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みんなの憧れの的

 夏から秋へと移り変わる季節。立っているのは木々ではなく高層ビル群だが、四季で感じられる心地良い温度は、人々の心を程よく冷やしていた。

 スーツを着た会社員や、色彩豊かな髪色をした若者達が、この広い交差点に多く存在して、それぞれの生活を送っている。

「あー。ダルいなあ。暇だなあ。なーんか退屈だし、面白いことねーかなあー」

 退屈そうな顔をしていた彼も、平凡な若者の一人だった。

「……確認だけど僕ら、高校以来、初めての再会……だよね?」

 白黒交互のアスファルトを踏みながら、隣で一緒に歩いていた、もう一方の同年代の彼。影が薄く、弱々しい口調で訊ねると、やっと存在に気付かれたような反応をされた。

「ん? あー。そうだったな」

「じゃ、じゃあさ隼くん。今の暇っていう状況、おかしいと思わない?」

「うむそれな!」

 僕の幼馴染は、人差し指をバッ! とこちらに向けてきた。

「でもさー、俺らが久々に連絡して、会ってすることって何だろ。ヒナはどう思う?」

「ぼ、僕は分かんないよ! 僕の人付き合いなんて、家族とか隼くんぐらいだから」

 僕の名前は、羽瀬 陽菜斗。弱い性格の表れとよく言われる中性的な顔付きと、右側を刈り上げたライトブルーの髪が特徴。

 青色のパーカーをぶかぶかとさせながら、ふと、ビルの壁にぶら下がる巨大なディスプレイに視線を向けた。

 白く鮮明な文字でパッと、「Kaito新曲『Digital』」と映し出される。

「ひ……ひゃあ~!」

 頬辺りを両手で抑える。変な声を漏らしてしまった。

「あ、ヒナってKaito好きなの?」

「え。あ、うん。変……かな?」

「イヤイヤ! 変じゃねーし! なんつーかさ、気が合うなぁ~って! 実は今、アイドル目指してんだよね俺。Kaitoって、国民的アイドルグループ『BEANS』出身だろ? 気になってんだよなぁ~」

「そうなの!? 隼くんのアイドル志望は初耳……」

 僕は改めて、ディスプレイに映る人物に注目した。ミュージックビデオで俯きながらギターを弾く、髪の白い男。

 『Kaito』は元アイドルでプロの現役シンガーソングライターだ。僕は中学生の頃から熱烈に追っかけていて、自分で言うのも何だけど、かなりのガチ勢だと思う。

 俗に言うのなら、僕にとっての「推し」という存在だった。

「……俺も努力すれば、みんなの憧れの的になれたりすっかな……」

 そんな呟きを不意に漏らしたのは、新井(あらい)隼也(しゅんや)くん。ほどほどに整った顔や、オレンジのショートヘア。白Tシャツの上に、橙のジャケットを羽織っており、青のデニムには純粋に目立ちたいという性格が表れている。

 共にディスプレイを見上げていると、

「うぅ~、歌いてぇ……。あ。そうだ、ヒナ! 今からカラオケ行こうぜ! 俺がおごるから再会祝いに!!」

「え!?」

 驚いて後ずさった僕を追うように、両手で拳を握って顔を近付けてくる。

「あ、いや……でもごめん。ぼ、僕の歌ってそんな、人に聴かせられるほど自信ないし……」

「いやいや! もちろん歌いたくないんなら、強制しないからさ? 俺だって歌いたくない奴を無理に歌わせらんねーし」

「うーん……。それなら、別にいい、けど」

 僕の首が縦に揺らいだのを確認すると、新井くんは丁度付近にあったカラオケ店に寄っていこうと誘ってきた。



 都会の歩道を歩き、約2分弱。高層ビルも少ない地区だった。「ボンカラ」と掲げられていた看板の施設に、新井くんが僕の手首を掴みながら、店内に立ち寄る。

 新井くんがATM型の機械の前で手続きをしている最中、おどおどしながら周辺を見渡してみる。カラオケ店に来るのは初めてで、真っ赤な壁に囲まれながら、緊張を隠し切れずにいる。

