ちょっとぐらい突き通してもいいんだよ
猫田くんが振り付けを担当する事が決まった、その六日後。新曲も半分ほど作り終えていた時、事件は起こった。
「ふざけるな!!」
宮條さんの怒声が響いてきた、昼間のレッスン場。僕と新井くんも、その響く大声には驚いた。僕らは自販機から戻ってきて、両手には全員分の飲み物を握っていた。急いでテーブルにそれらを置き、宮條さんと猫田くんの元へ。
殺伐とした雰囲気だったのを感じ取り、新井くんはすかさず事情を尋ねる。
「どうした? 何があった!?」
「コイツが、俺の要求を無視しまくっただけだ……!」
「何言ってるんだにゃ! ボクはちゃんと要望通りの振り付けを考えたにゃ、納得いってないのはそっちだにゃ!」
「2人とも落ち着けって! 見苦しいから!」
躊躇なく間に割り込んで、喧嘩を止めに入る。僕はただ、呆然と立ち尽すことしか出来なかった。
「だって、何だその間抜けな踊りは!? 俺はもっとクールで『ばーちゃLimit!』らしい振り付けを期待していた。なのに、何故こうなった……? お前は、俺たちの創った世界観を壊すつもりか……?」
「……そんなの、知らないにゃぁ」
猫田くんは落ち込み、俯いてしまう。その様子を見ていた宮條さんも、段々と冷静さを取り戻す。しかし、失意の眼差しを向けていた事には変わりない。
「――もう辞めるにゃ。ボクの頭では、そんな振り付けは思いつかないのにゃ」
可愛らしい語尾も弱く、あまり耳には聞こえてこなかった。「二度と来ないにゃ」と言い残し、彼はとぼとぼと立ち去っていった。
その後、エレベーターに乗り込んで、俯く猫田くん。扉が閉じようとしていた時。
「ま、待って!」
僕は、彼を呼び止めずにはいられなかった。焦った表情で扉の間に手を突っ込んで止めた。危険な行為だったものの、その甲斐はあった。
一階、エントランスのベンチ。買ってきた僕と猫田くんの分の飲み物の持ってきており、僕はいちごオレ、バナナオレの中から、いちごオレを差し出す。
「……なんでそっちじゃないんだにゃ」
髪色と同じ黄色のバナナオレを指差され、ハッとした僕は、「ご、ごめん!」と手の平を縦にし、持っているそれを交換し合う。
互いに隣同士で座っていると、この沈黙と、猫田くんのちゅーちゅー侘しげに吸う様子から、彼の落ち込み具合がひしひしと伝わってきた。
「宮條さんに文句を言われて、落ち込んでる?」
その返事は、返ってこない。黙々とストローを咥えている。
「その……僕らも、いい曲作ろうと頑張ってるから。もしかしたら、猫田くんの振り付けのプライドと、宮條さんの音楽のプライドが対立したのかもね……」
「――ボクには、プライドなんて無いにゃ」
やっとこの話題に入ってくれたので、その一言が妙に響いた。
「ボクはただ、ひたすら踊ってただけにゃ。それはあくまで趣味の内で、別にあの辛口メガネくらいの深いこだわりなんてないのにゃ。だからボクは、辞めた方が皆のためだにゃ」
「……なるほどな……」
僕にだって、アイドルとしての矜持は、少なからずある。しかし、彼の話にも共感できた。確かに、趣味を仕事にするのは、ハードルが高い訳で。厳しい現実が常に付き纏うし、宮條さんがマネージャー業を行っていたのは生活的な問題かもしれない。実際、彼は今やアイドルだし、マネージャーが本当に安定してるかも分からないけれど。
「でも、ちょっとぐらい突き通してもいいんだよ、自分の意見は」
「だ、ダメだにゃ……メガネに迷惑かけちゃうにゃ」
「宮條さんのこと、メガネって呼んでるんだ……」
少し可笑しくなってしまう。しかし今笑える空気ではないという事は、ちゃんと分かっている。
「……あのさ? 妥協するとこは妥協して、これは本気で譲れない! って時に言っちゃえばいいんだよ。友達だって仲間だって、僕らにだって」
「そんなに世の中、単純じゃないにゃ!! ボクだって本当は譲れないものはあるけど、言いたいことを言える勇気なんてこれっぽっちもないのにゃ!」
「うん、そっか。――でも僕らは、猫田くんの言葉をちゃんと聞くから」
「……!」
感情的になって席を立った猫田くんも、そこでハッとする。
「僕らは、猫田くんの意見を尊重する。もし万が一、その意見はどうかなぁ? って思ったときは、とりあえず1日、客観的に考えて決断してみる。……だからもう一度、僕らにチャンスをくれない?」
おまけに「宮條さんも説得してみせるから」、と付け加える。因みにベンチの上に乗っていたバナナオレの四角い容器には、中にほんの少しだけ残っていた。
「……羽瀬くん、だったっけ」
「うん」
「メンバーの中では一番いい奴だにゃ」
それを聞いて驚く。僕は褒められたのだろうか。
「――ちょっと行くにゃ」
「う、うん。分かった」
その時。猫田くんは突如走り出し、エレベーターの方に向かった。どうやらレッスン場に
戻るようだと、僕はその後ろ姿から察する。
ふと、隣に置いてあるバナナオレが気になり、容器を持って振りながら、重さと音で残量を確認。「猫田って、ちょっと残すタイプなんだ」と呟き、口角を上げていた。




