容は、歌のパートや振り付けの予習。作戦会議では、こんなアドリブを入れてほしいなどの意見も交わした。

「『ばーちゃLimit!』様、本番二十分前です! 移動をお願いします!」

 扉から現れた男性スタッフに、ローテーブルを囲んで座布団に座っていた僕ら四人が顔を向けた。ガチャッ、と扉が閉まるのと同時に、僕は大きな溜め息を吐く。

「どうした?」

「だ、だって。Kaitoさんのみならず、その弟さんの考えた曲で、弟さんと歌って踊るって、緊張が半端なくて」

「……そこまで深く考えるな。冷静になれ」

「う、うん。そうだよね」

 口では緊張をほぐそうとしていた宮條さんだが、最初に立ち上がった時、僕に背を向けながら、

「本当は俺だって緊張している」

「……!」

「新井、猫田もそのはずだ。違うか?」

 僕の両隣にいた二人も、返事をして頷く。確かに少し緊張して顔が俯いていた。

 同時に、新井くんはその表情を、満面の笑みに切り替えて立ち上がる。

「――もう俺ら、後戻りはできねえからな。今だからこそ、テレビの前のファンの事を考えて歌おうぜ。俺らには、皆を笑顔に出来る力がある。この際、自信持っていこうな!?」

 右手を握り、皆に向けて激励の言葉を発した。その言葉に思わず感銘を受けてしまった。

「……カッコいい」

「だろ!?」

「その台詞、僕も使ってみたい。著作権フリー?」

「そういうのってあんま著作権ねーと思う!!」

 とまあ、僕らのボケとツッコミを目撃し、じーっと呆れるような目付きを向ける宮條さん。そんな彼の隣に寄り添う、右耳をカットした猫耳カチューシャを着けた猫田は、少々ニヤケながら、

「ボクもツッコんでほしいにゃ……」

 あまりにも擦り寄ってくるので不機嫌になり、猫田くんの肩に向けて物理的に突っ込む。「ぶぉへーっ!?」と変わった声を上げた彼を他所に、宮條さんは黙々と扉を開けて去っていった。彼は少々Sっ気が強い。



 そんな事もありながら、出番は十分前に差し掛かる。既に番組は始まっていた。

 人気音楽番組『サウンド・ステージ』は、全国生放送。ここでの目立つ失敗は、間違いなくアーティストの評判が下がる。一部の出演者にとっては、非常にシビアな番組であることに違いない。

「いやぁー、Kaitoさんの最新曲、『曖昧なる想像』でした! 素晴らしかったですねぇ~! やはり日頃から出演してくれてるだけの事はある!」

「はい! ええー、さて続いてのアーティストは……」

 巨大な第1スタジオは、隣の第二スタジオと繋がっていた。第二スタジオは、番組MCと新人アナウンサーが、第一スタジオでパフォーマンスを披露する直前のアーティストと共に、トークを交わす場所。この落ち着いた空間で、失言を言ってしまう人もごく稀に存在する。