「ヒナってさ、ここに来るの初めてか?」

「う、うん。皆って、こういう場所好きなの? カラオケとかさ」

「えー? 皆が好きかどうかは知らねーけど。まあ、俺は好きかな。……いや大好きだわ!」

 ちょうど予約を終え、部屋に向かう新井くん。竦みそうな足を動かし、後を追う。廊下を歩く途中、防音扉越しに聴こえてくる爆音や声が、胸の緊張を抑えきれない。これぞ、初めてのカラオケ……。

「ここだ!」

「わー。す、凄い。ブースってこんなに静かなんだ」

 予約したブース内に入ると、初めての空間に驚いてしまった。

 部屋の中心にある机を囲む、ふかふかの革製ソファ。シックで落ち着いた印象の部屋の角には、スピーカが2つある。机の上には2種類のタブレット。長机の上のマイクと液晶テレビ。宣伝の動画などが流れている。新井くんにとっては見慣れた光景なのだろう。

「で、ここではどんな事するの」

「どんな事って、歌うだけに決まってんだろ! ああ、何か食べ物注文したきゃ俺が頼もうか?」

「ううん。まだお腹すいてない」

 新井くんは「おけー」と返事しながら、どすんとソファに座り、慣れた手つきで重いタブレットを、付属のタッチペンでいじる。

「じゃ、まず三曲歌ったらドリンクバー行くわ。音量ビビるだろうし、とりあえず下げとく。もし万が一歌いたい曲とかできたら、勝手に曲順割り込んでもいいからな?」

「あ……う、うん。ありがと」

 少々おちゃらけているように見えて、新井くんの気配り力は相応のもの。あまり人と接しない僕にとっては、慣れてしまったものだけども。

 扉前に立ち塞がるように立ち尽くしていた為、ぼんやりと我に返った僕は、音量のつまみ調整をしていた新井くんと向かい合うように、ソファに尻を置く。緊張して真下の太ももを抑えながら、正面に視線を向けた。既に一曲目の予約が入っていた。

「じゃ、歌いま~す!」

 マイクを握り、エコーを利かせて一言。歌う前の時点でも、新井くんのテンションは最高潮に達していた。

 選曲したのは、みんなで盛り上がれるポップな歌。元気でメリハリのある歌声は、僕の心音を更に加速させる。たった二人だけの室内で、満面のスマイルを見せる新井くんの姿に関心していた。未来のアイドル像も、浮かび上ってしまうほどに。