 そして、番組が予定した時間通り、Kaitoは無事にパフォーマンスを終え、第一スタジオから去っていった。

 予定では、KaitoとばーちゃLimit!の間に、他のアイドルグループの出番があった。そのユニット名は……。

「――『BLACK CHILLY』さんです!!」

 第一スタジオにいる女性観客が、その姿を正面のモニターで確認。第二スタジオにいる彼女達に向けて一斉に拍手。

「……ありがとうございます。BLACK CHILLYのセンター及びリーダーを代表します、沢縁(さわぶち)加奈(かな)です」

 その凛とした座り方に、品行方正・容姿端麗の二拍子を重ねる、さらりと揺れる黒髪ポニーテールの少女。後ろで立つ十一人、両脇の二人のメンバー、合わせると計十四人。

 彼女の名は、沢縁加奈。羽瀬と新井に自らの事務所所属などと引き換えに、厳しい条件を言い渡した『沢縁プロダクション』の社長、沢縁リュートの一人娘である。

「今日もぶっちーは可愛いですねぇ~! ……さて、隣の方も自己紹介をどうぞ」

 番組の司会は、特に沢縁の事を気に入っている。

西岡(にしおか)保波(ほなみ)です。ファンの皆、初めての方も、テレビの前で楽しんでいって下さいね」

「モネたんこと、MO-NE(もね)ですっ! 今日も、私の魔法にかけられちゃってください♡」

 銀髪ショートカットのクールな彼女は、西岡保波。ユニットのサブリーダー。

 金髪のポニーテールで手を振る彼女は、MO-NE。幅広く活動する、大人気メンバー。

 こうやって見るだけでも、可愛らしく個性的なキャラクターが揃っている。黒の衣装を身に纏った彼女達は、人々を虜にし続けている存在である。

 三分間のトークもこの主要メンバー三人で終え、『BLACK CHILLY』は第一スタジオへ。その一方、僕ら『ばーちゃLimit!』はと言うと……。

「キイイイ!! 何あのカメラ目線の営業スマイルは! ムカつくんですけど! 可愛いから許す!!」

 新井くんは親指をガツガツと咥え、第二スタジオの裏でその様子を観察していた。

 特に、沢縁加奈。父親の本性を知っているからこそ、いちいち腹立たしいのだろう。

「……どうした? 新井の様子がおかしいぞ」

「えっと。僕と隼くんは、『BLACK CHILLY』の事務所社長さんと因縁があって」

「ああ、そうだろうな。歌丸先生もあそこに外注として抜擢されたくらいだ」

「え!? あの事務所だったの!?」

 今まで歌丸先生が、あの事務所で多忙を極めていたと宮條さんから聞いたと同時に、彼女達のパフォーマンスが本番に入る。

 MCとアナウンサーの前振りが終わり、暗転した第一スタジオのカメラに切り替わる。そして全員がライトに照らされると、生放送というプレッシャーを圧倒するほどの、驚異的なダンスパフォーマンスが始まった。