 ……気が付けば、既に十分が経過していた。あっという間に三曲目を終えても尚、新井くんのテンションは留まることを知らない。でも、喉の渇きだけは避けられなかった。

「よし、今からドリンク持ってくるわ。ヒナも何かいる?」

「あ、えーっと。適当にお願いできる……?」

 手の平を顔の横に寄せ、立ち上がって「了解!」と敬礼するようなポーズを取る新井くん。

 彼が立ち去ると、静寂の空気が襲う。もじもじと俯くこと数十秒。一人きりに耐えきれず、目の前の机に置かれたタブレットに目を付けた。

 それでも、手に取るには気が乗らなかった。何故なら僕は、自分の歌声に自信がなかったから。

 他人が本気で作った歌を、自分みたいな人間が歌うなんて、失礼なのかもって。こんな風にネガティブに考えすぎてしまうのが僕だ。

 実は僕、人生で一度も歌ったことがない。普段から弱々しい口調だから、歌もきっと下手なんだろうと、想像で理解しているつもりだった。

 でも……。

 その時、Kaitoのとあるインタビュー記事の言葉を思い出した。

『ずっと孤独の僕に味方してくれるのは、歌だけだった。音程を合わせ、声を思いっきり出した瞬間だけが、僕の弱い生き方を強い魔法のように輝かせてくれる』

 彼が惹きつけられるほど、歌には力があるんだと、思えたような気がした。

「……」

 そう考えると、歌に対する好奇心は抑えられなかった。興味関心は勿論、自分の紡げる声は、一体どんなものなのか、と。

 今までにない緊張が込み上げてきたものの、それを止めることは出来なかった、震えた手で検索ボタンを押し、ポチポチと曲のタイトルを入れる。

 最近になって話題沸騰中の、高音際立つ幻想的な曲だ。難度は高そうだが、いっそ下手でもいいと割り切る。

 テレビ上に四曲目としてタイトルが表示されると、急激に心臓が高鳴ってきた。マイクを急いで握り、両手で左胸を抑える。

「……はー……」

 ――緊張と深呼吸。

 歌詞が表示され、メトロノームが鳴る。メロディよりも先に、歌から始まった……。


 思いの外、開いた口からは、文字のこもったハープのような音色が発せられた。


 冒頭から始まった急激な高音も、苦ではなかった。高ければ高い音程であるほど、その声色は美しくなる。心地よいカラオケ音源に見合う程、聴いた者を圧倒する鮮明さと、かつ透き通るような声を持ち合わせていた。

 僕は心底驚いていた。ここまで綺麗に聴こえるのは、カラオケ機能か何かで調整された声が、スピーカーから流れているからではないか、と。

 しかしそれよりも、歌というものが、ここまで楽しくてスカッとするものであると知って、何だか楽しくなってきた。

 僕は画面を一心に見据え、マイクと汗を握り、丁寧に歌詞を紡いでいく。僕には既に、ミュージックビデオの世界しか見えていなかった。

 歌が終わり、沈黙に包まれる。曲は二番までだった。

「ふう……」

 マイクを置こうとして、正面を見やったその時。

「――あ」

 扉の前に新井くんが居た。僕が歌っている光景を見て愕然と立ち尽くしており、持っていたオレンジジュースとアイスティーを零しかけていた。

 歌を聴かれていた事と、勝手に歌ってしまった事に、恥ずかしさと申し訳なさが顔に表れる。

「あ、あ、ああの。えーっとその、ごっごごごめんなさい……! 急にこんな事……」

 最初の言い淀みの部分がマイクで拾われ、スピーカーから流れた。

何と思われただろう。タイミングが微妙にズレてるとか、音痴過ぎるだろとか、そんな事を言われるのだろうか……。

「……だ、それ……」

「え?」

「何だよ、それ――――!?」

 と、思いきや。

 新井くんはドリンク二杯を零さないよう、優しくそっと机に置いた後、鼻息を荒げて僕の顔に急接近。マイクを握っていた彼の両手に、更に手を覆いかぶせ、至近距離で興奮した表情を見せながら、

「なんでっ……なんでそんな歌上手いんだよおおお!? 俺、週一でカラオケ通ってんのにっ!! 何でもっと早くそんな才能あるって言ってくれなかった!? 俺の努力が馬鹿らしくなってきたわ!!」

 僕の持っていたマイクを通して、ヘビメタみたいな叫びが部屋中に響く。驚いて肩が反応してしまい、訳も分からずに「ごめんなさい!?」と謝る。

「ぜぇ……はぁ……なあヒナ! 俺と一緒に、アイドル目指さないか!?」

「へ!?」

「分かってる、突然こんなコト言って、変で馬鹿らしいことだって。けど俺一人じゃ、どうにもできる気がしなくて! 頼む!! お前の歌が必要なんだ!」

 突然の提案に、羽瀬は目を白黒させた。しばらくして、お互いに平静を取り戻す。

「……あ。お、俺。何言ってんだろ。ごめん、今のは失礼だった。久々に親友と会って、急にこんなのデリカシー無いよな」

「え、えっーと……」

「あー、今のは忘れてくれ。ヒナの人生を、俺の夢に巻き込むなんて出来ないからさ」

「……」

 バッと自分の手を外し、気まずそうにソファに座り込む新井くん。オレンジジュースを、ごくりと半分まで飲む。コップからタブレットへと持ち変え、適当に五曲目を探す。落ち着かない様子で、「人気ソング」の欄から適当に上位の曲を選択。すぐに歌って誤魔化すつもりだったのかもしれない。

 ……やっぱり僕は、その場に留まってぽかーんとしていた。ありとあらゆる感情が消化しきれず、新井くんの五曲目が終わった後も、その後の数曲も、何を歌ったかは憶えていない。

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