 脳を刺激するクールで弾ける曲調のイントロ。動く赤いライトの線に囲まれ、黒い衣装を纏って激しく踊る姿は、トークで見せつけた可愛らしさとは大きなギャップがあった。

 歌の部分では、先程の三人がその歌唱力を見せつける。激しい運動の直後だったにも関わらず、疲れている様子は一切表れなかった。

『ばーちゃLimit!』が持っていないものを、この十四人は持ち合わせていた。

「……はい、BLACK CHILLYの皆さん、ありがとうございましたー!」

 二曲・合計七分のパフォーマンスを終え、全員が荒い息切れを行った後、頭を下げる。アナウンサーの言葉に、「ありがとうございましたー!」と元気よく笑顔で応じた。

 そして、ばーちゃLimit!の四人が衝撃を受けているスタジオ裏の横を、彼女達が通っていく。その時。

「――あなたたちネット出の一般市民に、この場は相応しくない」

 沢縁加奈は、父親譲りの辛辣さで、去り際に相手を侮蔑した。

 そのまま十四人はこのスタジオを立ち去っていく。新井は声を潜め、さっきまで出し切れなかった怒りを露わに。

「なんっっっだよあれ……!! 何がネット出の一般市民だよ!? 俺らは……!!」

「落ち着け新井。スタジオで完璧にパフォーマンスすれば、どんな人間も見返してやれる」

「でもさ! 正直あのパフォーマンスに、俺らが勝るとは――」

「『俺らには、皆を笑顔に出来る力がある』……そう言ったのは誰だ?」

「……うっ、そうだな。悪い取り乱した」

「いいか? 俺たちは必ず、限界を超えられる――『ばーちゃLimit!』だからな」

 宮條さんの言葉で冷静になり、勇気付けられた新井くんは、再び正面を向く。

 ――緊張と深呼吸。

「続いてのアーティストは……『ばーちゃLimit!』さんです!」

 アナウンサーがその名前を出すと同時に、4人はついに、全国地上波へと降り立っていく。

 観客の拍手と同時に、僕ら四人は用意された椅子へ。この三分間のトークで、どれだけ印象を残せるかなど、彼らは前もって計画していた。

「いやぁ~。皆さん今回がテレビ初登場ですか! 心境はどうでしょ、えー……、センターの羽瀬陽菜斗さん!」

「は、はい」

「ネットからデビューし、その後の快挙と来たら! MVの再生数も一千万以上だと聞きましたよ!」

「あの、えーっと……その」

「んん?」

 開始早々、話題を振られ、言い淀んでしまう。どうかしたのかな? と言いたげに番組MCは顔を覗いてくる。テレビのカメラを前にして、極度の緊張は解けなかった。

 生放送という場所で、少しの沈黙が走る。これはまずい。

「――いやアイドルの癖に人見知りかよ!?」

 そんな時だった。新井くんがツッコミを入れ、ほんの少しだけ笑い声が聞こえたのは。

 微妙にスベっている。……だけど、その時に僕は見た。期待を込めた笑顔で、こちらに小さく頷いている様子を。

「おっと、人見知りですか? 何かごめんねー?」

「……いえ。すみません。地上波は初めてで、すっごい緊張しています今」

「あーそうなの! それに生だもんね!?」

「あはは。はい」

 僕はカメラとMCに交互に目線を配り、純粋な笑顔を浮かべる。新井と過ごした、かけがえのない下積み時代を思い出しながら。これまで新井くんや宮條さん、猫田くんと接したように、自分の中の「人見知り」という概念を、忘れ去っていた。

 その後も、トークは好調だった。四人の自己紹介、最近あった出来事、宮條さんと猫田くんの掛け合いもありながら。

 いよいよ、本番の時が来た。

「それでは皆さん、歌の準備をお願いします!」

 アナウンサーのその言葉と同時に、全員は席を立ち、第1スタジオへ。

 移動を終えてステージの上に立つと、正面の下には女性観客が。カメラマン、プロジェクターを起動するスタッフなども配置されていた。

「……裏方って、重要だな」

 宮條さんがそう呟くと同時に、メンバー全員がきょとんとしていたものの、僕だけは頬を緩めていた。そして。

「ばーちゃLimit!さんで、『イニシエーター』『ブルースターの空』、2曲続けてのお届けです!」

「「それでは、どうぞ!」」

 MCとアナウンサーが前フリを行うと同時に、音楽とプロジェクターの映像が再生された。

 少しでも振り付けを間違えてしまったら、僕らの動きは映像とシンクロしなくなってしまう。しかし、イントロが始まって動き出した途端から、奇跡は始まった。

 上から照らす投影機が、床を水面に変える役割。足を鳴らした場所に波紋が広がり、僕らが水の上で踊っていると錯覚させる。

 横の正面、左正面、右正面から照らす投影機は、後ろのステージの壁に、青く輝く結晶の壁を映し出す。それは歌のサビに入ると、キラキラと輝くものだった。

 同時にメンバーの前に、立体的にオブジェクトを映し出す役割もあった。例えば『ブルースターの空』の場合、最後に手を掲げる時、ブルースターの花が彼らの手の上に現れたり。

 天才的で未来的な演出効果が、彼らを引き立て、人々の心を奪った。

 二曲を終えた四人も、例の彼女達のように荒い息切れはしなかったものの。楽しそうな笑顔で汗を流し、軽く息を切らしていた。

「……ばーちゃLimit!の皆さん、ありがとうございましたー!!」

 今までよりも大きな拍手。MCとアナウンサーも、彼らのパフォーマンスと純粋な姿に魅了されていた。

 何よりあの完璧主義者、宮條も大満足の様子だった。自らの「復讐」を、四人で結束して果たした事に、とても喜んでいた。

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